見出し画像

【サレ妻大逆転ミステリ】4話 毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜

前回のお話
https://note.com/chisio777/n/n023d5bb2820c


1

「へえ、あのマムは奥さんの旦那の不倫相手だったんだな。で、死んでせいせいしたと」

 白警団の男はそう呟いた。

 あれからフローラは、乗って来た馬車に移され、白警団の連中の事情を聞かれていた。最初は制服を来た下っ端レベルの白警団が来たが、最終的には凶悪犯罪課の長、コンラッドという男がやって来た。

 この男は一般庶民のような汚いスーツ姿。他に凶悪事件の内偵をやってきたらしい。その服装に反し、目は鋭く、鼻もツンと高く、切れ味の良いハサミのような印象の男だ。年齢は三十歳ぐらいだったが、その歳で課長というのもよっぽど実力があったのだろう。もっとも白警団は元々王宮に仕える聖騎士団だった。血筋がものを言うコネ組織であるので、コンラッドもどこかの貴族の関係者かも知れない。

「奥さん、今、俺がコネで出世したタイプって思っただろ?」
「は、いえ?」

 考えていた事を言い当てられた。動揺する。フローラの目は泳いでいたが、コンラッドは鋭くフローラを見つめていた。この男に嘘を言ったら、全部暴かれそう。

 フローラは観念し、全部事情を話した。夫の不倫やフィリスとの調査についても。

「そうよ。本当憎い女が死んでせいせいした」

 馬車にフローラの声が響く。その声は、全く幸せそうではなかった。苦い声だった。全くすっきりもしていない事は、コンラッドにも伝わったようで、咳払いもしていた。

 何で「せいせいした」なんて言ってしまったのだろう。この発言は、どう考えても良くない。マムが何者かによって殺されたのだとしたら、疑いは自分に向くのも当然だろう。動機は確実にあった。

 それは夫も同様だ。愛人と何らかの事情で口論となり、カッとなって殴って殺した。筋は通ってしまう。

「でも私はマムが死んだ時は、馬車にいたわ」
「ぜいぶんと言い訳がましいですね?」

 さらにコンラッドは睨むようにフローラを見ていた。口元は嫌味っぽく歪んでいるし、もしかしたら、フローラを見下している可能性も高い。

「残念ながらあなたの旦那さんは、アリバイが無いんですよねぇ」
「え?」

 夫からも事情を聞いたそうだが、アリバイの裏は取れなかった。その事を知った夫は泡を吹いて倒れ、病院に運ばれたという。

「ああ、情け無い男……」

 猜疑心の強い夫だ。猜疑心が強いという事は、小心者とも言い換えられる。白警団に疑われ、パニックになっている状況は、すぐ想像がついた。

 そういえば夫は虫一匹すら殺せない。妻は罪悪感なく裏切っていたが、虫や動物については同情深い。障害者施設への慈善活動も最初は夫が提案し、一番やる気を見せていた事も思い出す。

「夫は虫も殺せないわ。マムの事なんて殺せないでしょ? それに貴族の公爵よ。世間体を考えたら、そんな、殺人なんて無理」

 そう言いつつも、フローラの発言は言い訳がましい。

「夫は小説のネタに不倫もしてますからね。たぶん、今回も筆がノリに乗っていた事でしょう。マムを殺しても何の得もないわ」
「奥さんは、得しますね? 憎い女が死んでせいせいした、と」

 コンラッドの鋭い目で睨まれた。何を言っても無駄そうだ。何か言うたびに自分達への疑いを色濃く感じてしまう。これを覆すのは、かなり難しいだろう。

 もう何の言葉も浮かばず、フローラが下唇を噛んでいた。

「良かったですね。愚かな不倫女が死んで。せいせいしましたか? では、もうあなたは帰ってもいいです。また事情を伺いますけどね?」

 さらにキツくコンラッドに睨まれ、フローラは頷くしかなかった。

 ぜいぶんと時間が経過したようで、馬車の窓から見える空は、オレンジ色に染まっていた。

 公爵家に帰る道、馬車に揺られながら、考えていた。

 多くは碌でもない事だ。これはスキャンダルになるだろう。夫もフローラも貴族社会での笑い者化は避けられない。今だって公然の秘密となっている夫の不貞も、より面白おかしくゴシップ誌に書かれるだろう。

 それよりももっと最悪なのは、夫やフローラが無実の罪で逮捕される事だ。

「ああ、何でせいせいしたなんて言ったんだろう」

 揺れる馬車の中でも、頭を抱えたくなった。

 思った以上にマムが死んでも嬉しくはないのに。今は泣きたいぐらいだ。これでもうマムは、自らの罪に向き合い、悔い改めるチャンスを永遠に失ってしまった。もちろん、フローラに謝罪する機会も絶対に訪れない。

 泣きたくなってきた。愛人が殺されるのが、こんなに辛い事だとは、知らなかった。楽に死に逃げされただけだ。本当は全くせいせいとしない。むしろ、悔しくて下唇を噛み続けていた。

 そうこうしているうちに、公爵家の屋敷に到着した。公爵家の近くは人が集まり、白警団の男達も出入りしていた。

「まさか」

 フローラは馬車を飛び降り、公爵家の使用の館に直行。

「アンジェラ、フィリス!」

 館の前では、二人とも呆然と立ち尽くしていた。館にも白警団の男達が出入りして入れない。

「奥さま! どういう事ですか? 白警団が家宅捜査するって勝手に入って来たんです!」
「どういう事ですかー、奥さん!」

 アンジェラやフィリスに詰められた。今夜は我が家に帰れそうにない。確実にコンラッドは疑っているのだろう。かなり不味い。

「あ、愛人ノートは?」

 あれが一番コンラッドに見られたくないものだった。

「大丈夫ですよ。エリスが見たいっていうから貸してたんです」

 フィリスが耳元で呟いた。洗濯婦のエリスにあれを見られるのも恥だったが、とりあえず避難できているようだ。ホッとして膝から崩れ落ちそう。

「ありがとう、フィリスもアンジェラも。さあ、ここに居ても仕方ないわ」
「奥さん、どこに行くんです?」
「決まってるでしょ。都のホテルへ行くわよ」

 これにはアンジェラもフィリスも大喜びで、拍手していた。毒気のない使用人達を見ながら、ようやくフローラも笑顔を見せていた。

2

 フローラ達は、都にある五つ星ホテルに滞在していた。しかも部屋は一番良い所で、最上階の四階にあった。

「奥さん、風呂がすごいいい香りだった!」

 風呂から出てきたフィリスが、昇天しそうなほど顔がふやけていた。田舎娘のフィリスにはバスローブ姿は全く似合っていないが、高級ホテルの滞在を心から楽しんでいるようだ。

 アンジェラもそう。アンジェラも風呂を楽しんだ後、ワインを開け、クラッカーやクッキーをつまみながら、リラックスした表情を浮かべていた。先程、フローラが白警団に家宅捜索をされた経緯、マムが殺された状況を説明したわけだが、二人ともホテル滞在に浮かれ、全くショックは受けていないようだった。

 このホテルはフローラの親戚が経営していた。予約もとらず、急に行っても最高級の部屋に泊まらせてくれたのは、貴族コネクションの賜物だろう。

 フローラも久々のホテル滞在を楽しみたい所だった。風呂に入り、バスローブを着こみ、アンジェラやフィリスと一緒にワインを飲んでいたが、少しは気分も晴れてきた。ホテルに向かう途中も白警団につけられ、今も監視されている気配も感じるが、もう疲れた。今はフィリスやアンジェラ達と酒を飲みつつ、リラックスしても良いだろう。

 久々にワインを飲んだ。修道院で躾られていた時は、酒に溺れるなと言われていたので、ワインも滅多に飲まなかったが、今は少しの酔いも心地よい。

「それにしてもマムが殺されたなんてね。やっぱり敵を作るような事をしてたら、ろくな死に方しないんだな」

 アンジェラはそう言い、クラッカーをボリボリ噛み砕いた。マムが死んだと聞かされても、アンジェラは冷静そのものだった。笑いを堪えているような口元を見ると、彼女こそ「せいせいした」と思っているような。

「そうね。悪いけど、全く可哀想じゃないな。恨んでいる人も多いでしょうし!」

 フィリスもそうらしい。一ミリもマムが死んだ事を悲しんでいない。それよりホテルの大きなシャンデリアを見上げて目を丸くしたり、窓の外の夜空が綺麗だとはしゃいだり、田舎娘っぷりを発揮していた。側で見ているフローラは呆れるほどだったが、気が抜けてくるのも事実。ワインをグラスに入れ、赤くて甘美な飲み物をちびちびと飲んでいた。

「でも、奥さん、いいんですか? この状況は限りなくヤバいです。疑われてるっていう事は、白警団も容赦しませんよ。濡れ衣着せるスキャンダルだってあったでしょ?」

 アンジェラは再びクラッカーを噛み砕き、助言してきた。確かに数年前、白警団が無実のホームレスに濡れ衣を着せ、事件解決が遅れたスキャンダルも思い出した。あの時は白警団の無能っぷりを見下げていたが、今は笑えない。濡れ衣を着せられる可能性もあるし、このまま公爵家に帰れない可能性だってある。

 それに、夫の事も心配だ。猜疑心が強い夫が、もし疑われてるいる事を知ったら? おそらく冷静ではいられないだろう。仕事にも影響があるはずだ。その事を考えると鬱になりそうで、再びワインを口に含んだ。

「そうね。このまま放っておく事はできないわ」

 今は束の間、仲間とワインを飲みながら、リラックスはしていたが、明日もずっと酒浸りになる訳にいかな。

「奥さん、犯人を見つけたら?」

 フィリスはニコニコ顔で言ってきた。まるで良いアイディアが思いついたと子供のように無邪気。

「そうですよ。少なくとも奥さんは、白警団よりマムが恨まれている事を知ってます。白警団が奥さんを疑っているうちに、犯人を見つけしまえばいいんじゃないない?」

 アンジェラもフィリスのアイディアに同意。酔いながら、またクラッカーをボリボリしていた。

「そう?」

 おそらく自分が犯人を見つけてしまう事が一番良いのだろう。それが出来ればの話だが、どうも自信がない。白警団のような資金、人脈、権威、人手もない。そんな状況で犯人を探すなんて、無理ではないか。

 フローラは、白警団のコンラッドの嫌味な顔を思い出す。

「そうですよ。今、奥さんを疑っているなんて白警団は無能です! 私だったらもっとマムを恨んでいる人を調べますよ」

 フィリスまでけしかけてきた。

「奥さん、この事件にだって負けちゃダメですよ。必ず犯人が見つかります。悪事は必ず、表に全部出ますよ!」

 フィリスも酔っているのだろうか。顔を真っ赤にしながら、フローラを励ましてきた。

「まあ、確かに今の段階で奥さんを疑っている白警団は、無能だな。おかしい。そのコンラッドっていう白警団、コネで出世したんじゃ?」

 あもはやアンジェラは言いたい放題だ。酒のせいか、三人とも気が大きくなっていた。

「そうね……」

 確かに第一発見者のフローラをすぐに疑っている白警団は、早計な気もした。同時にそんな白警団に屈する事を選ぶフローラも、早過ぎる?

「そうね、犯人を見つけても良いかもしれない」

 酔ってるせいか、そんな言葉が溢れていた。身体も熱くなり、頭もふわふわしている。ちょっと馬鹿になっている今は、犯人を探す事にゴーサインを送っていた。

「やった、犯人探してコンラッドも公爵さまもギャフンと言わせましょう!」
「だから、フィリス、今時ギャフンなんて言う人はいないわよ?」

 フローラは苦笑してしまうが、肩の力が抜けてきた。

 フローラ達は、ワインボトルを開け、酔いながらもこれからするべき事を話し合っていた。

 こうなったら犯人を見つけだすしかない。フローラはぎゅっと拳を握り、覚悟を決めた。

3

 翌朝。昨日、極悪女のマムが死んだ事など全部嘘だったんじゃないかと思うほど、空が晴れていた。ホテルの窓から見える空は、どこを切り取っても一枚の絵になりそうなぐらい綺麗だ。

 朝食の為一階の食堂へ向かう。まだ六時半だったので、他の客は数人しかいなかった。ビュッフェ形式の食堂には、テーブルの上にパン、肉、フルーツ、ヨーグルト、チーズ、スープ、デザートと色とりどりの食べ物が並び、これにはフィリスもアンジェラも大興奮。プレートに山のように盛り付け、爆食していた。

「アンジェラ、元を取りますよ!」
「そんな事はわかってるよ、フィリス! さあ、全部食べ切ってしまおうではないか!」

 庶民丸出しのフィリスとアンジェラには呆れてしまうが、仕方ない。ここまで付き合ってくれたし、元気な二人を見ていたら肩の力も抜けてくるのも事実だった。

 そんなフローラはフルーツとコーヒーだけを頂き、メモを取りながら考えていた。

 マムを殺したのは一体誰?

 何しろ極悪女だ。敵も多い。かなり恨まれていた。とりあえず、今までの結果から怪しい人物を書き出し、考えてみる事にした。

 ・魔術師エル

 第一容疑者だ。あの呪いの会の様子から見て、動機は確実にあるだろう。殺害方法は呪い? まさかね?

 ・クリス

 障害者作業所の職員。マムも金目当てで福祉業界にも進出していた。その恨みがあったりする(でも女のクリスでも撲殺ってできる?)

 ・マーシア

 盲目のシンガー。福祉施設でのマムへの怯えよう。動機はある。でも、クリス同様、殺害できるか謎。

 ・ザガリー

 知的障害がある青年。マーシアに恋(?) 犯行は可能だけど、マムを恨むほどの思考があるかは謎。

 ・エリス

 洗濯女。あのマムへの嫌いよう。殺意があってもおかしくはないが、彼女は老婆。撲殺するのは物理的に無理。

 ・夫

 こうして書きた出すと一番怪しい! 動機もあるし、犯行も可能。おまけにアリバイもない。

 ・いじめられっ子(名前不詳)

 マムは地元でいじめっ子だった。当時の被害者が恨んでいてもおかしくない

 ・顧客(名前不詳)

 噂では、顧客からも相当恨まれていたよう。そこから犯人がいてもおかしくない。

 ここまで書き出してため息しか出ない。飲んでいるコーヒーも異様に苦い。思わず顔を顰めてしまう。

 容疑者は無限にあり、そこから犯人を割だ出すのは、かなり難しそうだった。犯人は数名で結託し、マムを殺した可能性もある。動機や殺害方法だけでは、砂浜で塵を探すようなものだろう。

「ああ、困ったわ。なんでマムはこんなに恨まれてるのよ……」

 そして改めてフローラ自身にも動機がある事を認めてしまう。別にスッキリとせいせいはしていないが、これで夫の不貞が止まった事は、嬉しい。マムが自殺や事故死だったら、もっと手放しで喜んでいた事だろう。

「まさか、呪い……?」

 そして第一容疑者のエルは魔術師だ。超自然的な力を使い、遠隔でマムを呪い殺す事は不可能ではない?

 魔術師が敵国の王族や軍人を呪い殺したという噂は多い。王宮で魔術師が雇われている理由も、単なる娯楽でもなさそうなのが、何とも言えない。一応儀式をする為に雇われているという話だったが、形骸化しているという。

 あの呪いの会も最後まで出ておけば良かった。今となっては後の祭りだが、本当に呪いだったら、この目で確認できたのに。

 フローラはコーヒーをちびちびち啜り、ため息をこぼす。昨日は犯人を捜すと勇ましい事を言ったが、想像以上だ。呪いが関わっている可能性も考えると、簡単な事件ではない。

 昨日は酔っていた。他殺体などを見て、頭も変だったのかもしれない。こうして容疑者を書き起こすと、誰も彼も犯人に見える。

「奥さん、このパンケーキ、すごいフワフワで美味しいです〜!」

 フィリスがフローラのいるテーブルに戻ってきて、実に幸福そうにパンケーキを食べていた。頬はオレンジ色に染まり、目はキラキラ。どう見ても田舎娘だったが、フローラはホッとため息をこぼした。

「あなた、朝からそんな食べて大丈夫?」
「大丈夫です! 元をとります!」
「そうですよ、奥さん。これは元をとりましょう」

 アンジェラも戻ってきてた。アンジェラの皿の上は、ソーセージやベーコンだらけだ。肉は単価が高い。アンジェラは本気で元を取るつもりらしい。

「ねえ、奥さんもこの事件で元を取ればいいじゃないですか。これで犯人も見つけて、公爵さまの心がかえってきたら、完全に元が取れます。公爵さまも作品のネタにして本にしたら、超お得かも?」

 アンジェラもうまそうにソーセージを齧っていた。いつも冷静で小賢しいメイド頭は言う事がケチだ。

「そうですよ。奥さんもコーヒーとフルーツだけでなく、パンケーキ食べましょー」

 フィリスはフローラの皿に無理矢理パンケーキを一枚置いた。甘くやわらい匂いが漂う。一口齧ってみたが、確かに美味しい。口も軽くなりそう。

 そうか、容疑者達にも甘いものを配ったら、口が軽くなるかもしれない。幸い、フローラは修道院で菓子作りも訓練されていた。手作りの菓子を配りながら、聞き込みすれば、突破口が開ける?

「あなた達は、誰が犯人だと思う?

 フローラも口が軽くなった所で、二人にきいてみた。

「魔術師エルに決まってるでしょ」

 フィリスは即答。

「だってあんなに呪ってたんですよ。遠隔で呪いをかけて、成功したんだわ」
「おいおい、フィリス。そんな非科学的な事があるわけないって」

 アンジェラはフィリスの肩を軽く叩きながら呆れていた。確かにアンジェラの言う通りだ。呪いなんてあるわけない。

「私もエルだと思うが、誰か別の人を使わせて殺したんじゃないか? 私は共犯者がいると思うね」

 フィリスは自分の推理が否定されて子供っぽく口を尖らせていたが、同感だ。呪いで人を殺せるとは、ありえない。

「奥さま、朝刊でございます」

 ちょうどそこへ、ホテルのスタッフがやってきた。朝刊のサービスを持って来てたようで、フローラはざっと中身を確認していた。

 マムの殺人事件はまだ報道されていないようだった。都の花祭りや社交シーズンのお知らせ、とある伯爵家の薔薇が満開等どうでも良い情報が圧倒的だったが。

「まって、エルって昨日はずっと女王と国王と一緒に面談していたの?」

 新聞には国王や女王など王宮関係者の一日の様子が記録されていたが、そこにはエルに完璧なアリバイがある事を示していた。これ以上のアリバイはない。

「ま、まさか、本当に呪いでマムを殺したんだわ」

 フィリスは大袈裟に肩を振るわせていた。

「そんな呪いなんてある訳がないだろ」
「アンジェラの言う通りよ。呪い殺すなんて」

 不可能だ。

 ただ、もしエルが犯人だとしたら?

 殺害方法は呪い?

「私はエルに共犯者がいる推理に一票だね。呪いなんてあるわけがない」

 アンジェラはソーセージをぷりぷりと噛みちぎっていた。フィリスの推理には鼻で笑っていたが、フローラは一切笑えない。

 これは呪い?

 それともエルに共犯者?

 または、犯人は別にいる?

 フローラは再びパンケーキを齧ったが、全く甘く感じない。

4

 フィリスとアンジェラは、しばらくホテルで遊ばせている事に決めた。どうせ公爵家には帰れないし、ここで日頃のストレスを発散させるのも悪くない。

 ホテルにはプールやサウナ、小さいコンサート会場や劇場もあったし、暇になる事はないだろう。これを聞いた二人は大喜びで、降ってわいた休暇を楽しみと笑顔だった。

 一方、フローラは笑ってばかりもいられない。ホテルで身支度を整えると、都にある大きな書店へ向かった。

 ホテルから十分程度の場所のは、書店、コンサート会場、出版社、劇場、美術館など文化的施設も集まっていた。今の女王は文化に関心が高く、この辺りも国が出資して生まれた場所らしい。道を歩く者の貴族や王族が多そうで、暇を潰す文化の役割も大きそうだ。

 さっそく書店に入ると、夫の書籍が大きく展開されていた。貴族の女達が目を輝かせながら、夫の本を見ている。まだ貴族界隈では、マムの殺人事件はバレていないようだ。

 時間の問題だと思われるが、レジの側にはゴシップ雑誌が山積みだ。舞台女優の失言が大きく報道され、鬼の首を取ったように叩かれていた。

 未来の夫やフローラもあの雑誌の中の登場人物だ。全く人のスキャンダルには笑えない。

 そんな事も考えつつ、インクや紙の匂いが漂う書店の奥へ行き、魔術師の本を捜す。

 魔術関係の本は、書店でも奥の方のあり、他の客も見ていない。やはり、メジャーな文化ではないようだったが、エルが書いた本を捜す。

「ええ、と。魔術師エルの本は……」

 エルの書いた本は確かにあった。豪華な装丁の魔導書だったが、タイトルは「白魔術」。毒にも薬にもならないような内容だった。花や紅茶で想い人の心を占う方法、パワーストーンの解説など、子供向けっぽい。装丁は派手だったが、中見の無い本だった。

「店員さん、このエルって人の本は売れてる?」
「いいや、全く売れてませんね。どちらというと、魔導書ではこっちのが売れていますよ」

 店員は別の本を紹介し、自分の仕事へ戻って行ってしまった。

 おすすめされた本は、同じく王宮魔術師が書いたものだった。名前はルーナ。女性の魔術師らしいが、惚れ薬や意中の人を確実に落とす方法も書いてあり、確かにエルの本より面白く、実用性も高い。

 他に呪い殺す方法などは書いていなかったが、エルが不人気で無能な魔術師である事はわかった。

 マムはエルの事を無能、役立たずと罵倒していたそうだが、世間一般的の評価もそんなものだったのかもしれない。マムの発言は極悪だが、言葉を選ぶべきだったかもしれない。わざと相手を傷つける為に悪口を言っていた可能性も高いが。

 これでエルにはマムを殺す動機がある事がはっきりした。呪いの会も単なるパフォーマンスではなく、自分のプライドを折ったマムへの復讐だとすれば筋は通る。

「でも、呪いで人は殺せるかしら?」

 そこだけは妙に引っ掛かる。書店に置いてある魔術の本でも、人を呪う方法などは書いていない。

 呪いなんてない。エルは犯人ではないか。犯人だとしたら、アンジェラの言う通り共犯者を使ったのだろう。その共犯者って誰?

「奥さん!」
「きゃ!」

 エルの事を考えていたので、背後から声をかけられたら、変な声が出てしまった。

「あなた、ネイトじゃないの」

 声をかけたのは、夫の担当編者であるネイトだった。庶民階級の男で、いつも夫に顎で使われ、言いなりになっていた。

 年齢は二十五だそうだが、髪はボサボサ、スーツはよれよれ、靴はぼろぼろ。見た目の雰囲気も色々と残念な男だった。体系は痩せ型、背も高い方だったが、身なりを気を使う事はないらしい。

 フローラは、ネイトを見ながら頬が引き攣っていた。気弱そうなネイトだが、あまり得意なタイプではない。夫が不倫によって筆が乗ってくる事を知ると、わざと女を紹介する事も多かった。

 完全にフローラの気持ちは無視していた。つまり、良い小説が出来上がり、売れれば何でも良いと考えている男。

 おそらくマムもネイトが紹介した可能性が高い。マムも本を出していたし、その界隈の世間は狭い。そう思うと、ネイトも夫の共犯者。いっそ頬も叩いてやりたかったが、奥歯を噛み締めてどうにか我慢していた。

「奥さん、書店で何をしてるんですか?」
「いえ、何でもないのよ」
「ちょっと来てください。我々も困ってるんです」

 ネイトは髪をクシャクシャにかいていた。

「どういう事?」
「先生、今退院してホテルにいるんですが、本当にパニック状態で困ってるんですよ。ああ、どうしよう。先生がこれ以上書けなくなったら」

 ネイトは涙目だった。

「結局、こういう時は奥さんしかいませんよ。来てください、先生を救ってください」
「えー?」

 ネイトの手を引かれ、夫がいるという出版社の裏のホテルへ連れて行かれた。

「こんな時だけ妻の私を頼るっておかしくない?」

 フローラの声は冷たかった。

「こんな時だからです。先生には奥さんが必要ですよ、きっと」
「意味がわからない」

 ネイトの調子の良さに下唇を噛みたくなるが、確かに夫はこのまま放置はできなかった。

「あなた、来たわ。一体どうしたの?」

 ホテルの部屋に入り、夫に話しかけていた。

5

 夫が泊まっていたホテルは、フローラ一行が滞在しているホテルより狭く、卓とベッドだけでも窮屈そうだった。ネイトによると、このホテルでは小説家の仕事場としてよく活用されているらしい。確かに小説の仕事だけをするだけなら、十分なスペースだ。むしろ狭い方が集中できるかもしれない。

 そんな狭いスペースだったが、丸めた原稿用紙が散乱していた。他にも丸めたメモも落ちていたが、フローラはそれを拾って見た。

 マムが殺されて全く筆が進まん!

 そう書いてあった。夫はげっそりとし、冴えないネイトより髪も肌もぼろぼろだった。これはどう見ても夫はおかしい。いつもと違う。スランプに入ってしまったんだろう。

「なんだ、フローラとネイトじゃないか。何しに来たんだよ」

 夫は一旦は立って逃げようとしたが、意外とネイトの圧もあり、諦めてベッドの上に腰かけた。丸めた原稿用紙が、カサカサ響く。その音が妙に大きく聞こえた。

「先生、困りましたよ。明日発売のゴシップ記事です。マムの事も奥様が疑われている事も全部記事になっていますよ」

 ネイトはカバンからゴシップ記事を見せた。夫は絶叫。

「ああああ、もう公爵家の評判は地におちた。終わりだ、終わりだ!」
「先生、本当に我々はどうすれば……」

 絶叫したり、慌てている男二人をみていると、急にフローラの心が冷えてきた。数々の不貞行為と比べらたら、どうって事ない。実際、フローラはネイトが見せてきた記事を見ても、眉ひとつ動かさない。男達の情けなさにため息しか出ない。

「ところで、あなた。マムが殺された時間どこにいたの? まっすぐ別邸に向かったんじゃないの?」

 一番気になる事を聞いた。夫にアリバイが無いのが、気掛かりだった。

「いや、実は馬車から可愛い女を見つけ……」

 フローラの冷たい声に言い逃れができないと思ったのだろう。夫は素直にその時間に何をしていたか話した。

 馬車をナンパをやっていたそうだ。相手の女はうまく引っかかってくれず、今は名前もわからない。つまりアリバイはこの女から証明するのは無理そう。

「ちょっと、先生。ナンパなんてやめてくださいよ。愛人だったらこちらが用意します」
「そうだけど、あの子は本当に可愛かった」

 この後に及んでも愛人斡旋をしようとするネイト。絶叫したかと思うと、今は女を思い出し鼻の下を伸ばしている夫。

 呆れて頭が痛い。いつもはクールで塩対応の夫も、ここまで情けなかったと思うと、色んな意味で涙が出そう。

 でも。

 フローラは、涙を堪えた。ぐっと奥歯を噛み締め、夫の前に進む。

 こんなクズ夫でも、今はきっと妻しかいないだろう。今、この男を何とか立ち直らせるのは、自分しかいないと決めた。

 その点、愛人という存在は何と都合が良いのだろうか。ただただ甘くて美味しい部分を味わうだけの存在だ。

 一方、妻は相手が弱った時も、病んだ時も側にいる。

 ふと、結婚した時の誓いの言葉を思い出す。もしかしたら、こんな夫でも今側にいられる事は、妻の特権かもしれない。

「あなた、負けないでよ」

 フローラは、まっすぐに夫の青い目を見つめていた。

「あなたは、作家でしょ。こんな事ぐらいネタにして良い作品書きなさい。元を取らないと損じゃない? うちのメイド達もビュッフェでそう言ってたわ。今のあなたはビュッフェに行ってもコーヒー一杯で満足している感じよ」

 フローラは背筋をすっと伸ばし、いつもより強い口調で言い放った。

「そうですよ、先生。この事件もネタにして作品にしちゃいましょ!」

 ネイトもフローラに援軍してくれた。いつもはイライラさせられ編集者だったが、今だけは許せそうだ。

「そうか、そうだよな……。ビュッフェで肉やスイーツも食べないと損だよな」

 夫の目に光が宿り始めた。さっきまでは絶叫し、死にかけていた目だったが、何かスイッチが入ったようだ。

「うん、ネタにしよう。この事件も、ミステリーにしたら、面白い」
「先生の新境地ですね!」

 ここでネイトは煽てて、夫はすっかりやる気を取り戻していた。

「やっぱり奥さんです。男は妻の言葉に弱いんですかね」

 ネイトはそんな事を言っていたが、自分の言葉が夫に影響を与えたかは、わからない。相変わらず、夫はフローラに興味はなさそうだったが。

「すまん、ありがとう、フローラ」

 何故か夫は頭を下げていた。それを見下ろすフローラは、何とも言えない微妙な顔になっておたが、すぐに切り替えた。ここでずっとグズグズと夫の相手をしている暇は無い。

「私、これから出かけます」
「うん? フローラ、どこいくんだよ」

 夫は置いてきぼりにされる子供のような表情を見せたが、無視だ。今の夫の仕事はここで作品を書くことだ。マムを殺した犯人を捕まえる事ではない。

「これから殺人犯を探しに行きます」
「は、本当か?」
「奥さん、何をするんです?」

 夫もネイトも引いていたが、これはもう止められない。

「こうなったら私が犯人を捕まえて、公爵家の名誉も守るわ!」

 いつになく自信たっぷりに宣言するフローラに夫は言葉を失っていたが、すぐに真顔になって頷く。

「やってみろ。お前が思うように自由に」
「ええ、あなた。ありがとう」

 ネイトは文句を言ってきたが無視だ。もう犯人を捕まえるしかなない。

 そう思うと、腹の底から力がみなぎってきた。もう泣くのもやめる。メンヘラもやめよう。今は夫も為にできる事をしたかった。

 これも愛?

 愛の選択と行動ができている?

 分からないが、愛人は夫の為にそこまでするとは、思えなかった。これは妻にしか出来ない事かもしれない。


次回・第5話
https://note.com/chisio777/n/nfe8d3ff1d9c0

#創作大賞2025 #ミステリー小説部門

いいなと思ったら応援しよう!