天川村へ(Ⅲ)
【記録◆2024年12月3日】③
◇◇龍泉寺◇◇
帰りに寄った『龍泉寺』について調べたのは帰宅後。
「まつろわぬ民」の伝承が、ここにもありました。
本堂の前に立っている「前鬼」と「後鬼」の像は夫婦の鬼ですが、実は「縄文人」と「出雲神族」なのでは、と、わたしは想像しています。
[注:『note』の記事は、学問を修めていない者が想像した内容で、歴史を学ぶ方の参考にはなりません。念のため。]
前鬼と後鬼についても調べると、
【前鬼は下北山村の出身で、後鬼は天川村出身】とのこと。
海外の先住民の長老が『天河大辨財天社』に行かれたとき、宮司さんが、「私は鬼の末裔です」というような話をなさったそうですが、後鬼の子孫ということなのでしょうか。
通訳の方が後に、「前鬼か後鬼のどちらだったか」と語られていたので、「夫婦の鬼なら、『前鬼と後鬼の子孫』とおっしゃるのでは」と、そのとき考えたのでした。
『下北山村』へ行った昨春、「なぜ残っているのが前鬼の名だけなのか」と考えたことも思い出しました。

「国土をお護りくださって、ありがとうございます。日本人が美しい国土にふさわしい魂を取り戻し、その美しさと響き合う心となっていきますよう、お導きくださって、ありがとうございます」と、手を合わせて祈りました。
そして、撮影禁止になっていないか確かめ、「撮らせていただきます」とお願いして、1枚ごとに、「ありがとうございます」と申し上げました。(平日なので、近くにひとはいらっしゃいません。)


境内に川が流れている、とおもったのですが、『龍之口』と呼ばれている泉から湧き出る清浄水が、静かに水面(みなも)を動かしていたのでした。




葉を落とした木々が池に映り、再び彩りをまとっています。

◇◇帰り道で◇◇
『龍泉寺』から眺めた高い山は(大天井ヶ岳か?)雪をかぶっていました。
けれども、そこでは過ぎた季節に、麓へ向かうと入っていけたのです。


大和では、標高差によって、たちまち過ぎる「時」を取り戻せます。
