阿世賀浩一郎のクラシック音楽談義:オーケストラ曲編
この記事への、「館長」さんのコメント:
マーラー6番はカラヤン、ブーレーズの来日公演、ハーデイング、ミョンフンいずれも東フィルとの演奏が忘れ難い。
ハーデイングには終演後、今までで最高に素晴らしい演奏会と話したら光栄だと握手してくれた。
ミョンフンはいつもながらドラマチックだがスピリチュアルな、ブーレーズは余裕たっぷりで非常にスケールが大きかった。
カラヤンは3楽章が胸に迫った。
名匠クリップスの語るマーラーから続くウイーンの演奏様式、「音楽はひとつの長いレガート」を見事に受け継いだカラヤン。
毀誉褒貶?人間性?カラヤンに限らず音楽家については知りません。
録音の現場に長く居り、音楽会を主催してきましたが、素晴らしい音楽を演奏する者をお招きした。
人間性については考えたことも無かった。
このコメントを出発点に私が書き始めた内容が、あまりに私のクラシック音楽鑑賞、特に指揮者とオーケストラとオーケストラ曲についての、ライブコンサート体験を含む網羅的総括になったしまっていたので、もったいないので、そのままコピペして独立記事エントリーに昇格させます。
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コメントありがとうございます。
ブーレーズのCDは、たいへんバランスがよくて、洗練されていると思います。
私のこの曲との出会いは、FMで放送されたカラヤンのザルツブルク音楽祭のライブで、オープンリールでのエアチェックで長年聴いていましたが、CD化もされているとのこと。
カラヤンのスタジオ録画は冴えない演奏と思っています。
ショルティ/シカゴの筋肉質の演奏も悪くはないです。
テンシュテットのライブ盤も、オケの性能あと一歩欲しいですが、熱演ですね。
古い名盤とされるバルビローリは、オケの性能が追いついていないと感じます。
彼とBPOの第9交響曲は引き締まった名盤と思いますが。
ハーディングは現代的なすっきりしたセンスが魅力でしょうか。
セル/クリーブランドのライブ盤も、ちょっと色気には欠けますが、独自の世界を感じます。
アバドも、ルツェルン音楽祭ライブはセンスがあると感じます。
バーンスタインは暑苦しい。
この曲にはオケの性能の高さと耽美的な音色の両方を求めたいので、カラヤンのライブ演奏はまさにぴったりです。
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私はマーラーのこの曲と、シューマンの交響曲第4番を、「音楽」として別格扱いにしていますが、なぜかどちらもカラヤンが得意曲として繰り返して演奏してきたのが興味深いところです。
そういう意味で、カラヤンを「信頼」したいという思いがあります。
それを「人間性」と仮によんでみたわけですが、この言葉に特にこだわりはありません。
要するに、私が格別好きなこの2曲を好きなカラヤンは好きになれる、ということですね(笑)
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詳細なご返事恐縮です。
録音や映像も自宅ホームシアターでよく聴きますが、実際に演奏会で聴いた後は、思い出を甦らせるとしての意味が強いですね。
ショルテイ、シカゴは上野でマーラー5番、サントリーでは展覧会の絵とベートーベン5番を。豊麗で巨大、情感にも欠けることの無い胸に迫る音楽を提示しました。
6番の最初のレコードは彼。当時録音の優秀さで有名でした。
次にバーンスタインの最初の全集で愛聴したもの。
シューマンの4番はミュンシュのフランスのオケとの来日公演で圧倒されました。
カラヤンは来日公演は殆ど1966年から数えきれず聴き、ザルツブルグでのサロメは一生の思い出です。
ミュンシュはアルザスの出身ですから、フランスものとドイツものの両方に強いという貴重な人物ですよね。奥が深い演奏をする非常に好きな指揮者です。
サン=サーンスの「オルガン付き」交響曲の、上品さなどかなぐり捨てた熱狂的な盛り上げ方。
シューペルト「未完成」交響曲の、信じられないほど切実で清澄な美しさ。
珍しくフィデラルフィアを振っての「ペレアスとメリザンド」の、ほんとうに深々とした味わい。
かの有名なハイフェッツの「メン・チャイ」のメンデルスゾーンの伴奏における真正面からの熱狂。
そして、カラヤンのような「グラニュー糖」ではなくて「白砂糖」の味わいがする、ベートーヴェンの「運命」交響曲。
そして、フランスのオケであるにもかかわらず熱狂のブラームス交響曲第1番。
これまだ熱狂的なフランクの交響曲。
ただ、ベルリオーズの幻想交響曲は芝居がかっていて好きではないです。
幻想交響曲については、実は一番深みがあるように聴こえるのが、この曲をいちばんザッハリッヒ(即物的)に解釈しているはずのショルティ・シカゴの旧盤というのが私の結論です。第3楽章「野の風景」を一番奥深く聴き入れるのが、意外にもショルティですね。
幻想交響曲は「演出」しようとは全くせず、音響体として「端正に」鳴らせば効果が出るようにできている。
そういう意味では、ペルリオーズという人は、自伝「回想録」で「自己演出」されたロマンチックな熱狂者、というより、正体は結構クールな人だったのでは?と思っています。
そのようにとらえると、「幻想」以外の曲のシックで端正な傾向と自然とつながる気がしてます。
そういう意味では、オーセンティック系のガーディナーはいい演奏ですね。
ベルリオーズは好きな作曲家でして、交響曲「イタリアのハロルド」大好き。
こればバーンスタイン/フランス国立のマジカルな熱狂がきれいにハマっています。(フランス国立との演奏がYouTubeになかったのでニューヨークフィルので代理)
バーンスタインはマーラーでもシューマンでもブラームスでも「やり過ぎ」と感じることが多くて、実はバーンスタインの一番の名盤は「イタリアのハロルド」というのが私の意見です。
ただしベルリオーズのレクイエムについては、こけおどしのない誠実な演奏と感じ、この曲では一番推しの演奏ですね。
なお私が日本で体験したベスト演奏会と思っているのは、チェリビダッケがロンドン交響楽団と来日した時の「ガランタ舞曲」「マ・メール・ロワ」「展覧会の絵」です。
フランス(正確にはベルギー出身)の指揮者といえば、クリュイタンスのセンスの良さは別格。
ご多聞にもれずフォーレの「レクイエム」は神品と思ってて、オーディオ視試聴に必ず持参してラクリモーサで判断しますが。
フランス系なのにベートーヴェンのセンスあふれる演奏は、他に代えがたい世界と思っています。
フランス人指揮者では、もうひとり、パレーが非常に洒脱と思ってます。
ストコフスキーは最晩年の円熟した世界が非常にウェルバランス。
(ですが晩年のがYouTubeにないので、少し珍しめのを2つ。「展覧会の絵」は彼の編曲版)
ドイツ統一前の東ドイツのオケの来日公演、特にマズア/ゲバントハウスは、てめえら、練習した?といいたくなるくらいに手抜きが半端ではなくて失望ばかりでしたが(マズア自体は非常にいい指揮者ですが)。
ブロムシュテット/ドレスデンの「ロマンティック」はさすがに彼が引き締めていて、第2楽章第2主題のビオラの旋律の深々とした美しさは忘れられません。
N響はデュトワとブロムシュテットが2つの黄金時代かと。
パーヴォ・ヤルヴィの洗練され切った現代最先端のセンスも素晴らしいですが。
ブロムシュテットは今年98歳?まだ亡くなっていない現役最長老とかと思いますが、インタビュー動画もお元気そうで、本当に嬉しいですね。
ドレスデンとの「ペール・ギュント」全曲は本当に繊細で清澄な演奏で愛聴盤ですが、CDのマスタリングが最悪でアナログ盤の繊細な魅力が台無し(これはリマスタリングされたかもしれません)。サンフランシスコとの再録音は精密ですが音色が明るすぎ。
( ↓ ドレスデン盤がYouTubeにはないようですが、より新しい録音は組曲版しかないので、逆にさかのぼってゲバントハウス盤へ、これも名盤の誉れ高い演奏)
ブロムシュテット/サンフランシスコはニールセンの交響曲全集が、徹底的に精緻で洗練の極み、超優秀録音で「不滅」のティンパニの応酬なんてもう最高。
あと、コンヴィチュニー/ゲバントハウスは、私の大好きなシューマン交響曲全集を含め、ベートーヴェンなど外れなしと思ってます。
チェコの指揮者ではターリヒのモノラル盤名演だらけ(特にロストロとのドヴォコン神の演奏)、
アンチェルとのステレオ盤外れなしですが、
ノイマンは悪くはないけど少し落ちると。
クーベリックはボストン交響楽団との演奏を含めて名演しかないです。
私はショルティのライブを体験できなかったのが残念ですが、メカニカルでザッハリッヒでオーケストラの鳴らし屋と誤解されがちな彼が、実はその客観性の中にも非常な深みを感じさせることがあることは私も認めます。
意外にもベートーヴェンの第9の最高の名盤と私が思っているのがシカゴとの新旧のCDです。
第1楽章と第3楽章に、大げさに演出しようという意識がまるでないからこそ可能な、信じられない風格と深みを感じます。
アバドはルツェルン音楽祭のYouTubeライブがたくさん残りましたが、これらはほんとうにセンスある境地で、やっと晩年になってここまできたかという印象。
ちなみに私の現在の装置は中華製のほんとうに安いbluetooth、光ケーブル対応の管球アンプにKEFのトールボーイの名作、Q550です。

これでAVシアターもやってますが、あの何回もリマスタリングされてそのたびに音が変わることで有名な、ソニーのCD第1号、大瀧詠一の「A LONG VACATION」を透明で繊細な音で素晴らしい音響空間で鳴らしきる、というだけで大満足しています(笑)
CDプレーヤーは持ってません。ブルーレイを焼けるHDDレコーダー以上のものは今どき要らないと思ってます。
ハイレゾサブスクのほうが、Bluetoothでスマホから飛ばしても高音質簡単に得られる時代ですし。
アナログは今はテクニカの5万円程度の機種で満足しています。
カートリッジはDENONの103の後継機で十分。
でも、試聴したのですが、LINNの200万円のアナログプレーヤーの世界になると、針音ゼロ、低域ゴロゴロ全くなしの、信じられねえや!のアナログ再生の世界があるみたいで。
多くの演奏家からご自宅のオーディオ&ヴィジュアルまでご説明いただき有り難うございます。
拙宅のオーディオ&ヴィジュアルは低音から超高音までの4ウエイマルチアンプのオーデイオに120インチスクリーンを4kプロジェクターという構成です。
録音の聖地と呼ばれた音楽ホールを長年運営し、ジャンルを問わず一流の演奏家にリサイタルをお願いしてました。
名盤が数多く生まれ、演奏家の皆さんも喜んでお出でくださいました。
今は彼らの録音を眼前に再現、再生するのが楽しみ。何しろ側に居たのですから。
CD、SACD, ブルーレイはこれからも人生の伴侶です。
音楽、オーディオ、ホームシアターの専門誌もホール、自宅には何度も取材に見えました。
ショルテイはウイーンフィルとも聴きました。バーンスタインはニューヨーク、イスラエルと何度も。
チェリビダッケも初来日の読響以来、ミュンヘンとのブルックナーも。座っているのも居たたまれない恣意的な演奏でした。
クリュイタンスはベルギー人ですね。来日公演は聴いていないです。
マズアはニューヨークと。
ニューヨークはバーンスタイン、ブーレーズ、メータ等々聴きましたがマズアが一番心に染みました。
私は地元久留米に、久留米シティプラザというクラシック専用で音響最高の大ホールがあり、電車で30分で天神のアクロス福岡という、これまた音響素晴らしいホールがあることに恵まれていますが、亡き秋山和義さんのトレーニングの遺産と思いますが、今の九州交響楽団、もう信じられないくらいのハイクオリティ・オーケストラになってて、外れなしです。
昔来日オケに高い金払ってたの、いったい何だったのか?の領域ですね。
一昨年末のシティプラザでのベートーヴェン第9でも、「こんな第9ライブで聴けるのかよ!」の域でしたが、昨年のアクロス福岡での準・メルクルとの「トリスタンとイゾルデ前奏曲と愛の死」、バーバー「アダージョ」、ブラームス交響曲第1番の定期公演なんて、これ以上の何をお望みですか?でした。
ライプチヒ来日公演の生の印象が、恐らく当時の東ドイツの社会主義政権下での楽団員の「出稼ぎ」感覚からくる職務怠慢により練習してなかったがゆえの最悪のものでしたが、CDで聴いてきたマズアさん自身は大変いい指揮者だと思います。
コンヴィチュニーの後継者として、まさにシューマン交響曲全集は絶品ですし。
ニューヨーク・フィルというあの難物をよくもまああそこまで手なづけたと思います。
チェリビダッケは恣意的といえばそれまでですが、あの独自の調弦に始まり異様に徹底された、楽団員が互いに音を聴きあい和声を理想の形に溶け込ませようとする「音色感覚」の孤高かつ空前絶後の天才性は認めるしかないのではないでしょうか。
あの音響最悪のNHKホールが、透明で張り詰めた音響空間になった奇跡の日の音楽体験のことは忘れることはないでしょう。
「身体が」覚えているんですよ。 特に「マ・メール・ロワ」の奇跡的法悦の時間を。 チェリビダッケのライブを聴いた人は、生涯の財産と言えるライブ演奏の座標軸を手にしていると私は考えます。
東ドイツのシャルプラッテンレーベルの製品というのは基本的にクオリティを信頼してよかったと思っています。
商業主義に毒されることがないまま、戦前ドイツのカペルマイスター気質をそのまま温存した音の世界は、戦後のヨーロッパのオーケストラの素晴らしい財産だったと思います。
恐らく録音器材のオーディオ装置も国の威信を賭けた一点もので、素晴らしいモニター環境だったのだったのだろうと思います。
政府からの高給取りの身分を与えられ、ドイツ音楽の伝統と威信を伝える東ドイツの楽団員には素晴らしい誇りの感情があったと思います。
外貨獲得の格好の手段であるシャルプラッテンレーベルは、東ドイツの国策会社以外の何者でもなく、超絶的クオリティでレコード録音には臨むことを楽団員に求め、札束で彼ら/彼女らの頬を叩いてモチベーションを高めていたのだと思います。
社会主義政権崩壊後、確か自死で生を閉じたケーゲル、同じく社会主義政権下での自分への特別待遇が失われたことで一気にメンタルを病み、引退同然となったスウィトナーは、いずれも素晴らしいカペルマイスターでした。 ブロムシュテットの若き日の遺産は、まさにこのレーベル。
👆シャルプラッテンレーベル使い放題の、石黒版「銀河英雄伝説」。OVAを制作した徳間書店がシャルプラッテンレーベルの発売元でしたから。
