[コラム] (10) 退院後の生活&あとがき的な 【21番目の軌跡―ダウン症の男の子と家族のゆかいな日々―】
こうして生後六ヶ月までに三回手術し、弁の逆流は残るものの、息子は元気な体になっていきました。

◎退院後の生活
朝夕のお薬は引き続き自宅でも続きました。
産まれてからずっとなので、私と息子にとってもこれは日常の当たり前のことになっています。
ただ、退院後しばらくは、血液を固まりにくくするためだったか、アスピリンという薬を飲んでいて、これを飲んでいるとインフルエンザになったときに脳症などのリスクが高まるとのことで、インフルエンザの疑いがあるときは要注意と言われた。
恐ろしい…。
幸い、この薬を飲んでいる間にインフルになることはありませんでした。
また、熱が出て近所の病院を受診した際には、尿路感染の既往ありと伝えるように言われていました。
これもいつまで言うのかよくわからなかったけど、特にその後関係してくることはなく、いつのまにか言うのを忘れていて現在に至ります。
・MTCミルクの恐怖は続く
MTCミルクも…数ヶ月飲んでいました。
飲んでは吐きを繰り返し、苦行の時期でした。
お高いミルクを飲んでは吐きです。
もう私は息子を ゲボッちゃま と呼んでいました。
ゲボありきで、防水シーツを敷いて飲ませていました。

病院受診の時に、外で飲ませないといけない時とか地獄でした。
数か月後、晴れて普通のミルクに戻ってよくなった時、私はガッツポーズで喜びました。
息子は飢えた子羊のようにグビグビと普通のミルクを飲みました。
そして吐かなくなりました!!!!

やっぱり味が嫌いなだけだったみたい…。
◎リハビリについて
退院後も、入院中と同じ先生にしばらくリハビリしてもらっていました。
腕の筋肉はだいぶついて、上半身を起こせるようになった息子はお座りの練習を始めたと思います。
なんだけど、体がやらかすぎて、ぐにゃっとつぶれて、座らせても二つ折りになってしまって、この人ほんとうに立ったりできるようになるのかしら…とか思ってました。

そんな当時の私に、2年後こうなってるからwwww と伝えたい。

◎小児科受診について
退院直前に受けた様々な検査の延長で同病院の小児科もしばらく受診していました。
発達を見る定期健診で、身長や体重を見たり、何か困ったりしてないか問診がありました。
これが、循環器小児科を受診する日に一緒にやっていたので、1日がかりの病院になって、ミルクの時間が2回があったりして大変でした。
特にMCTミルクでゲボする時期は…。
別々の日の受診にしてもいいだけど、月に2回受診するのだったら、1日でやった方がまだマシ…という感じで…。
小児科は半年くらい通って、あとは地域のサービスに引き継ぎましょう、ということで健診は終わりになりました。
それからは、地域の発達支援に通っていたのですが、小学生になるタイミングでそこも卒業となり、近所の病院の発達外来に行っていたのですが、なんとそこがなくなってしまいました。
いろいろあって、いまうちは発達外来難民になっています。
支援学校に行っているのでそこでも発達相談は受けられて問題ないし、発達テストは児童相談所でやってもらえるのでいいのですが、発達をみてくれるメインの小児科があるといいと思います。
うちはこれから探します…。
◎聴覚について
退院時に発覚した聴覚障害について。
やはり難聴の疑いがあるとのことで、同病院の耳鼻科で定期的に検査をしていました。
検査の数値的には重度の難聴ということで補聴器を作りましょう、となって、障がい者手帳の取得が必要になりました。
これについて詳しく書くと長くなってしまうので、いずれ別で書くかもしれません。
最終的には、補聴器を作っても息子は嫌がって全くつけてくれず、検査を繰り返すうちに、数値が改善していき、結局は聞こえているという結果になり、今は補聴器も必要なく難聴に関する障がい者手帳も返却しています。
これは発達がノンビリな子によくあることらしいです。
ただ、ダウンちゃんなどは実際に難聴の人も多いので、早いうちに検査をうけて対応をした方がよいとのことでした。
聞こえの問題は言語取得にも大きく影響するので、もしも早いうちに補聴器などつけることができると役立つことがたくさんあるとのことでした。

心臓の手術をしたことや、ダウン症であることは、一歳の誕生日の時にSNSに書きました。
その時に載せた写真と文章はこちらです。
【かなたくんのこと】
かなたくんも1歳になったことだし、ここで、これまでのことを簡単に報告したいと思います。
簡単にと言っても長くなると思います。どうぞ読んでください。
かなたくんは、生まれつきの心疾患の治療で、実はこれまでに3回の手術をしました。
手術は正直とても怖かったですが、我が子の命をゆだねてもよいと思える信頼できるお医者さんたちに出会うことができ、丁寧に説明してもらって挑むことができました。
かなたんも小さな身体で大きな手術をよく耐えがんばりました。
手術後、定期的に診察を受けていますが、順調に回復しています。
そして、元気いっぱい。動き回っています。
そんなわけで、かなたくんは生まれてから何度か入退院を繰り返し、私も付き添い入院なるものを体験していました。
小さな子が入院した場合、保護者(多くの場合母)が24時間付き添いになります。病院に1週間とか1ヶ月とか住んでる状態。
実際やってみないと知り得ないことがたくさんあり、すごい現場でした。
先生たちも勿論すごいんだけど、看護師さんたちすごすぎます。言葉でつくせない感謝と尊敬。
それから、忘れられないのが同室になった親子たち。
かなたより難しい状況の子にもたくさん出会いました。でも母たちのなんと明るく強いことか!!! 病院には胸を打つドラマがたくさんあって、私は度々はげまされ勇気をもらいました。
長い入院生活を、さほどストレスなく過ごせたのも、みんながいたからでした。
毎日毎日、必死に生き抜こうと戦っている命と、それを助けるために身を削って働いている人たちが病院にはいます。
この出会いと経験は私の大切な宝物です。
・・・・・
そして、もうひとつ。みなさんにお伝えしたいことがあります。
かなたくんは、ダウン症です。
写真を見てもうお気づきの方もいるかな。
ダウン症とは、知っている人も多いと思いますが、本来は2本であるはずの21番目の染色体が3本になっている先天性症候群です。
21トリソミーとも言い、顔つきなどの見た目に大きな特徴がいくつかあります。
それから、心疾患や知的障害、目や耳などに問題を持つことも多いですが、その状態は人によって千差万別です。
ゆっくりゆっくり成長して、コミュニケーション能力が高く人懐っこい性格の人が多いのもまた特徴です。
ダウン症の80%がお腹の中で育てないとも言われています。
息子が無事に生まれてこれたのは簡単なことではなかったのだと後から知りギョギョギョと思った次第です。
ダウン症だということはお腹にいる時はわからず、生まれてすぐにお医者さんから可能性を指摘され、血液検査をしてわかりました。
その時先生が「ダウン症は何か治療が必要なものではありません。温和でほがらかな子が多いですよ。ひとつの個性と思ってください。」と言ってくれて、なるほどね、と、受け止めることができました。
子供を育てていくのって、今まで築いてきた思いこみを、あっさり脱ぎ捨てていくことでもあるのかなと、この1年で感じています。
この世界には、身体の状態、脳の働き、心の構造、性的指向、経済状況、信仰、倫理観がまるで違っている人たちが共に暮らしています。
なのに、なぜだか人間はどうしても自分基準で相手や物事を評価してしまいがちです。
自分と違っている人を恐れたり、避けたり、嫌がったり、攻撃したり、時に勝手な正義感から正そうとしたり。
親子や親友のような近い関係であればあるほど、相手を思いやるがあまり、違いを受け入れるのが難しい時もあるかもしれません。
カナタのような子が私たちの元に生まれてきたのは、この世の様々な現象を無条件に受け入れていく素晴らしさを教えてくれるためでもあるのかなと、このごろ感じています。
幸いにも、私たちの周りには、多種多様な手段で自己表現し、自分らしく生きることに全力で取り組んでいるお友達がたくさんいます。
できるかぎりたくさんの人や物事と出会う機会をつくって、人生には限りない選択肢が無限にあるのだということを、奏太が自然と知っていけたらいいなと思っています。
というわけで、長々と書いてしまいましたが、これからも、私たち家族をどうぞよろしくお願いします!!!
たくさん遊んでください~☆

この私のコメントをみんな暖かく受け止めてくれました。

病気や障がい、特徴については語りたくない人もいます。
それも一つの選択。いいたくないことは言わなくてもいいんです。
もっと言うと、出生前診断をするのもしないのもそれぞれの選択だし、それで障がいがないとわかって喜ぶのも、障がいがあったから産まない決断をするのも、産む決断をするのも、それを発表したりしなかったり、とにかく全部それぞれの選択です。他人にとやかく言われていいものではありません。
私はそういうふうに思っています。
◎差別と偏見について
この世には障がいや強い特徴のある人たちをはじめ、人種や民族、宗教、それから様々なマイノリティに対して、まだまだ偏見と差別があります。
差別はどこからやってくるのだろうと考えています。
「無知」からくる偏見と差別。実体験に基づく嫌悪感。見慣れないものへの恐怖心。同族嫌悪のようなもの。それらが入り混じって決めつけや差別意識は生まれていきます。
ダウン症の人は朗らかで人懐っこい人が多いって書きましたが、そうじゃない人だってもちろんいます。
強い特徴がある人と遭遇したときに、無知であると、なんか変な人いた! と怖く思ったりするでしょう。
そういったことから思い込みと差別が生まれて、時にそれは憎悪となって相手に向かってしまうこともあると思います。
私も「ダウン症」とタグづけした何気ない写真に「死ね」と書かれたこともあります。
こんな誰だか知らない人の写真にわざわざそんな事を書きに来る奴がいるのか!?と驚きましたよ。知らない人だから書けるのかもですが。
言っとくけど、こちとら心臓に剛毛生えてますから。そんなことを書かれたところで、「だれ?ww」ぐらいな感じなのです。なめんなよ。
むしろ、そんなことを書いてしまう人間の心理に興味を持ってしまいました。
救われたい人がそこにはいるのではないか。これはSOSの一種なのかな。
その嫌悪の理由は何? それとも歪な快楽?
いずれにしても病んでいる。
でも私は見ず知らずの人に手を差し伸べられるほどには精進してませんし、限りある私の時間をそれには使いたくないので、速攻通報し、あとはガン無視。
必要があればブロックします。
怒ったり反論したり、どんな対話も逆効果にしかなりません。
時間の無駄だし、その人のためにもならない。
しかし、こうしてあからさまに誹謗中傷をしてくる人の方が幾分かマシで、私が恐ろしく思っているのは、偏見と差別に満ちた意見を正論として何の疑いもなく述べてしまうケースです。
これは “差別的なことを言っちゃう” だけじゃなくて、“非常識だと叩く行為” も含まれます。
どちらも正義と自由と常識の名のもとに、わーっと熱を帯びて行われることがあります。
恐ろしいことに政治家という立場の人がやってたりもします。
「言論の自由」を盾に、差別発言や決めつけ発言を正当化する場面もあります。
正義とは何か、自由とは何か、常識とは何かをじっくり考える時間が全人類に与えられたらいいのにと思うのです。
差別意識や偏見を全く持っていない人なんていない。人間として自然な発想・感情だと思います。
私だって持ってます。ゼロということはない。
悪意や嫌悪感が伴わない差別や偏見だってありますし。
悪いイメージも良いイメージも、自分の勝手な思い込みや決めつけの場合がある。
この原因のひとつとして「無知である自覚がない」があるかもしれません。
なんかすごくダサいことなのです。
この世にはわざわざ言わなくていいことがたくさんあります。
思うのはセーフだとしても、言うのはアウトなことがいっぱい。
私の正義は誰かの悪…私の正義は誰かを攻撃する…ということを忘れずにいたいと思っています。
私が常識と思うことは、誰かにとっては非常識の場合もある。
私にとって重要なことでも、他の人にはどーでもいいこと。
私もこの境地に完璧に至れてはいないのだけど、常にそれを意識していきたいと思うのです。できてない反省も込めて。
・・・
だからって何でも許すと言うことではくて、難しいのだけど、人は戦わなくてはならない時もあるかもしれません。
私もまだ、面と向かっては差別的なことを言われたことはないのだけど、そういう場面も来るかもしれない。
行政や民間サービスなどに不当な扱いを受けることもあるかもしれない。
その時に、芯がブレないようにしたいと私は思ってます。
ロックか否か。これが私の物差しです。
どこに向かって中指を立てるのか。
やられたらやりかえすのじゃダメ。
とにかく、ダサいのは勘弁です。
私はわりと ぎゃーっ てなりがちなので、気を付けないと…と思っています。
俯瞰で状況を見てみて。
漫画の悪者(もしくは雑魚キャラ)みたいになってないか…、コントのようになってないか、ちょっと深呼吸。
上空から鳥の目になって見れるようになりたい。
息子を通じて様々な世界を見せてもらって、私はこんなことを考えるようになりました。
全てが糧になっています。
◎ユーモアが世界を救う?
息子を通じて再確認できたことがもうひとつあります。
それは、
どんなときもユーモアを忘れない
です。
私たち夫婦は深刻になり切れないところがあり、特に夫などは、手術後のICUで管だらけの息子を見下ろしながら、真面目な顔で変なことを言ったりするので、思わずブッと吹き出してしまったりしてました。
…息子がコミカルすぎて深刻になれないという面もあり。
こんな髪型だし

20代のころに私は一度ぶっ壊れたこともあって、その時のことを考えると、状況を面白おかしく解釈する能力に欠けていたなって思うのです。今なら、面白く書けるけどww
不謹慎だっていい。とにかくいつでもユーモアを忘れずに。
地球を救うのは愛ではなくてユーモアなのかもしれませんよ。
話が大幅にそれましたがwwwww
今回の息子の記録は手術を終えるまでということで、一旦終了です。
この後は、地域のコミュニティに参加したり、療育や発達支援を受けたりがはじまり、第二子の娘も生まれて、保育園にも行くようになりました。
療育や保育園についてはまだあんまり詳しく書いてなかったかも。
来年の三月にまた書くかもです。
なお、息子は4月から小学三年生になりました。
支援学校に通っています。
心臓の弁の逆流は未だあり、4カ月に1回、同病院の循環器小児科を受診しています。とりあえず、今のところ薬を飲むくらいで日々の運動などには支障ない感じです。
先生はずっと同じ先生です。生まれたときから見てくれている素晴らしい先生です。
まだ発語はなくて、オムツだし、給食も形態食等の対応が必要ではありますが、ダウン症としては、まあまあ普通の発達状態です。
そして、手術の記事からは想像もできないほどに元気いっぱいです。
逃げ足が早く、イタズラばっかり。やんちゃボーイです。
近影

本気でGPS導入検討中…。そちらも何かわかったらレポートしますね。
ここまで読んでくれたみなさまありがとうございました!
子育て関連で新しく繋がってくださったみなさまへ☆
普段このアカウントでは、小説や音楽、絵など、創作を中心に活動しています。かなりの厨二アカウントです。
息子のことも時々書きます。
どうぞ引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。
