#300【劇評・絶賛】劇団四季『ウィキッド』(その3)二幕目について
今日もお読みくださってありがとうございます!
昨日はお目汚し記事失礼いたしました。
今日は人事に電話するぞー。
チャットGPTドラえもんさんのおかげで事象の整理はばっちりです。
でもストレスで、まぶたの痙攣が止まりません。加えてまぶたのアレルギーが発症し、腫れるわ痒いわで殴られたみたいになってます。
これらの有象無象がひと段落したら、ご褒美にディズニーにでも遊びに行こうと思います。いやそれとも大阪行くか?
さて、それで勢いづいて今日は下書きのまま長らく放っておいた劇団四季『ウィキッド』の二幕目について書きます!
でも昨日の記事のおかげでこれが300本目の記事になりました~!
タイトル画像は開演前の舞台写真。席4列目は近すぎて舞台が写真に納まりきりませんでした。むふふ。
いつものとおり、ネタバレ感想です!
(二幕目ネタバレなので映画のみご覧になっている方は余計にご注意ください!!)
いつものとおり、くっそ長いです!すみません!
↓ 1年以上前に書いた、ウィキッド評その1
↓ 1か月以上前に書いた、ウィキッド評その2
二幕目は華やかにスタート
グリンダとフィエロの婚約発表
二幕目は、一幕目の終わりから数年後のようす。
エルファバは、動物をかくまって扇動して国家転覆を企む悪者とされて国中のお尋ね者となっています。
一方、政権の中枢で大の人気者となったグリンダ。
水色のスーツドレス、右手側の袖がノースリーブになっているジャケットのすそがひらひらしていてとてもかわいい。
今日はグリンダと傭兵隊長となったフィエロの婚約発表のようです。
ああ 幸せなの
そうね?幸せだわ
分けてあげたいこの気持ちあふれる喜び
でも……
開幕からずっと、グリンダはちっとも幸せそうじゃないのです。
笑っているんだけど、悲しい顔。
承認欲求は人間にセットされた自然な感情
大衆の人気者グリンダ、その婚約者で傭兵隊長となったフィエロ。
けれどふたりの間にはシリアスな空気が流れているようです。
君はみんなに愛されたかったのだからいま望み通りになったんだろ、とフィエロにやや非難がましく言われたグリンダは、ぐぬぬと少しおしだまってからこう言います。
……そうよ、でもそれっていけないこと?
一幕目、ダンスパーティのシーンの「……思い通りになったわ」というセリフが思い起こされます(前回の記事参照)。映画ではカットされてたセリフ。
でも、そうだよね。
嫌われたくない、愛されたいというのは、自然な感情です。
ヒトはいつも、誰かに認められたい、あるいは、自分のことを理解して欲しい、という気持ちをどこかに持っていて、この気持ちは詩的でもロマンティックでもない理由―社会生活への適応を促進する―から、ヒトに生じるようになったのだと、考えることができる。この感情が強固にあるからには、おそらく、ヒトが「承認」に快感を覚えることによる利点は、少なくなかったはずだ。
一幕の無邪気な野心を持った若いグリンダはもうおらず、複雑な感情を抱く大人になっているようすでした。
身体的にも環境的にも恵まれているのに、凡庸な人間の悲哀を背負ったような役回りのグリンダ、切ない。
どことなく、『アナと雪の女王』のアナを思い出します(当然、『ウィキッド』が下敷きになっていた、とは宇多丸さんの言)。
「彼ってとっても優しいの」
フィエロは、「”悪い魔女”エルファバに水をかければ溶けて死ぬ」と言う民衆に向かって「彼らは頭が空っぽだからなんだって信じるんだ(=そんなわけはない)」と言い放ちます。
そういえばカイサーさんのこのセリフまわし、以前はやや不自然だったのにとても自然になった気がします。
フィエロをあわてて制しその場を立ち去らせたグリンダは、大衆に「フィエロは飲み物を取りに行ってくれました、わたしのために」と嘘をつき、加えて
そう、彼ってとっても優しいの
と、わざとらしいほどことさらに付け加えます。
このセリフ、のろけのようでいて実はそうではありません。
一幕に引き続きグリンダはフィエロを愛しているのですが、どうやらフィエロは何か別のことを考えているようす。
グリンダから、婚約したことをうれしいかと確かめられたフィエロは、
君が幸せになれるなら僕は君と結婚するよ
と答えます。
それはうれしくないやつじゃん。
そう、「彼ってとっても優しいの」です。
……そこから先のグリンダの、「わたしは幸せなのだ」と自分に繰り返し言い聞かせる歌詞や、笑顔なんだけど悲しい表情がとても切なくて味わい深いです。
政治の道具として利用できさえすればグリンダの心境などどうでもよいマダムモリブルが大衆の前で大げさに祝辞を述べると、グリンダは、あきらかに「グリンダが幸せな演技をしている」とわかる笑顔で、大衆のお祝い騒ぎに飲み込まれていくのでした。
この、あきらかに「グリンダが幸せな演技をしている」とわかる笑顔、役者さんにとっては二重の演技ですよね、これがほんとうに見事でした!
あんなのどうやってやんの。
あのちょっとオバカな、のびのびとした自信家・野心家のグリンダは、もういません。
こうして失われたものは二度と戻ってこないのです。
大人になるってつまらんことだよ、まったく。
うえええええんグリンダ!泣ける!
エルファバ再登場!
ネッサローズのもとにやってくるエルファバ
さて、ところは変わってマンチキン国の総督の部屋。
落ち着きながらも豪華なしつらえに、美しい黒服のネッサローズと、まるでその下僕のような口をきくボック。
ボックが立ち去ると戸棚からエルファバが現れます。
綺麗になったわね、わたしはあいかわらず緑だけど
笑っちゃうけど、相手の美しさを認めて言語化しつつ、「わたしは相変わらず緑」なんて言えちゃうあたり、こちらも大人になった感のあるエルファバ。
ネッサはエルファバに、「動物ばっかり助けてわたしを助けてくれない」と恨み言を言います。
ここからのネッサの見せ場が大変切ない。
ろうろうとした素晴らしい歌唱なんだけど、サントラにないのが残念でした。
亡父からネッサに贈られた銀色の靴に、エルファバの魔法がかけられ、ネッサが立てるようになります。
このときのネッサの動き、身体運用がとんでもなくすごい。
「魔法の靴の力で立てるようになる演技」ってどうして想像・創造できるのか。
ネッサとボック
ところが、歩けるようになったネッサを見てボックは、「もう僕の存在は必要ない。グリンダが結婚してしまう前に長年の気持ちを伝えたい」と出ていこうとします。
ボックを何としても止めようとするネッサに、エルファバは、
ネッサ、行かせてあげて!
と叫びます。
エルファバって優しいんだよな。
人の気持ちを、人の自由をとても大切にしている。
この後、ネッサの暴走 → ボックが死にかける → エルファバがフォロー → ボックの命は助かるがある変化が起こる → ネッサはすべてエルファバのせいにしてエルファバを責める という大変つらい流れ。
エルファバはネッサに、
できる限りのことをしてきたのに満足してくれないのね。
と言い残して立ち去ります。
……なんか、後半ネッサのいいとこがないんだよな……。
共感できるところがないというか、救いようがないというか。
映画版のネッサはとってもチャーミングなので、そこらへんもう少し補われるといいなあ。
エルファバまで取り込まれかねない「ペテン師」の恐怖
うーんここまで書いてきてまだ二幕目の序盤だぞ……チャキチャキ行きます。
ペテン師とは、オズの魔法使いのことですね。
原作で「ペテン師なんだ」と嬉々として語っています。
能天気な曲『ワンダフル』など、エルファバまでもが巻き込まれる強力なポピュリズム、エンタメの力を見せつけるオズ。
エルファバに、「君は戦うことをやめたい、強いふりをするのが疲れたんだ」と、自分の味方になるようにと語り掛けます。
私の国ではね、皆が信じたことを歴史と呼ぶ。真実は関係ない。
その台詞は、奇しくも、一幕目でエルファバの秘密を打ち明けた時のグリンダの台詞、
「それはおしろい草のせいであってあなたのせいではないわ。
その話、あなたには秘密かもしれないけど、真実ではないわね。」
と、対比されている。すばらしいですねえ……。
歴史修正主義・ポストトゥルース時代へと流れた2000年代、2010年代にこの戯曲が人々に支持されたのも、むべなるかなという感じですね。
危うくオズに篭絡されそうになったエルファバですが、完全に言葉を奪われてやぎにされた先生を目の当たりにして改めて決別を決意するのでした。
三角関係の決着
「生まれて初めて、幸せ」
エルファバが捕まりそうになったところへフィエロが来て、ふたりが逃げます。
当然、失意のグリンダ。
グリンダの気持ちを考えれば大変に苦しいですが、このあとのエルファバとフィエロのシーンは幸福感に満ちています。
エルファバ:わたし、もっときれいだったらよかった、あなたのために
フィエロ:君は綺麗だよ
この「あなたのために」っていうのがいいですねえ……。
強いエルファバからは想像できなかった柔らかい表現。
ネッサに「私はますます緑」なんて軽口をたたけるくらいには緑色を受け入れていたエルファバですが、フィエロに愛される人間となってみれば一般的なものさしからみた美しさを持っていたらよかったと思う、という心情はよくわかる。
懐かしい歌を思い出します。
いつもいちばん綺麗な私で逢いたい
いつもいちばん大切なあなたに
(中略)
この奇跡に感謝して
せめてとびきりの私を見せてあげたい
これに対してフィエロは「物事を違う角度から見ているんだ」と言いますが、ここの和訳はなんか納得いかないです。それじゃ、ある角度からはエルファバは美しくないと認めているみたいじゃないか。
英語ではなんて言ってるんだろう?
また、この一連のラブラブなやりとりの最後にエルファバがフィエロに「生まれて初めて、幸せ」と伝えます。
ベルばらで政略結婚でフランス王妃となったが結婚生活は幸せではなかったアントワネットが、フェルゼンに対して「こんな幸せは初めて知りました」っていうシーンがあって、心情としてはとてもよく伝わってくるのだけれど。
でも、 " for the first time, I feel wicked. " という英語歌詞のほうがお洒落だと思う(「すごくイケてる、やばいぐらい気分がいい」という意味のスラングで、エルファバが wicked と呼ばれていることに掛けている)。
コミカルなグリ・エル キャットファイト
さて、『オズの魔法使い』で良く知られた竜巻の影響で、気の毒にもネッサは死んでしまいます。
ネッサの履いていた魔法の靴を履いて旅立つドロシーに、「亡くなった人の物を勝手に持ち去るなんて!」と怒るエルファバ。うーん、言われてみれば、確かに!
再会したグリンダとエルファバの緊張感、かと思いきや、コミカルなキャットファイトが始まって、ほっとします。映画版はどうなるかな……
エルファバ → グリンダ 「バカみたいな杖を振り回して」
グリンダ → エルファバ 「汚い箒で飛び回って」
エルファバ → グリンダ 「嘘をついてみんなの人気者」
グリンダ → エルファバ 「みんなは私に希望を与えてもらうことを期待してる」(これも真実なんだよな……)
グリンダ平手→エルファバ平手→杖でやりあい→両手を上でつかみあい、と、このキャットファイトが大変きゃわわ。
「彼は彼女を愛しているだけなの……!」
と、そこへ兵隊がきてエルファバは捕まってしまいます。
エルファバ「騙したのね!」
グリンダ「違うわ!」
グリンダの感じからはほんとに違うんだろう(希望込み)と思ふ。
そこへ、やってきたフィエロが銃をグリンダにつきつけてエルファバを逃します。グリンダの気持ちを考えると(そしてエルファバとフィエロの心苦しさを考えると)大変に辛いシーンである。
そしてこのシーンの最後は、グリンダが持っていきます。
エルファバが逃げた後に捕まったフィエロの手をグリンダが取って、
「お願い彼を傷つけないで!彼はわたしを傷つけなかったわ。
彼は彼女を愛してるだけなの……」
おおおおお、グリンダの口からそう明言するなんて……
素晴らしい成熟ぶり……(号泣)
魔女の誕生
悪い魔女エルファバ、誕生
エルファバは、動物を、フィエロを、ただ愛するものを愛し、真実と自由を求めているだけなのに、みんなをまきこんで悪者になっていく、どんどん状況が悪くなっていく、この、どうしようもない感じ。あああああ、なんかすごく切ないと同時に、こういうことってあるよなあ。
期待された役回りを演じ始めるエルファバ。
「私は魔女」という歌詞のときの表情が素晴らしい迫力。
ドロシーに向かって「キーキーうるさい子ね!」などと言います。
(でも、さっさとその靴を返しなさい!と、遺族としては至極当たり前のことを要求しているだけ)
再び・最後の・別れ
ドロシーを捕らえたエルファバの根城にグリンダがやってきたところへ、フィエロの消息(=「もう二度と彼の顔は見られない」)を伝える手紙が来て、「悪い魔女もここまでのようね、降参するわ」と言い捨てたエルファバ。
真実を公表すると言ったグリンダを止めて、エルファバはこう伝えます。
あなたがここにいたなんて知られてはダメ!
あなたはみんなに愛されたままでいて
この間、二人の別れの歌の間、お互いを見つめるグリエル。
本当の別れとなったら、互いを思い合う気持ちがあふれてくる二人。
グリンダのリアル涙目にこちらも涙……。
グリンダに伝説の魔法書『グリムリー』を託すエルファバ。
グリンダ: 私が読めないの知ってるでしょ
エルファバ: そうね、勉強しなきゃね
はあ~、めっちゃいい……。
このシーン、またいいのが、実は二人だけじゃなく上手にずっとチステリーがいるところ。
悪女を演じ切る
さて、「降参」宣言のとおり、エルファバは、ドロシーに水をかけられ、溶けたかのように見せかけます。
この、否応なく与えられた役回りを演じ切って舞台から退場していく姿は、小説版『薬屋のひとりごと』4巻の子昌と子翠にも通じる、物語における悪役の美学だなあと。
グリンダのお片付け
ドロシーのエルファバ退治が済んだ後、チステリーがそっとカーテンをあけるとそこには、エルファバの帽子だけが残されていました。
(ダンスパーティでグリンダがプレゼントした帽子)
チステリーが、たどたどしくも「ミズグリンダ」と言ってグリンダに渡すのは、グリムリーだと思っていたら違くて、エルファバの母の片見の酒の緑色の瓶でした。(その間、本は上手の棚に置かれてました)。
このシーン、前にも書いたと思うけど大好きなんですよね。
万人に愛される世にも美しい「善い魔女」が誕生するのは、全く興味がなかったはずの、世にも醜いサルに名を呼ばれかしづかれた瞬間であるという対比。
それも、エルファバがどれだけ教えても人間の言葉を取り戻さなかったチステリーが、初めて話す言葉であったという。
感情誘導てんこ盛りすぎる。
エルファバ形見の酒瓶は、二つの世界の間の子だから不思議な力を持っていた、という種明かしでもありました。
グリンダはこれをオズに気丈に突きつけ、「気球の心配でもなさったら」と言い放ち、モリブルは牢屋へ送ります。
ふたりをを追い出してから、不安そうな顔で腹の前で手を握るグリンダ。
これでいいんだよね、という顔。
こういう細かい演出に、今まで気が付かなかったなあ……
行ってよかった、大阪!!!
善い魔女グリンダ、誕生
そこへ、チステリーが本を持ってきます。
(チステリーがグリムリーを持ってくる記憶は合ってた)
これまでの一連(エルファバとグリンダの友情、オズとモリブルの真実)をチステリーは本を抱えて見ていたのでした。
ここまでのすべてを知っているのは、グリンダと、言葉を知らないチステリーだけです。
チステリーはこれから言葉をおぼえるかもしれない、この話を語るために……なんてね。
そうして、善い魔女グリンダの宣言。
オズのみなさん、仲間たち。
私はみなさんの力になりたい。
思いを託してくれた人たちのためにも、この身を捧げます。
善い魔女、グリンダとして。
ここで効いてくるのは一幕目ダンスパーティのシーンの、「……思い通りになったわ」の滋味です。
グリンダは徹頭徹尾、「思い通りにはなったけど……」という役回りなのでした。
人生ってこうだよなあ(泣)
映画版の後半も、楽しみすぎるーーーー!!!!
永遠に終わるな!!!!(泣)
長らくお付き合いありがとうございました!
最後に、そのあとの手元のメモを引用してこの記事を終えたいと思います。
わたしを(v)変えてくれたの
いつまでも
死んだぞウィキッド
忘ーーーーれない
あなたをーーーー
死んだぞウィキッド
ウィキッド
ウィキッド!!!
↑ 「わたしを」のあとでブレスとってたのが印象的で、全力で、生で歌っている感じがしてメモしたものと思われる。
浴びたー!!
喉や胸に響く、振動、共振
目をつぶってしまう!!!
↑ 4列目はまさに「浴びた」という体感で、響きや音を味わいたくて、思わず目をつぶってしまう、という状態の備忘録メモ。
劇場は魔法のような空間
そこに没入する
終わらないで!
永遠に続いて!!
↑ 心の叫び。

