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【サレ妻大逆転ミステリ】3話 毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜

前回のお話
https://note.com/chisio777/n/n861a3b10a1b1


1

 男はか弱い女が好きです。とにかく男の前では、ぷるっと震えたり、弱い女の子を演出しましょう。か弱いうさぎのキャラを作ると良いです。

 でも、弱いだけじゃダメだから時々、仕事がんばってますアピールも忘れないでね。それに、何か男性に助けてもらったら大袈裟に喜びましょう。

 弱いキャラ→たまに健気に頑張る→助けてもらう→大袈裟に喜ぶ。このルートをマスターすれば、あなたも悪魔のような恋愛マスターよ☆ さあ、頂きお嬢様になってオジさん達をたぶらかしましょうね!

(クリセンセサム著「悪魔な恋愛カウンセラーの極悪テクニック」より引用)。

 ここは馬車の中だ。これから夫とともに貧困街の障害者施設へ向かっていた。公爵家は、こう言った慈善活動も仕事の一つだった。貴族の社会的責任でもあったりする。

 あれから何日か経過したが、脅迫状は相変わらずだ。別にマムは占い通りになる事もなく、嫌な予感も杞憂だと判断していたが、夫の不貞も相変わらずで、慈善活動の日になり、こうして馬車に乗って移動中だ。

 相変わらず夫は不機嫌で、馬車の中は冷蔵室より凍った空気だったが、急に揺れた。おそらく、道の石にでもぶつかったんだろう。都は道も整備されていたが、庶民のいる郊外はそうでもない。貧困街となると、もっと酷いだろう。馬車が大きく揺れるのも、想定の内だ。

 ふと、フローラはマムが書いた恋愛テクニックを思い出した。自分も弱い女を演出し、助けて貰い、大袈裟に喜んだら、夫の気持ちも返ってくる?

 浅知恵だったが、今の夫はマムに夢中らしい。別邸からはマムへの愛を綴ったポエムも見つかった。そうだ、この恋愛テクニックを使ってみよう。試してみる価値があるか?

 見た目は悪女のようにキツく、中見もメンヘラで拗らせていたフローラだったが、夫に対しては健気だった。これで夫の気持ちが返ってくるなら、藁をも掴む思いだ。

「きゃ、きゃあああ。馬車が揺れたわ、こ、こわーい!」

 フローラはわざとらしく怖がったが、馬車は普通に運行していた。なんか、妙にタイミングが悪かったような?

 夫は当然の如く無視。馬車の窓の外を見ながら、舌打ちまでしている。悔しいが、美男子の夫が舌打ちをすると、そこそこ絵になってしまう。

 一方、フローラの顔は真っ赤だ。必死に弱いキャラを作り、ぶりっ子をしたのに、反応はしらーっとしたもの。完全に滑った。寒いギャグを連発しているコメディアンになった気分だ。

 失敗だと思ったが、また馬車が揺れた。今度はすぐに「こわーい!」とぶりっ子してみた。タイミングもバッチリだ。この作戦は上手くいくはず。

「お前、何やってるわけ?」
「え?」
「どうせ何か、恋愛もお勉強したんだろ? 恋愛テクニックもお勉強して実践すれば、俺の心も返ってくると思ってないか?」

 鋭い。全くその通りだった。フローラの浅知恵は、とっくに見抜かれていた。その恋愛テクニックするフローラの動機も見抜かれているようで、居た堪れない。夫の目は冷ややかだった。それだけでフローラの体温も下がっていきそう。

「それに俺は、男だとか公爵というカテゴリーで判断されるのも嫌い。もし俺が無一文の弱者になったら見捨てられるんだろうしな。男は全員恋愛テクニックで誤魔化せると思ってる? そういうのって小手先って言うんだぜ?」

 夫の言う事は、いちいち正論だった。ぐうの音も出ない。確かに小手先だった。藁をも掴む思いでした事が、全部裏目に出てしまったよう。自分が悪いのだが、フローラは胃がキリキリしてきた。

「でもあなた、マムからの恋愛テクニックはほいほい犬のように楽しんで受けているんでしょう?」

 マムの名前を出したら、夫の顔は凍りついた。妻にマムの事がバレているとは、全く気づいていなかった模様。

「調べたんか。よくやるな。と言っても、不貞の決定的な証拠もないだろう」
「そうね」
「マムは作品の取材相手なだけだよ」

 あくまでも無罪で通そうとする夫に、ため息しか出ない。

 再び馬車が揺れた。ガタガタと大きめの音が響くが、フローラはしれっと無表情。

「おお、怖がったりしないのな?」
「ええ、こんな事では怖がりませんよ。だいたい道が悪いのよ。今度役所の人間にクレームでも入れようかしら」
「さすが公爵夫人だな」

 なぜかいつも通りにしていた方が夫の評判が良かった。今はクスクス笑ってもいる。

 何あの恋愛テクニック本!

 恋愛成就どころか、逆効果だ。さすが不倫をしている女が書いただけある。「呪いの厄病恋愛テクニック本」というタイトルに変えた方がいいだろう。ある意味「悪魔の恋愛テクニック」というのは、間違いでは無い。

「さあ、ブラッドリー、着きましたよ。人前では、仲の良い夫婦を演じてくださいな」
「ああ、わかってる」

 二人とも張り付いたような笑顔を浮かべ、馬車から降りていた。
 

2

 障害者達が働く福祉作業所「ひまわり園」は、貧困街でも奥の方にあった。周りは洗濯工場や葬儀会社もある。なぜこんな場所に追いやられているかといえば、差別されているからだろう。

 公爵夫人であるフローラは、正直、差別などは勉強不足だ。恵まれた環境に生きている為、分からない事も多いが、既婚女性は不倫をしたら逮捕され、男は無罪放免。むしろ英雄扱い、芸の肥やしだと称賛を受ける事もあり、その事を思い出すと、身分が低い人の理不尽な環境は少しは想像できた。

 施設はボロボロの木造で、狭い。そこで障害者の子供や若者達が一生懸命、果実にシールを貼っていた。知的障害の者も多いらしく、シールを貼るだけでも大変そうだった。

「君、すごいよ。こんな早く作業ができるなんて立派だ」

 夫は、そんな障害者の一人を褒めていた。今の夫は、とても感じが良く、見事に優しい人間に化ていた。舞台俳優としても大成しそうだが、貴族の人間はこれぐらいの演技力は必須だ。

「そうね、あなた。とってもすごいと思うわ。頑張っているのね」
「ああ、妻の言う通りだ」

 ここでは、仲の良い夫婦のフリをしていた。ここまでの道中の馬車の中では、冷え切った会話をしていた事とは、障害者も職員も全く気づいてはいないだろう。

「わああ、あ、あ、あがと! ありがと!」

 障害者の青年は、フローラ達の訪問に無邪気に喜んでいた。ありがとうと言いたいのだろうが、上手く言葉がでないのだろう。名前はザガリーという少年だった。顔つきは全く普通の少年だったが、職員によると知性に障害があるらしい。つなぎ姿も可愛らしく、無邪気なで全く毒気がない青年だった。

「ザガリーは、苦手な仕事も頑張ってこなしてくれるんですよ」

 職員のクリスが教えてくれた。クリスは眼鏡をかけた真面目そうな女性だった。年齢は若そうだったが、夫の好みとは外れているのでホッとする。

「そうなの。ザガリー、すごいわ」

 フローラも褒めると、ザガリーは無邪気に笑っていた。

 しかし、夫は別の障害者に視線を送っていた。相手は若い美しい女で、フローラの中のセンサーが警告音を鳴らす。

「あ、あの子……」

 女はどこかで見たこともある顔のような。いや、その声に聞き覚えがあった。前、フィリスと一緒に別邸に調査に行った時見た盲目のシンガー、マーシア?

 職員のクリスに確認すると、本当にマーシアだった。歌手活動以外の時間は、こうして作業所に出向き、仕事をしているようだ。

 マーシアは、盲目らしく、シールを貼るのも苦労していたが、ザガリーが丁寧に教え、二人の間には微笑ましい雰囲気も流れていた。

 マーシアの見かけだけは、天使のように美しく、派手な金色の目や髪がここでは悪目立ちしていた。シンガーの時は派手な外見は有利だろうが、普通の作業をしている時は、かえって邪魔そう。実際、夫が下心丸出しの目で見ていた。クリスやザガリーは気づいていないが、フローラはすぐにピンときた。

「あなた、一体、どこを見ているの?」

 一応チクリと釘も刺しておいた。相手が盲目なのをいいことに、夫も下心たっぷりの目で見ているのが、気持ち悪い。改めて夫の女好きは呆れてしまう。

「いや、別に下心では見てないよ」
「そうかしら」
「何か、あの子、俺と同類っていうか……」

 意味不明だ。確かに夫は作家で、向こうはシンガーだ。大きな括りではクリエイターだ。何か夫はシンパシーでも感じ取ったのだろうか。

「フローラさん達、私は普段歌手活動もしてますから。是非、歌も聴きに来てくださいね」

 もっともマーシアは、そんな夫婦の会話など無視。自身の歌の宣伝や、作詞の過程などを早口で話し、悪案外中見はアーティストらしい存在かもしれない。これには夫もタジタジで、マーシアを口説けないようだった。そもそもマーシアはそういった色恋には全く興味が無い様子だったが。

「マーシア、う、うたすごい。すき!」

 無邪気なザガリーの声に夫も何も言えないようだ。フローラは、内心ザガリーに「グッジョブ!」とウィンクしたくなった。

 その後、夫は施設長に会いに別室へ。寄付金の相談や、次回の慰問についてスケジュール調整するようだった。

 一方フローラは作業所の隅で、職員のクリスと立ち話をしていた。その話題は微笑ましいものばかりだ。ザガリーやマーシア達の成長やささやかな日常の一コマを教えて貰い、フローラも癒されていた。

 確かに差別など障害者達が置かれている状況は厳しいだろうが、籠の鳥の中のような公爵家での暮らしと比較すると、少し羨ましくもあった。ここにはフローラには得られない幸せがありそう。貴族としての生活が本当に豊かで幸せなのかは、疑問に思ったりもした。特に夫の浮気されている現状は、空っぽ。外側は豊かかもしれないが、「つまんねー女」だと思ってしまう。

「でもザガリーもマーシアもうちに移動できて良かったですよ」
「え、あの子達、違う施設にいたの?」
「ええ、マムっていう極悪女が経営していた作業所の出身です」
「え……」

 まさかこんな所でも、マムの名前を聞くとは思わなかった。今まで笑っていたフローラの頬が引き攣っていた。

 そういえばマムは障害者をいじめているという噂も聞いた。実際、職員が言っているのだったら、それは事実なのだろう。

「あのマムって女、助成金や寄付金目当てで施設所開いたんですよ。本当に最低だわ。可哀想にザガリーやマーシアは深く傷ついて……」
「そう……」

 自分以外にもマムの被害者がいるとは、全く笑えない。今までの調査結果では、マムがそれぐらいの事をしていても不思議では無いが……。

 後で夫に相談し、寄付金額ももっと増やそう。障害の事はどうでもいいが、やはり、マムの被害者となると、全く笑えない。私怨だろうと言われようとも、マムの被害者は自分事のように感じてしまった。

「他にマムの事は知らない?」

 偶然とはいえ、マムの話を聞いた。ここでもさりげなく愛人調査をしようと考えた。

「あと、知っている事は……」

 クリスが何か話そうとした瞬間だった。施設所の扉が開くと、一瞬で張りつめた空気になった。

 女が一人入ってきた。なんとマムだった。

「いやああ!」
「こ、こわいよおおお! マムだよ?!」

 なぜマムかと分かったかは簡単だ。ザガリーやマーシア達は明らかに怯え、パニック状態になっているものもいたからだ。クリスは彼らを落ち着かせる為に、汗を流しながら働いてる。

 この騒ぎで別室にいた夫も出て来てしまった。最悪な場面だ。夫と本妻、それに愛人が鉢合わせるなんて、どんな悲劇?

「あなた、公爵夫人? いえ、サレ公爵夫人? ふふふ」

 マムは、勝ち誇ったように笑っていた。

3

 マムは娼婦のような女だと思っていた。商業地区での噂、夫のポエムなどを総合すると、派手な下品な女だと思ってた。

 しかし目の前にいるマムは、小柄だった。背の高いフローラと並んで立つと、その差は明らかだった。

 着ているドレスもレースがたっぷり、ブリブリで繊細。長い栗毛も上品に巻かれ、いかにもか弱い女性に見えた。むしろ悪役女優顔のフローラがいじめっ子に見えるぐらいだった。

 クリスは混乱したマーシアやザガリー達を連れて別室へ行ってしまい、作業では本妻と愛人が二人で対面している。その間にいる夫は無表情で固まるばかりで、完全に添え物化していた。

「こ、こわーい。サレ公爵夫人の顔がこわーい!」

 マムはあの恋愛テクニック本通りに、夫の前でぶりっ子していた。わざとらしくカタカタと震え、目を潤ませていた。何も事情を知らない第三者が見たら、フローラがマムをいじめているようにしか見えないだろう。

「公爵さま、私、サレ公爵夫人に虐められているんですぅ。ストーカーみたいに、色々調べられて、私、夜も眠れないのぉ〜。こわぃ〜」

 今にもマムは泣きそう。

「おい、フローラ、本当か?」

 ここで頷くしかない。フローラは嘘がつけないたちだった。修道院でもそう躾されていた。

「おい、まさか愛人調査でもしているのか? 薄々、そんな事をしているとは思ったが……」

 夫は嫌悪感たっぷりの視線を向けてきた。フローラは思わず自身の手をぎゅっと握り締めてしまう。

 不倫は心の殺人。こんな時でも妻にそんな視線を向けてくる夫にフローラの心は、さらに壊れていく。

「おい、フローラ。何とか言えよ。マムに何をしてるんだよ」
「公爵さまぁ〜。私、こわくって、こわくて!」

 猫撫で声を発するマムに、吐きそうだ。おそらく脅迫状の犯人もマムだ。それぐらいの事は平気でやりそうだ。

「でも」

 気づくと、口から勝手に声が出ていた。

「でも、あなた。あなたは、泥棒猫よね? 泥棒猫ちゃん?」

 自分の声とは思えないほど、冷たい。この声がきっかけに場の空気は完全に凍りつき、夫もマムも押し黙ってしまう。

 フローラはマムに目に前に近づき、見下ろした。そう、自分は本妻だ。正式な妻だ。こんな泥棒猫の戯言には負けてはいられない。

 フィリスも言っていた。負けるな、と。ここで負けたら、妻としての尊厳が消えてしまう。

「ねえ、泥棒猫ちゃん? 人のものを盗んでいる今の気持ちは、どう? 確かに私にも原因があるかもしれない。でも不倫という行動に移した時点で、あなた達は立派な犯罪者では?」

 さらにフローラはマムに近づき、見下ろした。このフローラの圧力の負け、マムは何も言い返せず黙っていた。背筋が曲がり、本当に不細工な野良猫のよう。一方、フローラは背筋をすっと伸ばし、汚物へ向けるようにマムを見下ろしていた。

「ねえ、泥棒猫ちゃん。あなたは、こんな所に来る資格はないわ。他人の恋愛相談乗る資格もね。泥棒猫は自分のお家にかえりなさい」

 さらにフローラの冷たい声が響く。

「っつ、サレ妻がドヤ顔するなー!」

 マムは捨て台詞を残して去っていく。この姿は、泥棒猫というより負け犬だ。フローラの圧力に完全の負けていた。愛人が発する安っぽさ、情けなさ。そこに格の違いをフローラは身をもって見せつけたのだ。

 そういえばフィリスの父親が書いた探偵マニュアルには、愛人は本妻より色んな意味で劣るとあった。事実かもしれない。

「フ、フローラ」

 夫はこのフローラに呆然としていた。

「お前、案外強かったのか……?」

 確かに毅然と愛人を追い払ったフローラは、夫が知らない一面だっただろう。かくいうフローラも、そんな自分に戸惑っていた。少し前の自分だったら、泣け叫び、狼狽えていたのかもしれない。

 負けないで。

 いつかフィリスがくれた言葉が、心の支えになっていたのかもしれない。そうだ、あんな泥棒猫なんかには負けたくない。

「奥様! マムを追い払ってくれてありがとうございます!」

 そこのクリス達も別室から出てきた。クリスによると、マムは時々施設に現れては、差別発言をしたり、マーシアやザガリーを虐めていたとう。おかげで彼らからもとても感謝されてしまった。

「あ、あがとう!」

 特にザガリーの拙い感謝の言葉を聞いていると、フローラも泣きくなってきた。毅然としていたフローラだったが、相当気が張っていたのだろう。マムがこの場所にいないというだけで、安堵しかない。

 夫はこの状況に無言だった。いつもだったら、フローラへ嫌味の一つでも言いそうだったが、何も言えない模様。

「奥様、でも気をつけて。マムはろくでも無い女」

 そんな中で、盲目のマーシアは、冷静だった。フローラの耳元で何か囁く。

「マムは魔術師にも恨まれてるからね」
「マーシア、どういう事?」
「ええ。私もあんな女は、泥棒猫だと思うけどね」
「え?」
「今度都で魔術師がマムを呪うそうよ。奥様も呪いの儀式に参加しない?」

 そう誘うマーシアの目は、無邪気だった。何も見えていないはずなのに、全てを見透かしているようだった。とんとんとフローラの肩も叩き、その手は何かを挑発しているよう。

「呪いたいでしょ、あんな女」

 ノーとは言えなかった。フローラは嘘は言えない。

「そうね。興味はあるわ」

 マーシアから呪いの儀式の詳細を聞いていた。場所、日時、時間など。呪いをかけるのは、エルという男の魔術師らしい。

「ええ、人間なんて天使じゃないのよ。奥様もマムへの気持ちは、自覚した方がいいかもね? 人間の心なんてそんなに強くはないわ。ね、公爵夫人?」

 無邪気に笑うマーシアを見ながら、確かに自分の心には天使はいないと自覚していた。むしろ心には毒まみれの魔女が住んでいるような気がしていた。
 

4

 人間なんて天使じゃないのよ。

 マーシアの言葉が心の残っていた。マムを毅然と追い返したフローラだったが、心は普通に悪化していた。

 相変わらず夫はマムと密会していたし、公爵家に帰って来る事もなく、フローラはフィリスやアンジェラを捕まえて愚痴大会を開いていた。そんな自分の心はどう見ても天使ではなく、毒まみれの魔女。その証拠の様に夫は屋敷に帰って来ず、フローラのメンタルは悪化傾向だった。

 そんな折、マーシアが言っていた呪い会の日になった。エルという魔術師が、都の空き家で開くらしい。空き家は元々とある男爵の家だったが、大き金銭スキャンダルが発覚し没落後、空き家となっていた。もう長らく空き家となり、屋敷は老朽化し、庭は雑草だらけ。幽霊屋敷とも噂されている場所でもあった。

「本当に奥さん、呪い会に参加するんですかー?」

 フィリスにこの事を伝えると、明らかに顔を顰めていた。公爵家の衣装部屋で、呪い会への参加のために服を選んでいた。

 マーシアによると、ドレスコードがあり、全身真っ黒の服で、顔も仮面を付けて隠さないといけないらしい。

「まあ、奥さんはこの黒いドレスが合うんじゃないですか?」

 フィリスは半ば呆れてながらも、ドレスを選んでくれた。真っ黒でツヤがあり、まるで毒のようなドレス。その上、仮面と扇で顔を覆ったフローラの姿は、大きな黒バラに見える。

「この格好でいいと思う?」
「ドレスコードにはあってると思いますけどね。でも、呪いなんて。そこまでしますー?」

 フィリスが心底呆れているようだったが、彼女もついて来てくれるらしい。メイド服を仕立て直した黒いワンピースに、仮面。フィリスのこの姿は、まだ可愛いげがあったが、フローラは完全に毒花と化していた。

 こうして服装の準備が整うと馬車に乗り込む。もう夕方だ。うす暗い中で見る男爵家は、余計に不気味だった。幽霊屋敷と呼ばれる理由もよく分かってしまう。

「それにしても、案外人が多く来てますね」
「そうね……」

 受付を済ませると、屋敷の大ホールに案内されたが、フィリスの言う通り、人が多く集まっていた。薄暗い会場だったが、五十人ぐらいはいるだろうか。

 混み合っているぐらいだったが、皆同じような格好だ。誰か誰かは全く不明。てっきり女が多いと思っていたが、全身黒ずくめの男も多い。好奇心でここにいる者、フィリスのように付き添いで来ている者も多いだろうが、マムは相当恨まれているらしい。

 長らく空き家だった会場は、土埃やダニの臭いなども漂い 、それだけでも鼻につく。フィリスも下品なくしゃみをしていて恥ずかしい。とりあえず会場の後ろの方へ向かい、フィリスにハンカチを渡した。

「フィリス、行儀良くして。ハンカチで鼻を抑えて」
「奥さん、この会場埃っぽいですよ。涙もでそうで」
「もう、本当に田舎娘ね」

 フィリスを宥めながらも会場をざっと見回す。やはりこのドレスコードのせいで、誰か誰かが判断がつかない。マーシアらしき人物もいない。噂声は聞こえてきて、マムの悪口大会に興じているグループもいた。

 その声によると、マムは地元でも有名ないじめっ子で、学校の教師も自殺寸前まで追い込んでいたらしい。もはや予想できた事だったが、マムの極悪さにため息しか出ない。

「奥さん、やっぱり不倫する女って倫理観が壊れているんでしょうか?」
「フィリスの言う通りでしょうね。ここまで極悪だと、むしろ天晴れだわ」
「でも何で公爵さまは、そんな極悪マムと付き合えるんですかね?」
「そこを突かれると痛いわね。ブーメラン投げてこないで」

 フローラとフィリスは、マムの悪口大会に興じられない。マムを下げる事が同時にフローラを下げる事にもなってしまう。

 そもそもこんな呪い会なんて、どうなのか。周囲の者は、マムの悪口大会で盛り上がっていたが、フローラの心は冷えてきた。心の底では、こんな事をしても無意味だと気づいているのかもしれない。

「皆さん、時間になりました」

 会場の前方にあるステージの幕が上がった。同時に会場の明かりも落とされ、ステージのスポットライトだけが目立つ。

 スポットライトの下には、中年の男がいた。年齢は四十ぐらいだろうが、顔立ち自体は幼く、「とっちゃん坊や」と言いたくなる雰囲気だった。顔の皺や薄くなった頭だけが妙に浮いている。

「レディース、ジェントルマン! 私が王宮魔術師のエルでございます!」

 とっちゃん坊やは魔術師エルだ。意外だった。もっと大人っぽく真面目そうな男が魔術師になるものだと思っていたが、思い込みだったらしい。

 フローラは貴族で王宮とも繋がりがあったが、魔術師の知人はいない事を思い出す。実はよく知らない存在。貴族間に流れる噂レベル以上の情報は知らない。

 エルはずっとマムへの悪口を吐いていた。王宮魔術師としてもキャリア、人格否定的な発言をしたマムに、心の底から恨んでいるようだ。

 エルが悪口を言うたびに、会場は大盛り上がり。歓声や拍手がうるさいほどに響く。

「何あの魔術師は。ちょっとやり過ぎでは?」

 フィリスは小さな声で呟く。フローラも同意だった。

 確かにエルの言葉には共感する部分も多い。マムのような極悪女に面子を潰され、恨んでいた気持ちはよく理解できるが。

 悪口を吐くエルの顔は邪悪だった。エルは普通の歯をしているのに、牙が見えてきそう。目元も吊り上がり、鼻の穴は膨れ、とても良い顔に見えない。

 そんなエルに同調する会場の人も醜い。顔は隠されていたが、発する言葉は醜過ぎる。

 マーシアは人間の心は天使じゃないと言っていた。その通りかもしれない。むしろ心には毒まみれの魔女が住み着いている?

 エルや会場の様子を見ながら、フローラの心は沈んでいく。まるで自分の心を可視化され、見せつけられたようだ。

 確かにマムは嫌い。許せない。でも、こんな呪い会に参加している自分は、正しいのだろうか。マムより清い人間なのか。マムを批判しても許される立場なのか。

 自問自答していると、気分が悪くなってきた。醜い自分の心を見つめる行為は、どうしてこんなに苦しいのだろう。

「奥さん、どうしました? 気分悪いですか?」

 フィリスの毒気のない声も、さらにフローラの罪悪感を刺激してしまう。

 この心に住む魔女をどうすれば良い?

「ええ、フィリス。ちょっと具合が悪くなってきたわ」
「そうですか。帰りましょうか?」
「そうするわ。後、明日教会へ行って懺悔室にも行こうと思う」
「まあ、奥さま。悔い改めですかー?」

 フォリスは笑っていたが、今はそうするのが一番だと思っていた。

 確かにマムの行為は酷い。嫌われているのもよく分かったが、こんな風に一方的に呪われて良いものじゃない。例え呪いが成功したとしても、マムが自ら不貞行為の罪を実感しなければ意味がない。

 呪われて反省したとしても、意味は無い気がした。そういう意味では、マムには絶対呪いなんて下したくない。あの極悪女が、その罪を自ら認めるかは、分からないから。

5
 懺悔室に鐘の音が響いていた。

 郊外にある教会は、大きな鐘がある、派手なステンドグラスや聖母像で豪華な場所だが、懺悔室は、狭く、仕切りもあり、神父の顔も見えない。

「私は夫の愛人、マムが憎くて仕方ないです。ええ、呪いの儀式にも参加しました。でも、こんなのは良くないですね。マムが呪われた所で夫は帰ってこない。それに彼女が不幸になってから反省しても意味はありません」

 懺悔室で語るフローラ自身が、その事がよくわかる。罰を受けたから反省しても意味がない。自分から、その罪を認め、悔い改める方が神も喜ぶだろう。

「私、間違ってたわ。マムには幸せになってほしい。結婚して可愛い子供ができた方が、彼女は自分のしてきた事に一番苦しむかもしれません」

 フローラの声は、細く、懺悔室にまで響く鐘の音にかき消されそうだ。一方、表情は意外とスッキリしたものだ。こうして罪を告白し、心のつかえも取れてしまった。

 教会もほとんど行っていなかったが、その意味も噛み締めていた。やはり、夫との関係がどうやっても上手くいかず、離婚する事になったら、また修道院にいけばいい。最後に駆け込む場所があると思うと救われていた。

「そうです。あなたの罪の告白を聞きました」
「ありがとう、神父さん」
「マムの事も愛せればいいですね」

 初老の神父の声は優しく、フローラの表情は複雑だ。口元は笑っていたが、目には深い影が見えた。

「それは無理です、神父さん」
「ええ。でもできれば許しましょう。マムの為ではないです。あなた自身の幸福のためです。あなただって幸せになっていいんですよ。神の御心もそうです」

 そうは言われても、フローラは素直に頷く事はできなかった。

「そうかしら」
「まあ、愛する事は難しいね。愛は忍耐ですね。結婚したからって、幸せになるとは限りません。むしろ結婚というシステムや夫、子供に幸せにしてもらおうと思うと、不幸になるかもしれない。夫も子供もあなたが一生かけて愛するんです。あなたが楽する為のペットやアクセサリーじゃないですからね」

 神父の言う事はもっともだ。フローラは深く頷く。

 確かにフローラも結婚当初は幸せだった。夫との仲も良く、満たされていた。でも、その奥にあったのものは依存心かもしれない。誰かに幸せにして貰おうと思っていた。

 今は夫に不倫された事実も受け入れられそうだった。自分も悪い所があってのだろう。パートナーの不貞は、全部相手のせいと思うのも、依存だろう。こんなのは、きっと愛じゃない。

「神父さん、愛ってなんですか?」

 その質問は、神父も少し黙っていた。

「選択と行動ですよ。どんな状況でも、相手にとって一番の事を選び、行動する事です」
「感情じゃないんですね」
「感情はいつか廃れます。でも愛の約束は永遠です。愛は約束を守る事でもあります」

 難しい話だ。フローラはよく分からず、首を傾げてしまうが、今はまだ答えがなくても良いのかもしれない。

「ありがとう」

 フローラはお礼を言い。懺悔室を後にした。懺悔室の隣のある礼拝堂からは、讃美歌演奏やお祈りしている信徒も多く、賑やかな声が聞こえてきた。

「あれ? マーシア?」

 礼拝堂では、マーシアがいた。あの障害者作業場で会った盲目のマーシアは、讃美歌を歌い、信徒からの注目を集めていた。

 透き通るような綺麗な歌声。マーシアの容姿や讃美歌の内容の相乗効果で、本当に天使のようだ。フローラもマーシアの釘付けになってしまうが、信徒席に知った顔があった。

「え、ザガリー?」

 ザガリーもあの作業所にいた青年だ。知的に障害があると思われる青年だったが、マーシアの歌に聞き入り、熱っぽい姿勢を送っていた。まるで恋でもしているかのような視線で、フローラは、戸惑い、声もで出なかった。

 おそらく片思いだろう。マーシアは歌にしか興味がなく、必死に歌い上げていた。

 可哀想なザガリー。

 ザガリーの姿が、鏡を見せられているようだ。届かない想いを拗らせ、行き詰まった視線。フローラも夫に似たような視線を何度も送っていた事だろう。

「でも、ザガリーって恋愛感情わかるの?」

 ふと疑問に思ったが、作業場の職員のクリスによると、障害者でも普通に結婚している人も多いと聞いた。そんな疑問を持つのは、無知から差別意識を持っていたのかもしれない。

「そうね、もう帰りましょう」

 これ以上、礼拝堂のいても、もっと嫌な自分に向きあってしまいそうだった。

 フローラは教会を後にし、公爵家の屋敷に帰る事にした。

「奥さーん! 公爵さまが突然お帰りになりました!」

 公爵家に帰ると、フィリスがすっ飛んできた。夫が帰って来るのは珍しいが、このフィリスの慌てようは? 

「公爵さま、今、書斎にいます」
「え?」
「バレちゃったみたいです。探偵マニュアルも愛人ノートも」

 これは面倒な事になった。フィリスの声は半泣きだったが、この状況は逃げられない。夫の反応を想像するだけで、フローラも泣きたくなってくるが、下手に言い訳するのも良くない。

「いいでしょう。私は書斎へ向かいます。フィリスはいいわ。私、一人で向かいます」

 フローラは一人、書斎へ向かった。背筋をすっと伸ばし、書斎のドアをノックしていた。

6

「これは何ですかね? どういう事だよ、フローラ」

 書斎に入ると、夫は愛人ノートと探偵マニュアルをフローラに突きつけた。二つとも夫には知られたくなかったものだ。

「よくやってるな。もちろん、褒めてない。気持ち悪いわ。気色悪いわ」

 夫は虫でも見るかのような視線を送っていた。夫の顔は真っ白だ。その上、目は氷のように冷ややかだった。もう呆れてもいない様子。

「マムも怖がっていたんだよ。誰かにつけられてるって。そこまでするか、フツー」

 本当だったら、公爵家に送りつけられていた脅迫状も見せつけてやりたかったが、手先が震え、声も出なかった。

 夫にこの事がバレる事は想定していた。怒られたり、呆れられるだろうとも想定していたが、こんな反応をされるとは。

「はあ」

 ため息が出てしまう。

「どういうため息だよ?」

 夫は静かに尋ねた。今の夫は、フローラがどんな態度をとっても、納得はしないだろう。その証拠のように、夫の青い目は凍っている。

「コソコソ悪い事をしているのは、どちらですか? あなた、性別が逆だったら、牢屋行きよ。死刑になるかもしれない」

 フローラも静かに言い返す。夫が突きつけていた愛人ノートと探偵マニュアルも奪い返す、書斎の外へ投げた。ばさりと音が響く。嫌な音だ。廊下に待機していたフィリスとアンジェラが慌ててそれらを回収して行ったが、二人の表情は微妙だ。泣いてる小さな子供を見るかのような憐れみを含んでいた。

「た、確かにそうだけどよ」
「これはあなたが悪い。あなたが蒔いた種ではなくて? 私を責めるのは違くないですか?」

 そしてフローラが、思い切り微笑んでやった。笑ってやる事で、相手の罪悪感を刺激しようと考えていたのだ。

 実に卑屈で哀れな攻撃方法だ。自分でもわかっていたが、止められない。

 愛は選択と行動です。

 今日、懺悔室で聞いた神父の言葉を思い出してしまう。頭では、こんな事は良くないと思っていたが、夫をより傷つける為の行動を選択してしまった。

 こんなのは愛じゃない。愛とはなんだか分からないフローラだったが、それだけは理解していた。理解しているからこそ、できた行動ともいえる。わざとやっていた。

 二人は黙っていた。書斎の中はは張り詰めた空気に変わってしまう。

 この書斎には、夫の書いた本もたくさんある。どれも陳腐なラブストーリー。困難を乗り越え、結婚して幸せになれる女の話ばかりだった。

 本当にこんなものは夢物語。こんな冷え切った夫婦のシーンなど全く書かれていない。

「あなたも、こんな砂糖漬けのラブトーリーだけでなく、不倫や愛人の小説でも書いたらいかが? さぞ、リアリティがあるんでしょうね?」

 これも夫への攻撃だった。夫が一番大事にしている仕事を下げれば、傷つくだろうと考えた。

 だめだ、本当に。懺悔室で語った事は何一つ守れていない。

 いつかマーシアが語っていた。人間の心は天使ではない。魔女が住んでいるかもしれないと全くその通りだろう。

「なるほど」
「は?」

 しかし夫がフローラが思ったほどにダメージを受けてはいなった。むしろ「目から鱗が落ちた」と言いたげなスッキリした表情だった。

「そうだ、フローラをネタにしても良いよな」

 夫は腕組みし、考え込んでいた。そしてメモと鉛筆を取り上げると、サラサラと何か書いていた。筆記する音が書斎に響く。

 さっきまで緊張感が漂っていた書斎の空気は、一気に緩み始めた。窓の外は澄んだ青空。鳥の鳴き声まで響き、呑気さすら含んでいる。

「そうだ。メンヘラな妻が夫の愛人を執着しながら調べる。それで、いつのまにか殺人事件が解決してしまうミステリーだ。タイトルは『愛人探偵』。どうだ? 作品のネタとしては、良くないかね?」

 夫はドヤ顔だった。その顔は妻に何を言われても、全てを作品として昇華し、絶対に負けないという強い意志を伝えているようだった。

 思わずフローラは後ずさりしていた。

 夫の事がわからない。正確に言えば、作家としての夫は意味不明だ。恋愛小説を書くために不倫を繰り返し、挙句、フローラの事もネタにしようとし、全く傷ついている様子がない。むしろ、生き生きとした目を向け、冷たかった青い目は、生命力を取り戻していた。

「創作はいいよな。どんな絶望している人にも残された最後の砦だ。いくら現実がうまくいかなくても、作品の中だけは自由さ」
「ちょ、あなた一体何を語っているの? そんな妻をネタにして許されると思っているの? いいえ、そんなに絶対だめだから」
「うるさいな。出来上がった作品が面白ければ何でもいいんだよ」

 例え妻を傷つけても構わない。今の夫は、メモに作品のアイデアを書く事に夢中だった。

「あの新米メイドのフィリスって子にも話を聞くか。探偵業の内側とか、詳しく知りたいもんだな」

 もう夫は作品の中へ行ってしまっていた。書斎の机に齧り付き、本の調べ物も初めてしまった。

 フローラはもう声も出なかった。きっと本当の敵はマムじゃない。他の愛人でもない。

 再び夫の書いた本をチラリと見る。おそらくこれが本当の敵だろう。

「っていうか、ここで仕事できんな。別宅行くか。うん、そうするわ」

 夫は本を何冊か抱えると、書斎から出て行ってしまった。

 一人残されたフローラは、全ての表情が消えていた。もう夫を傷つけるためだけに笑顔すら浮かべられない。

 夫が書いた数々の恋愛小説が頭から浮かんで消えていく。

「作家の妻なんかになるんじゃなかった……」

 小さな声で呟くが、その声を聞く者は誰もいない。

 そして自分すらもネタとして利用される事に恐怖も覚えた。手も震えて来る。このままあの夫を放置したら、小説に人生を食い散らかされそうだ。

 これだけ苦しんでいる不貞も、その枝葉でしかなかったという事実も、虚しい。泣きたいのに涙も出やしない。頬も引き攣り、肩に妙に力も入ってしまう。

「とにかく夫を止めなきゃ」

 このまま夫を放置していたら、とんでも無い事になりそう。

 フローラも急いで馬車を呼び出し、別宅へ向かっていた。フィリスやアンジェラは止めて来たが、もう理性では動けなかった。一刻も早く夫を止めないと。今のフローラはそれしか考えられなかった。

「あなた、いるの?」

 何とかあの庶民の住居地にある別邸に着いた。叫びように、夫の名前を呼びながら、別宅に入るが。

 灯りも全て消えていた。

 今日は、近くも商業地区ではお祭りがあるようで、そこの多くの人が集まり、住居地はしんと静かではあったが、妙だ。妙な雰囲気が別邸を支配していた。

「え?」

 夫は居なかった。いるはずだと思って別邸の書斎に向かったら、目を疑っていた。まるで物語のワンシーンのような光景だったから。

 目の前でこの世で一番憎いはずの女が倒れていた。

「え、嘘。どういう事?」

 その場でしゃがんでしまう。嘘だと言って欲しい。これも全部夢物語だと思い込みたいが、無理だった。

 マムが頭を殴られて、血を流していた。ぴくりとも動かない。死んでいた。いや、殺されていた。


次回・第4話
https://note.com/chisio777/n/n09fb6cf9adbc
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