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【小説】FM言ノ葉「第11回きっとあなたの1400字」投稿作品『収束半径』

本作は、VRChat内のラジオ「FM言ノ葉」において2025年9月から10月にかけて開催された企画「第11回きっとあなたの1400字」に投稿した小説作品です。
お題は「残」を選びました。表紙画像は「港区アパート」で撮影しました。
段落頭インデントはnote掲載に際して挿入したものです。


『収束半径』 ソーサツ・チエカ


 オフ会で初めて顔を合わせた時、彼女はとんでもない「当たり」に見えた。
 変わった人ではあったが、手放すなど問題外だった。
「私の思うにはですね、曜一さんは女装したらすごくかわいいんですよ。『ルナ・ハルジオンさん』の頃から思ってました。メイクはしてあげますから、やってみましょうよ」
 付き合い始めてすぐ、彼女はそう言った。彼女の服を着て化粧をして、ウィッグまでかぶった時の彼女の興奮は一種異様だった。女装した私を「曜子ちゃん」と呼んではしゃぎ、外に連れ出し、人目も憚らず腕を組んで歩いた。彼女の家に戻っても私は化粧を落とさせてもらえず、部屋に入るや彼女に手を引かれてベッドに組み伏せられ、「曜子ちゃん」のまま全身を愛されて泣かされた。そういうことを繰り返した。
 程なく、彼女と同棲を始めた。
「私の思うにはですね、曜一さんは女装してないときもすごくかわいいんですよ。かっこいいんですけど、それ以上にかわいいんですよね。なんだか『曜一ちゃん』って感じ。分かってほしいですね、お料理してる曜一ちゃんの後ろ姿もかわいい……」
 キッチンのカウンター越しに彼女はそう言った。私が特に止めなかったので、彼女はそれから私を「曜一ちゃん」と呼ぶようになった。仕事に出る時も、一緒に風呂に入る時も、チャペルで彼女の手を取った時も、「曜一ちゃん」はかわいいらしかった。
 娘が生まれると、彼女は私を「お父さん」と呼んだ。子供を叱るにはそれなりの威厳が必要だった。人に厳しくするのは苦手だと思っていたが、守るべき我が子ともなれば、けじめをつけるべき場面は自ずと分かった。
 娘がお泊まり保育に行った夜、彼女は言った。
「そういう一面もあったんですね。でも私の思うにはですね、『曜一ちゃん』じゃないお父さんもすごくかわいいんですよ。『パパ』って感じです」
 その言葉は見かけ以上に私に刺さったらしい。娘を叱る度に、これでは「パパ」だという思いがよぎり、もっと「お父さん」にならねばという焦りが募った。声が大きくなり、説教が長くなり、ついに手も出始めた矢先に、彼女は言った。
「気づいてないでしょうけれど、私の思うにはですね、お父さんはかわいいんですよ。どこまで行っても。厳しくするほど。無理しなくていいんですよ」
 ぽっかりと、胸から何かが抜け落ちたようだった。私は何から逃れようとしていたのか。逃れるべくもないものから。全て見当違いな足掻きだったのか。目の前の彼女に、初めて底知れぬ恐ろしさを感じた。感じて、しかしその恐ろしさに身を委ねるしかないという奇妙な諦観があった。彼女にそっと抱き寄せられ、私は黙って肌の接する境界を感じていた。
 娘の結婚式の日、「お父さん」の役目は終わった。数日を共にした後、娘は義理の息子と新居に戻っていった。
「お疲れさまです。ふふ、ここからが第二の人生って言うんでしょうね。遠くまで来ましたよね、初めてVRで出会ったときから。私の思うにはですね、」
 どれほどのものを手に入れて、どれほどのものを置き捨ててきただろう。ルナ・ハルジオン。曜子ちゃん。曜一ちゃん。パパ。お父さん。その全てをかわいいと彼女は言った。どこまで削ぎ落としても、その残りをまた。恋をし、子を育て、何十年も彼女とそんなことを続けてきて、私にはもう何も残っていない。
「あなたはどんどんかわいくなってく」
 それでも、私に次の名前をつけて、
「かわいいよ」



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