短編小説:帰宅部廃部問題

帰宅部が廃部になったらしい。
その噂を、私はわりと本気で信じてしまった。
あー、軽く詰むやつこれ?
◆
放課後を知らせるチャイムが鳴る。
天野優紀は机の中を確認し、静かに立ち上がった。忘れ物なし。
部活には入っていない。
入学して一、二ヶ月。
まだこの学校が、どこまで信用していい場所なのか判断できていない。
帰宅部。
部活ですらない、ただの呼び名。
——のはずだった。
下駄箱の前に貼られた、白いコピー用紙。
《帰宅部は本年度をもって廃部とする》
「……意味わかんな」
けれど、新入生の私は、すぐに否定できなかった。
学校という場所は、ときどき意味不明なルールを平然と実行する。
世間で聞く謎校則なんかいい例だ、たぶん。
(帰宅部、廃部……ってことは、私帰る資格がないってこと?)
考え始めた瞬間、世界が一段、重くなった。
——本格的に詰みかけてるこれ?
◆
それでも校門は開いている。
優紀は靴を履き替え、帰ろうとした。
「あ、天野さん」
クラスの女子に呼び止められる。
プリントの渡し忘れ。
受け取って、今度こそ帰ろうとすると、
「ごめん、名前書いてから出して」
書く。返す。
(まあ、これは私が悪い)
最初はそう思えた。
——まだ軽度の詰み。
◆
次は担任だった。
内容はどうでもいい確認。
職員室を出たとき、時計は放課後二十分。
(この学校、私を帰す気なくない?)
下駄箱へ戻る。
「帰宅部の人も今日は清掃参加ね」
清掃担当の先生が、当然のように言った。
帰宅部は部活じゃない。
清掃は任意。
でも、貼り紙が頭をよぎる。
「……はぁい」
断る理由を探す前に、箒を渡されていた。
(ルールって、声が大きい方が勝つんだ)
——これ、地味に詰んできた感じじゃん。
◆
清掃が終わる頃、空は夕方になっていた。
今度こそ帰る。
本当に。
校門が見える。
その瞬間、スマホが沈黙した。電源切れ。
(今日に限って?)
時間を確認するために引き返す。
「新入生?」
知らない先輩。
にこにこしている。
「部活、もう決めた?」
「いえ」
「あ、帰宅部?」
その言葉で、頭が一瞬真っ白になる。
(帰宅部って、そんなに問題ある単語だったっけ)
愛想笑いでやり過ごし、逃げるように校門へ向かう。
(私が帰れないと、誰か得する人いる?)
——何、今日って詰み放題の日かなんかなの?
◆
(ここまで来たら、正面突破だな)
帰宅の機会はことごとく潰された。
無視したらダメな空気というか人知を超えるなにかそれっぽい力が作用しているようにすら感じるんですけど。
だったら、本丸を攻めるしかない。
生徒会室。
学校の中枢。
そこがラスボスの城、たぶん。
バッドエンドか、強制エンディングかは分からないけど、
イベントを進めないと、今日は終わらない。
生徒会室のドアをノックした。
「失礼しまぁす」
返事はすぐあった。
中にいたのは、三年生らしい先輩が二人。
作業中だったらしく、私を見ると少しだけ手を止めた。
「あの……」
ここまで来たら、言うしかない。
「帰宅部って、廃部なんですか」
一瞬。
本当に一瞬、間が空いた。
それから、
「……え?」
拍子抜けするほど、素の声だった。
「いや、帰宅部は部活じゃないよね?」
その言い方が、
あまりにも当然で、
あまりにも雑で、
胸の奥が、すっと冷えた。
「でも、下駄箱に張り紙が……」
「あー……」
先輩の一人が、露骨に嫌そうな顔をした。
「まだ剥がしてなかったんだ、あれ」
「使うなって言われてるやつだよね」
もう一人が、面倒くさそうに付け足す。
新入生向けの部活勧誘用。
帰宅部はよくない、って空気を作るための貼り紙。
毎年、どこかで問題になる。
でも、毎年、うやむやになる。
.....らしい。
「ごめんね」
そう言われた。
軽く。
本当に、軽く。
その瞬間、分かった。
(……あ、私)
困っていたわけじゃなかった。
助けを求めるほど、
深刻な存在ですらなかった。
「じゃあ……今日、私が帰れなかったのは」
聞き返すと、先輩は首を傾げた。
「帰れなかった?」
その反応で、全部終わった。
プリント。
担任。
清掃。
勧誘。
電池切れ。
全部、ただの出来事。
「帰宅部が廃部だから帰れない」
そんなルートは、最初から存在していなかった。
「……私、今日一日」
言葉を探す。
「勝手に、詰んでたんですね」
「まあ……」
なんかいい人っぽい先輩は、少し考えてから言った。
「そういう日もあるよ」
慰めでも、否定でもない。
ただの事実。
誰も、私を止めていなかった。
誰も、私を見ていなかった。
詰んでいたのは、
世界じゃない。
私の頭の中だけだった。
◆
今日一日は、結局なんだったんだろう。
帰宅部が廃部だとか、
帰る資格がないとか、
そんな深刻そうな話は、最初から存在してなかったらしい。
問題があったとすれば、
いたずらと、
それをわりと本気で信じた私がいただけ。
……なんだかなぁ。
納得したような、
してないような気分のまま、
私はもう一度、校門に向かった。
今度こそ帰れる。
さすがに。
もう恐れるものはなにもはない。
誰にも止められない。
イベントも起きない。
はずだったのに。
足の裏の感触が、なんかおかしかった。
軽い。
柔らかい。
嫌な予感しかしなくて、
恐る恐る足元を見る。
白い。
上履き。
「……あ、これ」
完全にやった。
校門まであと少しの所まで来て、
上履き。
靴箱は、
もちろん校舎の中。
つまり、
もう一回戻らないといけない。
私はその場で、くるっと振り返りで叫んだ。
「やっぱ帰れないじゃん!」
これで詰まないと思った私が甘かった
もうさ、上履き詰みとか聞いてないんだけど!
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あとがき

noteに初投稿した
「あんたが前世でやらかしたんで、私今詰んでます」
その続編っぽいものを、ずっと書いてみたいと思っていました。
本編の直接的な続きではなく、
あの二人が将来結婚して、その子供が主人公の物語にしよう、と。
前作と同じように、どこか不思議な出来事をきっかけに物語が動き出し、
「繋がり」と「詰む」という言葉で、ゆるく世界観を繋げられたらいいなと考えていました。
正直なところ、思い描いていた通りの作品になったのかは、
自分でもまだよく分かっていません。
それでも、何かが少しでも伝わっていたら嬉しいです。
もしよろしければ、前作のほうも読んでみてください。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
