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「母親=可哀そうな人」だと思っていた。

先日、旅に出かけたことを書きました。

この旅を終えて、
大小様々な気づきがあったのですが、
その中のひとつに、
母親に対する感情がありました。

それは、
どこかで母親を可哀そうな人だと思っていた
ということ。

わたしは母親と距離を置いている、というか
もはや絶縁状態です。

それはわたし自身が望んでいることで、
母親と距離があるからこそ、今
平穏で平和な日々を送ることができています。

それなのに可哀そうってどういうこと?
と、自分でも理由がよく分かりませんでした。

そこで、
「可哀そう」の正体を深掘りしてみました。

するとそこにあったのは、
母親を見捨てたように感じる罪悪感や
一人で過ごしているであろう母親の心配といった
いわゆる優しさからくる感情では
ありませんでした。

※ここから先は、わたしの個人的な、
そして少し残酷な本音に触れています。
でもそこに気づいたことでまたひとつ
手放しが進みました。
この気づきが誰かの心を少しでも軽くできたら。
そんな思いを込めて言葉を綴ります。

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