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[絵] 銀河鉄道に寄せて

ジョバンニの眼をよぎる流星が宇宙の底に吸われていきぬ

詠み人:汐田大輝さん

十六夜杯で投稿されたこちらの短歌がかっこよすぎて…!!!
コメント欄にてお許しをいただきましたので描きました、ジョバンニ!!!

▼こちらが汐田大輝さんの短歌

汐田大輝さんの短歌は動きがあって、本当は絵ではなくアニメーションにしたかったです。
私の頭の中ではアニメーションになってるんですが、それをそのまま出力する能力が私にはなくて。

この短歌の一番のポイントはやっぱり「ジョバンニ」だと思うのです。
これだけで、もう銀河鉄道で宇宙になります。


銀河鉄道と言えば、私が最初に熱中したのは999の方でした。
漫画が崩壊するほどに何度も読みました。

銀河鉄道の元ネタが、宮沢賢治の小説であることは、もっと小さいころに絵本で読んで知っていたのですが、高校生くらいまで、私はこの物語が好きではありませんでした。
原文を読んでなかった私は、『銀河鉄道の夜』は自己犠牲を美談とするものだと勝手に思い込んでいたんですね。

で、いつの時か忘れたけれど、ますむらひろしの猫の絵によるアニメーション映画を観ました。

そして、私は衝撃を受けました。

『銀河鉄道の夜』って全く持って自己犠牲の単純な美談ではないっ!!!!

なんでしょう…この、胸の奥にドスンとくる重たい感じ…。

私はこのアニメ映画を通じて、『銀河鉄道の夜』は “死の深淵” を覗き込むようなお話なのだと知ったのでした。

宮沢賢治って童話作家かと思ってたけど、もしかしてめっちゃやばい奴(誉め言葉)なんじゃないか…。

そうして、子供と大人の狭間くらいのころの私は宮沢賢治を読み漁ることになるのでした。

最初に読んだのが『グスコーブドリの伝記』でした。
その驚愕の世界観に私はたちまち引きずり込まれました。

まだ読んでいない人はぜひ読んでみてほしいです。
最初の方の主人公の境遇がまじで地獄だし、大人になるとやたら科学的でめちゃくちゃ面白くなり、最後に、ぐぬあぁぁぁ~!! と叫ばされます。

ちょっと文学科出身者の感想とは思えないような表現ですみません。

宮沢賢治は変わった人だったんだろうな…くらいには思っていましたが、そんな温いものではありません。
奇才というだけでは足りないほどに振り切れた変人だったのでは…(誉め湛えている)。

こうして宮沢賢治のすごさに気が付いた私は『銀河鉄道の夜』の原文をようやく読むに至ります。

カムパネルラには冒頭から死の香りがまとわりついていました。
私がアニメーションから受け取った不穏な感じはこれだったのです。

カムパネルラは “死” から抜け出せず、ジョバンニは “生” へと戻って来ます。

汐田大輝さんの短歌はそんな瞬間を詠っているように思いました。

そして「本当の幸いのためならばこの身を灼いてもかまわない」と言ったジョバンニは我々に問います。

「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」

人類は未だ見出していないかもだよジョバンニ~!!!!

というわけで、宮沢賢治はもしかして神の化身だったのではないでしょうか?じゃないとこんな話し書けないよ!!!!

長々と暑苦しく語ってしまってけど、汐田さんの短歌を読んで、こんな思いがほとばしってしまったでした。

素晴らしい短歌をありがとうございました。

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