見出し画像

小説が書き終わって、「読んでもらいたい」のフェーズになってからの記録①

彼女に「処女作」を読んでもらって
私の作品はついに「独り立ち」した。
彼女はもともと、映画やテレビ番組を制作していた人。
0→1の大変さを、よー・・・く知っている。
だから、私の小説を書きあげる「過程」に
非常に興味を抱いてくれて、
かなり深い質問で、ストーリーの中身を追求してくれた。
今まで、一人でアウトプットしてきたので
この時間は、とても良い機会になった。

私たちは、だんだんワクワクしてきて
「これ、出版できるんだろうか」
というナチュラルな疑問を抱き始めた。

「えー、でもさ、どうやって?」

私は「小説を出版するにはどうしたら良いか」
を調べて、いくつかの仮説を立て始めた。

①自費出版
②小説の公募
③小説のサイトで発表する。
④noteで発表する。
⑤オンデマンド出版

#小説  のことであれば
どんな断片でも知りたいと思っていた時だった。

自費出版の資料を取り寄せたが
「一緒に本を作りましょう」という熱量はなくて
なるほど、お客様扱いなんだな、と感じ取って
自費出版の選択はないなと感じた。
仕方のないことではある。
私は作家でもない、たんなる一般の人。
売れるかどうかは自分の責任でしかないので
出版社は、納品したら仕事は終わる。
普通にビジネスだ。

小説サイトも、覗いてみた。
何だろう「肌感覚」が違った。
感覚的なものだから「良い」とか「悪い」の話ではない。
小説は「紙」に「縦書き」じゃないと
私の脳みそは
それを小説と認識しなくなってしまう。
集中できない。

そして、公募も実は出した。
最高峰と言われる公募に。
コロナ期間だったこともあり
過去最高の応募数だった年だった。

かすりもしなかった。

でも、公募へ出してみるという経験は、
自分の作品を客観的に見つめ直す良いきっかけになった。
何度も校正して、一つの作品としての
精度を上げることができたし、
何よりも「カタチ」にするって凄いことだと自覚した。
0→1を自分の力だけで、できたのだから。
涙が出るほど感動的だった。
そして、一番の目標であった
自分の書いた小説をいつでも読めるようになった。

そしてnoteでの発表も視野に置いたが
自分の描いた小説が
長編過ぎて、載せるのは現実的じゃないと判断。
あと、横書きの小説が
どうしてもしっくりこなかったという
生理的な問題もあった。

美大に通っていた時に感じた
「あの」感覚が戻ってきた。

絵を描いてるやつなんか
ごまんといると、思って途方に暮れたこと。

でも、あの頃の自分と明らかに違うのは
全然、まだまだ、やってない事ばっかだと思える事。
そうやって、自分の会社のピンチに対して
諦めずに、アイデア出して、考えて、学んで
何度も何度も何度も、なーんども
乗り越えてきた。

だから、もし
既存の情報やシステムの中で
自分の価値観に合うものがなかったら
もしかしたら、、、
自分で考えないといけない時が
また、来てしまったのかもしれない。

そして、この頃
奇跡的な出会いが訪れた。
偶然聞いた、ラジオから聞こえた声。
私のこの「もやもや」を解決すべき
人物が近くにいた。

私は、この人に会おうと決めた。






いいなと思ったら応援しよう!