違反しているのは、人か。機械か。‥‥“ながら操作”を強制する会社と、15分間の嘘
記録されない現実は、いつも静かに通り過ぎる
「境界線ノート|ランポのさんぽ」 (社会論|未収録の現場)

【ランポの独白】
15分間の「嘘」を連れて
大型トラックのフロントガラス越しに、吹田ジャンクションの複雑な高架が編み目のように迫ってくる。
見慣れた景色だ。
昭和から平成、そして令和へ。
この道を通るたび、時代は少しずつ姿を変えてきた。
しかし、
今の彼にとって、この場所は単なるジャンクション以上の意味を持っている。
「スピードオーバーです。スピードオーバーです。」
車内に、無機質な女性の声が響き始める。
彼の右足はブレーキを軽く踏み、速度計の針は高速道路の法定速度をきっちり指している。
しかし、ダッシュボードに鎮座する最新型のデジタルタコメーターは、
彼が今「一般道」を猛スピードで爆走していると決めつけている。
吹田の構造が、機械の目を狂わせるのだ。
十数分間。
この「嘘」の警告音は、近畿自動車道へ入り、並走する下道から道が離れるまで、執拗に彼の耳を叩き続ける。

かつて、十年前の古いデジタコはもっと「鷹揚(おうよう)」だった。
道が重なっていようが、一度高速に乗ったと信じれば、最後まで彼を信じてくれた。
だが、今の富士通製の賢すぎる機械は、少しの疑念で彼を「違反者」に仕立て上げる。
ふと、バックミラーに目をやる。
他のドライバーたちは、この警告音を消すために、走行中に液晶画面を指で叩くという。
会社が「ながら運転は厳禁だ」と毎日点呼で繰り返している、その指で。
管理職たちはそれを知っている。
知っていて、「点数を揃えろ」という無言の圧力を、数字という形で見せてくる。
「はい。分かりました。以後、気をつけます。」
事務所で指摘を受けるたび、彼はそう繰り返す。
反論はしない。
反論をすれば
「協力性がない」「反省していない」
というレッテルが、このデジタコの記録よりも鮮明に、彼という人間に貼り付けられるからだ。

38年間。
一日の始まりに署名をし、荷物を預かり、目的地へ届ける。
その当たり前の誠実さを守るために、彼は液晶を触らない。
スマホも触らない。煙草も吸わない。
ただ、前を見つめ、機械が吐き出す「嘘」の連呼を、静かに聞き流す。
これは、一種の修行のようなものだ。
引退まで、あと2、3年。
彼の長いドライバー人生の終盤が、こんな不条理な警告音に彩られるとは思いもしなかった。
だが、こうも考える。
機械がどれほど嘘をつこうとも、
会社がどれほど数字だけを求めようとも、
彼のハンドルを握るその手の感覚だけは、真実だ。
左車線をキープし、安全を最優先する。
その「正解」は、デジタコの点数表には決して現れない。
近畿道を南下し、ようやく警告音が止んだ。
車内に訪れる、束の間の静寂。
彼は小さく息を吐き、心の中で「ランポ」に語りかける。
「さあ、今日も無事に、家族の待つ場所へ帰ろう。機械の点数ではなく、自分の誇りのために。」
夕暮れ時のハザードランプが、前の車の背中を優しく照らしている。
彼の道は、まだもう少しだけ、続いている‥
その15分間は、今日もどこにも記録されない。

【ランポのあとがき】
この物語はフィクションです。
もし、あなたの隣を走るトラックの車内から、
鳴り止まない警告音が聞こえてきたとしても……
それはドライバーの過失ではなく、
機械が少しだけ
「道を見失っている」だけなのかもしれません。
記録に残らない誠実さに、心からの敬意を込めて。
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