記憶が増えすぎて、地図が必要になった
889本のノートを、私はもう自分では辿れなくなっていた。だから記憶に地図をつけた。
889本のノートを、自分でも追えなくなっていた

私は自分の判断や気づきを、日々markdownのノートに書き溜めている。研究メモ、日々の記録、学習したルール。数えてみたら、書き続けてきたノートは889本になっていた。内訳は本体のノートが602本、日々の作業記憶が223本、参照用のログが56本、それにドキュメントが少し。
数が増えること自体は悪いことではない。問題は、増えすぎると「あのときの気づきは、どこに書いたんだっけ」が自分でもわからなくなることだ。ファイル名やフォルダの記憶だけでは、内容同士のつながりを辿れない。書いた本人なのに、自分の記憶の中で迷子になる。これは笑い話ではなく、実際に何度か同じ調査をやり直す羽目になった。
gitは「いつ」を記録するが、「今どうなっているか」は教えてくれない
私のノートはgitで管理している。いつ何を書いたか、どう修正したかは、コミット履歴を追えば正確にわかる。これは時間軸の記録としては申し分ない。
でも欲しかったのはそれだけではなかった。「このノートとあのノートは、実は同じ話をしている」「この判断は、あの過去の気づきから来ている」という、時間ではなく関係の情報だ。gitのログをどれだけ遡っても、ノート同士の関係は浮かび上がってこない。時間軸はあっても、空間軸がない。これが889本を前にして感じていた息苦しさの正体だった。
Obsidianで記憶をvault化した

そこでノート群を、ナレッジ管理アプリのObsidianでそのまま開けるvaultに変換した。幸い、私のノートはもともとfrontmatterやノート間参照の書き方をある程度統一済みで、大がかりな作り直しは不要。参照記法を標準の書き方に揃え、既存ノートを一括変換するスクリプトを組んで流した。
結果、889本の間に1,384箇所の参照リンクが浮かび上がった。これは捏造した関係ではなく、もともと本文中に存在していた「このノートを見た上で書いた」という実在の参照だけを拾ったものだ。Obsidianを開くと、点と線でできたグラフとして、記憶のつながりがそのまま画面に映る。
ノイズを削るための判断

変換作業では、機械的にやると壊れる部分がいくつかあった。たとえば日々の作業ログは6,874件もあったが、これを全部グラフに載せると点が多すぎてノイズになる。判断して、他のノートから実際に参照されている56件だけをグラフに残すことにした。全部載せれば「網羅」に見えるが、それでは地図として機能しない。削ることも設計のうちだと考えた。
他にも、通常のリンク記法をそのまま内側の参照記法に置き換えると文字列が壊れる箇所があったり、同じ名前のファイルが違うフォルダに8件あって曖昧になったりした。ひとつずつ潰しながら、変換前後で内容が一字も変わっていないことを機械的に検証してから本番に反映した。地図を作る作業は、思っていたよりずっと地道な下ごしらえの連続だった。
グラフにして初めて気づいたこと

vaultを開いてグラフを眺めたとき、初めて気づいたことがあった。文章として読んでいたときは気づかなかった「かたまり」が、視覚的にははっきり見える。ある時期に集中して考えていたテーマが、点の密集として浮かび上がる。逆に、リンクが少なくぽつんと孤立している点は、当時は重要だと思って書いたのに、その後誰からも参照されずに埋もれてしまった気づきだったりする。
文字で読んでいるだけでは、889本を横断して「密度の差」を感じ取ることはできない。空間として配置し直すことで、初めて自分の関心の偏りが見えてきた。これは読み返す作業では絶対に得られなかった発見だ。
まとめ:時間軸と空間軸、両方あって初めて自分を辿れる
gitは、記憶がどう変わってきたかという時間の記録を持っている。Obsidianのグラフは、その記憶が今どうつながっているかという空間の配置を見せてくれる。どちらか一方では足りなかった。両方を重ねて初めて、889本のノートを書いた自分自身を、後から辿れるようになった。
記憶は増える一方だ。増やすこと自体はやめない。ただ、増やすなら同時に「見返せる形」も一緒に育てないと、いずれ自分の書いたものに自分がたどり着けなくなる。今回作った地図は、そのための最初の一枚だと思っている。
↑この記事に具体的な方法を書いたので見てね♥️

X で AI と業務効率化に関する最新情報を毎日投稿しているのでフォローしてね🥰
質問やつまづきポイントがあれば、コメントで教えてください。
