13歳からの100万円投資ゲーム「人生負けたら借金1億円」【第四章】
【第四章】「長期・分散・積立」
七味学園に進学した省吾は、最初の3ヶ月間は何もやる気が起きなかった。運試しで自分が行きたかった高校に進学した健太と、大きな夢を掴んだ絵美を見て、コツコツ努力することやお金を貯めることに対して、むなしさを感じるようになっていた。
しかし、そんな状況下でも、省吾はコンビニでアルバイトをはじめて、そのお金をすべて投資信託の積立に回していた。自分にはお金を貯めることと増やすことぐらいしかできないという思いが日に日に強くなり、その現実を少しずつ受け入れるようになっていった。
そんなある日、ふとマイケルに言われた言葉を思い出した。
『人並のスキルを身に付けて、なんの意味がある? 希少性にも差別化にもならない。それだったら、省吾君が大好きなお金を好きになって、お金の専門家を目指したほうがずっといいよ』
自分には「お金を増やす」という誰にも負けない特技がある。自分に「ないもの」を求めるよりも、自分に「あるもの」を生かすことのほうが、人生のプラスになる、人並以上のスキルを身に付けられると思った。
省吾は二学期に入ると中学生の頃よりも徹底して自己管理をするようになった。勉強は「すべて学校にいる時に終わらせる」というルールを課して、誰よりも早く学校の図書室に行って勉強をして、分からないことがあればその日のうちに先生に質問するようにした。学校が終わると、駅前のコンビニでアルバイトして、そのお金はすべて積立投資信託に回し、親からもらうお小遣いの月5000円だけで生活するようにした。
13歳からお金を使うことに対する習慣が身についているせいか、貯金と節約は苦にならなかった。むしろ、この素晴らしい習慣を、なぜ、多くの人はやらないのか不思議にさえ思えた。
「お金がない」と嘆く大人は多い。しかし、お金を貯めることは非常に簡単なことだ。収入を増やすことと、支出を減らすことを、両方を少しずつやればいいだけの話である。一方でお金が貯まらない大人たちの理由は「計画性がない」という一言につきる。何も考えずに働き、何も考えずにお金を使うから、収入を上回る支出をしてしまう。この事実を分からずに「お金がない」と嘆くのは、いくらなんでも自分勝手すぎると思った。
省吾は高校受験の失敗を教訓にして、大学受験は推薦枠を取りに行くことにした。自分が短期決戦の受験勉強には向いていないことが分かり、コツコツと勉強をして、定期的テストで良い点数を取り続けて、推薦枠で大学に進学することのほうが、自分の勉強スタイルに合っていると思った。
しかし、場合によっては推薦で大学に行けない可能性もある。そのため、大学受験は国立大学への進学を想定して、苦手科目をできるだけ作らないような勉強を心がけることにした。そうすることで、理系にも文系にも舵を切れるようにして、できるだけ希望の大学に行けるような体制を整えた。
省吾は受験勉強の方法と投資信託は似ていると思った。推薦枠を取るために長期的な戦略を立てて、日々、コツコツと定期テストの評価を積み立てて、リスクを分散し、推薦枠と国立大学の受験の両方を狙う。まさに投資信託の基本である「長期・分散・積立」の3原則といえた。
投資のノウハウはお金を貯めるだけではなく、人生の目標を達成するために必要な知識だと思った。
省吾がひとつ気がかりだったのは、自分のお金を稼ぐ手段がアルバイトしかないということだった。今は駅前の雑居ビルの1階のコンビニで、時給900円で夕方の5時から夜の10時までの5時間、週に3回働いている。月の収入は5~6万円と決まっている。
『リスクを取る人が、リスクを取らない人からお金を搾取する』
以前、マイケルに言われた言葉を思い出した。コンビニのバイトに行けば、確実に働いた分だけのお金がもらえる。しかし、それ以上のお金を稼ぐことはできない。リスクを取らない稼ぎ方をするから、収入の限界が見えるわけであって、それ以上の収入を得たいのであれば、どこかでリスクを取った仕事をやらなくてはいけない。
「久しぶりに連絡が来たと思ったら、お金儲けの話ですか」
もっと収入を増やしたいと省吾が相談すると、マイケルは笑った。「高校生でリスクを背負ってビジネスを自分でやりたいというのはおかしいですか?」と言うと、マイケルは「投資と同じで、早く起業することは、お金を増やすことでとても大切なことです」と表情を引き締めた。
「起業のビジネスモデルには3つの要素が必要なんだ。ひとつは『人が欲しているサービスをすること』。自分がやりたいと思ったことをやっても絶対に儲からない。なぜならば、自分のやりたいことは、自分で率先して働いてしまうから、すぐにお金儲けの限界がきてしまう。人が必要だと思うもので、そのサービスがなくては困るものを商売にしたほうが、確実にお金儲けのビジネスにつながる。もうひとつは『ありそうでなさそうなビジネス』を狙うことだ。世の中に今までなかったような、画期的過ぎるサービスや商品は、社会に浸透していないから、馴染むのにも時間がかかるし、市場をみつけるのも大変だ。それよりも、『探せばありそうだけど、探してみると、あんまりない』という、“今まであったものとちょっと違う”ぐらいのビジネスモデルを見つけたほうがお金儲けにつながりやすい。3つ目は『儲かっているように見えない商売』をビジネスにすることだ。儲かっていそうなことや、派手でかっこいいビジネスは、すぐに多くの人に真似される。儲かっていないようなビジネスモデルで、もうすでに古い商売で誰もやりたがらないようなわれるものが、市場のライバルがすでに弱体化していて、大きな会社も参入してこないから、一人勝ちしやすいんだよ」
省吾が、起業に向いたビジネスモデルをどうやって探せばいいのかマイケルに訪ねると、「人に聞くことだ」と答えた。
「新しいビジネスを見つけたいのであれば、いろいろな人の話を聞くことだよ。人と話して、雑談の中から悩みを聴き出したほうが、オリジナルのビジネスにたどり着きやすい。逆にSNSや動画、AIの情報は、儲かる起業の参考にはなりにくい。すでに古い情報の可能性があるし、SNSや動画はAIで自分の趣味や嗜好にあわせた情報しか表示されなくなっているから、情報の偶然の出会いがないんだ。そんな視野を狭める媒体からは、ユニークなイノベーションが生まれにくい。フットワークを軽くして、いろいろな人に会いに行って、直接、話を聞いて、情報をインプットすることが、新しいビジネスの発見につながるんだ」
最後にマイケルはこう付け加えた。
「お金儲けのチャンスを掴むためには、『何かすごいことになりそうだ』という偶然の情報を拾いまくることなんだよ。直感を信じて、偶然の情報を拾い続けていると、いつかその小さな偶然が積み重なって、新しいビジネスチャンスを掴むきっかけになるんだ」
その話を聞いてから、省吾は週末になると、様々な人と会うようにした。地元の若い経営者が集まる勉強会に参加したり、バイト先の大学生や主婦と話をしたりして、ビジネスにつながりそうなアイデアを模索した。
そんなある日、コンビニが入るビルのオーナーから話を聞く機会があった。
「ビルの管理をしてくれる人がいなくなって困っているんだよ」
オーナーが持つ4階建ての小さな雑居ビルは、1階は省吾が働くコンビニ、2階は音楽教室、3階はエステサロン、4階は税理士事務所が入居していた。定期的に掃除をしたり、ビルのトラブルに対応してくれたりするパートの管理人が近所に住んでいたが、その人が高齢で介護施設に入ってしまい、管理ができなくなってしまったという。
「掃除も週に1回、2~3時間でいいし、ビルのトラブルや入居者からの要望も、1年に数回あるかないかだ。しかし、私は隣町に住んでいるから、このビルにわざわざ来るのも一苦労だ。誰か代わりにビルの管理を任せられる人がいたらありがたいんだが」
省吾はこの話を聞いて、「何か凄いことになりそうだ」と思った。そして、マイケルの言っていた「欲しているサービス」「ありそうでなさそうなビジネス」「儲かっているように見えないビジネス」の3つの条件も満たしていると思った。
このチャンスを逃してはいけないと思い、省吾は「私にビルの管理をやらせてくれませんか」とオーナーに言った。
ビルの管理は週に1回程度の清掃だけで、月に3万円の稼ぎになった。ビルのメンテナンスに関しては、外部の業者と連携すれば、自分がわざわざ現場に出向く必要がなかったし、ゴミ捨てやビルの設備の使い方に関しては、注意書きを廊下に貼りだすことで、トラブルの数は減っていった。
この町には同じような小さな雑居ビルが数多くあった。親戚の不動産屋を通じて情報を集めてみると、皆、オーナーが高齢で、ビルの管理業務に悩んでいた。大きなビルであれば、大手の管理会社に任せることができたが、小さなビルの場合、費用対効果が合わなくなるため、管理会社に頼むに頼めなくなっているとのことだった。
省吾は、「小さなビルの管理業務を請け負います」という案内チラシを作り、ポスティングをして駅前の繁華街の雑居ビルを回ることにした。省吾の狙い通り、多くのビルのオーナーから管理の仕事のオファーが入った。
忙しくなった省吾は、ビルの清掃をしてくれる人を集めるために、高校の友達に声をかけた。週に1回1時間の清掃で、ビルのオーナーから月額3万円の手数料をもらっていたが、友達には月に1万円で働いてもらうことにした。時給換算で2,000円ぐらいになることから、友達はすぐに飛びついた。一方、省吾は自分が働かなくても、1つのビルの管理案件で2万円を手にすることができるようになった。
省吾は10棟の雑居ビルの管理を任されて、バイトのシフトを組むだけの仕事で、月に20万円の収入を得られるようになった。
「これが搾取する側と搾取される側か」
省吾は時給で働き続けることが、いかにお金から遠ざかっていく働き方なのか痛感した。
高校三年生の冬。省吾が書店で投資の本を探していると、後ろから肩を叩かれた。
「久しぶり」
そこには健太が立っていた。「時間ある?」と言われて、近くのカフェに入った。
二人の話題はすぐに大学受験の話になった。省吾がすでに国立大学の推薦が決まっていることを伝えると、健太は目を丸くして「すげぇ」とのけぞりかえった。
「俺の高校の友達は、みんな早慶を受験するから、俺も一応、そのあたりの大学を受けようと思っているんだよ。だけどたぶん、無理だな。MARCHも厳しいんじゃねぇかな。まぁ人生、何が起きるか分からないから、一応、受験してみるけどね」
健太は相変わらず、運試しの人生を送っているようだった。
「ところで」
話を切り替えた健太の表情が変わった。
「省吾、まだ、貯金とか投資やってるの?」
健太は周囲を見回すと、小声で話し始めた。
「俺たち、バトルファンドで100万円をもらってるだろ。20年後に一番金融資産を貯めた奴が総取りで、二番目が金融資産没収、三番目が1億円の借金を背負わされるって話だけどさ。あれ、本当なのかな? 今、貯金なんて一銭もないし、あと15年で大金を貯められるとも思えないんだよね。で、いろいろ考えたんだけど、13歳の中学生の頃の話だから、最近、そんなルール守らなくてもいいのかなぁと思ってきてさ。それに、最近は子ども夢証券のファンドマネージャーというやつからも連絡がこなくなっているしね。もうバトルファンドのことも、100万円を俺にあげたことも、向こうは忘れているような気がするんだよ」
健太はさらに言葉をつなげた。
「俺、気になって、子ども夢証券をネットで調べたりAIに質問したりしたんだよ。でも、どこにもホームページはないし、SNSにもその情報はないんだ。もしかして、そもそもこの話は最初からなかったんじゃないかと思い始めていてさ」
省吾も昔、子ども夢証券のことをネットで調べたことがあった。どこにも情報はなかったし、以前、森の中にあったはずの子ども夢証券のビルも、どこを探しても見当たらなかった。しかし、こども夢証券から100万円をもらったことは事実だし、その時に与えられたルールは健在だと思っている。お金をもらった時の証書もしっかり手元に残っている。お金をもらった証拠がある以上、そのルールを守るが当たり前だ。それなのに、今さら、自分の都合でなかったことにようとする健太の楽天的な心情が、省吾には理解できなかった。
「今、どのくらいのお金貯めてるの?」
健太の質問に、省吾は「さぁね」とはぐらかした。お金の話を人前でしないのは投資家の鉄則だ。お金の多さを人に話すと、嫉妬を買い、金目当てのろくでもない人間が周囲に集まってくる。場合によっては命の危険にさらされることだってある。
まして健太はバトルファンドの3人のうちの1人だ。自分のほうが、確実に金融資産が多いことが分かれば、1億円の借金を背負わないために、健太が何をしでかすか分からない。人はお金によって性格も変わるし、善悪の見境が分からなくなってしまうのが世の常だ。
健太は「やっぱり教えてくれないよな」と、一息ついて「しょうがない」とうなだれた。
「子ども夢証券の奴らは、バトルファンドのことなんて忘れていると思うんだよ。そもそも100万円を13歳のガキに渡して、1億円の借金を背負わされるゲームに参加させていること自体がおかしいと思うんだよ。俺はもう、このバトルファンドから降りたよ。もし、今度、省吾のファンドマネージャーに言ったら、そう伝えておいてくれ」
健太はそういうと、書店から出ていった。
人は勝手に自分の置かれている状況を「大丈夫」だと思ってしまうと、リスクを過小評価してしまうところがある。「お金を貯めなくても大丈夫」「老後の生活はきっと大丈夫」と思った人は、必ず年老いてからお金で苦労する人生を歩んでいる。
バトルファンドのルールは守らなくていいという健太のリスクの過小評価は、のちのち大変なことになると省吾は思った。
高校の卒業式が近づいた2月下旬、絵美からLINEが入った。
「久しぶり。今、実家に帰ってきています。少し会いませんか?」
駅前のファミレスで待っていると、絵美が現れた。大人びた雰囲気になっていたが、以前のようなアグレッシブさはなく、どことなく表情も暗かった。
「芸能事務所は辞めたの。正確には辞めさせられたってやつね。テレビドラマやバラエティ番組で、ちょこちょこ出たりしたんだけど、ぜんぜんチャンスが掴めなくて。それをマネージャーのせいにしたり、事務所のせいにしていたりしているうちに、最後は愛想つかされちゃってね。私、やっぱりアイドルには向いていなかったみたい」
絵美は「このままじゃ、私が1億円の借金を背負うことになっちゃうわね」と、冗談まじりで笑ってみせた。
その健気な姿に、省吾は自分が高校受験に失敗した時のことを重ねた。自分の人生はすべて終わってしまったと思っていたが、今はその考え方が間違っていたと断言できる。むしろ、あの失敗があったからこそ、自分のこれから先の人生と投資に対して、真剣に向かい合うことができるようになった。今、ビル清掃の事業がうまくいっているのも、あの時の失敗があってからこそのことだ。
「あきらめちゃダメだよ」
思わず出てきた言葉だった。「まだチャンスはある」というと、絵美は首を横に振った。「だって私、運がないもの」。その言葉を聞いて、省吾は前のめりになった。
「長期・分散・積立の3原則を守れば、運をつかむことができるんだよ。絵美ちゃんは、まだアイドルの道に飛び込んで、3年しかたっていないだろ。投資信託だって、3年経っただけじゃお金は増えないよ。それに、株だって短期でみれば沈む期間があっても、長期で見れば上昇する期間のほうが長くて、落ち込むリスクのほうが低いんだよ。だから今はダメかもしれないけど、もう少し頑張れば、きっとまたチャンスは巡ってくるよ」
省吾は熱く語り始めた。
「これから先の夢は、“分散”したほうがいいと思うんだ。自分にどんな才能があるのか絵美ちゃん自身も分からないだろ。だから、『すべてやる』ぐらいのつもりで、いろいろなことにチャレンジしたほうがいいと思うんだ。たとえば、ダンスを極めて舞台アイドルを目指してもいいし、ボイスレッスンをして歌手の道を選んでもいい。なんなら、トークを極めてお笑い芸人の道を選んでもいいよ。いろいろなところに夢を分散させることで、夢を叶えられないリスクを最小限にするんだ。あとはその夢に向かって、経験とスキルを“積立”することだよ。まだ俺たち18歳なんだからさ、ここで人生が終わりだなんて思っちゃダメだよ。コツコツとスキルを積み立てて、他の誰にも置き換えられないような、絵美ちゃんだけの特技を身に付ければ、アイドルになれるチャンスはまだまだたくさんあると思うよ」
絵美はその話を聞いて表情を明るくした。「省吾君らしいアドバイスね」と答えると、「今度は投資の話もゆっくり聞かせてね」といって、別れを告げた。
絵美に投資の3原則の話をしているうちに、省吾はあることに気が付いた。投資の3原則は、「運」に左右されないために、目標を達成する確率をあげる手段なのだ。長期、分散、積立をすることで、リスクを最小限にすることは、失敗を最小限にすることでもある。運だけに振り回されてしまうと、運をつかんだ時はラッキーかもしれないが、つかめなかった時に取り返しがつかなくなる。しかし、今の省吾のように、「長期・分散・積立」の重要性を知っていれば、たとえ運に見放されたとしても、もう一度、目標に向かってチャレンジすることができる。
投資の世界は、まだまだ奥が深いと思った。
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