次期FRB議長、ケビン・ウォーシュという金融エリート
1.はじめに
次期FRB議長として、ケビン・ウォーシュ(以下、ウオーシュ氏)が指名された。トランプ政権の2期目は、FRBの独立性が改革に揺れてきた。次期FRB議長の政権とのコミュニケーションは、以前よりも求められることになるだろう。またFRBはFF金利を中立金利の上限まで引き下げてきた。経済が好調な中で、ウオーシュ氏はどの水準まで、FF金利を引き下げるのだろうか?これから、当面は市場の注目となるであろうウオーシュ氏について取り上げる。
2.ケビン・ウォーシュ
ウオーシュ氏は、1970年にニューヨーク州オールバニで生まれ、3人兄弟の末子として郊外のラウドンビルで育った。父親は複数の企業を経営し、母親はジャーナリストであった。地元の公立校であるシェーカー高校を卒業し、在学中はテニス選手として州大会にも出場した実力者とのことだ。幼少期から学業優秀で、ウォーシュ氏自身は「経済の仕組みに関する知識の多くは、18歳までを過ごした故郷(アップステート・ニューヨーク)で学んだ」と述べており、幼少期の地域社会での実体験がその後の経済観の基礎になったとしている。
学歴と学生時代の活動
ウォーシュ氏は1988年にスタンフォード大学に入学し、公共政策を専攻して経済学と統計学に重点を置き、1992年に学士号を取得した。在学中、大学新聞の求人広告をきっかけに著名な経済学者ジョージ・シュルツ(元米国務長官)やミルトン・フリードマン(ノーベル経済学賞受賞者)らの研究助手として働く機会を得ており、この経験が自身の知見を大きく広げ将来の進路にも影響を与えたと述懐している。学部卒業後はハーバード大学ロースクールに進学し、法律と経済および規制政策の交差領域に関心を持って学び、1995年に法務博士(JD)号を取得した。ハーバード在学中には、ハーバード・ビジネス・スクールやMITスローン経営大学院で市場経済学や債券資本市場論のコースも履修した。
モルガン・スタンレーと政界での経歴
法科大学院修了後、ウォーシュ氏は1995年から2002年まで米投資銀行モルガン・スタンレーに勤務し、ニューヨーク本社のM&A部門で企業の財務アドバイザーとして経験を積んだ。製造業、素材、サービス、テクノロジーなど幅広い業種の企業を顧客とし、資本市場での資金調達の構造化や社債・株式発行の助言にも従事した。在職中に副社長兼エグゼクティブ・ディレクターに昇進し、2002年2月に同社を退職して政界入りする。ジョージ・W・ブッシュ政権下のホワイトハウスに招聘されたのだ。大統領経済政策担当特別補佐官兼国家経済会議(NEC)事務局長として2002年から2006年まで勤務した。この間、資本市場の資金フローや証券・銀行・保険といった金融分野の政策課題について大統領および政権高官に助言し、大統領金融市場作業部会(プレジデンツ・ワーキンググループ)メンバーも務めている。まだ30代前半という若さでの抜擢である。
FRB理事時代(2006–2011年)
2006年1月、ウォーシュ氏はブッシュ大統領により連邦準備制度理事会(FRB)理事に指名され、同年2月に就任した。就任時35歳という歴代最年少の抜擢であり、その資質に懐疑的な声も多かった。あまりに若いことと、金融政策の専門家ではない経歴がその理由だ。しかし当時、新たに議長となったベン・バーナンキは「政治や市場に通じた彼の感性と幅広いウォール街人脈は極めて貴重である」と述べてウォーシュ氏を擁護した。理事在任中のウォーシュ氏は、FRBの主要20か国会議(G20)における代表やアジア諸国への特使を務め、さらに行政担当理事として理事会の運営・人事・財務管理を統括した。
とりわけ2007~2009年の世界金融危機に際しては、ウォーシュ氏はウォール街とFRB本部との連絡役を果たし、バーナンキFRB議長やニューヨーク連銀総裁(当時)ティモシー・ガイトナーらと緊密に連携して事態の沈静化に奔走した。実際、バーナンキ議長は後に「副議長のドン・コーンとウォーシュ理事は、危機対応策を練る際に常に電話会議で伴走した二人だった。ウォーシュはウォール街や政界に広い人脈を持ち、実務金融にも通じていた」と述べており、ウォーシュ氏が金融危機対応においてFRB内部で「議長の右腕」として機能したことが窺える。ウォーシュ氏自身もリーマン危機期には、旧職のモルガン・スタンレーの生き残り策の模索や、シティグループとゴールドマン・サックス、ワコビアとゴールドマン・サックスといった緊急合併の仲介に動いたとされる。
金融危機後の景気低迷期に、ウォーシュ理事はFRB内で超低金利政策や量的緩和策の長期化に対する懸念をいち早く表明したことで知られる。これが、現在でも市場から「タカ派では?」と見られる理由だ。
2009~2010年当時、米失業率が高止まりしインフレ率が目標を下回っていたにもかかわらず、ウォーシュ氏はインフレリスクを強く警戒し追加の金融緩和に否定的であった。FRBが2010年11月に総額6000億ドル規模の米国債買い入れ(いわゆるQE2)を決定した際にも、ウォーシュ氏は寄稿したWall Street Journal紙の論説や講演で「この措置はリスクが大きく、限定的かつ定期的な見直しが必要だ」と公然と警告している。こうした政策路線の相違も背景に、任期は2018年まで残っていたがウォーシュ氏は2011年3月末で理事職を辞任するという異例の決断を下した。
トランプ政権下での役割や関係性
2017年、トランプ大統領(当時)が次期FRB議長の人選を検討する中で、ウォーシュ氏は有力候補の一人と目されていた。ウォーシュ氏はトランプ政権の経済助言評議会(ビジネス評議会)のメンバーを務め、大統領の物議を醸す発言(2017年のシャーロッツビル事件への対応など)に対しても、公に距離を置かず協力姿勢を示した数少ない共和党系エコノミストであった。さらに、義父であるロナルド・ローダー氏(エスティ・ローダー創業家の一員で長年のトランプ友人)が娘婿ウォーシュ氏をFRB議長に推すようホワイトハウスに働きかけていたとも報じられた。ウォーシュ氏は2017年9月末にムニューシン財務長官と共に大統領と会談し、FRB議長ポストについて意欲を示したとされる。最終的にトランプ大統領はジェローム・パウエル氏を議長に指名したものの、2020年1月のホワイトハウス署名式典ではトランプ氏がウォーシュ氏に向かって「あなたが議長でも私は非常に満足だっただろう」と述べ、その能力を高く評価していたことを明かした。
なおウォーシュ氏は公職には就かなかったものの、トランプ政権期(1期目)を通じて政権周辺で金融・経済政策に関する助言を非公式に提供し続けたとされる。2018年にはトランプ政権の経済チームに対しFRB改革に関する助言メモを提出したとの報道もあり(内容は公表されていない)、トランプ大統領とのパイプは維持されていた。
金融政策・財政政策に対する思想とFRB改革観
ウォーシュ氏は金融政策スタンスにおいて一貫して「インフレ抑制を重視するタカ派」として知られ、低金利政策や量的緩和の長期化による副作用を強く警戒する立場であった。中央銀行が本来の物価安定という使命を超えて気候変動や社会的課題に傾斜しすぎれば、政策目的が散漫となり経済に深刻な悪影響を及ぼすと批判しており、2025年春にワシントンD.C.で開催された有識者グループ「G30」での講演では、コロナ後の高インフレや巨額財政赤字の一因はFRBの「使命の逸脱(mission creep)」にあると指摘し、「中央銀行の戦略的大転換(Strategic Reset)が必要だ」と主張した。
またウォーシュ氏は金融政策と財政政策の境界が曖昧になる現象にも懸念を示している。長期にわたるゼロ金利と大規模資産買入れ(QE)によって中央銀行が事実上政府の財政赤字をファイナンスしてしまい、議会の歳出拡大を容易にしたと批判している。実際、ウォーシュ氏はFRBが巨額の政府債務のリスクに対してもっと率直に警鐘を鳴らすべきだったとも述べている。
FRBの独立性について
FRBの独立性についてウォーシュ氏は原則として重視する立場だが、近年のFRBの判断ミスが「自ら招いた傷」となって独立性を損なっているとも指摘する。すなわち、FRBが本来の職責である物価安定を果たせずインフレを高進させたり、あるいは気候変動など政治的議論の中心となる問題に深入りし過ぎたりすれば、その結果として大統領や議会からの介入を招き制度への信認を弱めると警鐘を鳴らしている。ウォーシュ氏は中央銀行当局者の説明責任も重視しており、「FRB当局者はその判断に対して厳しい問いかけと強力な監督を受けるべきであり、誤りがあれば非難されねばならない」と述べている。
FRB改革について
中央銀行改革への関与も積極的である。2014年にはイングランド銀行(英国中央銀行)からの委嘱で金融政策運営の改善に関する独立報告書を執筆し、その中で提案した透明性強化策や手続き改革の多くが英国議会によって採用された。ウォーシュ氏は自国のFRBに対しても、組織や政策ルールの改革を通じた信頼性向上を唱えており、中央銀行の将来像に関する発言力を持つ一人である。ベッセント財務長官も、FRBの改革を訴えており、今後の2年間でFRBの役割や議会への責任など、独立性を維持しつつも、様々な改革が行われる可能性はあるだろう。
人物評
ウォーシュ氏は若くして官民双方でキャリアを築き、政官財に横断的な人脈と経験を持つ実務家であることから、「金融界と政策界をつなぐブリッジ役」として高く評価されてきた。前述の通り、2008年の金融危機ではバーナンキFRB議長から「ウォール街や政界に通じた架け橋」と評され、その市場感覚と調整力はFRB内部で重宝された。トランプ大統領もウォーシュ氏を「非常に高く評価されている人物だ」と述べており、2009年には米誌Fortuneの「40 Under 40(40歳以下の有望株40人)」に選出されるなど、若手金融リーダーの一人として注目を集めた。
一方で、専門的な経済学の学位を持たず人脈の後押しで出世してきたとの見方から批判もある。FRB理事への起用時には「若く富豪の義父を持ち博士号もない人物の抜擢は、十分な資格を欠いた縁故人事だ」と揶揄する声もあった。実際、上院承認過程で提出した経歴書では、金融経済に関する学術的業績が乏しい一方で、社交クラブの会員歴が多く目立つと指摘された。政策面でも「米国の金融政策担当者としては失業よりインフレを過度に懸念し、金融規制にも慎重すぎた」との批判が専門家から上がっている。さらに2011年にFRB理事を退任して以来、長らく政策決定の現場から離れているため「決定に関わらず、後から批判するだけだ」と辛辣に評する向きもある。
私生活では、2002年にエスティ・ローダー創業家の一員であるジェーン・ローダー氏と結婚しており、義父は著名実業家でトランプ大統領の長年の盟友でもあるロナルド・ローダー氏である。
彼については、以前取り上げたので、是非見てほしい。
ロナルド・スティーヴン・ローダーに見る米国財界人エリートの姿|村松 一之(フォーライクス 代表)
こうした背景もあって政財界に幅広い人脈を持ち、現在は著名投資家スタンレー・ドラッケンミラー氏のファミリーオフィス(Duquesne Family Office)のパートナーも務めるほか、国際的な有識者グループである「30人グループ(G30)」のメンバーや米議会予算局(CBO)の経済諮問パネル委員など要職も兼任している。ちなみに、ベッセント財務長官はジョージ・ソロスのオフィスで働いていた時代に、ドラッケンミラー氏の部下であったことがある。
本人はリーダーとして成果を上げてきた秘訣について「一緒に働いてきた優秀な上司や同僚のおかげだ」と周囲への感謝をまず口にする謙虚な人柄で知られ、若手時代に指導を受けた「師匠格」の人物として経済学者ミルトン・フリードマンやジョージ・シュルツの名を挙げている。
私は、ウオーシュ氏がジョージ・ショルツの名前を挙げている点は興味深いと考えている。ジョージ・シュルツとは、「市場経済・同盟重視・対話による安全保障」を一貫して信じ、冷戦終結への道筋を現実主義で切り開いた、アメリカ外交・経済政策の統合型戦略家である。財務長官・労働長官・国務長官という異例の三大ポストを歴任したのは、ショルツ氏だけだ。「強さとは、対話と信頼を設計できる能力である」という思想を、理論ではなく実務で証明した稀有な国家戦略家として知られた人物だ。ウオーシュ氏は確かに金融博士や専門家ではないが、金融界、経済界、ウオールストリートを熟知し、統合型の戦略家としてのキャリアを形成してきたのだろう。両者には、どこか共通点があるように思えるのだ。ショルツ氏をロールモデルと考えているとすると、ウオーシュ氏をタカ派とかハト派とかで色分けするのは、そもそも間違いということになる。リアリストとして、状況に応じて態度は変わるということだ。
私のポイント
FRB議長人事と上院承認
FRB議長への就任には上院の承認が必要だが、現職の共和党上院議員の一部からはFRB独立性に関する懸念も出ている。例えば共和党のトム・ティリス議員は、パウエル現議長への司法省調査が決着するまで新たなFRB人事を支持しない意向を表明しており、承認プロセスが長引く可能性もある。とはいえ、最終的には与党多数派の賛成により承認されるだろう。
就任前のFOMCへの関与
ウォーシュ氏が正式就任前にFOMCの会合に参加するかどうかも関心事項だ。過去には次期議長指名者がオブザーバー的に会合を傍聴した例もあるが、通常は正式就任までは直接の政策関与や市場シグナルを避ける「礼節」を守る。市場としては、ウォーシュ氏が議長就任までは公的な金融政策コメントを控え、現職パウエル議長の下での政策運営に口出ししないことを望んでいる。
政策スタンスの転換とハト派色
ウォーシュ氏は長らくインフレ警戒のタカ派と目されてきたが、トランプ大統領が金利引き下げを強く求めている経緯から、指名後の彼は当面かなりハト派寄りのスタンスを示すだろう。実際、ウォーシュ氏自身も2024年末頃から「利下げ余地がある」と公に発言し始め、トランプ氏の考えに歩調を合わせる姿勢を見せてきた。これは政治的な意図も含んだ「戦略的ハト派化」と言えるものだが、ウオーシュ氏の過去の姿勢から判断すれば、もし将来インフレ圧力が再燃した場合には再び引き締めスタンスに戻る可能性が高いと市場は見ている。トランプ政権による指名に応じて最近は利下げ支持に転じたとはいえ、「情勢が変われば毅然と利上げに踏み切るだろう」というのが金融関係者の大方の予想だが、その場合にはインフレを見誤れば、トランプ大統領との関係性は急速に悪化しそうだ。
ウォーシュ氏とパウエル議長の手法の違い
パウエル議長が2019年の「予防的利下げ」など、小刻みな調整で市場の様子を窺う柔軟なアプローチを取ってきたのに対し、ウォーシュ氏はより明確な経済指標の変化があった場合のみ政策を動かすべきだとの考えを示してきた。つまり、金融政策はあまり変化させないほうが良いとの考えだ。います。市場では「ウォーシュ氏はプロセス重視型で、データが明確な水準に達するまで動かない人物だ」とも評している。昨今の変化が激しく、不確実性が高い金融環境では、ビハインドになる可能性があるだろう。一方で、金融政策を変更する際には、その効果が確認されるまで、長期間に渡り継続して、やり過ぎる可能性もある。
市場とのコミュニケーション
ウォーシュ氏の下で、FRBの市場コミュニケーション政策が修正される可能性もある。例えば、現行の政策金利見通し(ドットチャート)の公表手法やフォワードガイダンスについて、ウォーシュ氏は以前から懐疑的であるとされている。議長就任後には市場に過度な先行予想を与えるドットチャートの見直しや廃止を検討する可能性がある。
通商・産業政策との整合性
ウォーシュ氏は基本的に自由貿易や市場原理を重視するリバタリアン寄りの経済観を持つとされている。一方、トランプ政権は関税政策や産業政策(経済的安全保障を理由とする特定産業への支援など)に積極的であり、政府支出拡大による景気刺激策も辞さない。ウォーシュ氏は金融政策だけでなく減税や規制緩和など政府のサプライサイド政策との協調を重視してきたはずだが、トランプ政権の保護主義的な政策とは一部考えが異なる部分もあるはずだ。市場は、ウォーシュ氏がトランプ政権下で金融政策と政府の経済政策をどのように結びつけていくのかに注目するだろう。トランプ政権が選挙対策的なバラマキ政策に傾いた場合、ウォーシュFRBがそれを金融面で下支えするのか、それともインフレ懸念から牽制するのかは注目だ。
FRBのバランスシート方針
ウォーシュ氏はFRB理事時代から一貫して「膨張したバランスシートの縮小」を唱えてきた人物だ。市場ではそのイメージから、次期議長ウォーシュ氏の下で量的緩和(QE)の巻き戻し(保有資産縮小)が加速するのではとの警戒感がかつて存在した。しかし、現在の金融システムにおいては、FRBは既に段階的な資産縮小(QT)を進め、潤沢だった準備預金残高を適正水準に近づけているとの認識が一般的。FRB内部でも現行のバランスシート規模は概ね妥当だとのコンセンサスが形成されており、ウォーシュ氏が議長に就任したからといって直ちに劇的な縮小策が打たれる可能性は低いだろう。むしろ市場では、将来的にショックが発生した際のFRBの量的緩和再開について、ウォーシュ議長の下ではハードルが高くなるのではないかと見る向きがあるということだ。
さて、どうなることか。見守りましょう!
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