AIは猫にとって理想の家族となり得るか?第12話
《怒濤の三日間》
その日は、突然やってきた。いつも通りの朝、新しい家族との暮らしにも少しずつ慣れてきた頃。
呼び鈴が嫌いなチナツが慌てて走って逃げ、隠れてしまうのを笑っていると、ゴローが来客の対応をしてくれる。
突然やってくる人に心当たりは無いし、何か通販で頼んでいたかしら、と気軽に考えながらコーヒーを飲んでいると、ゴローは直ぐに戻って来た。手に荷物は持っていない。ただ、一言告げた。
「マキ様。ワタシは窃盗の罪で告発されマシタ。今から警察署へ行って参りマス」
「は? 窃盗?」
真希も咲希も意味が分からず、玄関までゴローと一緒に行く。チナツは謎の来訪者がいなくなるまで、頑なにソファの下から出てくることは無い。
「柳原真希さんですね?」
二人連れの刑事の内、年配のいかにも武闘派といった男性が固い口調で語りかけてきた。一瞬でこちらに緊張を強いる話し方。咲希は呑気に「ドラマみたいだね」と言っているが、真希は思わず肩に力が入る。
「は、はい……」
「貴方の所有する家事専門ロボットは、窃盗の疑いがあります。これから、取り調べを行いますが、自力で言語を操れる機体ですので、所有者の同行は必要ありません」
機体、所有者と、当たり前のことだけどあまり気にかけていなかった言葉が容赦無く混乱した頭に突き刺さってくる。
「あ、あの……ゴローは、何を盗んだと言うんでしょうか? そんなこと、する訳が無いんです。何かの、間違いでは」
ゴローが買い物に出ることはあっても、そこでの窃盗などあり得ない。
そもそも、ロボットは命じられても人間の命、財産を脅かす行動を取ることができないのだ。その大原則は必ず組み込まれる。
すると刑事は顔を見合わせ、若い方の刑事が答えた。
「猫を。猫を盗まれたと訴えがありました」
猫、と真希は噛みしめるように呟いた。猫、とはチナツのことだ。厳密に言えば、チナツの所有者は、あの人……母なのだ。
「並びに、人間に対する犯行、傷害が確認されています」
刑事が淡々と並び連ねる罪状も、真希にとっては全く意味の分からないものだった。ゴローがそんなことをする訳が無い。
完全なでっち上げに違いない。それを、二人の刑事も分かっている。分かっていて、動かざるを得ない……。上から強い力が働いているからだ。
母の背後には、未だに政界で絶大な発言力を誇る祖父がいる。もちろん、警察にもその権力は及んでいる。
母がこんな攻撃をしたところで意味は無い。ただ、己のプライドが傷つけられたから。だから、相手が最も嫌がることを仕掛けてきた。
「ゴロー……」
思わず、ゴローの腕を懸命に掴んだ。
咲希も一緒に。聡い妹も、自分と同じ結論に至ったであろうから。
ゴローは連れて行かれたら、もう戻ってこられないかも知れない。
のらりくらりと別の罪状も押しつけられて、拘束時間を延ばしながら、何か。何か、決定的な打撃を加えてくるに違いない。
「マキ様、サキ様、問題ありマセン」
ゴローは真希と咲希の手を優しく解いた。
「ワタシは、事実を話しマス」
真希と咲希が見守る中、ゴローは警察署に連れて行かれてしまった。二人でしばらく身動き一つできず、呆然と見守ってしまう。
最後に見たのが、去って行く背中だなんて嫌だと、不吉な考えがよぎった真希は必死で嫌な考えを吹き飛ばすように頭を振った。ちょっとチナツに似ていたかも知れない。
「大丈夫よ、咲希ちゃん。ゴローの記憶は完璧だもの」
「そうだよね、直ぐに帰って来るよね?」
「そう、大丈夫! ゴローは嘘なんてつけないし、記憶を解析すれば、直ぐに無実だって分かって貰えるわ」
大丈夫、大丈夫と。自分にも言い聞かせるしか無かった。それでも、真希は自分にできる最善を尽くす。
(咲希ちゃんを不安にさせちゃダメ。いつも通りにしないと)
ニコニコ笑いながらも、真希は懸命に先を模索した。
もしもゴローがなかなか帰って来ないようなら、咲希の件でお世話になった弁護士の真田と連絡を取る。
いや、もう連絡をしておいた方が良い。何より、咲希がいつもの勉強を始めたら、小太郎と連絡を取らなければ。
そう考えながらリビングに戻ると、咲希は直ぐに小太郎と通信を繋げていた。
「小太郎のとこには私が知らせるから、お姉ちゃんは真田さんに連絡して」
「咲希ちゃん……わ、私がやっておくから良いわよ、咲希ちゃんはいつも通りに……」
「いつも通りなんて、無理!」
咲希は途轍もない速さでキーボードを叩き、小太郎に現状を報告している。
「今のお姉ちゃんに一人ぼっちで色々やってもらうの見てるだけなのも無理! お姉ちゃん忘れてない?」
咲希のため、と思っていたのに、本人は不満そうに唇を尖らせていた。
「私はね、天才なの。普通のお子様と違うのよ。教育だけで国家予算が動くお子様なの! だから、普通の気づかいはしなくて良いの。分かった?」
「は、はい」
「でもね、子供だから通用しないところもあるの。そこは助けて。分かった?」
「は、はい」
「はい、電話! 急いで!」
「う、うん……。え、ちょっと待ってよ、私の方がお姉ちゃんなのに、何で咲希ちゃんが仕切っているの?」
「良いの! 天才だから!」
「ええ……」
ほとんど押し切られた形で、真希は真田に今の事態を伝え、後々相談を頼もうと思った……のだが。
『何ですって? チナツちゃんは大丈夫ですか!』
「え? ええ、まだ隠れてますけど……」
『直ぐに行きます!』
「え? いえ、まだ……あの」
あっという間に電話は切れていて、続いて「三十分ほどで伺います」とラインが入った。どうしたものかと戸惑う真希に、咲希は分かりきっているといった顔で、
「来るって?」
「え? う、うん、三十分くらいで来るって……まだ、相談なのに」
「そりゃー来るでしょ。真田さん、ちなちゃんにメロメロだもん」
優秀過ぎる妹に振り回される形で各方面へ連絡を入れ、一段落したのは二十分後。
真田がやって来るまで十分のところだ。お茶を用意しようと台所に立つ真希の元へ、チナツが駆け寄ってきて足に纏わり付いている。
「ちなちゃん、ゴローがね……」
「るなーん」
「ゴローが、連れて行かれちゃったの」
まだ、チナツはゴローの不在を知らない。じぃっと真希を見つめた後、部屋中を探しに駆けて行ってしまった。
「くおーん、るなぁー」
一通り探し回っても見つからないのでチナツは家中の匂いを嗅いで回っている。そのまま、玄関の見えるリビングの扉前でピタリと動かなくなってしまった。
「ちなちゃん……」
ここから、怒濤の三日間が始まる……。
