呟き/考えすぎる私の考えすぎた友達の定義
「棗ちゃんって友達いる?」と
気軽に聞かれると
「いやー、、コミュ障なんでほとんどいないですねぇ」と答えてしまう。
私のMBTIはINFJ(提唱者)なのですが、
MBTIについて色々と調べている際に
「提唱者は定義について考えすぎることがある。例えば友達の定義などを考えすぎてしまう」
と書いてあったのを見て、
皆様はどこからが友達で
どこからが知り合いだなんて
考えたことはないのですか!?
とカルチャーショック?を抱いたのを
覚えています。笑
だって定義をしないと、
「友達」という言葉が正しく機能しないし
話す相手とも共通認識ができないから
定義は大事でしょ・・・?と
思っていたのですが
そもそも世間話みたいな所で
誰も興味がないであろう私の友人事情など
そもそもどうでもいいか?という結論に至るなどしました(唐突な卑屈モード)
それはそれとして、
「友達」の定義って皆様は考えたことありますか?
私は自称「友達が少ない女」なのですが、
多分コミュ障だからという理由以外に、一般的より友達へのハードルが高め、というのがあるのだと思います。
今回は私の友達の定義を語りながら、
自分自身について見つめ直していきたいと思います。
友達って・・・なんだ?
友達。まずは辞書の言葉から見てみましょう。
互いに心を許し合って、対等に交わっている人。一緒に遊んだり喋ったりする親しい人。友人。朋友(ほうゆう)。友。
・・・え?友達って難しくない?
「互いに」かつ「心を許し合って」
しかも「対等」で「親しい人」・・・。
深掘りして考える要素いっぱいじゃないですか!!!
いやそんな全部揃っている人・・・
私一人もいないかもしれない。。。笑
ふむ。。考えすぎるINFJに、
「友達とは?」の問いは難しいかもしれない(思考放棄)
まぁでもせっかく
この記事を書いてみようと思ったので
私なりの「友達」の定義について
改めて話していきたいと思います。
私の中の友達の条件
なんか、「条件」とかって書くと
上から目線みたいで微妙に嫌なのですが
私はとにかく一方通行が怖い傾向があり
私が友達だと思っていたけど、
相手からはそう思われていなかったみたいな状況が怖すぎて苦手です。
なのでそういう齟齬が起きないように
石橋を叩きまくって「友達」の枠に入れるかを考えています。逆に自分で石橋を叩きまくれば、もし仮に相手からは友人だと思われてなくても、なんとなくショックを受けないです。
あなたはそうでも私は好きだからいいや、のスタンスまでいってしまうからなのかなと思います。
そう考えると、客観的に私の言う友達は
一般的には「親友」の方が近いかもしれません。
そんな私の中の友達条件がいくつかあるので、
一つずつお話ししていきます。
私的友達の条件①:深い話(哲学的な話含む)が出来るかどうか
私の最も大事と言っても過言ではない条件。
それは「深い話ができるかどうか」です。
今回みたいな「友達の定義って何?」みたいな
答えのない問いを一緒に楽しみながら考えたり話したりが出来る人。
例えばここで出てきた友人との会話も、
私にとっては友達かどうかの判断に大きく関わります。
「自分が大学生の時、30歳なんておばさんだと思ってた。30歳になるのが嫌だった。でも今は、今の自分の方がよっぽど好き。」
友人が言ったこのセリフが凄く好きで
今でも当時言われた時の状況をよく覚えています。
この子とは大学生の時に出会い、
今も交流が続いている一人。
私の「友達」になった人たちは
基本的に今でも会ったり連絡を取り合う人が多くいます。
勿論連絡も毎日頻繁に、というのではなく、
半年や一年に一回ぐらい
「よ、元気かい?」みたいな感じで
連絡することが多いです。
つい近況を知りたくなってしまうんです。
知らない間にどんな人生を歩んでいるのか、どんな学びがあったのか、感覚があったのか、そういう話を時々集まってはお互いの宝物を語り合う、みたいな空間がとても大好きです。
深い話や哲学的な話ができる人は
その人の世界観がある方が多いです。
物事を自分の視点で落とし込み
そして考えられる方が多いので、
哲学的な話をできる方は
私的には思考回路が似ていて安心します。
私的友達の条件②:自分と話し相手が他人だと認識できている人
私は哲学的な話が好きだし
基本的には自分の意見をしっかり持っている人が好きです。
その意見が例え自分と相容れなくとも
思考回路を知ることで
相手を知ることができるし
対話は友人関係の構築だけではなく
人としての関わり部分で
大事な要素だと思っているので
対話をするための言葉を
しっかり生み出せる人が好きです。
なので自分の意見を持っている人が
好きなのですが、
そういう人の中には一定数、
自分と話し相手が他人だと認識できていない人がいます。
例えば例で言うと、
・相手が嫌がっているのに自分の意見を押し付けてしまう
・相手が思い通りの発言や行動をしないとイライラしてしまう
などでしょうか。
いわゆる「自他境界が曖昧」なタイプです。
https://www.uraraka-soudan.com/column/332
こちらの記事に詳しく載っているので
ぜひみていただきたいですが、
実は私自身も
「自他境界が曖昧」なタイプの一人。
しかしこのタイプは
記事にも書かれているように
大きく分けて2つのタイプがあり、
人のものを自分の領域に入れすぎる場合と自分の領域のものを相手に広げすぎる場合とがあります。
私は前者のタイプで、
私が苦手なのは後者のタイプです。
「人のものを自分の領域に入れすぎる場合」の特徴としては
☑人の意見が正しいと思えて合わせてしまう
☑自分の意見がない、または、人に影響されてすぐに意見が変わる
☑自分に自信がない
☑機嫌が悪い人を見ると自分のせいだと感じる
☑相手の要求に無理をしてでも合わせようとする
☑人のちょっとした言動で傷つく

全て一言一句、私のことかな?って感じです。
私の場合、すぐに意見が変わると言うよりは
相手の意見が染み込んで自分のものになりやすいというか。。。
結構危ない傾向で、
いい意見ならいいけど悪い意見(私自身を否定するようなこと)とかも染み込んでしまい、
それで結果自分を傷つけてしまったり
状況が悪化することもしばしばあります。
私の改善しなければいけない、考え方の癖の一つです。
しかし少しだけ大人になった私は
相手の意見を丸呑みせずに、友人以外の人の意見は切り分けられるようになりましたし、
今は親しい中でも時間が経てば
自分の心の声と違う場合の齟齬を
感じやすくなっているなと感じます。
より生きづらくなったという
考え方もできますが、
もう少し心の声が大きく聞こえてくるようになれば、少しずつでも生きやすくなっていくのかな、と思っています。
私と親しければ親しいほど、
相手も私のことを
思ってくれていることが多いので
そういう方と、私の心の声が真逆だったりすると結構苦しいことがまだまだ多いです。
ちゃんと切り分けて、
正しく立っていきたいものです。。
・・・少し話がずれました。
自他境界の話の続きに戻りましょう。
そんな感じで、「人のものを自分の領域に入れすぎる場合」には前述の特徴があると言われています。
後者の「自分の領域のものを相手に広げすぎる場合」についての特徴も
先ほどご紹介した記事に
特徴が書いてありましたので
引用したいと思います。
☑自分の感じ方はみんなにとっても正しいはずだと思い込む
☑意見や感じ方が違う人に怒りを覚える
☑自分の気持ちを分かってもらえないと感じて不安や怒り、不満などを感じる
このタイプは実は自信がなく、
結果的に相手を責める結果になっているだけで
繊細で実は根は良い方も多いです。
それでも、自分の意見を通し
相手の意見を一刀両断する感じのタイプの人は
「知り合い」にはなれど「友達」にはなれないなと思います。
自他境界を正しく持ち、
そして相手の意見を否定せず、
自分の意見はしっかり伝える。
そういう人が私にとっては居心地が良く、
この人は「友達」だなと感じられる条件の一つです。
私的友達の条件③:気を遣う回数が少ないかどうか
私は自分の認識としては
「人見知り」だと思っています。
しかし友人たちからは、
絶対そんなことはないと否定されることが多いです。
確かに初対面の人が多くいる場では
みんなが一人ぼっちにならないように
全体的に会話を回すし
友人たちの中では、
「誘われるのを待つ」より「誘う側」だし
20も30も年上の人に対しても
比較的フランクに話す時が多いです。
(まぁこれも自分なりの持論はありますが)
でも実際心の中では
3ヶ月以上期間が開くと
友人たちにも人見知りするし、
友人であっても「もしかしたら嫌われたかな、嫌なことしたかな」と、定期的に不安になってしまいます。
気遣いは息を吸うようにしてしまうし、
その気遣いも一般的な優しさだけではなく、
先ほどみたいに逆にフランクに話したり
強めにいじったりする時も
個人的には気を遣っている時も多いです。
なので、
「嫌われたかな。大丈夫かな?傷つけてないかな?変なこと言ってないかな?」と
気になってしまう時が多くあります。
久しぶりに近況を聞きたいなと思っても、
自分のメンタル状況で「元気?」すら送れない時だってあります。
でも友人たちには
そういう心の機微は見せません。
だってその機微を感じていること自体が
気を遣わせそうで。笑
ですが、それでも
気遣いの回数が少なかったりすると、
「あー、この人は私の友人だな」と
感じるきっかけになります。
私の友人は別に女友達だけではなく
歳の離れた人もいるし、マスターや元パートナー、もはや元カレだって友人枠の一人です。
自分の心の内側を共有している人は
友達だなと感じやすいのだと思います。
・・・ん?
ということは、
ここを覗いてくれているあなたも、
私の友人、ということになるのかもしれませんね。
という感じで、今回は私の友人の定義についてお話ししてみました。
皆さんの定義もぜひ聞かせてくださいね。
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