見出し画像

ジハード第23話「崩れる心」

昼休みが終わり、僕は昨日の改善箇所の写真選別の作業を再開しようとしていた。

大した仕事ではないが、昨日からの一件が頭にこびりついて離れない。
何かをしていないと耐えられなかった。

だが、周囲の雰囲気がいつもとさらに違うことに気づいた。同じフロアで働く社員たちがひそひそと話し合い、視線が合うとすぐに逸らす。

(また何かあったのか?)

そんな不安が頭をよぎった瞬間、デジタル推進室の入り口に工場長の上浅田が現れた。

「ファジャール君、ちょっといいか?」

上浅田の表情は硬く、その後ろには総務部長の山東も立っていた。

「はい?」

僕が席を立つと、デジタル推進室ならびに周りの空気がさらに重くなった。平口は何か言いたげに眉を寄せていたが何も言わない。

「社長が話があるそうだ。社長室まで来てくれるか?」

僕は一瞬戸惑った。社長に呼び出されるなんて、入社以来初めてのことだった。

「分かりました」

上浅田と山東に挟まれるようにして社長室へ向かう間、社内の視線を背中に受けた。

ざわつく声。
コソコソとした噂話。

それらがまるで無数の矢のように膨大に押し寄せ容赦なく僕の背中に突き刺さる。

何か、悪いことが起こっている。

その直感は、社長室の扉が開いた瞬間、確信へと変わった。
デスクの向こうに座る伊左地徹也の表情は厳しく、真っ直ぐに僕を捉えてきた。

「ファジャール君、今この会社でどういったことが起きてるかはご存知だよね?」

嫌というほど味わっている。僕は強く頷いた。厳しい表情で試すように話は続く。

「さきほど、総務にある電話があったそうだ。君に関係する電話だ。どこからの電話か心当たりはあるか?」

質問の意図が分からなかった。

「全く分かりません」

「警察からだそうだ。君についての何か捜査が行われているそうだが、やましいことはないか?」

警察から電話だと!?
僕の知らないところでどんどん僕が悪者扱いされていくような得体の知れない恐怖が忍び寄る。
何か日本の法に触れることをしてしまったのか?
分からなかった。足から力が抜けてしまう。
立っているのがやっとだが、気力を振り絞り地面に足を突き立てた。

「分かりません!決して犯罪を犯したりした覚えはありません!不正アクセスも僕は何もしていません!」

精一杯の訴えだった。
これ以上どう説明しろというのだろうか。
正解があったら教えてもらいたかった。

伊左地はそのまま目を閉じてしばらく沈黙する。目を開けると穏やかな口調で話し出した。

「承知した。私の方でもこの件については調べてみようと思っている。ただ、こうなってしまった以上はしばらく出社は控えてほしい」

「もちろん、謹慎処分というわけではない。給与も保証する。あくまで、社内の騒ぎが収まるまでの一時的な処置だ。協力してほしい」

伊左地はその場で頭を下げた。社長にそこまで言われてしまったら僕に拒否することはできない。

「分かりました」

そう言葉にする以外に僕に出来ることは残されていなかった。

社長室から解放された僕はデジタル推進室へ戻る。階段をフラフラになりながらなんとか下った。
先程までそこにいた平口はどこかに行ってしまっている。
今日染地が休みだったのが不幸中の幸いだなと思った。
いたらきっと小言を並べ鬼の首を取ったように周りに振る舞っていたことだろう。
椅子の背もたれに体がめり込むようだ。

仕事をする気にはならなかった。しかしサボっているように見られてしまうのが怖くてパソコンに向かうが

「またなんか企んでる」

「懲りないよね」

「会社がこのままじゃ危ないよ」

わざと聞こえるような声がパーテーションの向こう側から投げつけられる。

逃げ出したい。
もう耐えられない。
苦しい。
息が出来ない。
そんな気持ちで窒息しそうだ。

漆黒の闇の中に乱暴に放り込まれたようだ。
ドアは荒々しく閉じられた。
どれだけ泣き叫んで声が枯れようとも誰も来ない。足に何かが触れた。

怖い。

いつ、どこから何が襲ってくるのかも分からないのだ。
どれだけの期間ここにいればいい?
手を伸ばして恐る恐るいくら歩いても壁に当たらない。
ただ恐怖と、不安に怯えるだけで打つ手がない。

頭がおかしくなりそうだ。
僕は頭を抱えて蹲った。
もう嫌だ。
助けて下さい。
そう心で唱え続けた。

終業時刻を告げるチャイムが鳴り多くの社員が帰っていった。僕は誰にも見られないよう隠れるようにオフィスを出た。足を引きずるように駐輪場へ向かうとき後ろから

「ファジャール!元気か!?」

と声が刺さり僕は驚きのあまり体がビクッと反応した。
声の主は啓介だろう。
ただ反応する気になれない。
そもそも元気とはなんだ?
元気なわけがない。
この人は何も知らないのか?

そもそも誰にでもニコニコしてユーモアがあってのんびりしているような啓介には僕の気持ちなどわからないのだろう。
それともこの僕の状況を嘲笑っているのか?僕の中にそんな様々な感情が矢継ぎ早に渦巻き出した時に肩を叩かれた。

「啓介さんに僕の気持ちなんか分からない!」

その怒鳴りには様々な感情が混じっていて涙となって溢れ出した。
僕は小走りに駐輪場の方へ向かった。
歪んだ視界が腐悪邪悪流号を捉えたその時

「動くな!」

と刺すように鋭く、大きな声に僕の体はその場でたじろいだ。
啓介はゆっくりと歩き僕を追い越して真っ直ぐ腐悪邪悪流号へと歩み寄ると何を思ったのか思いっきり蹴り飛ばした。

#創作大賞2026
#お仕事小説部門


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集