元気そうに見えても、私にはできないことがある——うつ病と共に生きる日常
50代──子ども達の手も離れ、私はようやく自分の時間を楽しめると思っていました。
そんな私ですが、50代になった最初の年にうつ病になってしまいました。
何もできずにただ寝たきりだった急性期を乗り越え、今はある程度の日常生活を送れるようになりました。
いちばん病状が悪かった頃を思えば、今は夢のような毎日です。
家の掃除をする
買い物に行く
時々、外にごはんを食べに行く
傍から見れば「元気そう」と思われるかもしれません
でも実際には、体力の制限や予測できない疲れと向き合いながら暮らしています。
「普通に動けること」が当たり前だった日々とのギャップに、悔しさやもどかしさを感じることも少なくありません。
このシリーズでは、そんな「病気と共に生きる日常のジレンマ」と、私が工夫して見つけた小さな喜びを綴ります。
同じような経験をしている方に、「一人じゃない」と思ってもらえるような、温かい記録にしたいと思っています。
今回は全6回の第1回目です。
「見た目は元気そう」に隠されたジレンマ
「元気そうに見えるね」
と言われるたび、
「生気のない顔をしていた私が元気を取り戻したんだ!」
という嬉しさと
「元気そうに見えるのに、他の同年代の人と同じように過ごせない自分」
に少し胸がチクリとします。
確かに、外見だけなら日常生活をこなせているように見えるかもしれません。
でも実際には、体力の消耗が激しく疲れやすかったり、思うように動けない時間があったりして、「元気そう」と見える自分と、内側の自分のギャップに悩んでいるのです。

急性期を抜けてからの「新しい日常」
病気が悪化していた時期、私は布団から起き上がることもままなりませんでした。
体が鉛のように重くて、椅子に座っていることができなかったのです。
買い物も料理も掃除もできず、「生きる」ことだけで精一杯。
そこから少しずつ回復し、今は掃除や簡単な料理、買い物など生活の基盤を整えられるようになりました。
(もう仕事復帰できるのでは?とアルバイトに挑戦し4日間でギブアップしたお話も、いずれしたいと思っています)
それでも、健康な人が「ちょっと歩こう」と言う“ちょっと”が、私にとっては一日を左右する大きな負担です。
見えない疲労との付き合い方
私の一日は体調との相談で決まります。
頭を使うこと(noteの執筆など)、家事、したいと思っていることは午前中にし、午後はなるべく休養する
買い物に出かけた翌日は、疲労感との闘い。
人混みに行くと数日寝込むことも
「今日はこれくらいできる」と思っても、体は正直で、思うようにいかないこともあります。
毎日、体との折り合いをつけながら生活する感覚は、健康な頃には想像もできませんでした。
小さな工夫でつなぐ日々
それでも、私は自分なりの方法で生活をつなげています。
買い物は宅配サービスも活用
買い物は平日の空いている時間にする
平日家にいる家族がいれば一緒に行ってもらって、荷物をもってもらう
家事は細切れに行い、「今日はここまで」と線を引く
できなかったことより、できたことに目を向ける
完璧主義の私はつい完璧を目指してしまいます。
だから「できなかった」ことよりも「できたこと」に目を向けて達成感を感じるのが、心を軽くするコツです。

同じように悩むあなたへ
元気そうに見えても、体力や気力の制限に悩む日々は、誰にも見えません。
もしあなたが同じような経験をしているなら、「一人じゃない」と知ってほしいです。
病気があっても、自分なりのペースで生活を整え、小さな喜びを見つけながら生きることはできます。
このシリーズでは、そんな私の工夫や心の揺れを少しずつ綴っていきます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
この記事があなたの心に小さな灯をともせますように🌸
次回は第2回 「疲れやすい体との付き合い方——毎日を少しずつ取り戻す工夫」をお届けします。
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50代で病気を経験し、健康な同年代と同じようには動けない私の毎日。 でも、できないことばかりに目を向けず、小さな工夫や気づきを積み重ねる…
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