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亡国 : 幻影の終焉と分裂の足音

1984年、私はシルクロードに心を動かされ、導かれるようにして、まだ見ぬ大陸へと足を踏み入れました。個人旅行がようやく許された、その翌年のことです。世界中からバックパッカーたちが集まり、どこか熱に浮かされたように中国を目指していました。私もまたその流れの中に身を置き、ひと月半をかけて、まだ文化大革命の余韻の残る大陸を巡ったのです。

しかし、2004年に仕事で訪れて以降、私は中国の地を再び踏むことはなくなりました。訪れるたびに、不快な出来事やトラブルが積み重なり、やがて「行く理由」そのものを見失ってしまったためです。パスポートには数えきれないほどのスタンプが刻まれましたが、今となっては、それらも意味を持たない記録に過ぎません。

そして結局のところ、私がこの国を再び訪れることは、もうないでしょう。

このビザの切れる前にウルムチでエクステンション
上海のガーデンブリッジ 1984年

まず立ちはだかったのは言葉の壁でした。最初は筆談で凌いでいましたが、十日も経つと不思議に言葉が通じ始めました。必要は発明の母と申しましょうか、言葉を覚えねば、飯も食えず、枕を並べる宿も得られません。必死の思いで耳を傾け、口を動かしました。女性や子供たちが、私の辿々しい言葉を優しく直してくれたものです。

ある街の食堂でのことでした。ビールを頼もうと「イーガピーチュ」と口にすると、給仕のおばさんが歩み寄り、じっと私の目を見据えて「イービンピーチュ(一瓶麦酒)」だよ、と教えてくれました。そんな風にして、大陸の空気に少しずつ馴染んでいったのです。


しかし、この国はどこか、底の知れない妖しさを孕んでいました。
ヒアリングも上達したある朝のこと、私はトルファンへ向かう寝台車のなかで目を覚ましました。子供の泣き声と、それを叱る母親の声が聞こえてきます。その言葉を耳にした瞬間、私は総毛立つような心地がいたしました。

「静かにしなさい。これからあの日本人の会話を録音するのだから」

耳を疑いましたが、それは現実でした。昼どきの車内放送では、私のフルネームが繰り返し流され、資本主義の何たるかと勝手な論評が加えられていたのです。彼らは、私がその言葉をすべて理解しているとは夢にも思わなかったのでしょう。


その後も仕事で何度か大陸を訪れましたが、上海の南京路で倒れた時のことは忘れられません。運び込まれた病院で、医師が私の腕に針を刺そうとした際、私は反射的にそれを拒みました。この国には、命に関わる偽物が溢れていることを知っていたからです。

2007年に発生した韓国の黄正一(ファン・ジョンイル)公使が点滴によって命を落とした事件がありました。中身が偽物だったのです。その際、病院長が放った「外交官だと分かっていれば、本物を使ったのに」という言葉は、この国の狂った闇を象徴しているようでした。

幸い、私は医療関係の老幹部の家に身を寄せていたため、一命を取り留めました。医師が何度も「プータオタン(葡萄糖)」と唱え、パックの文字を確認させてくれたので、ようやく身を委ねることができたのです。次に持ち出された注射も「青霉素(ペニシリン)」の文字を確かめてから打たせました。
今こうして生きているのは、それが幸運にも本物であった証左にほかなりません。治療を受けるのも命がけの世界です。


その家には四人の兄妹がおりました。長男は日本語が堪能でしたが、職業は情報部勤務、いわゆるスパイの類です。ある日、末の妹が香港の彼氏を連れてきました。日本語、英語、北京語に上海語、広東語。あらゆる言葉が飛び交う奇妙な空間で、彼は株や為替の事を知らなかった家族に解説を始めました。まだ上海に証券取引所ができるずっと前のことです。

長男が自慢げに「何の話か分かりますか」と問うので、私はその内容を逐一説明してやりました。彼の驚いた顔といったらありません。

ところが翌日から、家族の会話はすべて上海語に切り替わりました。私が解する上海語は シャジャノン「謝謝儂(アリガトウ)」の一言だけでした。


よく「四千年の歴史」などと言いますが、今の人々にその誇りを持つ資格があるのでしょうか。
268年間続いた清朝は満州族の国であり、今の漢民族の中華人民共和国は、たかだか七十余年の歴史しかありません。毛沢東が伝統を打ち砕き、「仁・義・礼・智・信」という貴い精神は、今や日本や台湾にしか残っていないのです。


賄賂が血脈のように流れ、ミサイルの燃料を水に替えて私腹を肥やす。軍に入れば「すべての物には値段がある」と教え込まれます。階級も配置も、金で買える品物に過ぎないのです。

この度のアメリカによるベネズエラの大統領拘束、そしてイラン・米国の戦争で中国のレーダーやミサイルの武器がいかにポンコツなのか証明されました。
そして最近中国では、これらの武器の開発者たちが数多く粛正されてます。


かつて鄧小平は「黒い猫でも白い猫でも、鼠を捕るのが良い猫だ」と言い放ち、精神を失った人民に金を持たせました。

鄧小平がパンドラの箱を開けてしまったのです。

世界中で顰蹙を買う彼らの振る舞いは、その報いかもしれません。


最近2つの象徴的な事件がありました。

シドニーで飲酒事故を起こした23歳の中国人女性。1.4億円のロールスロイスに乗り、ボディーガードは中南海の元警備員。個人資産は28億円以上。これだけでも驚きですが、現実はさらに深刻です。

最新の調査で、共産党幹部100人のスイス銀行預金が「約1,200兆円」に達することが分かりました。日本の国家予算(2026年度:122兆円)の約10倍という、想像を絶する額がたった100人のポケットに入っているのです。


人民解放軍や公務員の給与が遅延している状況で、人民から搾取した金を海外へ逃がし、自国の体制すら信用しない特権階級。石油利権などを有している習近平一族の資産はさらに計り知れません。国民を犠牲にするこの腐敗したシステムが、いつまでも維持できるとは思えません。崩壊のカウントダウンは始まっています。


中国は、日本の失われた30年をことあるごとに馬鹿にしていますが、今の中国経済の状態はそんなレベルではありません。あまりにも天文学的な負債で、誰にも分からない実態です。バブル崩壊は、西洋諸国も経験してきました。チューリップの球根でバブルになったオランダなど…かわいいものです。日本のバブル崩壊でも国は残りました。しかし、中華人民共和国は無理でしょう。国がなくなるであろうと考えられます。

複数の国に分裂すると予想されます。
10年以上前にアメリカのシンクタクが中国の国家分裂を予想していました。

さて、その時、世界は、日本はどう動くのでしょうか。

以下は、私の妄想ですが、今の中国とロシアの状況を観察すると、将来、日本は何の努力もせずに樺太および旧満州が戻って来るのではないかと思ってます。


おまけ :  中国であった事・・多数の一部

  1. ホテルの部屋は必ず外部からのぞき見れるようになっていた。

  2. 洗面所の鏡は概ねマジックミラー。

  3. ある日、ホテルの部屋に戻ってベッドに横になったら枕の下から盗聴器が出てきた。これわざと見つかるようにして相手の行動を観察するため。

  4. ホテルで夜10時を過ぎると電話がかかってくる。マッサージサービスの女性の声。断るとまた電話がかかってくる。午前2時ごろまで何度も電話が来る。寝かせてくれ! こんなのに引っかかる同胞がいると思うと悲しくなる。ちなみにフロントが客情報をマッサージサービスに売っている。

  5. 外を歩いていると後ろからついてくる。あからさまに足音をたたてつけてくるヤツもいた。いやがらせ。

  6. 北京の一流ホテルの朝のバイキング。2日連続、食後必ずお腹が痛くなった。同僚も同じ。一体何を食わせているのか?  3日目から外で食べるようにした。多分、日本人だと判ると、ツバ、タン、ゴミを入れて調理しているのだと誇大妄想となる。

  7. 上海で歩き疲れたので、和平飯店のロビーで休んでいたら見知らぬ綺麗な女性が横に座り、タバコの火を貸せ、と催促してくる。どこでもこんな感じ。安物のハニートラップ勘弁してほしい。無視。

  8. 夕闇が迫る時間帯、上海の某ホテルの裏庭を歩いていた。2名の中国人がホテルの窓を注視していた。かれらの後ろを通り過ぎた時、1人が「~(欧米人の名前) が部屋に戻ってきた」と隣の男に話し、チェック表に書き込んでいた。暗くなり、部屋に明かりがつくと帰宅が判明するのでそれをチェックしていたのである。

  9. ニーハオトイレ、もう二度と使いたくない。

いやなことが山ほどあり、楽しかった事の方が思いつかない。

トランプ大統領は、晩餐会で中国側の食事を一切食べてない。正しい行動。
大統領一行が、帰国時飛行機に乗る前に、タラップの下のゴミ箱に中国側のお土産を全て捨てさせた・・・セキュリティの問題もあるんだけど、心情的にも その気持ち、よーく判ります。

もし中国が無くなったら、私のメアドに来る詐欺メールの99%が無くなると思う。




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