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【ちょっとラブ💕コメ小説】『次の桜が咲いても、君の隣にいさせてよ!』(3)

前話はこちら。


第2話:『悪友の距離感と、隠れた乙女』

「おい陸、お前、体育のあと着替えるの遅ぇぞ。どんだけ体デカいんだよ」
「るせえな。制服の肩幅が合わねぇんだよ」
 5月の爽やかな風が吹く2年C組の教室。
 3時間目の体育のサッカーが終わり、大鷺陸(おおさぎ りく)は自分の席で雑にブレザーを羽織りながら、悪友の男子クラスメート、火場遼太郎(ひば りょうたろう)と軽口を叩き合っていた。  
 空手仕込みの筋肉のせいで、陸の制服はいつも少しキツそうだ。
 ふてぶてしい目つきで前髪を払う陸に、火場が笑いながらノートを丸めて小突いてくる。
 そんな男臭い空気感を打ち破るように、パタパタと軽い足音が近づいてきた。

「あー! 大鷺! まーたサボったんだって? さっきの休み時間に詩織ちゃんと廊下ですれ違ってさ、図書室の居残りで詩織ちゃんに絞られてたってウワサ聞いたよ〜?」
 語尾を跳ねさせながら陸のデスクにバシッと両手をついたのは、クラスメイトの鴨川葵(かもがわ あおい)だ。
 崩した制服の着こなし、少し短めのスカート、ふわふわと巻かれた明るい髪。
 そして、近寄った瞬間にふわりと漂う、甘く華やかな香水の匂い。
 いわゆる『クラスの中心にいる明るいギャル』だ。
 そして、葵のトレードマークは、なんと言っても笑ったときに左頬にキュッと深くできるえくぼだった。

「サボりじゃねぇよ。熟成させてたんだ」
「うわ出た、陸の謎理論! 熟成ってなに〜? お肉じゃないんだから! あっ、それともカレーか? 昨晩の残りを牛乳で伸ばしたアレか?」
 葵は1人で爆笑しながら、陸の肩をパシッと叩く。
 陸のブレザーの袖に、葵の柔らかい袖口が擦れ合う。
「お前、いきなり来て意味分かんねーよ」
「詩織ちゃんが『大鷺くんが全然原稿出さない!』って、めちゃくちゃプリプリ怒ってたよ? 何か、大鷺と私って小学校から一緒じゃん? だからウチらって、仲良しだと思われてるみたいで、そういうことも、ざっくばらんに言ってくれるんだ、あの子」
「あのプリプリ委員長さまはいつも怒ってんだろ。大声出すから耳が痛ぇ」
 陸は「仲良し」のくだりには敢えて触れずに、吐き捨てるように言った。
「だいたいさ〜、大鷺って人相悪いのに、図書委員とかギャップありすぎなんだよね。実はウチ、大鷺が図書室で静かに本読んでる姿、たまにちらっと見かけたことあるんだけど、『ザ・違和感!』だよね」
「見るな。減るわ」
「減らないし! むしろ増えるし! 」
「何で増えるんだよ!」
 葵がコロコロと鈴を鳴らすように笑うと、左頬のえくぼが可愛らしく形作られる。
 火場は、いつもの見慣れた2人のやり取りを「やれやれ」と呆れた笑顔で見守りつつ、スマホを弄り始めた。
 そして、葵が楽しそうに、またもや陸の肩をパシッと叩くと、また制服越しに葵の柔らかい袖口が擦れ合い、微かに女子特有の温もりと柔軟剤の甘い香りが陸に伝わる。

 2人のやり取りは、まるで長年連れ添った夫婦漫才コンビのようだと陰で冷やかすクラスメイトもいる。
 今日も至近距離で繰り広げられる2人の軽口の応酬に、遠巻きに見ていた男子グループのうちの1人がニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべながら割り込んできた。
「おいおい鴨川ぁ、また大鷺に絡んでんのか? お前らマジで『実は前から付き合ってました』ってオチじゃねえの〜?」
「ねぇよ!!」
「ないから!!」
 寸分の狂いもなくハモった2人の声が教室に響く。
「なんだよ息ピッタリじゃねえか!」

「誰がこんな無駄にゴツくて可愛げのないやつ好きになるか! ウチのタイプはもっと優しくて爽やかなイケメンなんですー!」
 葵は変顔をしながら胸の前で大きくバツ印を作り、心底嫌そうに大声を張り上げる。
「こっちこそお断りだ。こんな落ち着きのない騒々しくて痛々しいギャル、タダでもいらん」
「うわー! ってか、ギャルってなに!? 誰のこと?!」
「ツッコむの、そこかよ!」
 周囲のクラスメイトたちは「相変わらずあの2人の悪友感すげーな」「大鷺も鴨川には容赦ねえな」などと笑い合っている。
 誰から見ても、この2人は少なくとも『何でも言い合える気の置けない男女の悪友』であり、そこに甘い恋愛感情が挟まる隙があるのかないのか、彼らの心中は今のところ周囲にも定かでなかった。
 そこでチャイムが鳴り、騒いでいたクラスメイトたちが各自の席へと散っていく授業開始の直前。
「……あ」
 葵が、勢い余って陸の机に置いていた自分のペンケースを床にぶちまけてしまった。
 シャープペンや色鮮やかなマーカーが、陸の足元まで転がっていく。
「あ、やば……」
「ったく、お前は相変わらず、最悪のタイミングで要らんことするよな」

 陸は呆れ顔でため息をつくと、その大きな体を折り畳むようにして床に膝をついた。
 葵が大切につけているお気に入りのキャラクターのキーホルダーが傷付かないよう、指の腹でそっと包み込むように、転がったペンを拾い集めるその指先の動きは、ごつい外見に似合わず繊細だった。
「ほら。足元散らかすなよ」
 そして、陸がスッと差し出したペンケースを葵が受け取ろうとした瞬間、互いの指先がほんのわずかに触れ合った。
「……っ」
 普段なら「大鷺、気が利く〜!」といつもの調子で茶化すはずの葵だったが、心臓が跳ねた音を誤魔化すかのように、彼女の声はなぜかほんの少しだけ小さかった。
「……あ、ありがと」
 陸が床から立ち上がる際、葵は思わず、その制服の隙間から男らしい太い手首と、自分を見下ろす位置にある大きな背中を目で追っていた。
(……なによ、もう。相変わらずぶっきらぼうで……無駄に優しいんだから……)
 葵は一瞬、視線を泳がせた。
 さっきまで華やかに咲き誇っていた左頬のえくぼが、ふっと消える。
 明るいギャルの仮面の下に隠れた、一人の『乙女』の顔。
 頬がほんのりと朱に染まり、葵は気まずそうに髪の毛を耳にかけた。

「……葵? お前、どうした?」
「ん〜〜っ、なんでもないっ! 大鷺、放課後どうせまた図書室でしょ!? 詩織ちゃんに怒られないようにしっかりねー!」
 一瞬の静寂を破るように、葵は慌てていつものハイテンションな声を作ると、ペンケースをひったくって「じゃあね!」と、逃げるように自分の席に戻っていった。

※※※※※

 放課後――。
 賑やかな教室の喧噪を背に、陸はH高校舎の北側へと足を向ける。
(今日も目指すは、あの「ハキハキプリプリ編集長・詩織」が待つ、あの部屋か)
 クラスメイトたちが部活やバイトへと散っていく中、陸も図書館が入る棟へ向かおうと廊下を歩いていると、階段の踊り場の影、ちょうど西日が眩しく差し込む窓際で、小さな人影が立ち止まっているのが見えた。
 葵か――。

 友達と別れた後の彼女は、教室で見せる賑やかな雰囲気とは打って変わって、静かに小さな手鏡を覗き込んでいた。
 前髪の乱れを気にしたり、リップの塗りを確かめるように唇を少し噛んだりしている。
 どこか自分を装うことに疲れたような、ほんの少しだけ陰のある横顔。
「……なにやってんだ、お前」
「わっ!? 大鷺!?」
 不意に声をかけられ、葵は飛び上がるように驚くと、慌てて手鏡を制服のポケットに押し込んだ。
 一瞬でいつもの派手な笑顔を作り、語尾を跳ねさせる。
「な、なんだ〜大鷺! 人のこと盗み見るとか悪趣味〜! ウチの美しさにハッとしちゃった?」
「見るかよ。道塞ぎやがって。お前は、今のオレにとっちゃ、ただの『ぬりかべ』だ!」
 陸はふてぶてしい目つきのまま葵の横を通り過ぎようとしたが、ふと足を止め、葵の顔を上からじっと見下ろした。
「……お前さ」
「な、なに? 改まって……ウチの顔に何か付いてる?」
「お前、教室にいる時とかさ、ずっと笑ってて疲れねぇの?」
「……え?」
 不意を突かれた葵の笑顔が、ぴくっと引きつる。
(つづく)


※本作は完全なるフィクションであり、筆者の実体験をベースにした物語ではありません。

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