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AIは猫にとって理想の家族となり得るか?第13話

《一日目、ゴローの供述》


「ハイ。チナツさんは、七月三日六時四十六分三十二秒、マキ様の母に当たる方が「ちょっと預かって」と置いて行かれマシタ。その後、受け取りに来られなかった為、ワタシがお世話を継続しておりマス」

 もう、何十回も同じことを話している。繰り返し話すことで矛盾が生じるのは人だけだ。ロボットは記憶中枢に登録されたメモリを読み上げているだけなのだから矛盾が生じることは決してない。

「コレは、無意味な作業デス」
「知ってるよ、そんなことは」

 向かい合って座る刑事・本多は片肘を付いてあくびをしており、丸っきりやる気を感じられない。

 記録係として同席している刑事・飯塚も、ゴローの供述を繰り返し記録しているだけで、こちらはあくびをかみ殺しながらパソコンに向き合っている。

「んで、ハカセの支援を受けて主人から部屋を借りて、世話をし続けていた。元の飼い主が返還を要求したが応じなかった」
「イイエ。チナツさんの所有者に当たる方は受け取りを拒否しマシタ。その後、要求はありマセン」
「はいはい、乗り込んできたと。しかし、お前は従わなかった」
「ハイ。適切な環境ではないと判断致しマシタ。ワタシは行動原則に則り、命を最優先に行動シマス」
「そして、反抗的な態度を取った」
「本多サン」

 ゴローの問いかけに、本多は少しだけ顔を上げた。

「ワタシを、拘束しなければならない理由があるのデスカ?」
「何でその質問をした?」
「無意味な質問を何度も繰り返しているからデス」
「意味はある。俺達が公平にロボットの話を聞いたという意味が」
「そうデスか。ありがとうございマス」

 丁寧に礼を伝えたものの、退出は認められないようだ。現在、ゴローは容疑者という立場であり、出頭は任意だ。

 そのため、必要な調書が取れれば出入りは自由である、と人間の場合は法律によって定められている。

 だが、ゴローはロボットである。窃盗という疑いをかけられ、人の財産を脅かす可能性があると断定されれば人間同様、逮捕されてしまうこともある。

 ロボットには、行動原則はあるが、ロボットの権利を認める法律は無い。

 本多も飯塚も話してはくれないが、どうしてもゴローを拘束したい理由があるのは確かなようだ。

 そうでなければ、優秀な日本警察がこのような無意味な行動を取ることは無い。ゴローはそのように認識している。

(ワタシは、逮捕される)

 ゴローの演算機能は、その答えを出した。ゴローの不在によって真希や咲希、それにチナツに様々な不具合が生じるだろう。

「質問を宜しいでしょうカ?」
「どうぞ」
「ワタシの不在により、ワタシが仕えている主人に不具合が生じマス。そのため、不具合をカバーするデータを届けて頂きたいのデス」
「……」

 本多は黙って首を横に振った。

「それでは、ワタシの存在意義が消失致しマス。主人であるマキ様に快適な生活を送って頂くのがワタシの役目なのデス」
「お前は外部とのやり取りを禁じられている」
「承知致しマシタ。それでは、ワタシの役目はもうありマセン」
「は?」

 ゴローはそのまま、スリープ機能を発動させた。電源確保が困難な場合、ロボットは電力の消費を抑えるためにスリープ機能を使用する。

 それは緊急事態を意味しており、ゴローがスリープ機能を発動させると、自動で主人である真希はもちろん、ハカセの元にも緊急アラートが入る。

 拘束されたゴローが取れる、唯一の手段。

 ゴローは目覚めを『主人の真希と再会した時』に定めた。必ず、あの家に帰るために。真希と咲希、それに……。

(チナツさんの、オヤツの時間、デス)

 大丈夫、咲希がおやつの作り方も、保管方法も完璧に把握している。
 食事の時間、給仕の世話、給水器の手入れ、トイレの片付けは真希が。

 懸念事項は、二人ともチナツと遊ぶテクニックが低いこと。しかし、それは向上している。チナツが運動不足になることは無い。

 ゴローは演算機能を一つ一つ閉じながら、一つだけ回路を開いておいた。チナツの写真や動画を保存しているメモリだ。スリープの間、ゴローはずっとチナツの映像を眺めていられる。

(必ず、戻りマス)

 小さな相棒へ、誓って。ゴローは固く回路を閉ざした。

《一日目・天才少女の決断》


 多少法に引っかかっても構わない。自分であれば未成年である年齢的にも、OWB候補という立場的にも、大人は強く出られないことを知っている。

 咲希は正確に自分の立場を把握した上でゴロー奪還のために直接、ゴローへのアクセスを試みることにした。

 もちろん、真希には内緒で。真希が駆けつける弁護士のためにお茶をいれる間、ほんの数十分に満たない時間だがゴローと直接アクセスができれば……。

(でも警察がここまで強行に動いたということは、お祖父様が直接動いているということ)

 政治家である叔父にもその力はあるが、OWBを敵に回してまで動く権力者とのコネクションはない。

 つまり、政界に長い影を落とし、いつまでもその実権を握り続けている祖父が関わっているのは間違い無い。

 だが、彼は完璧な利己主義者だ。

 利益にならないことはしないし、まして感情に流されることはない。咲希は初めて対面した時、祖父のことを「深海のようだな」と思った。

 一見、和やかで穏やかに見える目は奥底が見えない深い闇の中。

 信望者には理想の政治家を演じながら裏では冷静に己の利を計り続ける。

 それは身内に対しても同じことで、実子である叔父にも母にも期待などしていない。特に、実利をもたらさない母のことはとっくに見放している。

 更に最も利用価値のあった咲希が離れた以上、母にはもう利用価値が無いのだ。

 溺愛している様子も無い母の中途半端なプライドを守るためだけの愚かな行動に肩入れして何の得があるのか。

 ゴローを拘束することで何が起こるか。

 真希や咲希が心を痛めている。これは別に祖父は気にも止めないだろう。ゴローには他に付加価値があるのだ。

 ゴローは、OWBが開発したロボットである。

(お祖父様はOWB制度の撤廃を求めていたわ)

 OWBの特権に対して不満を持つ者は多い。壊滅的な地球の環境を整え、必死で最前線を支えているのにも関わらず、以前と同じ生活を送れている人々には危機感が無い。

 OWBが消費する膨大な開発資金は世界中の国の負担、ひいては各国の税金によって成り立っている。

 環境問題がある程度安定化した今、OWBの制度を撤廃するべきである、との意見も上がっており、その政策を前面に押し出す新党を影ながら支援しているのは祖父だ。

(とにかく、早くゴローに連絡を……)

 その時、真希と咲希のスマホが同時に緊急アラートを発令。ゴローがスリープモードに入ったことを告げる。

「待って、待ってゴローさん! 私の話を……」

 滑り込むようにゴローの回路に侵入した咲希が見たものは。スリープに入る直前にゴローが設定した、元気に走り回るチナツの動画だった。

『チナツさんの、オヤツの時間デス』
「ゴローさん……」
『チナツさんと、マキ様を、お願い致しマス』
「うん……直ぐに、迎えに行くからね!」

 チカチカ、と侵入した回路の奥で何か瞬いている。

(ゴローさん……)

 パソコンを前に項垂れる咲希の元へ、真希が泣きながら駆け寄ってきた。

「咲希ちゃん、ゴローが、ゴローが!」
「おねえちゃん……」

 私がしっかりしなきゃいけない。ゴローから、大切な家族を託されたのだから。

 だから、泣いてなんかいられない。弱いところなんて見せてはいけない。必死で言い聞かせるのに涙は止まらない。

「咲希ちゃん……」

 泣きながら、真希が咲希を抱きしめてくれた。

「う、う、うわぁあああん! やだぁあああ! 嫌だよお! ゴローさんが、ゴローさんがぁ!」

 頭の中が真っ白で何も考えられない。お腹の奥がぐつぐつして、全部吐き出さないと爆発してしまいそう。

 自分で自分をコントロールできないなんて、あり得ないと思っていたのに。体中の水分が涙になって涸れてしまいそうだと思った、その時。

 駆け寄ったチナツが咲希に素早く二回パンチをした。

「ちなちゃん?」
「カッ!」

 見る間に尻尾を膨らませたかと思うと、尻尾をブンブン振り回しながらちょこちょこ横歩きをしてイカ耳になり、狙いを定めている。

「え? え、なんで私、ちなちゃんに怒られてるの?」
「るあーぉ!」
「あ! ちなちゃんのおやつの時間だわ」
「今?」
「ハイ。チナツさんは、正確なタイムスケジュールを好みマス」

 真希がおどけてゴローの真似をする。二人共涙でボロボロだけど、笑うことができた。

「全然似てない」
「うそぉ? 自信あったんだけどな」
「はいはい、ホラ、お茶菓子も用意しなきゃでしょ? ちなちゃんのおやつは私が、ゴローさんから完璧に教わっているからね」
「お願いね、咲希ちゃん」
「うん。ごめんね、ちなちゃん。お待たせ」
「ふるるなん!」

 チナツは咲希の顔にスリスリとすり寄ると、張り切って尻尾を立てて台所へ向かった。

 朝のおやつは大好きなササミか鮭を焼いたものが出るのを、覚えているのだ。

 夜は歯みがき効果のあるサプリを混ぜたおやつで歯のメンテナンス。もちろん食事との栄養バランスとカロリー計算も完璧だ。

 駆けつけた弁護士の真田も交えて今後の話をしながら、咲希は一人で何もかも背負わなくて良いと少しだけ肩の力を抜いた。

 もちろん、姉の力になることは大前提。その上で、自分ができる最大限のことをやる。

 相手がどれほど強大であっても、何か必ず綻びはある。

 いや、大きければ大きいほど、利益だけの結びつきには必ず綻びができるものだ。咲希はそう確信し、いつでも姉の力になれるように情報収集に専念することにした。

《一日目・天才達の密談》


(ゴロー……)

 ゴローがスリープモードに入ったことは、もちろん小太郎の元にもアラートとして知らせが入った。

 これから、何が起こるか容易に想像できる。小太郎がずっと懸念していたことだ。

 人々は、ロボットを糾弾するだろう。

 便利にその力を享受していたのに、掌を返して邪魔な存在へと変貌を遂げるだろう。

 小太郎が大切なロボットのためにできることは、レンタルされているロボット達の返却に応じること。

 レンタルされているものはほぼ問題無いだろうが、公共の場で働いている無防備なロボット達に危害が加えられるかも知れない。

 暴走した正義ほど恐ろしいものは無い。

 ロボットを排除することが正義であると思い込む人々が増加したら、人を傷つけられないロボットはされるがままだ。

 だが、小太郎には反撃の手段がある。

 小太郎が握るロボットの全回路から『行動原則』を消去すれば良い。そのくらいのハッキングは簡単なことだ。

 何しろ、制作者なのだから。
 だが、この程度は誰にでも思いつく解決策。

 だから、世情が注目する生け贄が必要だった。家庭用ロボットという無害なはずの存在が、実は大変な脅威で人類の敵である、その敵を生み出すOWBは糾弾すべきである。

 驚異的なロボットを大量に生み出すことが出来る小太郎は、存在そのものが危険である。私設で軍隊を作り上げて国家を脅かす危険性がある。

 よって彼等を庇護する法案は撤廃し、厳重なる管理下で権限の全てを取り上げ、拘束すべきである。

(あー、素晴らしい。なんて完璧な論証なんだ)

 単純思考の論理は腹が立つほど清々しく筋が通っている。

 壊滅の危機にさらされながらも、その最前線を知らない人々は、自分達がいかに危うい均衡の上に成り立っているか、まるで理解していない。

 OWBの権利と言えば聞こえは良いが、裏を返せば地球全土を上げての拘束。自分達の命を人質にした脅迫のような制度なのだ。それを真の意味で理解している政治家達は介入してこないだろう。

 それが、最も賢い選択だ。自分達、ひいては国民の命が利権よりも大事であると分かっている、賢い者の選択。

 だが、それを知らずに破滅への選択をしている者が世界のトップの中にもいると言うことだ。

「ゴロー……ごめんな」

 スリープモードとは、人で言う仮死状態。外部からの通信を完全遮断し、完全な孤独の中でゴローは有るべき場所へと帰りたがっている。即座にその願いを叶えてやりたいのに、小太郎は特権階級の枷により、動けない……。

 深いため息が漏れたところで、慌ただしく助手の水城が駆け込んできた。

「はっ、はかしぇ! た、たた、たいひぇんでっしゅ!」
「あ? どうしたんだよ、そんなに噛み噛みで」

 嫌みなほど滑舌の良い有能な助手が、本当に舌を噛んでしまったみたいだ。

「ふ、ふひゃらっ、しゅ、しゅ、しゅしゅしゅしゅ……」
「ちょっと空気読んで貰えるか? 機関車の真似なら余所でやってくれ」
「違いましゅよ! しゅ、シュナイダー博士が! 博士が、ここに! インザハウス!」
「落ち着け。マサキ博士が?」
「は、はひ! お、同じ空気を吸ってしまいました、生きていて良かった!」

 以前、冗談で「めんどくせぇ」と言ったが、本気で面倒くさい。それにしても、マサキ博士ならば世界会合が終わった後はまた南極大陸へ向かったはずだが……。

「急に済まないね、小太郎」
「いえ。どうしました?」

 恋する乙女みたいになった水城は天才博士の一挙手一投足を見逃してなるものかと瞬きすら忘れて感動の涙で瞳孔を潤しているのがうっとうしいのだが、追い払う訳にもいかない。

「小太郎。それに、水城くんも」
「ふぉわ! ひゃい!」
「手伝って欲しい。ゴローを助けるためにも」
「……マサキさん」

 マサキの目は、もう何かを決断した目だった。

「私にもまだ、守るべき家族がいる。そうだろう、小太郎」
「……いつから」

 いや、愚問だろう。マサキは、接触した時点で気づいただろう。
 だが、知らないフリをした。

 彼女たちが本当に自分の家族であると認めれば、一切の自由が奪われるからだ。例え彼女たちに罪が無かったとしても、その存在自体が危ういから。

 疎まれても望まれても、彼女たちが今までと同じように暮らすことは出来なくなる。

「私は、家族を殺しかけた者を告発する。確実に罪を認めさせるために、二人にも手伝って欲しいんだ」

 OWBの家族を害する。それは国家反逆罪に等しい重罪だ。マサキにとって家族は妻であるヒロコと息子のアオイであることが公式に認められている。2人は今、交通事故の影響で入院中だ。

(殺害未遂……)

 マサキの妻と子が事故にあったのは、仕組まれた事だったのか?
 小太郎の脳裏には、パッと容疑者が浮かんだ。

「君の想定は正しいよ、小太郎。私は彼女と、同じ大学に通っていてね。当時から何度も言い寄られていた」
「それは初耳ですね……」
「彼女の年齢からして、その頃から企みがあったとしか考えられないだろう? 油断した私も軽率だった、そのせいであの子達に不当な苦しみを与えることになった。どうか、私に挽回のチャンスをくれないだろうか」

 このままでは、娘達に顔向け出来ないと。マサキは深く息をついた。

 自分が望むものを手に入れるために、あの女は手段を問わない。
 最強のカードを失った今、なりふり構わず犯罪にも手を染めた。

(人間は、怖いな。ゴロー……)

 つくづく、自分も同じ生き物であることが嫌になる。それでも。

「分かりました」

 小太郎は水城と共に頷いた。ゴローを必ず助ける。ゴローを待つ、大切な家族のためにも。頷いた二人だったが、

「ふざけんな、ゴルァ!」

 マサキから手渡されたセシルの設計図を一度ぶん投げた。それくらい、恐ろしく高性能な機器作成依頼だったからだ。

 しかし設計図を拾い上げた水城は即時、実家へと密かに車を飛ばした。
 彼の実家は『水城工務店』とアンティークな看板を掲げる小さな町工場。

 だが、世界で知らない者はいないほどの技術者が揃う最先端の工場だ。小太郎のロボットも重要な部品は全て、そこで作成されている。

 小太郎は準備を整えるとロボット達を引き連れて水城工務店へと向かった。

「こんちは、親父さん。コレ、作ってくんない?」

 設計図を渡された水城の父である工場長もまた、

「一昨日きやがれ、べらぼうめぇ!」

 一旦、設計図を地面に叩きつけた。さすが、理解が速い。

「何だこのふざけた設計図は? オレに対する挑戦か、コラ? オイ、シゲさんとトメさん呼んでこいや全戦力投入すんぞ!」
「明日までにいける?」
「明日までだと、なめるなよコラァ! 今日中に作ってやラァ! オイ、ボンクラも手伝え!」

 大好物を手にしたオヤジさんはいつも以上に気性が荒く鼻息も荒い。水城は腕まくりしつつ、一応苦言を刺してくれた。

「ハイハイ。親父、一応言っておくけど、この人OWBだから」
「関係あるか! いっつも無茶ばっか言って来やがって! 茶でも飲んで待ってろオラァ!」

 小太郎は、いつも通りに接してくれるオヤジさんの心遣いに感謝しつつ、優しいお袋さんがいれてくれるお茶を堪能して待つことにした。

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