【サレ妻大逆転ミステリ】2話 毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜
前回の話
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1
探偵の主な仕事は尾行や聞き込みらしい。
「奥さん、見てください。父から尾行や聞き込みのマニュアル本も作って貰いました」
フィリスはウキウキしながら書斎へやってきた。その腕には分厚い紙束があった。どうやらこれが探偵のマニュアルらしく、少し読んでみる。
あれ以来、なぜかフィリスは辞めない。普通はブラック公爵家だと嫌気がさし、二週間で辞めていくものだが、全くそんな素振りはなかった。フローラは、こんなフィリスには不思議に思うが、今は彼女は敵じゃない。味方かどうかはまだ分からないが、このまま辞めてしまうのは惜しい気もしていた。
「何これ、尾行や聞き込みの仕方も詳しく書いてるじゃない」
「そうですよ。父が作ったものだからガチです!」
つまりこのマニュアルを使って愛人調査をしろという事だろうか。あの日以来、妙にフィリスはやる気だった。
とはいえ、極悪愛人のローズが報いを受けているのは、朗報だ。やはり不倫なんてしている女は、幸せになれなのかも。そう思うと希望が出てきた。ペーパーナイフを首へ突き立てるのは、まだ早いだろう。
「でもね、夫の今までの愛人については、だいたい調べているのよ? わざわざ調べる事なんてないわ。このマニュアルはありがたいけど」
マニュアルは変装や調査中のキャラ作りまで細かく書いてあった。正直この辺りはスパイ小説のようで、ちょっと面白いが。
「新しい愛人もいないし、調査しても新事実なんて出てこないでしょ」
フローラはマニュアルを書斎の机の上に置く。このマニュアルの出番はくる気がしない。
「そんなー。せっかくマニュアルを父が作ったのに。愛人調査しましょ、ね?」
「あなたは何でそんなに愛人調査したいのよ……」
フローラは無邪気なフィリスに頭を抱えてしまう。とはいえ、いつもは一人で愛人ノートを読み、メンタルを悪化させているフローラにとっては、フィリスとの会話は案外嫌ではなかった。
アンジェラは仕事で忙しい。それに歳もずっと上だ。不倫されているフローラをうっすら馬鹿にしている様子もある。
一方、フィリスはそんな事はない。話し相手としては、悪くはない。確かに田舎娘で、所作も声も大きいが。
「いいじゃないですか。極悪愛人を調べてギャフンと言わせよう?」
「この国でギャフンなんていう愚か者はいませんよ」
「いますよー。ギャフン!」
こんなフィリスを見ていたら、思わず笑ってしまった。もちろん、公爵夫人たるもの歯を剥き出しにした下品な笑いもできない。薄らと微笑むだけだ。
「あれ、奥さん、今笑いました?」
「いいえ、笑っていませんよ」
とはいえ、フィリスが来る前のフローラよりもだいぶ表情が柔らかくはなっていた。おそるべし、田舎娘。
フィリスと会話しながら、チラリと夫の本を見る。この書斎の本棚は夫が書いた本が多くあり、これもフローラが病む原因になっていたが、今はさほど気にならない。むしろ、心の余裕すら生まれていた。
「ところで公爵さまって一体どういう人なんですか?」
この質問は、さすがに空気は読めないと思ったが。
「悪い人ではないわ。むしろ、表面的には優しい人かもね? 虫も殺せない人なのよ」
「え、優しい?」
「ええ。あんな不貞行為はしているけど、夫自体はあんまり悪く言いたくはないのよね……」
本当は悔しい。夫も愛人も許せないと思っていたが、それを言葉にするのは違う気がした。フローラは腐っても公爵夫人だった。
「えー、意外。そんなに言うなら会ってみたい」
「まさかあなた、夫と不倫するわけじゃないでしょうね?」
「しませんって!」
ちょうどそこのアンジェラが書斎に入って来た。意外と仲良く談笑している二人に驚いてはいたが。
気づくと窓の外はオレンジ色の雲に染まっていた。もう夕暮れだったらしい。
「奥さん、大変ですよ。公爵さま今お帰りになりました」
「え?」
そんな話は聞いていない。フィリスと夫のことを話している時、ちょうど帰ってくるとは、何というタイミングだろう。
「さあ、フィリスは私と一緒に厨房で仕事。奥様は公爵さまがいる居間へ」
アンジェラとフィリスは慌ただしく、仕事へ戻って行ってしまった。
夫が帰ってきた。ずっと夫は仕事と愛人で忙しかったので、二ヶ月ぶりぐらいだろうか。何の連絡もなく、突然帰ってくるなんてほぼ初めてではないか。
「まさか、全部もう不倫をやめて帰ってきたか……?」
淡い期待に胸が弾むが、違うだろう。勝手に期待して裏切られるのは、こりごりだ。
「まあ、これは一応隠しておきましょう」
フローラはマニュアルを机の引き出しにしまうと、すぐに居間へ向かっていた。
2
公爵家の食堂は、中央の大きなテーブルがあった。その上のキラキラ光る銀食器が美しい。天井にある大きなシャンデリアの光に照らされ、一段と輝いていた。
フローラと夫はまずハーブ水で手を洗い、このテーブルについていた。
「辛気臭い顔だな。イライラするわ」
夫は実に不機嫌だった。表向きには美男子の公爵作家として通っていたが、今はその雰囲気は全くない。
給仕しているアンジェラやフィリスは、仕事に集中していた。特にフィリスは夫と初対面であったが、微妙な顔。おそらく外見の割に中身の性格が悪そうで、そのギャップに驚いているのだろう。
確かに夫の容姿だけは良かった。遠目には薔薇のような派手さと気品もある。金色の髪の毛は、光に透けるとハチミツのようにも見えた。目鼻立ちも整い、晴れた青空のような色の目は、どんな女でも落ちてしまいそうなぐらい美しい。薔薇公爵という二つ名も全く違和感ない。
妻であるフローラもこの男に釣り合った容姿だ。年齢も同じ二十七歳だ。確かに顔は悪役女優風ではあるが、黒薔薇のような美しさで、全く負けてはいない。夫はフローラの事を辛気臭いと評していたが、事実かわからない。むしろ夫の方が不機嫌そう。眉間に皺を深め、睨むようにフローラを見つめていた。
「正直、料理なんて食べたい気分じゃないな。おい、そこの女」
夫はフィリスを呼び出した。
「な、何でしょう。公爵さま」
案外フィリスは肝が据わっているようで、不機嫌な夫にも冷静だった。少しは怖がると思っていたので意外だ。田舎娘らしく、中身は頑丈かもしれない。
「新しいメイドか。お前、毒味しろ」
「は? 毒味?」
フィリスが戸惑っていると、アンジェラがすっ飛んできた。
「今夜の料理は私が主に作りました。奥様は関わっておりませんよ、坊ちゃん」
坊ちゃんと呼ばれて、夫はバツが悪そう。長年のこも家に支えてきたアンジェラは、夫の子供時代も知っていた。
「あなた、私が毒でも盛ったと疑っているの?」
「その通りだよ。世間では妻が夫を殺すのが定番だし、お前は毒妻とも呼ばれてる」
「そんな事はしませんよ」
フローラは嘘は言っていない。内心は料理にまで猜疑心を持つ夫に怒りを通り越し、呆れてきたが、無表情で通すことに決めた。不機嫌な夫に何を言っても仕方ない。それに今さら突然帰ってくるって何?
「いいや。お前は庭で毒草を育てているって噂があるんだ。俺は毒味をしてもらわないと食べないから」
鋭く周囲を睨む夫にフローラはため息しかでない。
「フィリス、どうぞ座って。毒味してくれない?」
「奥さん、なんてこと!」
アンジェラは憤慨していた。妻がこんな風に疑われているのは、屈辱的でもある。
でももう、そう言った屈辱を感じる心も壊れていた。不倫は心の殺人。フローラの心はあらゆるものが鈍くなっていた。
こんな空気の中だったが、フィリスはフローラの隣の着席すると、毒味をしていた。毒味といっても普通に食事しているだけだったが「お肉おいしー!」とか「さすが公爵家の高級食材!」と田舎者らしくはしゃぎ、空気はすっかりユルくなっていた。夫もフィリスには動物や子供を見るような視線を向ける。おそらく夫とフィリスは不倫関係にはならないだろう。ようやく夫も猜疑心を持つのを辞め、食事をしていた。
「フィリス、お行儀が悪いわ」
「奥さん、いいじゃないですかー」
といっても夫婦の会話はゼロ。お互いフィリスとばかり会話をし、アンジェラはため息をついていた。この食卓はどうも見てもチグハグな雰囲気は拭えなかった。まるでコントだ。いや、突き詰めれば悲劇かもしれないが。
「ところであなた、ドロテーアとの仲はどう?」
しかし、悪びれもせず、フィリスと談笑している夫には口の中を噛み締めたくなる。固めの全粒粉パンを咀嚼した後、チクリと愛人の名前も出してやった。
「知ってるのよ、私。ドロテーアと一緒に行った高原旅行は楽しかった?」
「ッチ、調べてたのかよ」
笑っていた夫だが、顔が凍りつく。この男は自分が何をしているか知っていた。だから、食事も毒入りか疑ったのだ。
「ええ。ドロテーアの事なんて全部知ってるわ」
フローラは余裕たっぷりな笑顔を浮かべていた。さすがのフィリスもこの空気に耐えられなくなったようで、パンを千切るのすら辞めていた。
「お前はまだまだだ」
「え?」
「ドロテーアとは別れたよ」
それは吉報か? しかし、こんな夫が不倫を辞めるとは思えない。
「そう。で、あなた。新作の方の調子はどう? 順調?」
カマをかける事にした。夫は原稿に詰まると、女に手を出す悪癖があった。逆に言えば、夫の仕事の進捗を把握すれば、女の陰が追えるのだ。
「ふっ。今度は傑作になるよ」
夫は口元を緩ませていた。パンやスープが美味しかったからでは無いだろう。その青い目は相変わらずフローラを小馬鹿にした感じで、何かを隠しているようだ。
ピンときた。これは新しい愛人がいそう。愛人との付き合いも好調で、原稿もノリに乗っているのに違いない。
これは妻のカンだ。本当に当たっているかは不明だが、夫が何かを隠しているのは明確だ。もし不貞行為を全部やめているのなら、料理に毒を盛っていると猜疑心は持たないだろう。
「公爵さま。どんな話を書いているんです?」
フィリスはキラキラした目で聞いていた。田舎者丸出しだったが、ナイスアシストだ。夫が書いている作品の内容が分かれば、だいたいは愛人の検討がつく。
「ああ。今度は庶民の結婚相談所を舞台にした恋愛小説だ。恋愛カウンセラーの素晴らしい美女と、伯爵の青年のラブストーリー」
「わあ、すっごい。私は読みたい!」
フィリスは無邪気に笑っていたが、フローラの目は死んでいく。おそらく新しい愛人は、恋愛相談をしている女だろう。わざわざヒロインを「素晴らしい美女」と表現するのも含みを感じる。嫌らしい。フローラは怒りが顔に出ないよう。どうにか無表情を保つ。
「美しい結末のラブストーリーになるはずだ」
夫は自信満々だったが、フローラは彼の笑顔を見ているだけで口元が引き攣る。
これはやっぱり、愛人調査をするべきか。この笑顔が苦痛に変えさせ、ざまぁと言うべきか?
「これから執筆のため、別宅に行くよ。今日は公爵家として慈善活動のスケジュールを教えに来ただけだから」
夫はそう言い残すと、さっさと家から出て行ってしまった。仕事するような事は言っていたが、おそらく愛人の元へ行くのだろう。新しい愛人のもとへ。
「奥さん、公爵さまって案外イケメンでしたね!」
フィリスは機嫌が良かったが、騙されてはいけない。
「フィリス、あの様子だと新しい愛人がいるわ」
「奥さんの言う通りですね。あれはいますよ」
「えー!? 全然気づかなかった。奥さんもアンジェラも何で気づいたんです?」
鈍いフィリスは全く気づいていないようだが、アンジェラもわかっていたようだ。目を光らせ、夫の様子も観察していた。
「やはり、愛人調査しましょう。フィリス、協力してちょうだい」
やはり、そうするしかないようだった。
「わかりました、奥さん。協力しますよ!」
フィリスはノリノリだ。面白がっているのに違いない。こんなフィリスを見ていたら、少しは落ち着いてきた。夫と会って怒りや悲しみが再燃しそうだったが、どうにか止められそう。
「やれやれ、じゃあ私は尾行用の服でも用意しますかね」
アンジェラはため息をつきながら、仕事に取り掛かっていた。
3
翌朝。
天気は曇りだった。心なしか、公爵家にある庭のハーブ類も元気がないように見えたが。
フローラとフィリスは、公爵家の衣装部屋で着替えていた。といっても、いつものような仕立ての良いドレスではなく、ソースや土の汚れがついたワンピースだ。
フィリスも似たようなボロを着ていた。元々田舎娘のフィリスは何の違和感もない服装だったが、フローラは全く似合っていない。顔が上品すぎた。姿勢も良すぎるのも問題だった。
こんな格好をしているのも理由があった。昨日、夫が家にやってきた。どうやら新しい愛人がいるようだったので、愛人調査をするために夫の別宅に行く事に決めた。夫にバレないよう、変装をし、別宅に行くつもりなので、いつものようなドレスは着れない。
それにフィリスの父親に貰った探偵マニュアルには、尾行時はキャラ設定を作りこみ、女優のように他人になりきれとあった。という事でフィリスと相談し、庶民の姉妹設定で行く事にした。もちろん、フローラが姉でフィリスが妹。
「奥さん、庶民の服装が全く似合ってませんよ。このままだと悪目立ちします」
「そうなのよ。困ったわねぇ」
衣装部屋の鏡を見ると、顔と服装がチグハグしていた。
「奥さん、メイクでそばかす描きましょう。あとは猫背にして、言葉遣いも崩しましょう」
「できるかしら」
「難しいと思いますが、公爵さまにギャフンと言わせたいんでしょ?」
「今時ギャフンなんて言わないわよ」
とはいえ、このままでは無理がある。フィリスはフローラに下手なメイクを施し、庶民風の言葉を教えた。
もしかしたら庶民が公爵夫人に化ける方が簡単かもしれない。逆に公爵夫人が庶民の女になるのは大変。持って生まれた気品、雰囲気を悪化させていくのは、二人とも骨が折れた。匙加減を間違えると、コスプレっぽい。鼻につく。
それでも何とか庶民に化け、公爵の裏口からアンジェラが用意した馬車に乗り込み、郊外へ向かっていた。
「ところで奥さん、公爵さまの別邸って何で庶民向けの郊外にあるんです?」
馬車の窓から見える風景は、豪華な都から、どんどん質素に変わっていく。麦畑や商業地区も見え始め、フィリスには馴染みがある。ちょっと懐かしいぐらいだった。
「ええ。夫はドロテーアっていう庶民の女と不倫してたの。そのドロテーアとの逢瀬に都合の良い別邸を建てたわけ。別邸や別荘は他にも色々あるけどね」
「そ、そうですか……。っていうか、こんな話題しても大丈夫ですか? 怒り狂ったりしませんか?」
フィリスは首を傾げていた。確かの前のフローラだったら、したくもない話題だ。皿や花瓶を投げ、メンヘラしていたかもしれない。
「ええ。大丈夫よ。夫にざまぁと言わせようと思うと、ちょっと元気が出てきたかも……」
そう言い、愛人ノートをめくるフローラは、以前よりは表情が変わっていた。
「そうですよ。公爵さまにギャフンと言わせましょうよ!」
「今時ギャフンなんて言う人いないわよ。ざまぁでしょ」
「田舎者は言うんですよ!」
二人の会話は和やかだった。これから愛人調査に出かけるとは思えないほど緩い。あんなに似合ってなかったフローラの庶民向けも服装も、時間の経過と共にしっくりし始めたようだ。
馬車の窓からは、青い空も見えてきた。さっきまでは曇り空だったが、天気も良くなってきたらしい。空を見ていたら、フローラの心も晴れてきた。夫の愛人を調べ、有利に離婚した時の事などを想像するだけで楽しくなてきた。
「奥さん、つきましたよ」
「ええ、行きましょう。いえ、行くぜとか言った方がいい?」
「それは崩し過ぎですって」
「冗談よ」
二人とも馬車を降り、庶民が集まる住宅地を歩く。変装のおかげか、二人の姿は全く目立っていなかった。無理矢理作ったフローラの猫背も、公爵夫人らしさを消していた。
「あれ? この声は何?」
どこから美しい歌声も聞こえたきた。庶民の住宅地は比較的うるさい馬車だと思っていたが、何の声?
通行人達も集まり、誰かの歌声を聴いていた。
「路上のアーティストですよ。庶民の住宅地ではよくいますよ」
「へえ。盲目のシンガー、マーシア・エイマーズですって。いえ、なんだって」
マーシアの姿は、人垣のせいで全く見えないが、盲目なのに歌手とは珍しい。
「私はあなたを愛します〜♪ 愛してます♪」
マーシアの歌声は情熱的で、何か心を打つものがあった。結婚当初、まだ夫の事を愛していた時も思い出してしまう。まっすぐな歌だ。心に直接投げかけられているよう。貴族連中が持ち上げる芸術家には無い何かがある。
「ちょっと、奥さん。盲目の歌手なんてどうでもいいじゃないですか。早く行きましょー?」
「え、うん。行くわ」
着心地なく笑いながら、フィリスと共に歩く。
夫の別邸に近づき。もうあの歌声は聞こえなくなってしまったが、なぜか耳から離れなかった。
4
「ここが公爵さまの別邸なんですか?」
フィリスは目を見開いて驚いていた。いかにも田舎者っぽい仕草だが、驚くのも仕方ないだろう。
公爵の別邸といっても、平家の木造の家だった。庭は広いが、その分、雑草が無造作に伸び、木々に囲まれているので、清潔感はない。都の公爵家と比べると、確実に見劣りする。フィリスが驚くのも無理ない。
「ここは夫の仕事部屋と愛人の密会場所だからね。無駄に豪勢にする必要はないのよ」
「へー、でも使用人はいるんですか?」
「いないわよ。どうせ雇っても浮気するでしょうから、わざとうちはブラック公爵家という噂を流している部分も」
「その噂ってわざとだったんですか?」
「最初は私のせいで噂が広まってたわよ。でも、夫と不倫するようなメイドが来られても困るし、アンジェラに頼んで悪い噂を少しずつ流して貰ったわけ」
「そ、そこまでしますか?」
「結果、自分の首を絞めてるけどね」
フィリスは引いていたが、ローズのような泥棒猫が来られてはたまったものではない。別宅の掃除も一応アンジェラの仕事だったりするので、鍵は簡単に使う事もできた。
猜疑心の強い夫は別宅の鍵も頻繁に変えていたが、フローラとしては全く問題ない。鍵を取り出し。別邸の扉を開けた。
夫はいないだろう。夫が世話になっている出版社に連絡したら、今日は一日中打ち合わせだった。出版社にもフローラから連絡が来た事を夫に伝えないよう釘も刺していた。悪役顔のフローラに睨まれると、向こうも逆らえない様子だった。
「さ、フィリス、行きましょう」
「はい! なんだかんだワクワクしますね!」
「遊びじゃないのよ?」
そうこう言いながら、まずはキッチンへ向かった。食卓には汚れた皿やコーヒーカップが二組置いてある。
「奥さん、見てくださいよ。コーヒーカップに口紅がついてます」
「つまり、夫はここで女と食事をしていた事は確定ね……」
コーヒーカップの口紅を見ながら忌々しい。派手な紫がかった口紅だった。ベタベタとし、唇の皺の跡も生々しかった。
「フィリス、この様子を一応メモに書いておいてくれる?」
「わかりました! ワクワクします!」
フィリスが面白がっていたが、これで夫に新しい愛人がいる事が確定した。夫の以前の愛人達は、こんな派手な口紅は使っていなかった。娼婦の女より派手な色合いで、吐きそうだ。
台所の次は、洗面所へ。ここにも歯ブラシが二本分あった。女ものの化粧品類もあり、どう見ても愛人の影が濃い。わざとやっているような。挑発されているような不快感しか持てない。化粧品類からは、安っぽい薔薇の香りが漂う。鼻について仕方ない。
「奥さん、見て。これ、女ものの下着です!」
フローラはなかなかめざとい。洗面所の奥の方に転がっていた下着を見つけ出し、フローラの目の前に広げた。
ブラジャーだった。かなり大きめなサイズで、その点が貧相なフローラは、黙り込む。ブラジャーは花の刺繍も施され、デザインも派手だった。花は菊の刺繍で、鮮やかなイエローだ。目がチカチカしてきた。
「不快だわ! 許せない!」
「わー、奥さん、落ち着いて! 今はメンヘラ地雷女になる事は避けましょう。もっと何か面白いものは見つかるかもしれないよ!」
フィリスに止められ、どうにか泣き叫ぶのを堪えられた。
一人でここへ来ていたら、悲しみと怒りでどうにかなっていたかもしれない。フィリスを連れてきて正解だった。
「さ、次はリビングですよ」
「ええ、行きましょう」
洗面所の次はリビングへ。元々は一人用の別宅なので、リビングは広くないが、一応絵画や調度品もあり、そこそこ上品に纏まっている部屋だったが。
ソファの上をよく見ると、長い毛が一本落ちていた。金色の毛も床に落ちていたが、これは短く、夫のものだろう。
フローラは長い髪を拾い上げ、よく見てみた。色は栗色で、かなり長め。多少癖はあるようで、太い。今までの愛人の毛質じゃない。これで夫に新しい愛人がいる事が決定的となった。
「フィリス、私、もう疲れたわ。どこか遠くへ行きたい。修道院にでも行こうかしら。知り合いのシスター・マリーにも会いたい」
「ちょ、奥さん! 負けちゃダメですよ! 公爵さまにギャフンと言わせるんでしょ!
フィリスに肩を揺さぶられ、どうにか正気を取り戻す。こうして愛人の証拠を見せられると、心はいちいち折れてくるが、確かにここで負けるわけには、いかない。
「そう、そうね。私、愛人を全部調べて見せるわ」
「そのいきですよ、奥さん! 次は書斎ですね!」
フィリスに促され、最後に夫の書斎へ向かった。本当は寝室を見るべきだが、フローラのメンタルが持たないと判断し、書斎を見るだけにしておいた。
書斎は夫が仕事部屋で使っていた。机の上は原稿用紙、鉛筆、万年筆、走り書きなどが無造作にあった。本棚も辞書、辞典、衣服や料理の本が多く、いかにも物書きの部屋だ。
床には菓子やパンくずも散らかり、ここで食べながら書いていたのだろう。ざっと見てみたが、書きかけの原稿用紙は見当たらない。おそらく出版社の打ち合わせに持って行ったのだろう。
「フィリス、何か見つけた?」
本棚哉机の引き出しを見てみたが、愛人を示す証拠は見つからない。書き損じた原稿用紙からは、結婚相談所の女と伯爵の会話文があり、昨日夫が言っていた新作の内容は間違いないが。
「わからない。あ、ゴミ箱見てみます?」
「ゴミ箱?」
フィリスは素手でゴミ箱を漁っていた。腐っても公爵家の夫人であるフローラにはできな事だ。それだけでもちょっと尊敬してしまうぐらいだ。散々田舎者だと思って悪い気持ちだ。主のためにここまで出来るのなら、フィリスは立派なメイドだ。ちょっと感動しそうになった。
「ちょ、このメモを見てください! 愛人の名前がわかりましたよ!」
「本当?」
大騒ぎしているフィリスからメモを見せてもらう。
『愛するクリサンセサム。
いや、君の事はマムと呼んだほうがいいかね? うちのフローラと違い、マムはなんて美しいんだ。恋愛相談の仕事も素晴らしい。フローラと全く違う。素敵な女だ!』
「きっも! 何これ、ポエム? いちいち奥さんを下げながら愛人を褒めているのも本当に気持ち悪いなー。頭おかしんじゃない?」
フィリスは辛辣だったが、その声を聞いていたら、フローラの何かがぶっ切れた。もう遠慮とかしなくていいのかもしれない。
「確かに気持ち悪いわね!」
「そうですよ、いい大人がこんな文を書きます? いくら作家でも変なおじさんだわー」
愛人の名前を知ってしまった事はショックだったが、意外ともうメンヘラしたくなくなった。それに書斎には、マムの書いた書籍も見つけ、フローラとフィリスはますます団結してしまった。
「ブスの為の恋愛テクニック」
「ブスでも結婚できるメイク講座」
「悪魔な恋愛カウンセラーが教える極悪テクニック」
そんな痛々しいタイトルの本が出てきて、二人とも苦笑する他ない。どうやら庶民に「悪魔な恋愛カウンセラー」として人気がある女だったが、書いている本は下品。本の帯には人気売春婦の推薦コメントも掲載されていたが、読者層は色々とお察しだった。本のデザインも派手なピンク色で限りなく品が無い。
田舎者のフィリスも眉を顰めていた。おそらく「性」を売りにした恋愛テクニックだろう。これはターゲット層が厚いのですぐ成功するだろうが、別に女が一生幸せになれるとは書いてないだろう。得するのは著者だけかもしれない。
「何この女! きっとガチの地雷女ですよ、奥さん、こんなくそ女に負けちゃいけません!」
フィリスに発破をかけられ、深く頷く。こんな女の為に自分が死んだり、出家なんてする必要は全く無い。
「ええ。負けないわ。こんなくそ女には」
「奥さん、庶民の言葉、板についてますよ!」
はしゃぐフィリスを見ながら、肝が据わってきたとも言える。本妻としての立場、覚悟、強さみたいなものが、心から湧き上がってきた。
「ええ、私は負けない。もうメンヘラも泣くのも辞める」
自分に言い聞かせ、フローラは深く頷いていた。
5
フローラとフィリスは、別邸から出ると、近くにある商業地区に向かった。
石畳の商業地区で、パン屋、書店、仕立て屋、酒屋、穀物屋、豆屋、菓子屋などが連なり、客も多い。ここだったら愛人・マムの噂も聞けるかも知れない。
公爵夫人という立場のフローラは、商業地区の賑やかさに圧倒される。店員が大声で商品の説明をし、ちょっとしたエンターティメント風な賑やかさもある。ここにいる庶民達仕事や買い物を楽しんでいるのを見ると、貴族社会は檻の中みたいと思ってしまう。貴族は誰も庶民のように自由に仕事や買い物も楽しめない。一言でいえばお高く止まっているのだ。
しかし今日はマムの調査が優先だ。フローラも精一杯庶民の女に擬態し、フィリスと共に聞き込みを始めた。
まずは果実店へ。店といっても屋台のような形の店で、路面にも色とりどりの果実が並べられていた。果実はどれも大きく、形は歪だが、美味しそう。太陽の光を感じる。貴族の食卓ではまず見ない果実で、マムの件など忘れて買い物したくなる。
「こも林檎をいくつかくださいな」
フローラはフィリスに教えてもらった通り、庶民っぽい言葉のイントネーションを使い、店員に話しかけた。
「どの林檎も美味しそう。素敵なお店ね」
フローラが微笑むと、まだ若い娘の店員ははにかみ、林檎を包んでくれた。怪しまれてはないようだ。
「ところで店員さん、恋愛カウンセラーのマムって女知ってる?」
フィリスがつかさず質問。この流れはスムーズだったが、店員の顔が引き攣った。
「まさか、マムのところに相談に行くの? やめなよ、本当にあの女は詐欺師みたいだから」
「え?」
詐欺師?
まるでこの店員は、マムの元顧客だったような口ぶりだ。フローラは追加でオレンジをもう一個購入し、詳しく聞く。
「そうよ、あの女に相談に行った。パン屋のトニーに片想いしてたからね。でもあの女、私の顔がブス、努力不足、自己責任、誰でもできる仕事を腰掛けでやってるんだろって蔑まれて……」
店員は今にも泣きそう。フローラはハンカチを指すだす。このハンカチは公爵夫人らしい派手なレースつきのものだったが、仕方ない。小物まで庶民風にできなかったのは、詰めが甘かったが、ハンカチはあげた。かえって喜ばれてしまった。
「他にマムの事は知らない?」
フローラはおっとりと微笑む。この時は公爵夫人風スマイルの方が良いと思った。
「さあ。悪魔な恋愛カウンセラーて人気ですけど、私はもうあの人には頼りたくない。確かにエロい格好すればモテるけど、一生幸せになれるわけでもないし。おばさんになってもそんな事してたら痛いじゃん。結婚した後もずっと幸せになれなきゃ意味ないし。それに不倫してるって噂もあるし、そんな人に恋愛相談しても、ね?」
店員が言う事は最もだった。
「ありがとう」
フローラとフィリスは店員に頭を下げ、他の店も見て回る。
パン屋、豆屋、酒屋などでも同じように聞き込みをしてみたが、マムの噂は最低なものだった。中には障害者をいじめているという噂も聞いた。マムは助成金目当て障害者の作業所を作り、中抜きやいじめもしているとか。
「ああ、マムは最低だよ」
「マムとは関わらない方がいいよ」
「マムの得意客は娼婦だけ」
「私もマムは嫌い、下品な人」
商業地区の店員は、みな口を揃えてそう発言すていた。
愛人が聖女でなかった事は嬉しい。その一方、こんな女と付き合っている夫って? その夫不倫されているフローラって一体……。
マムの悪評を聞くたびに、どんどん落ち込んでいくのだが。
過去の愛人達は、ここまで酷い女はいなかった。もちろん、ローズも酷かったが、仕事はできたし、こんな派手に悪評はたっていなかった。
今回の愛人はなかなか手強そう。別宅に数々の不貞の証拠を残しているのも、挑発されているような。あの不快感も同時に思い出してしまう。
「奥さん、でも良かったじゃないですか。マムがいい人だったら、複雑ですって」
「そうかしら」
帰りの場車の中で、聞き込みで知り得た情報を纏め、整理していたが、フローラは複雑だった。フィリスは「マムってなんて酷い人!」と憤慨していたが、素直にそうは思えない。
「でも、障害者施設での悪行、恋愛相談での顧客とのトラブル。嫌な予感しかしない。マムってトラブルメーカーなんじゃないかしら?」
「そうですかね。私は単に嫌な女にしか思えませんよ」
フィリスは子供っぽく頬を膨らませていた。いかにも田舎娘っぽいが、今は注意する気にもなれない。
「そうね、でも……」
聞き込みでは、マムは元々王宮でも雑用係として働いていて、魔術師ともトラブルがあったという噂も聞いた。王宮には専属の魔術師がいて、敵国の御子を呪ったり、裏の情報収集をしているという噂があったが。
そんな魔術師にまで恨みを買っていたら、マムは呪いでもかけられている可能性もある。
王宮魔術師は特殊職で、呪い殺すのも簡単だという噂を聞いた事がある。マムの事も含めて全部証拠のない噂だが。
「奥さん、これからどうしますか?」
「そうね。とりあえず屋敷に帰って今日知った事を愛ノートに記録していきましょう」
そうこうしているうちに馬車はあっという間に都に戻り、公爵家に着いた。
裏口から入ろうとした時だ。アンジェラが血相を変えて走ってきた。
「奥さん、大変ですよ! 脅迫状が届いています!」
アンジェラの右手には、確かに手紙があった。
6
公爵家の庭は、紅茶の良い香りが漂っていた。
フローラ、フィリス、アンジェラの三人は、庭に椅子とテーブルを出し、呑気に茶会を楽しんでいた。庭には豪華な薔薇も咲き乱れ、景観だけは美しいが。
テーブルの上は、ケーキスタンドに載せられたサンドイッチやスコーンがあった。紅茶はフルーツティーで、ガラスポットの中には林檎やオレンジが見える。このフルーツは商業地区でフローラ達が買ったもので、さっそくフルーツティーにしてみた。買ったばかりのフルーツは新鮮だ。紅茶と溶け合い、甘酸っぱい香りも発している。実に良い香りだが、テーブルについている三人の顔は暗い。
公爵家に届けられた手紙、いや、脅迫状を見ながら、三人とも俯いていた。中身は、フローラ宛で、今すぐ公爵と別れなければ、命が無いと脅されていた。
「ねえ、二人とも。この犯人誰だと思う? 悪趣味な手紙よねぇ」
脅迫状に送り主の名前は無い。それは当たり前だ
が、フローラは、二人の意見を聞く事にした。
もうフローラは庶民のボロから着替え、いつものドレスに身を包み、背筋を伸ばしていた。やはりこの姿の方が落ち着く。フィリスもメイド服に着替えていたが、こっちの方が似合ってる。メイド職も板についてきたのかもしれない。
「私はマムが犯人だと思う。たぶん、公爵さまに本気になって」
フィリスの声を聞きながら、頭を抱えそうになる。美味しいフルーツティーもスコーンもサンドイッチも、美しい庭も何の慰めにならない。もし、これが公になったら?
フローラが一人傷つくだけなら良いが、公爵家も貴族という立場がある。公然の秘密であったが、スキャンダルになり、夫まで笑い者になるかと思うと、背筋がどんどん冷えていく。
この調子だとゴシップ紙にマムが訴えに行く事もあり得そう。また、マムは確か年齢は三十一歳と聞いた。子供だって出来る可能性があり、もし隠し子が生まれたら?
「しかし、酷い女だね。そのマムって女。脅迫状を書いていたとしても、不思議ではないよ」
詳細を知ったアンジェラもため息をついていた。いつもは冷静なアンジェラだったが、マムの事は良い印象は無いだろう。
「本当に嫌なやつっぽいですよ。障害者をいじめてたっていうのも、最低ですよ。もし公爵さまが障害者になったら速攻で捨てそう。その上、顧客は売春婦ばっかりだって」
フィリスは完全にマムのアンチのなっていた。女同士というのは、不思議なもので、同じ敵うぃ持つと、団結しやすい。普段は特に親しく無い三人だったが、マムの悪口で盛り上がり、愛人ノートに書く事も増えた。悪口大会を開きながらも、フローラはせっせと愛人ノートに今日の調査結果を書き込んでいた。
「こんな脅迫状送ってくる女です。一体、何を企んでいるんだか。奥さん、これは白警団に訴えた方がいいです」
「そうは言ってもね……」
フィリスのアドバイスはもっともだ。治安維持目的とて結成された白警団に訴えれば、この手の犯罪はすぐ解決するだろう。元々聖騎士団の血筋の子息で結成されている白警団だったが、評判は賛否両論。基本的に縁故組織で悪い噂も多いが、下っ端は生真面目な者も多く、庶民からは信頼されているよう。
ただ、白警団に頼むと、その事件の経緯や結果が市民に公開され、時には王宮で審議される事もある。新しく法律を作る為だ。そうなったら、公爵家が恥をかく事は免れない。ゴシップ紙のネタにされるだろう。この状態で白警団に訴えるのは、どうしても避けたい。
夫はなんでマムのような女に引っかかってしまったのだろう。どう見ても地雷女だ。地雷レベルではフローラと同等かも知れないが。こんなか明らかな地雷は回避できないか。
それに愛人が極悪女というにも悔しいものだ。試合に勝ったはずなのに、勝負では負けた気分。もしこの国の女王のような気品を備えた女が愛人だったら、諦めはつくかも知れない。
よりによって愛人は、極悪女。悪魔な恋愛カウンセラー。そんな女にも負けたかと思うと、悲しみというより、呆れてくる。
おそらく夫は作品のネタとしてマムと不倫を始めたのだろうが、自分ってそんな女なのか。作品のネタにもならない「つまんねー女」なのか。メンタルがゴリゴリ削られる。きっと夫にとっては、マムのような極悪女も「おもしれー女」なのだろう。
理不尽だが、これは認めるしか無い……。
公爵家の娘としてずっと優等生だったフローラ。働いた事もない。恋愛経験もない。修道院で躾された。一方、マムは経験が豊富だろう。客層が悪そうとはいえ、恋愛カウンセラーとなり、本まで出してるマムは、貴族の女には無い魅力があるはず。悔しいが、そこは認める必要がありそうだ。
「あれ、アンジェラ達、ここで何やってるの? お茶会かい?」
そこにエリサが近づいてきた。エリサは洗濯婦で色んな公爵家を渡り歩いていた。今日も汚れた下着やタオルなどを回収して洗って貰う予定だったと思い出した。年齢は七十過ぎの老婆だったが、背筋も曲がらず、やけに元気な人だった。ゴシップも好きでアンジェラとも一緒になってニヤニヤ笑っている事が多い。
「そういえばエリサって王宮でも洗濯婦やってたわね。マムって女知らない?」
フローラは、エリサの経歴を思い出し、ちょっと聞いてみた。すると、彼女はお化けでも見たかのような顔を見せた。
「マム! 知ってるよ、とんでもない極悪女だ。王宮ではあちこちで男を作り、魔術師まで誘惑してたからな」
王宮でもマムの評判は悪いらしいが、三人とも全く驚いていなかった。
「特に魔術師に恨まれていたよ。あの女は、人のプライドを折る事を平気で言うんだ。魔術師のエルって男にも無能、使えない、誰でも出来きる仕事で王宮ニートやってるなって暴言吐いていたのを見たんだから!」
エリサはマムへの悪口は止まらない。まだ時間に余裕があるというので、エリサも椅子に座らせ、詳しく話を聞いてみた。
「とにかく男好きな女よ。でも男をたぶらかす能力は高かった。良い男の前ではか弱いぶりっ子に変身するから、いや、本当に怖い女だよ」
「そうなのね」
エリサの話を聞きながら、勝手にマムに敗北感を持っていたフローラだったが、仕方ないような気もしてきた。世の中には魔性の女もいる。おそらくマムもそのタイプだろう。そんなに男にモテるになら、夫に執着するのは辞めて欲しいが、人のものだと余計に欲しいのだろう。相手が公爵夫人ならなおさらだ。一見、フローラは何でも持っている女に見える。そこから大事なものを奪う快感?
「あんなに恨まれていたら、ろくな死に方しないだろ。お、紅茶占いやってみるかね」
頼んでもいないのに、エリサは勝手に紅茶占いを初めていた。
紅茶を飲み干し、カップに残った茶葉を見ながら、ぶつぶつ呟いていたが、フローラとアンジェラは戸惑うばかり。エリサは若い時、魔術師志望で、魔女に弟子入りした事もあったらしいが。
「エリサ、結果はどう?」
フィリスは好奇心いっぱいに聞く。やはり、田舎娘らしく、何でも興味があるらしい。
「これはヤバい!」
エリサは、再びお化けにでも会ったような顔を見せた。
「マムは死ぬ。そう遠くないうちにマムは死ぬでしょう」
どういう事?
フローラは占いの結果に何も言えない。他の面々も固まっていた。その言葉はまるで呪いのよう。その言葉だけでも人を殺せそうな力がありそうで……。
嫌な予感しかしなかった。マムが本当に死ぬかは不明だが、何か恐ろしい事が起きそう。
