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交際を求めてきた男性を女性はどのように「ふる」か?:男女関係の成熟度は以前より低下しているのでは?

この一連のやりとりをしての最終的な感想を述べておきますとね、

今の人たち(ネット民)って、相手にはすごくオトナの、成熟した態度は求めるわけよ。

でも、自分自身の未熟さと向き合い、成熟させて行こうという謙虚さってのがない気がする。

だから、相手に対して求めるところのみが高い。

これでは分断が広がるばかり。

自分の弱さを冷静に見つめつつも、ありのままに受け止めることができた時、
人は初めて、他者にも思いやりとやさしさを自然と抱ける。

・・・ほんとうに他者に求めていたのは、最後に述べたことでしょ?

今の若い人は、

自分の限界を認めつつも「静かに」自己受容し、
そうであるがゆえに、
「相手の」限界と弱さにも思いやりを向ける心の余裕を持てる

という、

相互に思いやる「やさしい世界」

を知らない気がする。

・・・これこそ、「東京ラブストーリー」の世界観ではないかい?

今の世代は、
何か、
お互いに不寛容な、
ギスギスした、
相互に「権利の主張」ばかりする、
「バトル空間」に生きているというか。

そうならざるを得なかった、
「時代」はあると思うが。

周囲に完璧は求められるが、弱さを助けてはもらえない。

まさに「新自由主義」の弊害の産物。

*****

一言でいえば、
人に傷つけられることには敏感で、
傷つけてきた人への「#償い」を求めることには長けているけれども、
自分が相手を傷つける
#加害者 になったがゆえに生じる傷つき(#自己嫌悪)の痛手を、
"#自分でどう癒すか?
という課題にまともに向き合ってきてないと思う。

つまり、
自分が「#償う」側としての責任を引き受けるということ。

人間、
最初から罪を犯さずに済ませられるほど、
器用にはできていない。

人を傷つけたことの「痛み」=「悼み」を「償う」ということが、
ほとんどの人の、一生を懸けた課題となるのだ。

これって、
#メラニー・クライン でいえば、
#分裂的・妄想的態勢 から #抑うつ態勢 へのバージョンアップ、
っていう課題そのものですが。

メラニー・クライン理論について、私の書いた中で、いや、ネットで普通に見つかる文献で、一番わかりやすいのは、よりによって、リンク 👇 これです。
うそじゃないです。
「ウマ娘」のシナリオは、メラニー・クライン理論の、最高の教科書なんよ!!
お読みいただければ、わかります!!

最終的な感想

ここまでが先取りの私の最終の感想。


ここからが最初です。

昔ながらの「大人の女性」は、男性への「害のない」洗練された、交際の断り方と、その後はフランクに「友人」や「同僚」としての関わり方に戻るスキルを、今よりもっと持っていた気がするんですよ。

「交際を断った」ということは、その男性のことを、人間として「拒否」した、ということではない、ということをうまく伝え返してくれた気がする。

私はそういう女性たちに、ひとりの成熟した男性へと「育ててもらえた」という感謝の念すら抱いています。

・・・ところが、どうなんだろ?

いろいろ話を聞く限り、今の若い女性(のある部分)は、そういう「大人」としての余裕を、もしろ失ってきてはいないでしょうか?

昔より無防備で「うぶ」になってきている気がする。

少子化の中で、男性も女性も、異性との成熟した交際スキルを磨く機会に乏しくなってきているのだろうと思います。

もちろん、男性とのつらい関わりの中でかろうじて身に着けた、傷だらけの「鎧」(ペルソナ)としての「おとな性」なのだろうと思いますよ。

それくらいはわかっているというか、伝わってきていますよ。

「だからこそ」心から感謝するんです!!

そうしたものを、自分の肥やしにしたいと思ってきたんです!!


自分が関わる女性には、

自分がそんな目には合わせる側にはなりたくないと思ってきたんです!!

私は、ほんとうのフェミニストは、「男性を男性としてリスペクトするがゆえの、一人の人間としての #男性の尊厳を守る 意味でのフェミニズム」という視点も持っていると感じています。

こういうフェミニストとの交際は、非常に高度な相互尊重の関係であると思います(恋愛であるか否かに関係なく)

ところが今の若い層は、
「はりぼてのフェミズム思想」で理論武装しているが、
実のところ感情的な #ミサンドリー(男性嫌悪)をまき散らす女性たちと、
そういう女性に傷つけられたトラウマを抱えつつ、
偏狭な #ミソジニー(女性嫌悪) を暴走させる「#弱者男性」との
#不毛なバトル空間 になっている気がする。

私がいいたいこと、わかる?

1.少子化による接触機会の物理的減少

2.ネット上での人間関係が肥大化したため、リアルワールドでの対人関係スキルを磨く機会が減少

3.昔より若者たちの多くが相対的に貧しくなり、恋愛や(同性を含む)交際や人間関係にお金を使う余力の喪失

・・・おそらくこの3つの要因により、

今の若い層の男女関係って、
実は以前より最大公約数的には
「未熟化」してきてはいないでしょうか?

私はまだしも、「東京ラブストーリー」を「めぞん一刻」と共に「スピリッツ」でリアタイで読んでいた世代なわけですよ。

#おたく の自分でも、 #リア充 の人たちのライフスタイルや価値観を垣間見れる媒体として、当時の青年漫画誌や「SPA!」は機能していました。

華やかなバブルの残り香の中で男女のことを学んだ、恵まれた世代なのかな?と最近は思うのですが。

ひとつには、当時の大学院生同士だから、研修(時には学会への新幹線に同乗しての移動)とか、合間に一緒に食事をするとか、滞在先のホテルの別室での宿泊とか、「疑似デート」的な機会はいくらでも積み上げはあった上での告白です。

まあ、生粋にプライベートで待ち合わせて、映画を観る機会とかを何回か持った上で・・・とまではしないでの告白というのは性急だったかと思いますが。

当時の私は、今にして思えば、性急で猪突猛進だったということ。

すでにスレッドのどこかで言及したかと思いますが、そうした #女性研究者自身が交際相手の男性との関係において非常な苦しみを体験し、深く傷を負い、それを克服する過程で「大人」としての境地にたどり着かれた方が多いわけですね。

・・・ということは、「現在独身」の女性ばかりです。

これは一般の方はご存じではないでしょうが、男性女性に関係なく、私のような #心理職 の専門家は、#男女関係に深い傷を背負った人 が非常に多いです(私自身を含めて)。

未婚独身、異性との交際歴はかなりあるが独身を通している人、結婚体験は持つが離婚して現在独身、離婚していなくても現在(家庭内)別居、結婚していても子供はいない・・・という確率は、#本当に高い

おそらく、幸せな家庭を築いている #中年心理職 は、#全体 の約2割くらいでは?というのが私の心証です。

心理職という、自分の生身の「人格」と対人関係スキル自体を専門スキルとして磨き上げている職種の当事者は、自分自身が、#繊細な対人的心遣い を必要とし、濃厚な #対人的なケア を求めていることが少なくないであろうことは、想像できませんか?

ですから、子弟関係や同業者との「専門家同士」としての交際だけではとても満たされないでいるのがリアルな #生態 です。

あえて「生態」という婉曲な言い方をした理由についてはお察しを。

私もそうですが、
#堅気な 人間ばかりでは #ない んですよ。
#人格者であることを期待されてばかりでは困る(笑)

あってはならないことですが、
ごく一部に、
クライエントさんとの #多重関係 という、
スキャンダラスな事件を巻き起こす人物が出てくる
のも、
その「生態」の断面ですね。


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