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うつつの夢 第6話:軒下の白猫

あらすじ
リカが十二歳の時に猫の呪いが流行りました。軒下に居ついた白猫にリカは不用意に呪い逃れの儀式をしたのですが、とんでもないことになりました。これはリカ(作者)の実体験をもとに物語にしております。
リカは物心ついた頃から幽霊や妖精、妖怪、神獣と出会います。一方的に何かを語られたり、時には会話をしたり、時には神隠しに遭っていたりと様々です。リカのうつつのような夢話、どうぞお聞きください。

 これは、リカが十二歳の時の出来事です。
「わたし、きれい?」
 当時の小学校は某オカルト雑誌のブームで、子供の恐怖を煽り、社会に影響を及ぼした『口裂け女』が全国を駆け巡っていました。
 小学校側もこの騒動から集団下校を指導するありさまでしたが、沢山の女子の間ではクラスで人気の男子にナイト役を頼んで一緒に下校する口実として喜ばれました。リカには三つ年下の弟がいて、彼も数人の女子を自宅まで送る役目を引き受けていました。
 そして、口裂け女と並行して流行していたのが『黒猫の呪い』でした。
「黒猫だ! ワンワンワン!」
 黒猫を見たら呪われるという情報が飛び交い、それに伴い助かるための解除儀式がいくつか生まれました。犬の鳴き声を真似する。三回時計回りする。または唾を三回吐いて片足で三回飛ぶ。あるいは、その組み合わせなどです。途中から情報量が増えすぎて、呪い解除の儀式もだんだん入り組んで収集がつかなくなり、一時期近隣の黒猫は凶悪な魔物と化しました。
 その影響で迷惑を被ったのは白猫です。当時は色のある猫が主流だったので、白猫に出くわすことが滅多にありません。レア度が高まり逆に魔物化したようです。
「うわ、白猫!」
 職員会議の都合で、いつもより早い下校を迎えたリカは、自宅の傍で金色の眼をした白猫と出くわしました。
 リカの自宅は四辻の角地にある木造三階建てで、下宿屋と駄菓子屋を営んでいます。一階には約三畳の床の間を設けた十畳の和室が有り、壁一面に広がる窓はまるで遊郭のような木製の縦格子が施されています。
 白猫は、縦格子の窓側の軒下に設置してある、赤い色をした自動販売機の傍で静かに座っていました。
 朝の登校時間にはいなかったので、昼以降にやって来たのでしょう。毛並みが良く汚れひとつない白猫ですが、首輪をしていません。どこかの家で飼っている猫が逃げ出したのかと思いましたが、旧市内の過疎地です。リカの家の隣、以前長屋だった場所を建て替えた鉄筋コンクリートの新しいアパートでさえも、殆どが近隣住人の親戚たちが借り合っているというほど血縁だらけなのです。家族構成はおろか、犬も猫も、金魚でさえも熟知し合っています。白猫を飼っている家が居ればすぐ知れ渡るはずです。
(なんか、見られてる気がしてイヤだ)
 リカは、父が占い師をしているせいもあり、昨今のオカルトブームを信じて黒猫の呪いについても異常なほど恐怖を覚える子供でした。その為、軒下にいる白猫に対しても恐怖心から、すぐに呪い解除の『唾を三回吐いて片足で三回飛ぶ』という儀式をしました。
 軒下の白猫は、自分の目の前でリカが奇妙な行動をとったせいか、更にジッとリカのことを見上げました。
 リカは直感的に、白猫が不快感を露わにしているよう見えて居たたまれず、自宅に逃げ込みたくなりました。ただ、白猫が目でリカを追っています。普段は縦格子窓の横にある駄菓子屋の引き戸から自宅に入るのですが、白猫に見られたくありません。リカは店を通り過ぎて自宅の角を右に曲がり、西隣にアパートが並ぶ南側の勝手口を入りました。
 勝手口は引き戸のレールが外れやすく、子供には開けにくいため、日中はいつも解放されていました。当時は隣近所と調味料を借り合う時代で、母や祖母が台所にいることも多かったので、防犯意識は緩やかでした。
 リカは勝手口の三和土で靴を脱ぐと、白猫に気付かれないように無言で台所から下宿人用の食堂を通って、隣の縦格子の窓の内側、三畳の床の間のある和室に入りました。リカは窓を見ましたが、窓の硝子は下半分が磨り硝子になっているので、白猫の様子はわかりません。リカは窓の傍にある本棚から漫画雑誌を取り出して読みはじめました。
 読み終わってすぐ、軒下にいるあの白猫の鳴き声が聞こえてきました。床の間の置時計見ると、午後四時を過ぎています。リカが小学校から帰って既に一時間は経っていました。白猫はそれまで一度も動かず軒下にいたのでしょうか。一度気になりだすと、白猫の鳴き声がやたらと聞こえてくるようになりました。まるでリカに呼び掛けているようです。
 暫くすると、鳴き声が少しずつ南の方へと移動し始めました。どうやら猫が歩いているようです。それに気が付いた途端です。
(こっちに来る)
 不思議なことに、リカには白猫の一連の動きが目に見えるようにわかりました。白猫の鳴き声は徐々に駄菓子屋の前を通り過ぎ、角を右に曲がって南側の、解放された勝手口に移動し始めました。一瞬焦りましたが、白猫が台所や食堂に入って来たらさすがに母や祖母が追い出すはずです。
(あれ? 誰かいたっけ?)
 リカは突然気が付きました。白猫のことがなければ、いつもならお店から自宅に入り、台所に立って料理をしている母と食堂の椅子に座ってテレビを見ている祖母に声を掛けます。今日はこの和室に来るまでの間取りに、母と祖母が居なかったのを思い出しました。
 勝手口辺りで、白猫の鳴き声の響きが変わりました。壁など隔てのない鳴き声です。白猫が台所に上がって来ました。白猫が鳴きながら、ゆっくりとこちらに近づいて来ます。
 食堂の隣、リカのいる和室の障子戸は閉まっていますが、白猫に開けられそうな気がしたリカは、慌てて障子戸を手で押さえました。その途端、障子戸の木部を爪で引っ掻くような音がし始めました。いえ、引っ掻くというより、障子戸をしっかり開こうとしています。リカが押さえていなかったら、恐らく障子戸は難なく開いていたでしょう。それほど強い力で白猫は障子戸を開こうとしています。とても小さな生き物の力とは思えません。
(さっき目の前で儀式したのがいけなかったんだ。怒ってるんだ)
 リカは、白猫の前で呪い解除の儀式をしたことを後悔しました。
 白猫は鳴きながら、障子戸をガタガタと横に引っ張ります。リカは必死に戸の縁を押さえます。もし、白猫が障子紙を破って隙間から入って来たら逃げられない。初めて恐怖で体が震え、冷や汗が吹き出るのを覚えました。
 幸い白猫は障子紙を破ることなく、途中で戸を開くことを諦めました。しかし白猫は鳴きながら、障子戸の前にきちんと四肢を揃えて、リカが戸を押さえている様子を伺っているのです。リカは体の震えが止まりません。
 どれほど障子を押さえていたのでしょう。急に白猫が立ち上がり、台所へ向かって行く姿が頭をよぎりました。ようやくリカは安堵して、障子戸から手を離そうとした瞬間です。
「ニャアァァァァアアアアアアアアア!」
 リカの耳元に大きな鳴き声が聞こえて来たのです。リカは反射的に障子戸を押さえる力を込めました。白猫はまだそこにいたのです。
 鳴き終わると白猫は、普段なら祖母が座っているはずの食堂の椅子の下で横たわり、まるで獲物が出て来るのを待つかのように喉をぐるぐると鳴らし、尻尾をゆっくりと左右に揺らしながら障子戸を見つめています。
 終わりの見えない兵糧ひょうりょう攻めを受けているような気持ちです。
「ただいま!」
 突然、弟の声がしました。同級生の女子たちを送って帰ってきたようです。何も知らない弟は家の中に入ると、和室の障子戸に手をかけました。しかし障子戸はリカが必死に押さえています。
「どしたん? 開けてや」
「白猫がるじゃろ! 入って来るけえここは開けられん!」
 弟は力強く障子戸を開けようとしましたが、リカは拒みました。
「猫? らんけど?」
 弟が疑問符を付けたような声で言いました。
「お祖母ちゃんの椅子の下にるじゃろ!」
 リカは何度も弟を疑いましたが、弟は猫などいないとの一点張りです。
 数分の押し問答の後、ようやくリカは顔一つ分障子戸を開けて食堂側の弟を見ました。祖母が普段座っている椅子の下に、白猫の姿は有りません。白猫がいた側の障子戸を手で触ってみましたが、爪痕は一切残っていません。「何の騒ぎじゃ」
 ひょいっと、祖母が駄菓子屋から顔を出しました。祖母は店番をしていたそうです。
「ただいま。どうしたの、泣きべそかいて」
 お醤油差しを持った母が、勝手口から入ってきました。
 リカは、一連の話を三人にしましたが信じてもらえません。人通りの多い四辻にある自宅の、大きな縦格子の窓側の軒下、しかも赤い自動販売機という目立つ場所の傍に居たのにも関わらず、白猫を誰も見ていないのです。
 リカもよくよく考えれば、家に入って来た猫が白猫とは限らないことに気が付きました。石を蹴れば野良猫にあたるほどの町です。なのに、何故あの猫の鳴き声を、静かに軒下にいた白猫のものだと確信し、まるで見ていたかのようにその動きを想像したのでしょうか。
 その後、白猫の行方は杳として分かりませんでした。
「まだこの家に居るんかも知れんなぁ」
 仕事から帰ってきた父にも話をすると、そんな言葉が返ってきました。リカは結論付けたくないことを想像して首を横に振りました。
 その後、口裂け女は都市伝説化して収束し、黒猫や白猫の呪いも耳にしなくなりましたが、リカは以来、白猫を怖がるようになりました。
(終わり)

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第3話はこちらです。

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第5話はこちらです。

第6話はこちらです。

第7話はこちらです。

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