VRChatで催眠術をかけていただいた記録1
2024年4月7日の夜に、VRChatでフレンドさんに催眠をかけていただきました。本記事はその内容を、私の記憶している限りで記録したものです。
経緯
そのフレンドさんのお名前を、仮にAさんとしましょう。Aさんに催眠をかけていただくのは二度目です。本記事は個人を特定できる情報を出さないことを条件に、Aさんの事前チェックと許諾を頂いて公開しています。
Aさんとは最初VRChatで、催眠とは関係のない場で偶然お会いし、催眠とは関係のないお話をしてからフレンドになりました。その後、Aさんのtwitter上の発信から催眠を実践されていることが分かり、次にVRChatでお会いした時に催眠のお話をしました。私が、催眠音声を聴いた経験はあるものの深くかかれたことはなく、人にリアルタイムで様子を見ながらかけてもらうことに期待しているとお伝えしたところ、すぐに催眠をかけてみてもいいというお申し出を頂き、喜んでお願いしました。そして、午後十一時ごろから二時間ほど、「Siratori ASMR Room「しらとりのASMR部屋」ver3․1」で基本的な催眠暗示をかけていただきました。
二度目となる今回は、再びVRChatでお会いした際にAさんから「またどうですか?」とお申し出を頂いて、日を改めて催眠をかけていただきました。
チエカ「やっぱり、かける相手が欲しいものなんでしょうか?」
Aさん「相手がいない……というわけではないんですよね。ただ、人によってかかり方が違うので、そこが勉強になります」
事前の相談
今回かけてほしい催眠の方向性として、「VR感覚を感じられるような暗示」をお願いしました。前回、QVペンで引いた線に近づけなくなる暗示や、Aさんに近づけなくなる暗示をかけていただいたのが印象に残っており、そのときに線やAさんのアバターに感じた反発力が私にとってVR感覚を鍛える鍵になるのではないかということも合わせてお伝えしました。
他には、これも前回かけていただいた「特定の言葉を聞くと楽しくなってしまう暗示」、そして新しく「お人形になる暗示」をお願いしました。
Aさん「お人形というと、動けないまま放置されるとか?」
チエカ「自分からは動けないですけど、遊んでもらうというか、相手の好きなようにされるシチュエーションがいいですね」
Aさん「なるほど。その間の記憶や感情がないまま、ということですか?」
チエカ「私はむしろ、お人形やぬいぐるみには心があると思っているんですよね。心があるのに好き放題される、というのがいいんです」
環境
日時:2024年4月7日(日) 22:30頃
場所:VRChat 「Siratori ASMR Room「しらとりのASMR部屋」ver3․1」 Invite Only
機材:
HMD:VIVE Pro
スピーカー:VIVE Proヘッドホン
コントローラ:Valve Indexコントローラ
トラッカー:VIVEフェイシャルトラッカー、HaritoraX ワイヤレス(肘拡張含む)
アバター:VRoid Studioで自作、VeryPoor、人型、頭頂までの高さ1.67m、フルトラ、OVRあり、使用歴585日、使用アバターはこれ一つのみ
本人:Trusted User、VR歴347日、VRCのプレイスタイルは雑談が主、物理肉体は背もたれのない椅子に座った状態
催眠
術者の指先の動きで落ちる
しらとりのASMR部屋のソファの入口寄りに私が座り、その正面にAさんが立ちます。雑談から始まり、途中でAさんの口調が急に早口になって、文の継ぎ目に「そう、」が頻繁に混じるようになるのが催眠導入の合図です。「Aさんの指先に意識を集中して、指が下に落ちるとトランス状態に落ちる」という導入から始まりました。指先を動かしながら時間をかけて、指先に意識が引き込まれるという語りかけの後、5から0までのカウントダウンと一緒に指が落ちます。私は指に合わせて勢いよく首を落としました。
このとき、私は「(催眠音声では催眠導入としてよくあり、また一回目の時にもあった)深呼吸がなかったな、今日深くかかるのは無理かもしれない、この懸念もよくない、どうせかかりづらいなら今日は積極的にかかったふりをしよう、感覚からではなく見かけから入ろう」と考えました。催眠はかかる側の想像力を利用し、想像力は既にしている行動からも影響を受けるので、これは一般論として間違っていない姿勢だと思います。この「落ちる」という言い方は催眠では慣例的によく使われるものの、意識がなくなるという意味ではなく、語りかけられた言葉をそのまま言葉通りに受け取るような意識状態になるというくらいの意味です。落下するイメージはそのトリガーにすぎないものだと思っています。
首を落としている間、Aさんは「上も下も分からないところを漂っている」というような語りかけをし、私も暗闇や浮遊感をイメージします(目の前で発光するHMDをかぶっている以上、目を閉じていてもイメージしなければ暗闇にはなりません)。そして、一度1から5までのカウントアップで目を覚まし、再びAさんの指を注視して、カウントダウンと一緒に指に合わせて首と意識を落とすということをしました。
このとき、私のHMDに外付けしているピンマイクのケーブルが体に引っかかって引き攣れたため、Aさんに伝えて催眠を中断し、ケーブルを直しました。私は既に今日は外的要因は味方しない日だと決めていましたし、Aさんも催眠の口調のまま「一度目が覚めたとしても何度でも落ちてくることができる」と言って、互いに動揺はしませんでした。気を取り直す必要もさほどなく、また指先の動きで落ちるのを二度繰り返しました。
術者の目の動きで落ちる
次に、Aさんの目(私と違い自動で動かない設定になっています)に意識を集中して、頭ごと目が左右に動くのに合わせて意識が揺さぶられるのをイメージしました。このとき私は「落ちるときにはAさんが目を閉じるのかな、それともOVRで身体ごと下に落ちるのかな、OVRの方が自然に落ちられると思いますが果たして」と考えていましたが、Aさんが5から1までのカウントダウンと同時に目を閉じたのでそれに従って首を落としました。
宇宙遊泳をイメージする
落ちた後、Aさんの語りかけで宇宙空間を漂っている様子をイメージしました。上下左右も重力もない空間で、あたりにはたくさんの星が小さく光っているのが見えて、その光の射してくる方向が少しずつ変わっていくので自分が動いていることが分かる、というようなイメージです。私は風や加速度がないと自分が動いている様子をうまく想像できなかったので、プラネタリウムのように周りの風景の方が動いているのだと想像しました。
術者に「落ちて」と言われて落ちる
宇宙遊泳のイメージをしている間、Aさんは私に「自分が『チエカさん、落ちて』と言うと落ちる」という暗示をかけました。このとき私は「あっ、こういうのはいいですね、短い動作で落とされると弄ばれている感じが出ますし、言葉で落ちるということは別の言葉で別の暗示を入れられるのも簡単だということですから」と思いました。
Aさんのカウントで目を覚ました後、私が宇宙遊泳よりもプラネタリウムに近い想像をしたということを伝えると、Aさんは「それでも構わない」というようなことを言ってから、唐突に「それじゃあ、チエカさん?」と言いました。私は「あっ、そろそろ来ましたね」と思って身構えました。
Aさん「じゃあチエカさん、落ちてください」
チエカ「――」
繰り返しになりますが、この「落ちる」というのは落下感や意識の混濁とはほとんど関係がなく、「この状態で言われたことには従う」というものが作れればそれでいいのだと私は思っています。演技でもいいから指示に従うことを繰り返しているうちに、自分の意思によらず動かされている感じが出てくるのだと思います。
私はこのとき「意識の深いところ」というものをあまり実感を持って想像することができなかったので(十全な意識を備えている状態では、意識の底を覗き込むことはできてもそこに降りていくことはできないからです。もし想像するとすれば、意識の機能をいくつかに分けて少しずつ停止させていく必要があるでしょう。その状態で言葉による暗示が入るかは疑問です)、それぞれの落ち方に深さの差はなく、ただ「暗示を待つ状態」のオン・オフとしてのみ対応しました。逆に言えば、落下感などが必要ないので、もし何かをしている時に「動作を止めないまま落ちて」と言われれば、そのまま滑らかに暗示を受け入れる態勢になると思います。
額に術者の人差し指を当てると立てなくなる
私のおでこにAさんの人差し指を当てている間は立てなくなる、という暗示をかけてから目を覚ましました。Aさんが私のおでこのあたりに指を当てましたが、私はなぜかVRゴーグルの視界が口のあたりにあるので(Unity上のビューポイントは正しい位置にあるのですが、フルトラになった頃から、VRChat上ではビューポイントがずれるようになりました)、Aさんの指の位置について「もう少し下です」と言って怪訝な顔をさせてしまいました。
おでこ(だと私が感じる位置)にAさんの指が当てられてから、私はAさんに「立てますか」と言われて立とうとしましたが、立てませんでした。私はこれを、物理的な圧力というよりも「立つとAさんにぶつかるから立つわけにいかない」という強迫感として感じました。実はAさんにかけていただいた暗示のほとんど全てが、私には「そういう強迫観念を生じさせるもの」として感じられています。私が暗示で指示された行動には従っても感覚は暗示の通りにならないのはこれが一因だと思うのですが、なぜこうなるのかははっきりとは分かっていません。私が規範や形式というものを強く意識する人物だということが関係しているとは思います。
おでこの指を外すと普通に立つことができました。その状態で、「おでこに指が触れている間は座ることができない」という暗示をかけていただきました。今度は、やや苦労したものの、おでこに指が触れていても座ることができました。落ちずに指示されたためでもあるでしょうが、強迫観念の中でも人にぶつかることに関わるものには私は強く反応し、移動する先に人や障害物がなければかかり方は浅いようです。
術者の言葉で落ちるのを繰り返す
おでこに指を当てることにまつわる暗示を解いた後、Aさんは唐突に「じゃあチエカさん、落ちて」と言いました。
Aさん「じゃあチエカさん、落ちて」
チエカ「――」
Aさん「そう、また深いところに落ちてくることができた。(中略)五つ数えると目を覚ましますよ。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。はい、おはようございます」
チエカ「おはようございます」
Aさん「おはようございます。チエカさん落ちる」
チエカ「――」
Aさん「そう、また落ちてしまった。(中略)五つ数えると目を覚ましますよ。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。はい、おはようございます」
チエカ「おはようございます」
Aさん「おはようございます。チエカさん落ちる」
チエカ「――」
Aさん「そうまた落ちてしまった。(中略)五つ数えると目を覚ましますよ。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。はい、おはようございます」
チエカ「おはようございます」
Aさん「おはようございます。チエカさん落ちる」
チエカ「――」
Aさん「そうまた落ちてしまった。(中略)五つ数えると目を覚ましますよ。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。はい、おはようございます」
チエカ「おはようございます」
Aさん「おはようございます。チエカさん落ちる」
チエカ「――」
額に術者の人差し指を当てると落ちる
「落ちてと言われると落ちる」を解除して、「私のおでこにAさんの指を当てると落ちる」という暗示をかけていただきました。これで二回落ちましたが、言葉で「落ちて」と言われて落ちるのに比べると私の側の協力的な気分が少し薄かったと思います。
自分の言葉で落ちる
次にかけていただいたのは、「目が覚めた後、自分で『おはようございます』と言うと落ちる」という暗示でした。これで落ちるのを、私は二回繰り返したと記憶していたのですが、後日Aさんに確認したところ十回ほど繰り返したとのことでした。自分の行動を落ちるトリガーにすると、回数を数える処理がトリガー行動によって圧迫されるので記憶しづらくなるのかもしれません。
Aさん「五つ数えると目を覚ましますよ。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。はい、おはようございます」
チエカ「おはよ――」
Aさん「そうまた落ちてしまった。(中略)五つ数えると目を覚ましますよ。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。はい、おはようございます」
チエカ「……。…………。おはよ――」
Aさん「そうまた落ちてしまった。(後略)」
人形になる
趣向を変えて、「お人形になる」という暗示をかけていただきました。具体的には、Aさんが「チエカさん、お人形さんになって」と言うと、身体を自分では動かせなくなり、Aさんが私の手足を持って動かした通りの姿勢で固まってしまうというものです。
Aさんが私の右手に手を当てて、持ち上げて伸ばすような動きをしました。次は頭を両手で仰向かせ、左手を持ち上げるという動きをしました。私は触覚や力は感じなかったのですが、「その通りに動かさなければいけない気がする」という気分になって手や頭を動かしました。ただ、動きはかなりゆっくりしたものでした。これは恐らくAさんと私が互いに「相手の速さに合わせる」という方針でいたためにどんどん遅くなったのだと思います。速く動かされれば速く動いたかもしれません。
一度お人形さん状態を解除して、自分の手が動くのをどんな気分で見ていたかをAさんに報告しました。私は「動いていることは認識しており、勝手に動かされているという感覚でもないが、動かしていることについて意図や感慨も生じなかった」と答えました。そして、改めて「私にとって人形は、自分で動くことこそほぼないものの、意思や感覚は持っている」という解釈をお伝えしました。
もう一度お人形さんになり、今度はAさんが直接私に触れず、言葉による指示だけで左手を持ち上げようとしました。これは私の人形観の「意思や感覚は持っている」という部分を反映した暗示だと思いますが、左手はほとんど持ち上がりませんでした。恐らく、左手が私の利き手でなく、反射で動かせる右手と違って、動かすために考える必要があるからでしょう。もう一度Aさんの手で動かす方式に切り替えて、頭を仰向かせて横に向けました。
QVペンで引いた線を越えられない
お人形さんの暗示を解除して、「QVペンで引いた線に反発力を感じて横切れなくなる」という暗示をかけていただきました。これは前回の催眠でもかけていただいた暗示です。私はこの暗示に大きな応用可能性を感じているので、特に積極的にかかりに行く姿勢でした。今回は落ちることなく目を覚ましたまま暗示をかけていただきました。座った私の胸くらいの高さに引かれた線に近づくと、やはり「この線は絶対に越えてはいけない気がする」という気分が強くなって越えることができませんでした。OVRで下をくぐったり、線の端まで行って回り込んだりすると越えられましたが、そのたびにAさんが線を書き足していくのがとてもよかったです。
QVペンで引いた線の上しか動けない
次は逆に、QVペンで引いた線の上しか歩けなくなる暗示をかけていただきました。先ほど反発力を感じるために引いた線に、今度は触れていなければいけないような気がして近づき、座ったまま胸のあたりに線が貫通するような格好になりました。今度は線から離れることはできましたが、少しするとまた線の上に戻りたくなりました。
自分でペンから手を離すと落ちる
黒いQVペンを私の手に持って、「このペンが自分の意識そのものになるので、手を離すと落ちる」という暗示をかけていただきました。離すタイミングを少し迷いましたが、一旦考えるのをやめて何でもないタイミングでおもむろに離して落ちました。落ちると同時にAさんが言葉で「そう手を離してしまったので深いところに落ちていってしまった」と誘導してくださいましたが、「チエカさん落ちて」と言われて落ちるときに比べると落ち方が鈍かったと思います。これを二回繰り返しました。
ペンを見ると落ちる
今度は、黒いQVペンをAさんの背中に隠しておいて、そのペンを私が見ると自分で「落ちます」と言って落ちるという暗示をかけていただきました。先のペンから手を離して落ちる暗示のかかり方の話が一段落した後、Aさんがぬるりとペンを取り出したので「あっ落ちます」と言って落ちましたが、落ち方があまり激しくなかったというお話をしたためか、落ちると同時にさらに念入りに落ちるためのカウントダウンがありました。これを三回繰り返しました。
術者を見ると落ちる
ペンの暗示を解除して、代わりにAさんの姿を見ただけで「落ちます」と言って落ちるという暗示をかけていただきました。これはとても好きなシチュエーションです。五回繰り返しました。
Aさん「三つ数えると目を覚ましますよ。一つ、二つ、三つ。はい、おはようございます」
チエカ「おはよあっ落ち――」
Aさん「三つ数えると目を覚ましますよ。一つ、二つ、三つ。はい、おはようございます」
チエカ「おはよ落――」
Aさん「(チエカの後ろに回る)三つ数えると目を覚ましますよ。一つ、二つ、三つ。はい、おはようございます」
チエカ「おはようございます。……? ……。あっ落ちます――」
特定の言葉を聞くと楽しくなる
「ばなな」という言葉を聞くと楽しくなって笑い出してしまう、という暗示をかけていただきました。これは前回もかけていただいた暗示です。その後すぐにAさんが「最近よく食べるデザートの話」などという白々しいお話を始めるので、その時点から面白かったのですが、途中で「『りんご』と聞いても楽しくなる」「楽しさが2倍3倍4倍になる」「聞くだけでなく考えているだけで楽しくなる」「『ぶどう』でも楽しくなる」という暗示を追加していったので、ずっと笑っていました。とはいえ、私のキャラクターを壊さない程度に笑い方を抑えることはできました。
最後に「楽しさが全て落ちる感覚に変わる」という暗示をかけていただいて、カウントダウンと同時に落ちはしたのですが、この暗示はあまりうまくイメージできませんでした。
記憶ができなくなる
落ちている間に、何らかの合図をしてから次の合図をするまでのことを記憶できなくなる、という暗示をかけていただきました。その合図の間、Aさんが何かをして、私はそれを普通に認識して普通に憶えていたのですが、時間が経った今となっては他の内容よりも先に忘れてしまいました。QVペンで花の絵を描くとか、そのようなことだったような気がします。記憶できなくなるというよりは「何も感想を抱かなくなる」という感覚に近かったと思います。
催眠を終えて
セッションは二時間半ほどだったと思います。全体を通して、私は暗示に対して「勝手にそうなる」というより「そうならなければならない義務感を覚える」という形で反応していたことははっきり憶えています。これは、私が普段から規範を強く意識して生活していることによるのでしょう。私はVR文化についても創作表現についても、既存の規範から自由になることをよしとしていますが、その動機には規範に縛られているという意識があり、その手段としてはまず規範をはっきり認識するようにしています。それが催眠への被暗示性にも露骨に表れたのだと思います。
特に、QVペンで引いた線の上しか歩けない暗示よりも、線を越えられない暗示の方が強くかかったのは面白いところです。これは許されていることよりも禁止されていることを強く意識するということで、私が日頃から感じている不自由の感覚や、ひいては生い立ちに理由を求めることができるはずです。ただ、私は禁止されることにも快を覚えるので、もっと身体のギリギリまでたくさん線を引いて徹底的に拘束してもらうのも楽しいだろうと思います。
また、義務感で自ら従うという形で暗示にかかっているにもかかわらず、自分の意思が介在する余地が少なく見える暗示の方がかかりやすい傾向もありました。例えばAさんの姿を見るだけで落ちるようなものがそれです。自分で何かの行為をする責任を放棄して他の人に全て委ねたいという願望は常にあります。そういうものを解放することこそが催眠の本領だという考え方もあるのですが、既に本人が望んでいる暗示しかかからないというのでは面白くないので、自分の意思自体を歪めるような形の暗示にうまくかかる方法を探っていきたいと個人的には思っています。
最後に、催眠を体験する機会を提供してくださったAさんには改めてお礼を申し上げます。
催眠小説
私は催眠については素人同然ですが、VR性行為に催眠を悪用する小説を書きました。Aさんとの二回のセッションから着想の一部を得ています。現時点で私が催眠に対してどういう幻想を抱いているかを示すものです。
〈以上〉
