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【ちょっとラブ💕コメ小説】『次の桜が咲いても、君の隣にいさせてよ!』(2)

 前話はこちら。


 本の貸出や整頓など図書室のサービスを提供する合間に、皆で図書室の片隅に集まり、紙の匂いやキーボードを叩く音、インクの香りが静かに混ざり合う空間で、月刊校内誌を一緒に作り上げる。
 そのクリエイティブな共同作業と、そこに漂う心地良い緊張感こそが、H高1年生から3年生までの図書委員メンバーたちを、この図書館に留めさせている理由なのかもしれない。

(……まあ、去年までに比べりゃ、だいぶ静かになったもんだがな)
 大鷺陸(おおさぎ りく)はふと、静かな室内に視線を走らせた。
 昨年までは、存在感……そして、そこそこの威圧感もあった『しっかり者の3年生』たちが、この図書委員会にもズラリと顔を揃えていたが、春の訪れとともに彼らは一気に卒業してしまい、この編集作業スペースの人数も急に寂しくなってしまった。
 だからこそ今、後輩や同期を強引に牽引しようと、2年生の図書委員長、鷺沼詩織(さぎぬま しおり)が大いに張り切っているのも分かってはいる。
 そのとき、詩織が呆れたように息を吐き、定規をトンと机に叩いた。
「大鷺くん、とにかく! 今日中に『ピンク鳥通信』次号コラムのプロットだけでも出しなさい! 出さないなら、今日の居残りは決定だからね!」
「へいへい、分かったよ。ハキハキ編集長」
 陸はふてぶてしく肩をすくめ、見た目に反した繊細な手つきでペンを握り直した。

 陸をひとしきり叱り終わった詩織は、資料の整理をするため作業机の周りをバタバタと動き回り始めた。
 ネット社会だというのに、両手いっぱいに分厚い百科事典や図鑑の山を抱え、前もろくに見えなさそうな様子で、よろよろと歩いている。
「ったく……面倒くせぇな」
 陸は小声で呟きながら立ち上がると、詩織の横からその重そうな図鑑の山をサッと奪うようにして持ち上げた。
「あっ……! ……頼んでないけど」
「重そうにフラフラ目障りだから持っただけだ。さっさと終わらせて校内誌作ろうぜ」
「……もう、誰のせいで遅れてると思ってるのよ」
 詩織は少し呆れたように呟くと、図鑑のなくなった軽い手元で棚の整理を進めるため、図書室の奥にある準備室へと向かっていった。

※※※※※

 やがて、何かの備品を探すかのような音が聞こえ、陸は何となく詩織がいる方へと追いかけて行った。
 陸が奥の準備室に入り、詩織の姿を確認したちょうどその時、印刷機から吐き出された大量の印刷用紙を整頓していた詩織が、重そうな段ボール箱をデスクから持ち上げようとしてグラリと体勢を崩すのが見えた。
「よっと……っ、うわっ!?」
「おい、危ねえ!」
 陸は素早く駆け寄ると、背後からサッと手を伸ばし、詩織の腰と腕を抱きとめるようにして段ボール箱を両手で受け止めた。
「っ……!?」
 紙のインクの匂いに混じって、すぐ近くから漂ってきたシャンプーの香りが微かに陸の鼻先を掠めた。
 急激すぎる至近距離での息遣い。
 普段は堂々としている詩織が、陸の男らしい力強さと体格の大きさに息を吞んで固まる。

「届かないなら言えばいいだろ。何のために、俺の背が無駄にちょっと高いと思ってんだよ。そして、力仕事はそこそこガタイがいい俺に任せろ」
 ふてぶてしく言いながら、陸は箱をひょいと棚の最上段へ収めた。
「大鷺くん………」
 いつもは陸の顔を見ると何か言いたくて仕方なさげな詩織が、一瞬、言葉に詰まり、黙って彼の顔を見つめる。
 「今……私のこと、チビって言ったでしょ。チビって言わないで……。でも……ちょっとありがと」
 ハーフアップの髪の隙間から覗く左耳が、銀の小ぶりなピアスを残して鮮やかな真っ赤に染まっていた。
 それを隠すようにサッと背を向け、詩織は小さく呟いた。
「ちょっとかよ……」 陸は乱暴に頭を掻きむしり、ふてぶてしく吐き捨てた。

 詩織は、また暫く資料の束と格闘していたが、未だに背後に気配を感じる陸に振り返りざま、話し掛けた。
「大鷺くん、ついでだから、あの箱持ってきて。……って、また小説読んでる……」
「あ? いや、この作家の新作が出たなと思って見てただけだ」
「相変わらず見た目に反して読書家なんだから。ギャップありすぎ」
「るせぇよ」
 詩織はクールで事務的な対応だが、実は陸の見た目は不愛想でぶっきらぼうなのに実は小説好きで、他の図書委員メンバーに対する思いやりもあって、校内誌の割り当てページの執筆作業にも全力で取り組む、という繊細さとのギャップを同級生という距離感で見て来た理解者でもあった。
 
 やがて、その日の作業が一区切りつき、詩織は今日は家の手伝いがあるからと早めに帰宅することになった。
 詩織はカバンを肩に掛け、図書室の入口で足を止めて振り返る。
「明日もちゃんと作業手伝ってよね、大鷺くん。そして、格闘技本のコラムのページ、本当に本当に落とさないでね! これ、フリじゃないからね! マジのやつよ!」
「詩織こそ、またムリして重い本とか高い本とか落とすなよ。じゃあな」
「……ふんっ。どうせ、心配するのは本のほうなのよね」
 ぷいっと横を向く詩織。
 しかし、次の瞬間には「……まったく、可愛げのない同級生」と呆れたように、けれどどこか慣れたように口元を緩めて軽く微笑むと、そのまま図書室を後にした。

※※※※※

 その日の作業が終わり、他の委員たちが帰路についた後――。
 誰もいなくなった図書室で、陸はひとり、お気に入りの文庫本を開いた。
 ふてぶてしい顔がほんの少しだけ柔らかくなり、真剣に本の世界に没頭していく。
 外も暗くなってきて、編集長の詩織も今日は用事があるとのことで先に帰ったため、陸の他に図書室に残っているのは少し大人しい印象の1年女子と、これまた輪をかけて内気で大人しい3年生の燕坂凛(つばめざか りん)だけだった。
 静けさと熱気が同居する放課後の図書室。
 この場所で紡がれる日常と、まだ誰も知らないいくつもの想いが、静かに動き出そうとしていた。
(つづく)


※本作は完全なるフィクションであり、筆者の実体験をベースにした物語ではありません。

『鷺沼詩織(さぎぬま しおり)』イラスト。
(誤字は愛嬌)

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