一人旅童貞の僕、はじめてのフェリーは2分で終了
一人旅をしたいと思った。
以前、知人から「ゆじさんは旅ライターとか似合いそうだ」といわれた。いろいろなところに旅をしているイメージがあるのだろうか。
しかし、実際は一人旅をしたことがない。
半世紀も生きていれば、仕事や誰かに会うために一人で出かけた経験はもちろんある。
しかし、訪れる先に知っている人が誰もいない、純粋に旅だけを目的として出かけたことはないのだ。
小学生くらいのとき、3駅向こうにあったTOPOS(ダイエーが運営していたディスカウントストア)に自転車で出かけたのが、最後の一人旅だったと言えなくもない。
今思えば、自転車で高校に行く方がTOPOSより遙かに遠かったのだが。
一応、一人で出かけて良いか妻にお伺いを立てる。
「は?」みたいな顔をしていたが、推し活で全国行脚している状況にまったく文句を言ってこなかったのが功を奏したか、どうにか承諾を得られた。
もしもここで断られたら「推し活反対」と誰も得をしないデモを起こすまでの話である。

はじめての一人旅の行き先は、九州にした。
本当は行き先も目的も決めずにふらっと出かけたかったところだが、一人旅童貞の僕にはさすがにハードルが高すぎる。僕は単独行動が好きなくせに、フリーで動くとただただ時間だけを浪費し、それをよしとしてしまう怠惰なヤツなのだ。
下手をすれば、市内から出ないまま旅が終わってしまう可能性も否定できない。
ただ、わざわざ一人旅に出ると決めて何もせず終わるのは、さすがにもったいなさ過ぎる。そこで、母方の祖父が生まれ育った街に行くといった大義名分をたて、土地勘も何もない場所で自由に過ごすことにした。
とりあえず何泊かの宿泊先だけ決め、あとは成り行き任せ。
現地での予定をびっちり立ててそれをなぞる一人旅なんて、面白くもなんともない。
想定外のハプニングこそが、一人旅の醍醐味というものだ。やったことないけど。
電車で行くと現地での移動手段が限られるし、車だと目的地までノンストップで10時間以上かかる。ここはいっちょフェリーで行ってみるかと予約した。船は苦手なのに。

さて、予約したフェリーに乗るために大阪・南港へ。
フェリーに乗るなんて何十年ぶりだろう。淡路島に渡るときに乗った、今はなき『たこフェリー』以来ではなかろうか。
少なくとも、泊まりでフェリーに乗った記憶はない。
係員に誘導されるがままに乗船口の前に車を並べ、乗り込むのを待つ。時間が来たらフェリーに車を乗せ、カプセルホテルのような自分の寝床を確認する。
いよいよ一人旅の始まりか。気楽でええわ。ワクワクするやん。
そして、乗船2分後。
酔った。
早ない?
ゆりかごの如く大きくゆっくりと揺れる船体、ガラガラと鳴るエンジンの振動、そこはかとなく香る軽油と排気ガスのにおい。
すべてがうまくブレンドされ、船酔いには極上の環境が出来上がっていた。
気持ち悪い。でも、その状況を相談できる誰かはいない。
これが一人旅の醍醐味というものなのか。醍醐味とは。
たこフェリーは20分そこそこで着くので問題なかったが、九州行きのフェリーの乗船時間は12時間半。あと12時間28分、僕はどう過ごせば良いのか。そもそも、まだ南港から出てないねんけど。
旅行開始から、2分。
一人旅のワクワクは、早くも大阪の海に沈んで行った。
大阪の海は悲しい色やね。

気合いを入れて風呂に入ると、体調は幾分かマシに。
ただ、長い間起きているとまた同じ状況になりかねない。ここは酒でも飲んでとっとと寝るに限ると、売店でハイボールとロックアイス、おつまみのカラムーチョを買う。
我ながらけっこういいチョイスちゃう?と悦に入りつつ、ちょっとだけ仕事して読書しようとパソコンと文庫本を準備して、フリースペースの展望席を陣取る。
フリースペースには、一人用のカウンターとテーブル席があった。テーブルでは出航して間もない時間なのに、あちこちで宴会が始まっている。
フェリーにはトラックの運転手もたくさん乗っていた。
彼らは船が動き出すかどうかの時間から酒盛りをはじめ、ひとしきり飲み食いしてまだ明るい時間に部屋へ帰っていく。
さすがプロのドライバーたち。
到着した早朝からすぐに荷物を運ばなければならないので、二日酔いにでもなろうものなら進退にかかわる。
ドライバー人生がかかっているからか、かなり節度がある飲み方をしているように見えた。

他方では、おっさんたちが酒盛りをしており、「人生は一回しかない、だから今日を生きるのが大切だ」みたいな話を大声で繰り返していた。
知らんがな。そんな大切なことやったらヒソヒソ話せよ。
久しぶりの旅行でうれしいのか仲間がたくさんいて気が大きくなったのか知らないが、かなりハイペースで飲んでいるように見える。大丈夫か。暴れんなよ。
トクさんだかタケやんだか落語に出てきそうなあだ名で呼び合い、紙パックのいいちこをロックでがぶ飲みしている姿は、無条件で楽しそうだ。
しかし、まだ飲んでいない僕からすればうるさいし、迷惑である。
シラフの状態で酔っぱらいを見るのは滑稽ではあるが、楽しくはない。
何の悩みもなさそうな彼らを見ていると、パソコンを広げて仕事をしようとしている自分のほうがバカのように思える。

昔の勤務先では、年に1回、配送センターで社員集会と宴会が開かれた。お酒を売っている会社だったので、アルコールは売るほどある。「酒屋は酒を残すな」という鉄の掟のせいで、毎回もれなくベロンベロンに酔っぱらっていた。
配送センターは年中稼働していたので、センター勤務の社員は宴会に参加せず普通に働いていた。
ある年の宴会後。いつもの如く泥酔した僕は、働く社員にさんざん絡んだ挙げ句、配送用のパレットの上で寝てしまったらしい(記憶にない)。
それを見た先輩方。
おもむろに荷物用ラップで僕をパレットごとぐるぐる巻きにして、そのままパレットラックに格納したそうな(覚えてない)。
あのころはおおらかな時代だったのでまだ許されたが、今やったら大問題やぞ。
しかし、朝になってパレットラック上で干からびた僕が発見されたとしても、先輩方は罪に問われなかったと思う。
周囲との温度差に気づけず、空気を読めなかった僕が愚かなのだ。

この船内で配送センターと同じことを同じメンバーでやったならば、泥酔した僕はラップです巻きにされて海に放り込まれていただろう。周囲との温度差に気づいていないそこのおっさんたちも、背後の人影には気をつけた方がええと思うで。
バタンとわざと大きな音を立て、パソコンを閉じる。仕事は諦め、さっき買ったハイボールとカラムーチョを取り出した。
さっきは良いチョイスだと思ったのだが、これが晩飯になるのかと思うといささかひもじい。一人暮らしの貧乏大学生かよ。
でも、一番安い発泡酒を選ばずハイボールにしたところに、僕は大学生とは違うんやぞアピールをしたかったのかなと自己分析する。どうでもいいオブ・ザ・イヤーだ。僕の行動なんて誰も見ていないのに。
目の前にある窓の外は、深い藍色。遠くには瀬戸内海沿岸の街明かりがうっすらと見える。海を眺めお酒を飲みながら本を読む時間は、とても贅沢である。
日が暮れるにつれておっさんたちの声のトーンもますます上がり、さらに調子が出てきたようだ。
目障りなので一言申したろかと思ったが、多勢に無勢で僕が海の藻屑となる可能性しかないし、そもそも文句を言えるほどの根性もないので、何も気にしていないですよという態度を気取る。
悔しいので、あの人たちは船を降りたら仕事に行くんかな、もし仕事なら旅行している僕の勝ちやなと、無意味な勝負を脳内で妄想してみた。
うん、贅沢な時間だ。

ひとしきり飲んで食べたところで、カラムーチョ一袋を一人で食べきるのはキツいことに気づく。もう歳やな。
残りを捨てようとしたとき、おっさんたちが散々しゃべっていた「人生は一回しかない」を不意に思い出した。
そうか、船の上でカラムーチョを食べるのは、これが最後になるかもしれんのやな。そう思うと、余ったカラムーチョを捨てるなんてできない。
なんとか無理やり食べきり、真っ暗で灰色の海を横目に細長いベッドに戻る。盗難防止のため、財布とスマホとパソコンをカバンに詰めて枕元に置き電気を消す。
エンジンから近いのか、ガラガラという振動と音がやまない。これも旅の醍醐味なのか。醍醐味ってほんまにおいしいものなん?

振動と音でうつらうつらとしか眠れないまま翌朝になり、もうすぐ九州に着くと船内アナウンスがあった。
二日酔いにはならなかったが、カラムーチョのせいかひどい胸やけ。指先をいくら洗ってもカラムーチョのにおいが取れない。ほの明るくなってきたので外の空気を吸おうと船外に出てみると、船の煙突から煙が出ていた。
煙のにおいと船の揺れにカラムーチョが追い打ちをかけたのか、乗船時の船酔いがぶり返してくる。
気持ち悪い。
そして、助けてくれる人はいない。
大阪の海に捨ててきたワクワクを返してくれ。
まあ、朝飯代が浮いたと思えば安いもんか。
文章と写真:知院ゆじ
妻との旅行でフェリーに乗ったときの話はこちら↓
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