[コラム] (1) 陣痛から出産 【21番目の軌跡―ダウン症の男の子と家族のゆかいな日々―】
今日、3/21は世界ダウン症の日です。
これからダウン症の我が子を産んでから3回の手術をするまでの記録を、普段の創作も挟みつつ載せていきたいと思います。
ちなみに、私はいわゆる高齢出産でしたが、もろもろ了承の上、出生前診断は受けていません。
そして、子が生まれ出るその瞬間まで誰も異常には気が付いていませんでした。
という前置きで、それでは、はじまりはじまり~。
2016年11月
早朝4時くらいから、いつもと違うお腹の感じ。
下痢の時みたいな痛みが時々起こる。
何度かトイレに行くものの、便は出ない。
これが噂の前駆陣痛ってやつかしら?と思いつつ、出産前の予行練習が始まったことを何となく悟る。
予定日の11月30日まではまだ10日もあるので、前駆陣痛であってもそのうち一旦落ち着くのでは…と思っていた。
ところが、昼くらいになって、腹痛はおさまるどころかどんどん強くなってきて、間隔にばらつきがあるものの、20~30分くらいの間隔で繰り返しやってくるようになった。
そして腹痛と共に腰の痛みも混ざってきた。
ちょうどこのくらいで、友人の先輩母から連絡があったので状況を伝えると、それはもしかしたら始まったのかも…とのこと。
え~!!このまま本番になっちゃうのかしら???まだ予定日よりだいぶあるのに!!??
運よく日曜日で旦那さんが家にいたので病院までの道のりは心配ない。
お腹の子に、お父さんいるときに出てきてよってお願いしてたのが聞こえたのかしら。
慌てる私とは裏腹に、体はどんどん本番へと進んでいく気配。
産まれようとするわが子の強い意志を感じ始める。
痛みが襲ってくる間隔を計ると、20分が15分、11分、10分とだんだん短くなってきて、等間隔になってきた。
痛みが10分間隔になったところで、一回病院に連絡する。
状況を説明すると、まだ前駆陣痛の可能性があるので、今病院に来てもスムーズにお産にならずに余計に大変になるかもしれないから、まずは1回お風呂に入ってみて、と言われる。
で、言われたとおりにすると、痛みの間隔が20分や30分とまたバラバラになった。
それを病院に伝えると、食べられるのであれば、今のうちに食事をしておくように指示される。
とりあえず食事をして、横になっていると、夕方6時くらいから、再び痛みが10分間隔で襲ってくるようになった。
腹痛というよりは、骨盤がきしむような激しい痛みとなってくる。
今思えば、これが本陣痛の始まりだった。
病院に電話し状況を伝えると、
「はい、じゃあ、もう一度お風呂に入りましょう。痛みはどんな感じ?本陣痛の場合は今までに一度も感じたことのないような激しい痛みなんだけど。」
と言われる。
そう言われると、とても痛いけどそこまでじゃない気もするし。。。
助言どおりお風呂に入る。
身体を温めると、よい陣痛を促すことができるそうで。
お風呂に入っていると、痛みが今までと違う種類に変化した。
ギュンと骨盤をねじられているような強烈な痛み。
今まで経験したことのない痛みってこれか??!!
と先生が言っていた意味を理解したのであった。
本当はこのまた1ランク上の痛みが待っているのだが、この時は知る由もなかった。
痛みの間隔が5分おきになったところで、もう限界です…と病院に電話。このとき21:17。
「はい、じゃあ来てください」とのGOサインをもらい、旦那さんの運転で病院へ。
車で15分くらいの道のりの間にも、何度も痛みが襲ってくる。
病院に着くと、夜間なので守衛さんが出迎えてくれ、痛みに悶えて動けない私を車イスに乗せて産婦人科のフロアまで連れていってくれた。
まずは分娩室の手前、ベッドのある部屋に入り、助産師さんによる子宮口チェック。
これ、検診の時にもやっててすごく痛かったんだけど、それとは比べものにならないほどの激痛!!!!!!
思わず叫び声が出る。
「自宅でよく頑張りましたね、8cmくらい開いています」
最終的に何cm開くのかわからなかったので、8cmがどの段階かわからなかったけど、褒められてちょっとホッとした。
それもつかの間、陣痛は未知なる領域へと突入したようだった。
さっきまでの「今まで経験したことのない痛み」は、まだまだ序の口だったのだ。
この時、私に襲いかかってきたのは、もうひとつ上の世界。出産でしか味わうことがないであろう、狂気的な世界であった。
数分おきにやってくる骨盤の痛みは、もはや言葉では表現でするのは困難な代物となった。
よく、スイカを鼻から出すようだと言うけど、私は、そうじゃないと思った。
あれは、何と言うか…大勢の人が私の骨盤をつかんで、せーので四方八方に思い切り引っ張っている感じ??
その度に私の理性はぶっ飛んで、「ぎゃぁぁっぁ~~!!!」と自分でもびっくりするような声を出してしまうのだ。
ベッドに寝ているのではとても我慢ができず悶えていたら、助産師さんが、胡坐の体制になってみましょうか、と教えてくれて、そうしたら少し楽になった。
でもやはり無理…!!! と思っていると、今度はベッドから降りて柵につかまり、バランスボールに座る体制になってみましょうと、言われた。
それで、後ろから旦那さんに腰を抑えてもらう恰好。
私は背中や腰をさすられるのが好きではないので、両手で骨盤を支えてもらった。
骨盤が砕けそうだったので、そうしてもらうと、少し安心するのであった。
うん、この体制ならがんばれそう…!!
バランスボールにまたがり、数分おきに襲ってくる痛みに雄たけびを上げる私。
さぞかし恐ろしい光景だったと思う。
そんな中、ずっと後ろで骨盤を押していた旦那さんも、なぜか私と一緒にうーーーとか言っていたように思う。
「痛みが来たら『アー』ですよ、息を吐けますから」と助産師さんが教えてくれる。
私は吠えた。
アァァァァアアァァ~~~~~~~!!!!!!
私を支配しているのはもはや本能のみであった。
太古の昔、人類がまだ道具を使う前から脈々と繰り返してきた一大イベント。
アァァァァアアァァ~~~~~~~!!!!!!
私は一匹のサルだった。
出産の痛みに耐えて吠えている一匹のメスザル。ホモサピエンスだ。
ア”ァァァァアアァァ~~~~~~~!!!!!!
なぜかこのとき、ドラゴンボールの孫悟空が月を見て大ザルに変身し吠えているシーンを思い出していた。
普段歌ってるより、めちゃくちゃ声が出るw
この恐ろしい声、病院中に聞こえてるんじゃないかとチラッと思ったが、すぐにそんなことはどうでもよくなる。
「40歳で、こんなに上手に強い陣痛にもってこれる人はあまりいないですよ、何かスポーツとかされてましたか?」
様子を見に来た助産師に言われ、「いいえ何も…」と答えた。
どちらかというと運動音痴な私。ここ何年かのドサまわりがよかったのかしら…?とかすかに残った文明人の私が考えていた。
ちなみに、この段階ではまだイキんではいけなくて、イキみたくなるのを我慢しつつ、ひたすら痛みに耐えなければならない。
出産の行程で、一番つらいのはここかもしれない。地獄のような時間だった。
メスザルの遠吠えタイムはしばらく続いた。こんなのがもう少しでも続いたら、私、本気で発狂するかも…と思ったくらいで、バシャっと音がして、股のあたりが生暖かくなった。
「あああ、破水した…!!!」
旦那さんが慌ててナースコールを押し、助産師さんを呼ぶ。
「はい、じゃあ、分娩室に行きます!」
私はフラフラの体を支えてもらいながら、旦那さんも一緒に分娩室へ向かう。
すぐ隣なのに、遥か彼方にある分娩室…。
その間も数十秒おきに激痛が襲ってくる。
やっとの思いで分娩室に入ると、分娩台がこれまた遠い…!!!
私は、分娩室の床にへたり込んでしまった。
分娩台が高い…。登れる気がしない…。
そしたら助産師さんが、真ん中に丸い穴の開いた変なイスを持ってきて、背もたれを前にし、またがるように私を座らせた。
「ここでイキめる??」
イスに座った状態でイキもうとするも、何かうまくいかない。
「登ります…分娩台」
私は力を振り絞って分娩台へと登った。
文明社会の分娩台。さすが。握りやすいところにバーがある。
これならできそう…。
私はイキみ始めた。
イキみ始めると、不思議と骨盤の激痛はなくなり、イキみたいという猛烈な欲求が数秒おきに襲ってくるようになった。
その本能に逆らうことなく、イキむ。
このへんから、出産はわが子との共同作業なのだという感覚が強くなってきた。
お腹の子が「もう出る」思ったからこれが始まったんだ。
うーーんとイキむと、おなかの子も外へ出ようと頑張っているのが感じられた。
最初はイキみ方がよくわからなかったけど、イキむ前に息を大きく吐いてとか、どこに力を入れるのかとか、助産師さんが的確なアドバイスをくれて、だんだんコツを掴めるようになった。
お腹に力を入れるのではなくて、股の先っぽに力を入れるようにするのだ。
分娩台でのイキみ合戦は、とてもエキサイティングで、アドレナリンが放出され、私はまさに分娩ハイな状態になっていたと思う。
助産師さんが「髪の毛が見えます」「頭が出てきましたよ」と声をかけてくれて、早くわが子に会いたい一心で私はイキんだ。
「よし、もう出る!外科呼びます!」助産師さんの掛け声で、外科の先生が入ってきて、ハサミを手に取ると、私の股をチョキンチョキンと数カ所切った。
もちろん麻酔なしで切ったわけだけど、アドレナリンが出まくっていたので全く痛くはなかった。
切った瞬間に、デロ~っという感覚があり、あっけなく出産祭りは終わりを迎えた。
「う、産まれた…!!!????」
午前1時56分。
なぁぁーー、という可愛い声がして、私はわが子が無事生まれたことを知った。
ホッとしたのもつかの間。
何か様子がおかしい。
へその緒の処理をしたら、すぐに私の胸元へやってくるはずの赤ちゃんがなぜかなかなか来ない。
部屋の隅で、ピッピッピッピッというクリック音がし、助産師さんたちが、60とか70とか数値を言っているのが聞こえてくる。
私のところからは赤ちゃんが見えないので、旦那さんを見ると、心配そうな顔をして向こうを見ている。
「動いてる?」
「うん、泣いてる」
「ちんちん付いてた?」
「うん」
「何してるの?」
「わからない…」
というような会話をしてたと思う。
その間、私は股をひろげたままで、麻酔注射をされ、切ったところを縫われていた。
その痛かったこと!!!! 出産よりこっちの方がつらかったかもw
私は産み終えたという安堵から幸せモード全開で、何か様子はおかしいけど、大丈夫だろうと、楽観的に考えていた。
こんなすさまじい出産を乗り越えたんだ。あとは幸せな育児生活が待っている。
そう、この時は知る由もなかった。
たった今ゴングが鳴り、本当の試練が始まったところなのだと。
(つづく)
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