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#125:チームみらいと駆け抜けた参議院選挙2025

※チームみらいの意見や立場を代表するものではなく、一人の視点から見た記録であることを最初にお断りさせてください。

昨年の都知事選で5位だった安野たかひろという人物をご存知だろうか。今回の参議院選挙で当選し、また党首として率いたチームみらいは、国政政党となることになった。


大学生の頃(2009年から2014年)、そしてその後の期間まで僕はとてもひねくれていた(今もだけど)。

暗い文学や映画を好む自分が好きで、色々なことに対して斜に構え、まっすぐなものを馬鹿にしていた。カタカナ語を使う人なんて、その時点で少し毛嫌いしているような、そういうひねくれ方だった。

そんな中で「ICT戦略ナントカ」だっただろうか、そんな授業に出ている友人から「安野というすごい人がいる」と聞かされていた。確かそれは大学2年生の頃で、まだ駒場キャンパスにいた時だった。

僕は「へー、興味ないわ」みたいなスタンスを表明していた。今思うと明らかに興味があった。

僕にとって、レポートを作成する目的や当時流行っていたmixiの「サンシャイン牧場」をする目的でしか使用していなかったPCで、その「ICT戦略ナントカ」の授業に出ている人たちは手を動かして、何かをしていた。

本当は自分で手を動かせるようになりたかったのに、変な強がりを見せて、そんなことには興味がないというスタンスを取っていた。

この時期の僕のこういったスタンスで、僕はどれだけのことを無下にしていたか。本当にもったいないことだった。


2012年の6月から2013年の2月まで行っていたロシア留学から帰国し、僕は自分の斜に構えた態度にいよいよ少し危機感を感じていた。

本当は空っぽな自分、空っぽな自分をちゃんとしたものと見せるように外面は良い感じに振る舞う自分を自分で一番よく分かっていた。

今まで斜に構えてしっかり向き合ってこなかったことに向き合ってみようと、i.schoolというイノベーション人材育成プログラムに応募することにした。

応募したけれど面接には落ちてしまい、僕は通年生になることはできなかった。それまでイノベーションのことなんて考えたこともなかったから、面接も全くうまく話すことができなかった。

通年生になることはできなかったが、空きがあるときはスポットで受講できると連絡をいただき、僕は結局通年生並みにスポットでi.schoolのプログラムを受講していた。

インドでのプログラムにもお誘いいただいて参加したり、今となってはその懐の広さに感謝の気持ちでいっぱいだ。そのi.schoolで、安野くんと関わりを持つことになった。

このポストでかずねが「オンライン型の付箋ツール」と呼んでいる、確か「アンノート」と呼ばれるツールをi.schoolでも用いてアイディアを整理することがあった。(かずねは大学時代のアルバイトの後輩だが、i.schoolでも一緒になり、インドにも一緒に行くことになった)

大学の同級生がこんな最先端のイノベーションプログラムで用いるツールを作っているということに打ちのめされる思いだった。

アイディアを付箋に書いていけば、自動的にカテゴライズしてくれるだったか、そんな機能をもったのがアンノートだった。

そして、安野くんはその時すでに「めっちゃすごい東大生」だったにも関わらず、i.schoolのプログラムにうまく取り組めない僕(当たり前だ)の相談にのってくれていたりしていた。

何か新しいサービスを生み出すことが宿題となっている講義でうまく考えを構築できなくて、夜の『家家家』でラーメンを食べながら話を聞いてもらったりした。

生成AIが普及してChatGPTを使うようになった時、すごく変なことだが「安野くんみたいだな」と良い意味で思ったことを思い出す。どんなことでも安野くんは一度聞く。それで、良いところに「いいね」と言う。それから話をする人だ。

自分で手を動かして物を作ることのをできるからか、その頃からアドバイスも実を伴ったものだった。


こういったことがきっかけで、安野くんとは、大学を卒業してからも、そんな頻繁に連絡を取るということはないが、折に触れて会って話をしたりする関係が続いていた。

手作り感満載の結婚式にも呼んでいただいたことも記憶に残っている。今思えば自分の結婚式でも安野くん(と奥さん)はすごく手を動かしていた。

安野くんのような友人といると、目の前の人に真摯に向き合うこと、手を動かすこと、を自分もしっかりやっていきたいという気持ちになる。

具体的なことの積み重ねと大きなビジョンがすごく良い形でバランスしていることを体現しているのが、安野くんだ。

だから安野くんが昨年の夏に都知事選に出ると知った時もそんなに驚かなかった。都知事になるということは人の上に立つということだけれど、たぶん安野くんはまた自分でたくさん手も動かすんだろう、ということを思った。

奥さんが当時の話を振り返って、安野くんが「俺が100枚はがきを作るから里奈も作ってくれ」と言っていたエピソードをよく話している。やっぱり安野くんは自分で手を動かそうとしていた。

都知事選は僕は手伝うことができなくて、街頭演説を聞きにいったりする程度だった。大学同期の友人たちがたくさん手伝いに入っていることが分かり、最終的に5位をつける勢いをつけたプロセスが本当に感動的だった。

はじめはややたどたどしいと感じた演説が、選挙戦後半には凄まじい熱量を伴っていたことにも驚かされた。都知事選の最後の有楽町の演説は今も忘れられない。

その後もGovTech東京のアドバイザーに就任したり、「デジタル民主主義2030」プロジェクトを開始したり、だんだんと遠い世界の人になっていくな(でも応援している)と思っていたところにメッセージが届いた。

あまり驚かなかった。たぶん夏の参院選だ、ということが頭を過り、そしてそれはその通りだった。

声をかけてもらえたことがとても嬉しかった。今僕の持っているスキルで貢献できれば、ということをすごく自然な形で思えた。安野くんの次の挑戦を手伝いたい。しばしば損得勘定で考える僕にとってはすごく新しい感覚だった。


こうしてチームみらいの活動が始まった。僕は公認会計士のバックグラウンドを活かして、チームみらいのお金回りの一部を見ていくことになった。

5月8日に新党「チームみらい」の結党と参議院選挙への出馬を表明した際にチームみらいのHPもオープンとなったが、寄付関係の内容に関して、政治資金規正法や公職選挙法の内容と照らし合わせて記載しておいたほうがよい内容を考えたりした。

政治資金規正法や公職選挙法を通過している公認会計士はおそらくあまりいないのではないか。4月は仕事が終わって家に帰り次第毎日政治資金規正法を読んでいた。

チームみらいHPの寄付に関する案内

最初はとても焦っていた。関わる人が増えてくるのだが、みんな凄まじく頭が切れる。各界で一流の活躍をする人たちが次から次へと集まってくる。たくさんの旧友が、大学を卒業して各界で力を蓄えた状態で帰ってきた。

シャボンディ諸島で一度解散してから2年後に集まったルフィ海賊団を遠目に見ているような感覚かもしれない。

打ち合わせをしたときの議論のスピードは久しぶりの高刺激で、「これは大変だ」という気持ちでいっぱいになった。サクサクと進む議題にたくさんの反応、打ち合わせはリモートなのにすごく活気があった。

心の中は明らかに焦っていたけれど、ここで斜に構えるのではなくて「焦ってもしょうがない、一つ一つできることで貢献しよう」と思えたのは僕のちょっとした成長だったと思う。


会社で経理に携わっている人なら分かる感覚かもしれないが、お金の流れを通じてチームみらいが「あ、こういう動きをしているんだな」ということをたくさん感じていた。

これはあの時の活動に関するものか、とか、あの地域でのあの活動か、とか、選挙活動の前線でがんばっているみんなのことを想像する日々だった。

自分にとってはあまり馴染みのない開発の世界もすごい勢いなんだということを感じたし、村井さんのnoteを読んだら本当にその通りだった。

ものすごく後方支援だったけど、日々のお金の流れを見ることでチーム全体と並走できている感覚があった。お金の流れを見ながら、お疲れさま、とか、がんばれ、といつも思っていた。


みんなすごくがんばっている、でも、1議席獲得が見えるのか見えないのかって状況の中、「議席獲得の可能性」と報道が出始めたのは投票日の1週間前だった。

寄付も今までにない勢いで集まり始め、サポーターの方の人数も急上昇し、いろんな方面の友人たちからも「応援してる」とメッセージが届くようになった。

報道が出始めるほど認知されてきている、という嬉しさと、それでも僕はエコーチェンバーの中にいるだけなのかもしれない、という不安が入り混じる中、自分にできることは自分の役割を果たすこと、と思って手を動かしていた。


7月20日、参議院選挙の投票日、20時からの開票に向けて抑えられていた会議室に向かった。

結果的に20時の開票と同時に安野くんには当確が出ていて、チームみらいの1議席獲得は確定的な状況だったけれど、僕も他のメンバーもその予想を全くしていなかった。お菓子とジュースを手に、近所へ買い物に行くかのような恰好で来ていた。

会議室に着くと予想外なほどに多くのメディアの方が集結していて、一応は当事者なのに場違い感がすごかった。他のメンバーも同じような状況だった。

「分かるとしても深夜だよね」なんてヘラヘラと話すうちに20時を迎えると、画面にチームみらいの議席が「1」と出ていた。

みんな「えええええ!」と驚いていた。安野くんは「やったー!」と叫び、僕たちは「よっしゃー!」と言っていた。一同の語彙はなかなかのレベルで下がっていた。

激しい喜びが全身を襲い、その後、ジワジワと「本当に議席を取ったんだ」という実感が足元からこみあげてきて、その実感で目に涙が浮かび、口元が震えた。

誰かが暇つぶしになるだろうと会議室に持ってきていたニンテンドースイッチは、誰にも触れられることなくひっそりとしていた。

僕たちが喜ぶ様子に向けてビデオカメラが向けられ、カメラのシャッターが切られた。感情がひと段落した頃に、それまで見守ってくださっていた記者さんたちが「では、質問してよろしいでしょうか」と切り出してくださった。

選挙特番では質問攻めにされる政治家の姿をよく見ていたけれど、集まったメディアの方々はすごく暖かな雰囲気だった。1議席の獲得を一緒に喜んでくれているように見えた。

少し冷静になった頃、こんな近所に買い物に行くような恰好じゃなくて、チームみらいの色であるミントグリーンの服を着てくればよかった、髪をセットしていればよかった、とチラッと後悔した。


2025年上半期は(もう既に少し下半期に足突っ込んでるけど)チームみらいと駆け抜けてきた。

こんなに純粋に友だちの力になりたいと思えたこと。大学を卒業してから会っていなかったたくさんの同級生たちと再会し、同じ目標に向かって一緒に手を動かせたこと。たまに顔を出していたイベント現場でのチームみらいを取り巻く暖かな雰囲気。心の底から賛同できたチームみらいの理念たち。

たいへんなこともあったけれど、暖かな人たちの中でみんなで同じ方向を向いて進んできたという経験は何事にも代えがたく、人生全体で見ても心に残る出来事のうちの1つになるだろうことは間違いない。

ここまで駆け抜ける中で関わりのあった方、支えてくださった方、引っ張ってくださった方、皆さまに心の底からのありがとうと言いたい。ここまでチームみらいと駆け抜けてこられて、僕は本当に幸せです。

自分で手を動かして、少しでも分断のないみらいへ向かって進むことのできた自分を褒めたいと思います。

(おわり)

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