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ジハード第25話「デジタルの痕跡」

たった1人で、闘うことすら制限されていた不自由さを思うと今の状況は段違いだ。
まるで色々な誹謗中傷の嵐から身や心を守る重い鎧兜を全て脱ぎ捨てたような開放感。
無防備かもしれないが、攻撃を躱してどこまでも戦場を縦横無尽に駆け抜けられそうだ。

啓介は染地の椅子に勝手に腰掛け、頭の後ろで腕を組んだままいう。

「まずはファジャールのチャリに酒を入れた犯人を割り出したいけど、いつ頃入れられたかなんて見当つかない?」

午後、傷心の渦中でただ義務的に礼拝をした。
駐輪場に最も接近したのは午後の礼拝アスルを行う前に屋外トイレの外で身を清めた時だったが、さすがに自転車の状況は見ていなかった。

「分かりません。出勤してから発覚するまでなので8時間の間ということくらいしか」

「休憩時間の近辺は人の動きがあるし犯人も表立って動きにくいだろうな」

平口もそう言って頭を掻いた。

「工場内に設置されたカメラはどうだ?なにか手掛かり掴めない?」

啓介はそう言ったが屋外のカメラは駐車場のごく一部を映すもののみで、基本的には屋内がメインだった。
駐輪場を映すカメラは設置されていない。
平口はカメラの配線作業を担当していたのでそのことは承知していて

「ダメだ、駐輪場にはカメラはねぇ。目に見えねぇんじゃ証拠の掴みようがない」

と言って缶コーヒーを飲むが中身が空だったらしく舌打ちした。

目に見えないもの

もしそれが見えたなら証拠となり得るかもしれない。僕の心は色めき立った。

「もしかしたら、犯人に近づけるかもしれません」

2人が一斉に僕の方に身を乗り出した。そんなことできるのか?といった具合だ。

「この会社にはどこでも端末がネットに接続できるようにWi-Fiのアクセスポイントがたくさん配置されています。そのアクセスポイントに犯人が接続していたら?」

「動きがわかるってことか!」

啓介の表情は雲が晴れたかのように明るくなる。

「そんなこと出来るのか?」

平口は怪訝そうに言う。

「可能です。社内のログを閲覧すれば、どの端末が何年何月何日何時何分何秒にどのくらいの距離からどれだけの時間接続していたかわかる仕組になっています。ただ、これにはアクセスの権限が必要です」

僕は平口をまっすぐに見ていった。

「お願いです。僕に権限をください」

平口は困ったように笑いながら

「めんどくせぇなぁ、好きにしろ。室長命令だ」

と言った。

ログが表示されたパソコンの画面を平口、啓介、僕の3人は無言で睨んでいる。
数字やアルファベットが無機質に並ぶ画面。
ここに犯人の情報が描かれている可能性が高い。

従業員のスマートフォンやノートパソコンがどのアクセスポイントに、何時何分に、どのくらいの距離感で接続していたかが事細かにずらっと並んでいた。

「とりあえず15〜17時の間だな」

平口は画面に指で丸を描いた。

「この辺でファジャールのチャリに酒が入れられたと仮定して端末を絞るぞ」

社内Wi-Fiアクセスポイント(AP)は駐車場や通路等にも設置されている。
駐輪場に最も近い場所にも設置されていてここの記録を探れば大きな手掛かりになるはずだ。
会社敷地内の全てのエリアで安定した通信を保つために以前染地が声を大にしたことが役に立った形だ。

「このスマホ、15時50分に駐輪場にいるな…おい、動き怪しくないか!?」

と啓介が声を張った。

「確かに、動きが不自然ですね」

一台のスマートフォンが明らかに異様な動きを示していた。
そのスマートフォンの動き出したスタート地点はオフィスフロアにあるアクセスポイント、名称「メインオフィスAP」だ。
そこを皮切りに、わずか数分の間に次々と接続先のAPが切り替わっていく様がログに記録されている。

-15:42 APメインオフィス(RSSI-42)
-15:44 APスクラップコンテナ通路(-50)
-15:45 AP駐車場(-44)
-15:47 APスクラップコンテナ通路(-49)
-15:48 AP正面エントランス(-60)
-15:50 AP駐輪場(-39)
-15:51APメインオフィス(-41)

「この-42とかの数字はなんだ?」

平口が言う。

「これは受信強度です。数字が低いほどアクセスポイントの近くにいたと考えられます。」

僕は画面を指差した。

「駐輪場のアクセスポイントは僕の自転車のすぐ近くにあって、ここでは数字が-39となっています。これはほんの数メートル以内にいた証拠です」

啓介は画面の細かな文字を凝視している。

「しかも最初と最後はオフィスフロアのAPに繋がってる」

平口はうーんと唸った。

「つまりこのスマホの持ち主はオフィスフロアから外に出て駐車場に行って、駐輪場に行って戻ってきたことになるな。9分の間に」

「誰にも見られないように動いた感じっすね」

平口と啓介からは刑事ドラマの若手とベテランのペアのように犯人を逃さないといった気概が溢れかえっていた。
今までの仕事からは感じたことのない平口のやる気が面白い。

「ファジャール、このスマホを社内の使用者リストと照合するぞ」

と平口室長から指示が下った。

スマートフォンやパソコンには「MACアドレス」という端末の名前がついている。一台一台違っていて指紋のようなものだ。
社内Wi-Fi使用者は社内管理台帳に登録してあるのでそれを開けば全てが分かってしまう。
僕はパソコンで別システムを開く。

いくつかの入力を手早く済ませるとすぐに持ち主の詳細が表示された。

#創作大賞2026
#お仕事小説部門


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