〈咲く花束に鬼の顔〉
その日の朝は出血していた、もうなにもかも
嫌になるくらい心の中がプツプツと切れている。
美香子は布団から起き上がる、そっと胸元を摩りながら深呼吸をした。
知っているこの感覚、
学生時代に何度も味わってはあの頃はその意味が分からなくてただ言われるがままに勉強に励んだ。
いつからか心は置いておきぼりにして、
働くのは、狡賢く動く頭脳に成長してゆく身体
訳も分からない、校舎という箱の中で自由に育つ
学校ってなんだろう
そんな事をふと頭の隅っこに疑念に、持ちながら
誰にも聞けずにいる
幸せってなんだろう
そんな事、いつからか、湧く実感もなく
日々は過ぎていく
目の前の参考書は分厚く硬い。
いつの間にか他人に触れることを恐れて
固くなった私のこころの中のように
何度も理屈で塗り固められた、正解への道筋が描かれている。
「音楽が聴きたい.」美香子はそっとイヤフォンを手に取ってipodへ接続した。プレイリストは自分で作った、お気に入りsongたち。大好きな歌詞に歌を聴くとまるで、乾ききった砂漠の海に、一つずつ雫のような水が滴っていくのを感じた。そっと目を閉じてみる。
この音、フェイク、ミドル、スタッカート、ビブラートの伸びていく美しさ、透ける透けない手前の加減。
見事に広がる音の世界に魅力されては抜け出せずにいる。家に帰る手前には、必ず寄り道をする。
この桜並木の通り道、小道のそばに咲く、沈丁花。
桜はまだ咲かない、秋になれば、一気に色づく銀杏色の葉っぱのトンネル、イヤフォンに耳を傾けて、その奥のメロディーに、心を乗せる。伸ばした手は、天高く伸びては縮む。私がいまここにいる意味が分からないと、もうひとりの私が言った。
私はそれを聞かないフリをして、イヤフォンのボリュームを上げた。目の前に揺れた沈丁花が優しくこちらを向いて微笑んでいる。どうしたってこんな風にしか生きられないのか、聞かなくていい事もやりたい事も相反して遠くの雲のように飛んでゆくのよ。
フェイク、ミドル、スタッカート
繰り返されるメロディーに広がる世界に、
幼き頃に夢中になった塗り絵のようにひとつずつ色をつけてゆく。赤、青、白、みどり、黄色、ここは少しだけ濁った赤で、薄く青のグラデーションに溶けてゆく感じね。心の底から癒される瞬間。
勉強から解き放たれて、やるべき事も学校の宿題も生徒会の準備も、先生の声もここまでは響かない。
響かせないで、
私の音が聞こえる前にそっと停止のボタンを押す。
プチっと音楽が途切れる瞬間はいつだって悲しい。
現実に向かう瞬間は少しだけ哀愁に溢れている、
心は沸騰直前だ、落ち着かなきゃ
水が溢れ出して鍋から溢れ落ちる前に、火を消すように、私はお気に入りの音楽から離れる。
ipodのホーム画面へと戻っていく。
今晩はとっておきのプレイリストがつくれそう。
高鳴る胸、揺れる風、落ちかけの夕暮れ時の太陽、
それらが重なり私を作ってゆく。
この瞬間だけは誰にも奪われない。
その安堵感で、明日も頑張れる。
もう一度参考書をひらく。
塊のような文字が一粒ずつ、自分の中に吸い込まれていく。これは理屈じゃない、ちゃんと繋がっている証拠だから。美香子はひとつ空を見上げた。
沈丁花が、今度は不安げにこちらを見つめている。
「私ってまだまだだ」
そう言い掛けた瞬間に
小道の向こうの道路沿いに大きなバイクが走る
ものすごい勢いで、過ぎ去る音に、身体が少しだけ反応しては、まるで風を切るように自由なそれが羨ましいと思ってしまう自分を責める。
「私はまだ大丈夫
この先もずっと、大丈夫。」
鬼は私の中に潜んでいるから、
飼い慣らす為に、ずっと生きていくの。
お気に入りのiPodの音を消した瞬間に静まる気配に、
耐え難い苦痛を感じた美香子。
音楽なしじゃ生きられない。でも音楽なしでも生きていく自分も探している、きっとどこかで。
頭の中を文字とメロディーが駆け抜けていく。
来年の私どうなっているかな、
大学生になったらひとつだけ決めている事がある。
それを胸の内に潜めるように
緑のiPodをケースに入れて鞄の中へとしまった。
いつの間にか朝の胸のぷつぷつは消えた。
学校の机、友達の笑顔、先生の声、抜けかけのシャープペンシル。どれだって愛おしい。
私ここがすき。
おわり.
心がプツプツと切れる朝。音楽で自分を飼い慣らし、明日へ向かう。瑞々しい感性で描く、孤独と再生の物語。#note
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こちらの作品は、i様主催の#風まかせ文芸部さんへ
提出させていただきます♩.•*
お題は「鬼」でした.
よろしくお願いいたします。
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風まかせ文芸部|ふわっとことばあそび【鬼】|i 様@kafeoreyarou
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