13歳からの100万円投資ゲーム「人生負けたら借金1億円」【第三章】
【三章】「リスクとリターン」
中学3年生になった省吾は、高校受験を控えていた。中学2年生まで「中の下」の成績だったが、3年生になってから急に成績が伸び始め、今では定期テストで、学年で10位内に入るほどになっていた。成績が急に伸びた理由は、マイケルに時間の使い方を教えてもらったからである。
「1日は24時間だ。その時間を、寝る時間、食事の時間、お風呂の時間など、必要な時間を差し引いていくと、残った時間が“勉強”に充てられる時間になる。しかし、この考え方で勉強時間を確保しようとすると、失敗するのは目に見えている。なぜならば、いい加減な気持ちで時間を確保しようとするから、結局、勉強時間を確保することができないからなんだよ。これは投資でも同じことが言える。『余ったお金を投資する』ということと同じで、計画的に投資のお金を確保できないと、やっぱり投資も貯金もうまくいかないんだよ」
そのアドバイスを聞いて、省吾は勉強に必要な時間を必ず1日4時間確保することを決めた。そこから食事の時間やお風呂の時間を差し引くようにしたことで、ダラダラと身支度や移動をすることがなくなった。毎日、緊張感をもって過ごすことができるようになり、限られた時間があることで、勉強にも集中することができるようになった。お金のやりくりと一緒で、時間にも自己管理の意識が必要だと思った。
もうひとつ、受験期になって気づかされたのは、手持ちのお金の確保の重要性だった。お小遣い稼ぎで始めていた犬の散歩は、受験勉強に集中することで、一時休止にした。しかし、積立投資を途中で止めてしまうのはもったいないと思い、手持ちにあった50万円から、毎月5000円ずつ差し引いて、投資することにした。このようなイレギュラーな事態があった時に、改めて手持ちにお金がある重要性に気づかされた。
省吾は県内トップの公立高校の「船葉高校」に行きたいと思っていた。自宅からも近く、自由な校風で、有名大学に多数の合格者を出すことから、地元でも人気のある高校だった。
しかし、省吾の成績では、偏差値が足りず、模試でも常に船葉高校は合格圏外だった。担任も偏差値がワンランク下の「佐北高校」を受験することを勧めており、塾の先生にも、今の成績では船葉高校に受かるのは難しいと言われていた。
省吾本人も悩んでいた。県内の公立高校を受験できるのは1回1校のみ。ワンチャンスだ。不合格になってしまうと、通える範囲内には私立高校の「七味学園」しかなく、自宅からは遠く、校則も厳しく、偏差値も低くて大学への進学実績も芳しくはなかった。
受かるかどうかわからない船葉高校を受験するのか、それともリスクを回避して、二番手の佐北高校を受験するか。省吾は年末まで、ずっと悩み続けた。
「船葉高校を受けようと思うんだよ」
一緒に初詣の合格祈願に行った健太が言った。省吾は聞き間違えたのかと思い「えっ」と耳を近づけた。
「俺の成績だと船葉高校は厳しいと思うんだけど、受けるだけ受けようと思ってさ。記念受験みたいなもんだよ。別に落ちて滑り止めの七味学園に行ってもいいと思っているし」
健太の成績は省吾よりもずっと低かった。模試では一度も抜かれたことがなかったので、ライバル心すら持っていなかった。しかし、その健太が県内トップの船葉高校を受験するとなれば話は変わってくる。
健太は自分と同じ、バトルファンドに参加する一人だ。最近は、お金の話もしなくなったので、残高がどれだけあるのかも分からないが、学校を休んで推しのコンサートに行ったり、服や持ち物にもお金をかけるようになったりしていたので、ほとんどお金は残っていないはずである。
対して、自分は買いたいものを我慢して、コツコツと投資を続けて、着実に金融資産を増やしている。そんな自己管理をして、真面目に勉強している自分が、散財をして遊び回っている自己管理のできない健太に、高校受験で負けるわけにはいかなかった。
この日、省吾の第一志望は船葉高校に決まった。
塾の帰りに駅前のカフェで省吾が勉強していると、目の前にマイケルが「久しぶり」と言って現れた。「邪魔しちゃ悪いかな?」と気を使われたが、省吾もちょうど息抜きがしたいタイミングだったので「どうぞ」と言って、向かいの席に手を差し伸べた。
受験の話になった際、省吾はモヤモヤした気持ちをマイケルにぶつけた。すると「この話は投資と同じだね」と言った。
「健太君は、今の偏差値では受かりっこない『船葉高校を受験する』という、大きな賭けに出たわけだ。でも、彼に取ったらリスクは何ひとつない。だって、七味学園に行ってもいいという覚悟で受験しているんだから、彼に取ったら失うものがない『ローリスク・ハイリターン』になる。だけど、投資と同じで、ローリスク・ハイリターンのものなんて世の中にはないんだ。リスクが低い投資信託はリターンも少ないし、会社ごとの株を買う投資をしたら、失敗するリスクが大きい分、リターンも大きいだろ。つまり、リスクとリターンは常に比例するものなんだ。だから、それが比例しない、健太君の『ローリスク・ハイリターン』は、チャレンジでもなんでもなく、ただの“運試し”ってことなんだよ。だから、仮に船葉高校に受かったとしても、それは“運が良かった”というだけの話であって、意味のあることではないんだ」
さらにマイケルは話を続けた。
「でも、省吾君は違うよね。絶対に七味学園に行きたくないわけだし、船葉高校だって受かるかどうか分からない。そうなると、『ハイリスク・ハイリターン』の勝負になる。つまり、同じ高校を受験するのに、二人の環境の違いによって、ただの運試しになる可能性もあるし、ハイリスク・ハイリターンの投資の話にもなるんだよ」
省吾はマイケルの話を聞いて、自分の気持ちだけが空回りしていることに苛立ちを覚えた。自分は船葉高校に行きたいけど、七味学園には行きたくない。だから、ハイリスク・ハイリターンになる。しかし、二番手の佐北高校であれば、確実に合格するので、これはローリスクになるし、七味学園に行く可能性が低くもなるので、こちらもローリターンになる。
自分だけ人生の投資をしているのに、健太が投資ではなく、ただの運試しをしていることに対して不公平さを感じた。マイケルはさらに話を続けた。
「今、省吾君は一括投資と積立の2つの投資信託をやっているよね。投資信託というリスクを分散した投資をしているから、大きく失敗する可能性はないけど、その分、長期間の投資をし続けなければ、リターンが生まれない。もし、短期間で稼ぎたいというのであれば、まだ省吾君には教えていないけど、FXやビッドコインが向いている。だけど、これらの投資は大きく上がるかもしれないけど、同時に大きく損をする可能性もある。つまり、失敗したくなければ、時間や株式の種類でリスクを分散させる必要があるし、失敗してもいいから、大きく稼ぎたいというのであれば、すべての金融資産を、大きく上がる可能性のあるリスクの高い投資にぶつけて、大きなリターンを受けることに挑戦する必要があるんだ」
可能であれば、省吾も今の投資と同じように、ローリスク・ローリターンの受験がしたかった。しかし、ここはリスクを取ってでも、ワンランク上の船葉高校に行きたい思いが強かった。「ハイリスク・ハイリターンで勝つ方法あるんですか?」と聞くと、マイケルは静かに話し始めた。
「残念ながら、人間は確実な未来を当てられる生き物ではないなんだよ。だから、ハイリスク・ハイリターンの投資に対してはリスクを分散して、ローリターンにするしか方法がないんだ。省吾君の場合、自分の偏差値を上げてリスクを上げるか、志望校を落としてリスクを回避するか、もしくは、七味学園を好きになるか、その3通りの中で選択するしかリスクを分散させる方法はないんだよ」
省吾は志望校を下げる気もなかったし、七味学園を好きになるつもりもなかった。そうなると、偏差値を上げて、リスクを回避するしか方法はない。マイケルは真顔になって、言葉を続けた。
「ただひとつ言えることは、若いうちの失敗は何度でも挽回できるということだ。若い頃に投資に失敗しても、時間がたっぷりあるから、いくらでもやり直しが効くだろ。でも、歳を取ると、稼げるお金も少なくなっているし、生きている時間も短くなる。一度の投資の失敗が大きな失敗につながって、取り返しのつかないことになってしまうんだ」
省吾はバトルファンドのペナルティのことを思い出した。1位になれば3人の金融資産を総取りすることができるが、ビリだったら、33歳で1億円の借金を背負わされることになる。今までそのペナルティに対して真剣に考えたことはなかったが、これほどハイリスクな話はないと思った。
マイケルはさらに話を続けた。
「世の中はね、リスクを取る人が、リスクを取らない人から、お金を搾取する仕組みになっているんだよ。だから、省吾君には、これから投資をしていくために、リスクを背負うことに慣れてもらいたいんだ」
省吾には「リスクを取る人が、リスクを取らない人からお金を搾取する」という意味が分からなかった。首をかしげていると、マイケルは説明を加えた。
「たとえば、省吾君はずっと犬の散歩でお小遣いをもらっていたよね。あれは貴重なお金だったけど、あの仕事でお金持ちになれるはずがないよね。だって、自分が常に犬を散歩させなくてはいけないから、稼げるお金には限界がある。つまり、自分が働いて自分が稼ぐ仕組みだと、人はお金持ちになれないんだ。だけど、もし、犬を散歩させるスタッフを、健吾君がたくさん雇っていたらどうだろうか? いろいろな家に営業をかけて、犬を散歩させるサービスを宣伝すれば、たくさんの依頼が来て、スタッフに犬を散歩させることで、お金がどんどん省吾君に入ってくることになる」
省吾はお金がたくさん入ってくることを想像すると、頬を緩めた。
「だけど、この犬の散歩事業はうまくいくかどうか分からない。もしかしたら、犬の散歩は自分でやりたい人のほうが多いかもしれないし、チラシやネットを使って宣伝をしても、お客さんが集まる保証はどこにもない。そうなると、雇ったスタッフにも給料が払えなくなるから、健吾君は犬の散歩のビジネスで大きな借金を背負うことになる。だけど、もしかしたら、うまくいくかもしれないから、これは事業として『ハイリスク・ハイリターン』になる。じゃあ、ここで問題だ。今の話の中で、リスクを取らなかった人は誰だと思う?」
省吾は頭の中で状況を整理した。犬の散歩事業を始めた自分は大きなリスクを取るが、犬を散歩させるスタッフは、与えられた仕事をやるだけでお金がもらえるから、彼らが一番リスクを抱えていないことになる。しかし、自分が犬の散歩をしていたのと同じで、与えられた仕事しかできないから、永遠に日当の給与しか稼ぐことができない。一方で、スタッフを雇っている自分はお客を増やせば増やすほど売上が伸びて、仕事をしたスタッフから3割ぐらいの手数料を徴収すれば、自分が犬を散歩しなくても自動的にお金が入る仕組みを作ることができる。
何かに気づいた省吾の顔をみて、マイケルが話を続けた。
「これが、リスクを取る人が、リスクを取らない人からお金を搾取する仕組みなんだよ。会社経営というリスクを背負った人は、リスクを取りたがらないサラリーマンを雇って、そこから稼ぎの一部を搾取して、お金を増やすことができるんだ。一方で、サラリーマンはリスクがない分、安い賃金で永遠に働かされて、一生、お金のない生活に怯えながら暮らしていくことになるんだよ」
マイケルはさらに話を続けた。
「最初に銀行にお金を預けても金利がつかない話をしただろ。それでも、銀行にお金を預ける人たちが多いのは、『お金が減るかもしれない』という恐怖心が働いて、それでいつまでも投資という簡単にお金を増やす方法を知らずに、ローリスクの生活を送ってしまうんだよ。でも、省吾君は違った。適切なリスクを取って投資をはじめて、その結果、お金を道具として使う術を学んだだろ。これはリスクを背負った人間だからこそ、得られたリターンでもあるんだ」
省吾は健太のことを思い出した。健太は、貯金もしていなければ、投資もしていない。今回の受験だって、彼に取ったらローリスク・ハイリターンという「運試し」でしかない。失うことから、常に逃げ続けている健太は、ずっと安全圏で生活している。おそらく、彼はこのままリスクを背負わない人生を歩むはずだから、永遠に搾取される側でお金に困る生活を過ごすことになるのだろう。
「人間は失敗からしか大切なことが学べない。だから、若い時はたくさん失敗したほうがいいんだ。そして、省吾君は、リスクを怖がらずに、常にリターンを取りに行く人生を歩むべきなんだよ。だから、今回の受験はハイリスクを取りに行ったほうがいいんだ」
マイケルの話を聞いて、省吾は船葉高校を受験する気持ちがさらに強まった。
合格者の受験番号がページに表示されると、省吾は表情を硬くした。
「番号、ない……わね」
一緒にパソコンで合格発表を見ていた母親が小声で言った。気まずい雰囲気がリビングに流れる。居ても立ってもいられなくなって、省吾はサンダル履きのまま家を飛び出した。
しばらくすると、スマホが鳴った。「健太」と言う名前が画面に表示された。
「船葉高校、受かったよ! まさか受かると思わなかったよ!」
省吾は膝から崩れ落ちそうになった。そのあとの言葉は耳に入ってこなかった。辛うじて「おめでとう」という言葉を絞り出すと、電話を切った。手に持ったスマホが鉛のように重かった。
行く当てもなく駅前を歩いていると、ダンス教室で絵美が踊っている姿が見えた。絵美と目が合うと、笑顔で省吾のところに駆け寄ってきた。
「ねぇ、聴いて! 私、春から大手芸能事務所に入ることが決まったのよ。この間のドラマのチョイ役を芸能事務所の社長が見ていてね、それで声がかかったの。分かる人は分かるのよねぇ、私の実力を」
絵美はそういうと、笑顔を省吾に向けた。
「バトルファンドの100万円のおかげで、私の人生は大きく変わったわ。東京のオーディションもたくさん受けられるようになったし、プロのカメラマンにも宣材写真を撮ってもらうことができるようになって、書類審査にも通るようになったのよ。プチ整形もしたし、高級な化粧品でメイクもすることができるようになったから、夢を掴めたのよ。もらった100万円も残り僅かしかないけど、最後のお金は東京で独り暮らしをするための引っ越し代に使うつもり。高校には行かないけど、それも覚悟の上。そのくらいのリスクを背負わないと、アイドルにはなれないものね」
夢と希望に満ち溢れている絵美の姿は、今の省吾に眩し過ぎた。
省吾は一人、土手を歩いていた。月をぼんやり眺めていると、それがゆるゆると揺らぎはじめ、たくさんの涙が溢れ出てきた。
自分はハイリスク・ハイリターンの勝負に出た。結果、ハイリターンを得ることができず、ハイリスクを背負う高校生活を送ることになった。対して、健太は運試しの勝負に出て、見事にハイリターンを勝ち取った。絵美も同じく、100万円でアイドルになるという運試しに挑戦して、自らの道を切り開いた。
それに引き換え、リスクを取りに行った自分は何だったのか? なぜ、自分には健太や絵美のような「運」を掴むことができなかったのか?
「人間は失敗からしか学べない」
マイケルの言葉を思い出して、省吾は新たな課題を突き付けられた気がした。
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