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50代、人生の取りこぼしを拾いに行く|メノポ通信

昨年あたりから、JKの娘宛に、『成人式の振袖レンタル』の案内ハガキや、冊子が届くようになりました。

私には、これが重くて重くて...
各社から、こぞって届くそれらを見るにつけ、みぞおちの辺りがキュッとなりました。
怒りと悲しみが、ジワジワと心に広がっていくのです。

私は、自分の振袖を持っていないし、『記念写真』もありません。
当日、従姉妹いとこに借りて、『前撮り』もしませんでした。

二人の妹には、それぞれにあつらえた振袖と、気取った『お写真』があります。

それはまぁ、良いのです。
母に『内縁の夫』ができただけ、ですから。

そんな私が、三十代も半ばを過ぎた頃、雷に打たれたように『着物』に恋をしたのです。
やがて、職業としての『着付け』の世界にのめり込んでいく中で、振袖をお着せする練習がしたかった。

妹たちも、すでに振袖を着られる年齢ではなくなっていたので、貸して欲しいと頼む私に、
「欲しかったら、自分で買えばいいやん。人のをアテにせんでも...」
と言った、妹。

上の妹には男の子が産まれ、下の妹も振袖を受け継ぐ相手がおらず、今や、彼女らの振袖は、『箪笥たんすの肥やし』と成り下がって、婚家に持参してもらえずに、母の箪笥に眠っています。

その母の箪笥が、『内縁の夫亡き後』に備えた『同居』に先駆けて、これまた、本人不在のまま、我が家の1階の納戸に運び込まれているのです。

つまり、主人あるじらに〝不要〟とされた、私にとってはいわく付きの二枚の振袖が、この私の! 自宅の一階に取り残されているのです。

母が言いました。
「もったいないのに。〇〇(私の娘)が、着たらええやんって、あの子ら(妹たち)が言うてくれてるで」


...⁉︎


この感情、うまく伝わるかしら?


「ありがとう〜!」って喜ぶべき?

いやいや。

いらんわい! 
さっさと、それぞれの家に持ち帰ってよ。
私の家は、アンタらの『物置き』と違うで!

この狭間で、揺れに揺れる、私にとっては気の重い、娘の振袖問題だったのです。

結局、肝心の娘が、叔母たちの振袖を嫌がり、これまでの経緯を知っている夫も
「そんなもん、買うたらええやん」と言いました。

でもねぇ...

ちょっとばかし着付けをかじった私に言わせると、お振袖って、微妙なのよね。
私個人的には、お振袖こそ『レンタル』で良いと思っていて。

とりあえず、どんなものかと、届いたDMを頼りに、某振袖レンタル店の催しに行って参りました。

まだ高校生なのに、慌てなくても...とお思いですか?

いえいえ。
近年は、一番多いのが高3夏の契約、早い子は高2で申し込むらしいですよ。

とは言え、私は前の晩、痛む胃を摩りながら、一階に眠る振袖二揃いのうちの、何かしらを活用すべきか否かを悩みに悩み、私個人のプライドの問題で揺れていました。

借りるならば、『ありがとう』を言わねばならぬ。
本音は、言いたくない。

ならば、フルレンタルする? 
家に二揃い、あるのに?

『レンタル』と言ったって、ン十万円の世界ですからねぇ。
実は、『購入』と、さほど変わらないのです。

考えても悩んでも、踏ん切りがつかなくて、
「どうか...どうか、良い落とし所が見つかりますように。私の心が晴れて、心穏やかに娘の成人を祝えますように」
と、わりと真剣に祈って、眠りにつきました。

翌日、不意に思い立って、帯を持参しました。
妹らの帯と、祖母(父方)亡き後に出てきた、私のために仕立ててくれていた帯です。

着物や小物は、娘が気に入ったものを借りてやり、帯だけは自宅に眠るものを使おうかと思ったのです。

ところが、最近の振袖レンタルは、小物(帯含む)を持ち込もうが、価格はほぼ変わらない仕組みなのだとか。

な〜んだ...。
ならば、全てをレンタルしよう。

そう思って、広げた帯を片付けようとしたその時、初老の男性が通りがかり、祖母の帯を手に、「これはまた、見事な」と言いました。
頂いた名刺には『専務』と刷られています。

この帯は『唐織からおり』の、裏まで凝った『上物』であるから、これを使わない手はないと強く勧めてくれたのです。

専務に呼ばれた着付けの先生も、この帯ならば、どんな着物にも負けない、どこに出しても恥ずかしくないと、太鼓判を押してくださいました。

本来ならば、レンタル価格に込まれている無料の帯から、モノにより、3万、5万、8万...と加算されるシステムです。

そこに、手持ちの帯を持ち込んでも、基本のレンタル価格は変わらないところを、せっかくの帯だからとの専務の一声で、10万円ほど、お値引きしていただけたのです。

学校帰りに、制服の上から羽織って、
とりあえずの、『色合わせ』をしました。

色白で、やわらかい雰囲気の娘に
古典柄の淡い色彩が、とてもよく映えます。
〝着物は帯で『格』が決まる〟がセオリーです。

スマホの素人写真では、糸の立体感や極彩色が
イマイチ伝わらないのが残念😢
祖母は晩年、認知症を患い施設に入所しました。
亡くなったあと、この帯と『色無地』を
私のために仕立ててくれていたことが発覚。

祖母の『想い』を娘に託せることに感謝🙏

更に嬉しいのが、『前撮り』の写真撮影の際、『家族写真』も可能であり、ご家族様の着付けとヘアセットも承っているとのこと。

よっしゃ! 
こうなったら、娘に便乗して、2年後(成人式は3年後だが、前撮りは2年後からできる)、52歳の記念写真を撮ろうではありませんか! 

遅れてきた、私の『成人式』です。
今まで、平気なふりをしてきたけれど、本当は、ジワジワと腹立だしかった。
そして、悲しかった。

今は、ぜーんぜん。 
むしろ。むしろ〝今〟が誇らしい。

最愛の娘に、亡き祖母が仕立ててくれた私の帯を使って貰えるのです。

52歳の私が、夫と築いた財で仕立てた、着物と帯で、そこに立つ。

葛藤も劣等感も脱ぎ捨てた、本当の意味での『成人式』。

これにて、積年のモヤモヤが、成仏、昇華!


人生って、その時に取りこぼしたものも、季節が巡って、ちゃんと回収できるんですね。

おばあちゃん、長い、長い年月の果てに、私の『心』を救ってくれて、ありがとう。

誠実な『専務さん』、おばあちゃんの『愛』を拾ってくれて、ありがとう。

夫も、そして、娘にも、ありがとう。

ありがとう、ありがとう、ありがとう。

人を恨んで生きるのは、しんどいからね。

ここまで、私の昇華物語をお読みいただいたnoterさんも、ありがとうございました🙏

(メノポ通信No.34)


今回のお話、『50代、人生の取りこぼしを拾いに行く』が、もしも映画化されたら、どんなポスターになるか!? に、挑戦したお話が、コチラ⬇️です。

せっかくなので、ぜひとも、このままお進みください😁

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