【ちよだ地方連携ネットワーク】地域を学ぶ旅:山形県中山町/鶴岡市/河北町
こんにちは!
ちよだ地方連携ネットワークの朝場です。
ちよだプラットフォームスウェアの会議室やシェアオフィスの運営とともに、地域連携も担当の一つとして取り組んでいます。
プラットフォームサービス株式会社の取り組みの一つである「ちよだ地方連携ネットワーク」は地方と都市を様々な形でゆるやかにつなぐ活動をしています。
ちよだ地方連携ネットワークの3つの大きな柱の1つに「食を軸にした地方と都市の連携」があります。
ちよだ地方連携ネットワーク事務局を置く、ちよだプラットフォームスクウェア1Fには、全国の地方の生産者が誇りをもってつくる食の魅力をお届けするアンテナショップ ちよだグルメショップ+A があります。
この ちよだグルメショップ₊A が中心となって、「食」を通して地方を知り、興味を持ち、訪れ、好きになってもらう。地方の魅力的な食をこの東京のど真ん中、千代田区より発信していくために、'ちよだA級グルメ' を発足しました。

ちよだグルメショップ+Aでは月替わりで全国の市町村を特集し、地域の魅力や特産品の紹介および販売、食のイベントを開催しています。
今回は、特集を予定している 山形県中山町 に伺い、地域の魅力や特産品について学びます。また、A級(=永久)グルメの原点とも言える場所や、ちよだ地方連携ネットワークの企画でお世話になっている方への訪問も叶いましたので、ご紹介したいと思います。
(本文内、プラットフォームサービス株式会社=PS、ちよだ地方連携ネットワーク=ちほれん、といたします。)
中山町
山形県中山町は'芋煮会発祥の地'です。
県内全域の郷土料理として親しまれている芋煮。江戸時代に盛んだった最上川を使った舟での物資運搬の終点であった中山町の河原で、待ち時間に船頭や商人たちが食事をとったことが始まりなのだそう。
里芋が入ること、が芋煮の大義と伺いました。組み合わせるメイン具材は、牛肉、豚肉、棒鱈、味付けは醤油、味噌、と各地で様々。(家庭により、地域により諸説あるかもしれませんが…)
芋煮に欠かせない里芋の生産について学ぶべく 株式会社小松アグリ 小松さんを訪ねました。
2021年から農業を始められた小松さんですが、以前は全く別の仕事をされていました。偶然手伝った農作業がきっかけで「自分にはこの仕事が合っている」と感じ、既存農家で学びを重ね、新規就農を果たし、この9月に法人化されました。
就農にあたり選んだ作物は「好きだったから」というシンプルな理由で里芋。20種類以上ある里芋を食べ比べ、自分の好みに合った'土垂芋(どだれいも)’の栽培を始められました。この土垂芋(どだれいも)で作る芋煮はとても美味しい!とのこと。
到着してまず、里芋の収穫を体験させていただきました。
前日の降雨、この日も小雨が降り、畑の土は重く、水たまりもあちこちに残っていました。「ちょっと大変かもしれません…」とご心配くださいましたが、それでも「せっかくの機会、ぜひ体験したい!」という思いでレインブーツを履いて伺い、熱意(!)で畑に入れていただきました。

里芋は土の中で育ちます。まず長く伸びた茎を鎌で切り落とし、掘りやすいように整えます。その後、スコップを芋の周りにぐるっと差し込み、根を切るように一周。そして深く差し込んで持ち上げると、重い土の中から里芋がゴロっと姿を現しました。(水を含んだ土は想像以上に重く、小松さんのお力を大いにお借りしました…)
現れた里芋はひ孫芋まで育った立派なもの。
思わず歓声をあげました。

里芋は、親芋(=種芋)のまわりに、子芋、孫芋、ひ孫芋……と世代を重ねるように実をつけます。里芋の実のつき方は子孫繁栄を連想させ、縁起の良い食べ物としてハレの日に食される由縁となっています。
子芋はホクホク、孫芋はねっとりとした食感が特徴。芋煮では子芋や孫芋を使うのだそう。(後日お会いした中山町長は「親芋のあっさりした味が好き」と話されており、種芋は全て食べられないと思っていた私には新たな学びとなりました。)

稲作と果樹栽培が中心の中山町で里芋栽培に適する土地は限られ、農地が点在することがお悩みと伺いました。ここなら、と取得した場所で里芋がうまく育たないこともあったそう。
「里芋に合わない土地でも他の作物を育てられます。それぞれ適した形で活用していけるように考えています。農家でしっかり収益をあげられるように法人化したのもそのためです。」
通年で作付けできる仕組みを考え、春にズッキーニ、夏から秋に里芋、冬にほうれん草を育てる年間サイクルを確立しつつあるとのこと。ひとつひとつ考えて実践していることをお話しくださる姿は、とても生き生きされていました。

車を置かせていただいた小松さんの作業場では「芋煮会」の準備が始まっていました。「よかったらぜひ」とお誘いをいただきましたが、ちょうど里芋を煮始めたばかりで、完成までにはしばらくかかるとのこと。
次の予定があり、泣く泣く遠慮しましたが、「午後に寄ってくれたら、きっと良い味になっていますよ」と声をかけていただき、即!再訪を約束しました。
実は、今回の訪問は町をあげての芋煮会イベントの日に合わせていました。前日からの雨で会場の状態が整わず、調理の衛生面も考慮して中止となり、山形で芋煮を味わうことは難しいか…と思っていたところのお誘いは、本当にうれしい事でした。
小松さんの作業場を後にして、次の訪問先へ向かいます。
昼食からは 地域振興会社 FURUSATOの未来 伊藤さんにご案内いただきます。伊藤さんは山形市のご出身で地域振興を仕事にしたい、と中山町の地域おこし協力隊を経て独立され、様々な活動を行っていらっしゃいます。
中山町の郷土料理 棒鱈の芋煮 を手軽に味わえる 北前芋煮 の商品開発も手掛けられ、全国に芋煮文化を伝える活動もされています。ちよだグルメショップ+Aでもお取り扱いがありますので、ぜひご賞味ください!

伊藤さんに昼食のご相談をしたところ そば処 あおば をご紹介いただきました。肉そばか、ゲソ天そばがおすすめとのことで、それぞれ好みのものを。
最初は「山の中でイカの足?」と不思議に思いましたが、話を聞くとその昔、生のイカが手に入りにくかった時代に、するめの足を揚げて食べたのが始まりなのだそう。
冷たい肉そばも名物とのことで、私はこちらをいただきました。親鳥が乗ったシンプルなお蕎麦が運ばれてきました。透明感のあるつゆ、そして少し太めで光沢のある麺。しっかりとした歯ごたえがあります。
(冷たい肉そばの発祥は日程最終日に伺った河北町。お酒のアテを〆のそばに乗せて食べたことが始まりで、期ぜずして冷たい肉そば発祥のお店に伺えました。写真でちょっと見比べてみてください。)

昼食後は町の歴史を象徴する豪農・柏倉家を訪問しました。
柏倉家は中山町の豪農であり、紅花の栽培を通じて発展した家柄です。江戸時代から新しい技術や考えをいち早く取り入れる柔軟性と先見の明を持ち、数多くの事業を展開してきたといいます。

屋敷には、北側から順に、使用人→家人→客人→僧侶、と位に応じた玄関が設えられており、とりわけ菩提寺の僧侶を迎えるための館には当主も普段は立ち入らない、という厳格な決まりがありました。その空間に立つと、農家というよりもむしろ武家屋敷のような凛とした空気が漂い、地域を支える守りの姿勢と礼節が、いまもなお息づいていることを感じました。

館の前に広がる紅花畑では、季節になるとイベントも開かれるそうです。

この中山町で生産された紅花が最上川を使って船で京に運ばれ、高級染料として重宝されたことで、この地域に繁栄をもたらしました。今も続く紅花の栽培と染色に適した'紅餅'へ加工するシステムは、日本農業遺産 ’歴史と伝統がつなぐ山形の『最上紅花』’ として認定されています。
紅花を運ぶ船に乗っていた人が、河原でとった食事から始まった芋煮会。町の中でいくつもの文化がつながっていることを感じました。
柏倉家の見学を終え、芋煮を楽しみに里芋農家の小松さんの作業場へと向かいました。

「お帰りなさい!」のお声とともに、ササっと7人分の席を整えてくださいました。
しっかり煮あがった美味しそうな芋煮。

土垂芋(どだれいも)特有のねっとりとした舌ざわりと、地元の野菜の甘みが溶け合った優しい味。

自家製のポテトサラダ、お漬物とおいしいものが次々と。ポテトサラダの芋は里芋!初めていただきましたが、里芋のねっとり食感が活かされた軽い舌触りに箸が止まりませんでした。

「どんなに忙しくても、この時期に必ず芋煮会を開くんです。家族や仕事仲間、友人に感謝する場として絶対に欠かせません。今日は僕が誘った友人同士が初対面だったのですが、きっと気が合うだろうなぁ、と思うメンバーを誘ったので、良い感じに仲良くなってくれてよかったです!そう。〆はカレーうどんです!ぜひ食べてくださいね。」
嬉しそうに小松さんはお誘いくださいましたが、はちきれそうなお腹…でも!香りに誘われてひと口頂きました。醤油出汁とカレーの刺激が合わさって、シャキッとするお味でした。

これが、地域の絆、この土地の人と人とのつながり。芋煮会という場に参加できたこと、本当にうれしい時間でした。

中山町は、ちよだグルメショップ+Aでの月替わり特集の参加市町村でもあり、ちほれんの「地方と都市を連携する次世代人材の育成」の「若手公務員の人材育成研修」も実施されています。町長へのご挨拶と研修の様子の見学で役場に訪問させていただきました。

町長にお目にかかり、ちよだグルメショップ+Aでの月替り特集について、芋煮会を通じた中山町とちよだプラットフォームスクウェアとの交流について、また、PSが行っている「地方自治体職員育成研修プログラム」などについて意見交換を行いました。
町長は、長野県高森町からPSに出向中の社員が、今どのような業務を行い、行政と民間の仕事の進め方、考え方の違いについて学んでいるか、といった内容を熱心に聞いてくださいました。町を愛する若者が町役場に勤め、出向という形で外の経験を持ち帰って町の発展に生かす未来に強い期待を寄せておられました。
ちほれん 地域連携特命官 寺本が講師を務める自治体職員研修では、部署を横断した6名がチームとなり、町の魅力発信について課題解決提案を行うべく、意見を出しながら資料作成を進めておられました。
冒頭での業務や近況を共有するアイスブレイクは、部署を越えた交流やコミュニケーションづくりの一翼を担うとともに、プレゼンテーション力を育むための時間としてとても有意義であると感じました。

鶴岡市
翌日は鶴岡市へ。
ちほれん 地方連携特命官 寺本が島根県邑南町役場職員を務めていた時の取組み、A級グルメ構想の原点となったレストラン ’アル・ケッチャーノ’があります。

’アル・ケッチャーノ’は、山形県庄内地方の豊かな食材にこだわり、イタリアンの技法をベースにしながらも、地元の風土や生産者の想いを生かす、独自のイタリア料理を確立しています。
“最高の素材は、畑での体験から生まれる”
“ひと口目の驚きではなく、三口目の安心感を”
そんな哲学のもと、ひと皿に使う食材を三つに絞り、加熱と塩だけで素材の味を引き出す「奥田メソッド」を貫いているそうです。
当日は残念ながら奥田シェフは不在でしたが、料理のひと皿ひと皿に、その思想が感じられました。


中でも印象的だったのは、庄内豚と藤沢カブの焼畑見立て。
藤沢カブは焼畑で育てるこの地域の固有種で、もともとは漬物に使われてきました。奥田シェフがその美味しさを再発見し、生でも提供するようになったことから新しい価値が生まれたといいます。
黒い皿を焼畑に見立て、同じ土地で育った豚肉と合わせたその一皿で、庄内の自然と暮らしを味わいました。

ひと皿ごとに背景があり、一口ごとに地域を旅しているような時間でした。どの料理も穏やかで、じんわりと身体に染みる味でした。
店舗の厨房は、食の研究所として設えられていました。
デザート、魚、肉など目的別に分かれたセクションがあり、探求の姿勢が空間全体から伝わります。さらに敷地内には食の学校が併設され、未来の料理人や地域を支える人材を育てる場としても機能していました。

河北町
最終日は、ちほれん前身団体の時からお世話になっている 矢ノ目糀屋 への訪問が叶いました。矢ノ目糀屋の川端徹さん、由美さんご夫妻には、千代田区民向けの味噌仕込み講座を長く開催頂いています。毎年たくさんのお申込みを頂く大人気の企画。
山形の米から作る矢ノ目糀、国産大豆と塩が原材料。大豆は蒸かすことでうまみを逃がさず、そこに丁寧に育てた糀が合わさって美味しい美味しい味噌になります。作業工程もシンプルで、おしゃべりしながら楽しく仕込めます。(おうちで仕込むキットの販売や、お店で講座も開催されていますので、ぜひ矢ノ目糀屋の味噌を仕込んでみてください。)

蔵を活かしたお店は、ひょっと通り過ぎてしまいそうになるくらい町になじんでいて、川端さんご夫妻のお人柄そのもののような優しいたたずまい。
ようこそ、とお迎えくださる笑顔にホッとします。

川端さんは奥様が河北町のお隣の市、ご主人が東京出身というご夫妻です。第2の人生を考え、奥様のふるさとである山形に越すことを決められたそうです。仕事や住まいを考え始めたころ、奥様のお父様が親戚であった先代矢ノ目糀屋の廃業の報を受け、川端さんご夫妻に「継いでみないか」と打診があったそう。継業は予定しておらず、道具を処分するタイミングが迫っているとのことで、決断の期限は1週間。思い切って受けることを決め、2年後に開業にこぎつけたとのこと。
この蔵ともご縁で巡り合ったとのこと。奥様の出身地で住居と仕込み場所を探してもなかなか見つからず、「お隣の町にこんな場所がありますよ。」と不動産屋さんから紹介があったとか。蔵だけがぽつんとある状態から、仕込み場を作り、お店と住まいを整えられたそう。
こんなにも居心地の良い場所、その歴史に思いを馳せます。

「一人は同じ県内出身といっても、この町としては二人とも移住者。コミュニティで受け入れてくださっても、日常で使うものは決まったところで買う方が多く、開業から10年くらいはこの町の方に味噌をお買い求めいただくことは少なかったんです。夫婦二人で仕込める量も限られているし、大々的に販売することは難しいけれど、待っていてもお客様は来ない。だから、講座を開いたり、県内県外問わずイベントに出店して、私たちはここにいるよ。と発信し続けてきました。この数年は少しずつこの町のお客様も増え、とても嬉しいんです。」
移住者としてのご経験を伺うこともできました。発信し続けてくださったことで、ちほれんとのご縁も生まれ、長く紡いでこれたことがとてもありがたく感じた時間でした。
旅を終えて

知識として持っていることが、その場所を訪れて、実際にお話ししたり体験することによって、脳にも体にも鮮明に記録される。そんな瞬間がたくさんありました。ちょっと立ち寄った場所で見聞きしたことが、次の訪問先でたまたま話題にのぼるなど、すべてはつながっている。と感じる事も多々ありました。
中でも、その土地の方の'いつもの芋煮会’に混ぜていただけたことは、本当にうれしく、そのままずっとのんびりおしゃべりしながら時を過ごしたい。と思うほど、コミュニティの温かさを感じた時間でした。
この3回の旅を通して、地方と都心をつなぐ、というちほれんの活動は、人と人がつながっていくことが根底にあり、その形をどのように作っていくのか、が一番大切なこと。と感じています。
学び始めたばかり、そして学びは尽きることはないと思います。日々、考えて実践に結び付けていきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
