ジハード第26話「追い込み」
-MACアドレス:5C:70:17:7F:88:50:67:25:406:3150
-端末名:iPhone16
-使用者:半田山舞子
「半田山さんの…スマホです」
言った瞬間、空気が重く沈んだ。
僕自身、誰がやったか実体のないものと戦っているような気持ちがどこかにあった。
嫌がらせの犯人が明確になったことや、なにより社内でアイドルのような人気を誇る半田山の犯行という事実がショックだった。
啓介の目つきが険しくなる。
「可愛い顔してやってくれるな」
「半田山がやった証拠はこれで充分だろ。問題はどう自供させるかだ」
平口が立ち上がった。確かにその点は問題だ。
「家、乗り込みますか?」
啓介は若手刑事というより、もはや闇金の取り立てのような勢いを帯びている。
「シラを切られたら終わりだ。居留守を使う可能性も否定できん。家は相手の安全圏だからな」
「刑事ドラマのラストシーンって大体崖っぷちに犯人追い込まれがちですよね?俺あれやりたいっす」
啓介はもはやこの出来事をエンターテイメントとして捉えているようだ。
「会社の裏の高いところに呼び出しますか?」
「裏の林の上は別の会社の土地だからな」
「ダメか…あ、駐車場も若干の高さありますよね」
どうやらこの2人はどういったシュチュエーションで半田山を追い詰めるかを楽しんでいるらしい。
2人の会話を聞いていると、今まで自分が置かれていた状況や深刻さが幾分和らぐような感覚があった。
なにより、自分たちに無関係なはずの僕に降りかかった事件にこれだけ真剣に向き合ってくれることが嬉しかったしなにより心強い。
「車に乗り込まれたら逃げられるからなぁ。半田山の車ってあの黒いドイツ車だろ?スパイ映画で主人公が乗るようなメーカー」
「やっぱり美男美女は最新のオシャレな車が似合いますね。そして追い詰めたとしても颯爽と逃げますね」
啓介はそういうと天井を仰ぐ。
「くそー。逃げさせない方法ねぇのかよ」
「半田山のあの外車、クリーンディーゼルだよな?」
平口がふと思い出したように言う。
「確かそうですね」
「給油口をバールかなんかでクイっとやって、燃料タンクに水流し込む手があるぞ」
僕と啓介はそれがどういう結果をもたらすかは分からなかった。
それで足止めが出来るというのか?気になった。
「ディーゼルエンジンってのは繊細でな、水が入ったらエンジンの中を水が叩くんだよ」
「それで、どうなるんですか?」
「ウォーターハンマーって現象でエンジンが壊れる」
「絶対ダメです!」
啓介と僕の声が重なった。
平口は怪しくニヤけている。
「舞子ちゃんのカバンから鍵を抜き取っておけたらな」
啓介がそういった時に以前染地と半田山が談笑していた時のことを思い出した。
スマートフォンが車のキーとなるデジタルキーを使用していると言っていた。
「出来るかもしれません!鍵を挿せなくすればいいんです!」
「どんな手だ?鍵穴に接着剤か?」
物理的な強硬策を提案する平口に僕は確認したいことがあった。
「半田山さんの駐車位置ってもしかして…」
「それならあの溶接機だの加熱器がある建屋の真裏だよ?」
「やっぱり。駐車場のアクセスポイントの距離からそんな気がしていました」
「どういうこと?」
啓介が少し目を細める。
「スマートフォンと車が送り合っている電波を妨害することができるかもしれません」
その言葉を口にした瞬間、僕の脳裏には、かつてデジタル推進室で苦しめられたあの出来事が蘇っていた。
会社の一角にある高周波溶接機や高周波加熱機。
あの機器たちが稼働すると、決まってWi-FiやBluetoothが不安定になり、システムが誤作動を起こした。周囲に飛び交う電波を乱し、干渉する力があまりに強かったからトラブルとして問題視され、
僕たちデジタル推進室で対策を講じさせられたのだ。
それを応用すれば…!
僕と啓介が半田山に事実を突きつける。
その間に平口が高周波装置の出力を制限超過で稼働させれば、その機器の真裏に駐車されている半田山の愛車に向けられた通信にノイズを乗せることができるかもしれない。
これまで散々悩まされてきた「電波障害」という迷惑が、皮肉にも今は僕たちの味方になってくれるかもしれない。
僕の説明を聞いた2人は大人気なく、盛り上がっている。まるで新しいおもちゃを手にした子どものようで、早く試したくてたまらないといった感じだった。
決戦は明日、金曜日の退勤時ということになった。
僕は日中、自宅で待機して夕方こっそり出社することにした。
どうなってしまうかの不安はあった。
でも何があっても今より悪くなることはない気がした。
仲間がいる。
その事実が僕を駆り立てた。
翌日の夕方、普段なら帰るはずの時間から僕は会社へ向かっていた。
とはいうものの会社から僕のアパートは見えているので歩けばすぐについてしまう。
なんだか今日はずっと心臓がドキドキと忙しなく鼓動していた。
正直この作戦が上手くいくかは分からなかった。前例がないし、やってみなければ分からないことだったからだ。
17時過ぎの駐車場はすでに帰宅した人も多く車はまばらだった。
その中で半田山の黒いコンパクトな高級外車は月明かりを反射して怪しげな光を放っている。
スクラップコンテナが並ぶ通路で僕は啓介と待ち合わせた。しばらくすると工場から小走りで啓介が近づいてきた。
「いやーたまらねぇなこのスリル。平口さんもスタンバイオッケーだ。早く舞子ちゃんこねぇかな」
「僕はもう心臓がバクバクしています」
「愛しの舞子ちゃんに会えるからか?」
「違います!上手くいくかどうかが心配なのです!」
つい声が大きくなってしまった。そんな様子を見て啓介は笑うと、すぐに表情を引き締めた。
「そろそろそのでかい産廃コンテナの影に隠れよう」
姿が遠くから見えたら警戒される恐れがあった。言い訳を考える余地も生まれるだろう。もちろんすでに用意しているかもしれない。
それならば極力警戒する隙を与えず、素のリアクションを引き出したいと考えた。
驚かせれば予め考えた言い訳やアリバイを崩せる可能性もある。その場での挙動や反応、仕草、声色にウソの兆候が出やすいだろう。
不意に現れて相手の意表を突く作戦でいこうと昨日3人で結論づけた。
僕は入社した日に半田山と話したきりで、そのときは非常に素っ気ない対応をされた。
不意打ちをしてあの素ぶりで対応出来るならば相当肝の据わった女性だよな思った、その時だった。
事務所の建物から1人の女性が出てきた。
この場所からは距離があってよく見えない。
所々照明が設置されていて、そこを通るたびにその女性のふわりふわりと揺れる髪が輝きを放つ。
白と青の作業服の下はしっかりとアイロンのかかったビジネススカート。
淡く光を反射する生地がスラリと伸びた脚を際立たせている。コツ、コツと地面を叩くパンプスの音がこの寂れたスクラップコンテナの通路に似つかわしくない艶やかさを醸し出し目が離せない。
相変わらず透明感のある白い肌になめらかな頬のライン。
半田山は僕たちに気づかずに駐車場への入り口に向けて歩く。
啓介と視線を合わせ、スクラップコンテナの影から一気に飛び出した。後ろから啓介が声をかけた。
「舞子ちゃん」
半田山の身体は大きく揺れた。まるで大電流が流れたかのような衝撃を感じさせる。
振り向いた半田山の表情は硬く、そして明らかに恐怖や不安を抱いていた。
「啓介くん、それに…ファジャールさん」
それだけいった半田山に啓介は続けた。
「昨日の16時前なんだけど、何してた?」
明るく、そして大きな声が半田山にぶつかった。
「総務の備品のチェックをしてたの。もう年末近いでしょ?」
そういったものの丸い肩から滑り落ちそうな黒いレザートートの持ち手を、まるで何かを隠すかのように強い力で握っているのは無意識なのだろう。
「備品のチェックはスクラップ通路や駐車場、駐輪場でもするんですね?」
僕はあくまで穏やかに、しかし逃げ道を塞ぐようにいった。啓介が横から重ねる。
「昨日の16時頃、駐輪場で立ち止まったよな?何してた?」
「監視カメラは、駐輪場にはないでしょ?私はそんなところに行ってないよ」
半田山はこちらは向かずにそういったが声は震えている。
「舞子ちゃんのスマホ、駐輪場で検出されてたよ。偶然じゃないよな?」
啓介の問いに半田山は声を発しない。
僕は一歩前に出た。
「一つ確認させてください。僕の自転車になにかしませんでした?」
その瞬間、彼女の肩が小刻みに動いた。呼吸が浅くなっている。沈黙が答え合わせのようなものだと思った。
啓介が静かに言った。
「舞子ちゃん、もう終わらせよう。誰に頼まれた?それとも自分でやったのか?」
その言葉に反応するかのように半田山は大きな瞳を少し見開き、顔をこわばらせた。突き刺すような視線をこちらに向けると、次の瞬間体を反転させて駆け出した。
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