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欲求の履歴書 ー量子コンピュータとの対話ー【連載③】

あらすじ

2030年のある日、70歳を目前に控えていた私(伊澤)は、28歳で脳科学とマーケティング・サイエンスを融合させた、次世代型ニューロ・マーケティングのスタートアップを立ち上げた鳥羽さんが開発中の、「終活 人生デトックス」ベータ版のモニターを体験することになり、東京都杉並区松庵にある鳥羽さんのオフィスを訪れた。
「終活 人生デトックス」とは、超高齢化社会特有の繊細な心理的葛藤が、社会問題化していることを背景に、終末期を迎えた人間が、少しでも安定した精神状態を保てるよう支援するヒーリングサービスだ。
「ヒガさん」と名づけられた量子コンピュータとの対話により、幼児期から高齢期に至るまでの間に生起し充足させてきた、60にも及ぶ「欲求」の履歴を示されることにある。
はたして私(伊澤)は、60番目の「欲求」である「愛」を充足したのだろうか?

あらすじ

乳幼児・学童期(12歳まで)

「まず、ご誕生から5歳までの乳幼児期から始めましょう。乳児の頃の記憶はほとんどないですね」

ヒガさんの声とシンクロして、私が生まれた家の居間から、南に面した庭の景色が現れた。
こんな景色だったのか! と私は新鮮な喜びを感じた(ただし、これ以降の私とヒガさんの対話では、ストーリーの流れをスムーズにするため、要所で投影される映像には触れないことにする)。

「そうだね、乳母車に乗せられて母と兄と幼稚園に近い道を進んでいたら、兄が私の乗った乳母車を押させてくれと母に懇願していた。まだ言葉をしゃべれなかった俺でも、母と兄の会話の内容は理解できた。そして兄が押し始めて間もなく、俺の乗った乳母車は、兄の手を離れ、坂道を一気に下り始めた。そのときの眼前の光景は今でも覚えている。また、自宅の居間で父に抱かれて泣いていたとき、俺は男の体ってのは堅くて心地よくないと実感した。懸命に私をあやす困惑した父の顔と声とか、そんなことしか覚えてないね」

そう答えた私に、ヒガさんは肯いた。

「記憶が残っていない幼児期を経て、自分と自分にとって初めての他者である母親との分離の感覚、つまり、俊二さんが一人の独立した人間であることに気が付いた後、そう、乳児期の後、幼児期の記憶のほうは割と残っていますよね?」

「断片的にはね。なぜその記憶が残っているのかは自分でもわからないけど」

「そうでしょう。この頃の俊二さんは、暖かい日差しの中、廊下で一人、座り込んでいる、それも片膝に顎を載せながら。そして思索に耽る。環境的にはとても恵まれていましたね。専業主婦の母親と、子供が大好きで、毎日、俊二さんを色々なところに連れて行ってくれた近所のおばさん」

確かにその通りだった。

「俊二さんが幼児期に抱いて満たされた欲求を挙げますね。ただ独りで寛ぐ『気楽』と『孤立』、他人から干渉されない『自由』、不安がないという『安心』、家族・親族、近所の人達に守られているという『安全』と『依存』」

ヒガさんが挙げたどの欲求にも異存はなかった。

「ヒガさん、今、いくつの欲求を挙げた?」

「『気楽』『孤立』『自由』『安心』『安全』『依存』の六つです」

「独りでいることの心地よさと、親と家族、近所の人達に守られているという『安全』『安心』『依存』は矛盾していないよね?」

「はい、ご自身が十分に庇護されているからこその独りの愉しみ、そういうロジックですから。どんな人でも、そういう一見すると矛盾しそうな複数の欲求が共存しています。そのバランスが大切で、俊二さんの精神・言動・行動がおかしくなるのは、バランスが崩れかけているときです。ご自身にはそういう自覚はありますか?」

ヒガさんのこの指摘に、私はハッとした。

「どうかな? そう言われると、そんな気がしないことはないよな・・・・・・」

「ま、後でじっくり考えてみてください。俊二さんの幼児期の欲求はまだあります」

「え、まだあるの?」

「はい、幼児期に入って家族と一緒に食事をするようになってから、とにかく好き嫌いが激しかったですよね?」

「うん、激しかった。その好き嫌いの激しさが、小学校の給食の時間という憂鬱に結びついたわけだけど、我ながらわがままだったと思っている。それって常識だよね・・・・・・」

「そういう世間並みの常識が、俊二さんの人生に多くのブロックをかけてきたのですが、それは置いておきます。それでも『拒否』という欲求は生きていく上でとても大切です」

そう言われると、私の好き嫌いの対象は食べ物にはとどまらないことに気づいた。
人に対して、特に異性に対しても。
だから私は、一度も結婚をする機会がなかったのかもしれない。

「『拒否』ってさ、俺の本質かもしれないよ」

それは率直な自己像だったが、ヒガさんは否定した。

「そう考えるお気持ちは理解できますが、俊二さんの本質は『平和』です。ご自身では覚えておられないでしょうけど、俊二さんはとにかく〝人が良かった〟。ネガティブな言い方をすれば〝お人好し〟でしたね」

確かにそんな自覚はあった。
それも幼児期からだ。
大人になってからの私は、単純に〝気の弱さ〟と自覚していたが。

「『平和』とはあくまでも俊二さんの本質ということです。争いごとが大嫌いというか、とことん向いていないのです、他人と争うこと、競い合うことは。それだからこそ真逆に、今まで生きてこられた中で、『平和』とは真逆の思考・態度・言動・行動を数限りなく繰り返してきました。俊二さんは芥川龍之介の『或阿呆の一生』がお好きですよね。その『三十三 英雄』にはレーニンのことが書かれています。そのフレームを借りると、〝誰よりも争いを好んだ君は 誰よりも争いが苦手な君だ〟ということになりますかね? その辺のことは後程、振り返っていきましょう」

ヒガさんからそう聞くと、私はなんだか怖くなってきた。

『気楽』『孤立』『自由』『安心』『安全』『依存』『拒否』『平和』。この八つの欲求が発現して充足したのが、俊二さんの乳幼児・学童期でした」

思春期 第Ⅰ期(13~14歳)

「自由主義、孤立主義、安全保障と安心、同盟国への依存、国連の拒否権、世界平和、お気楽な平和主義。何だか国際政治の世界みたいだね」

自分でも野暮だとしか思えない感想が、スルスルと口から出てきた。

「ハハハ、これから振り返っていく、俊二さんの思春期を象徴していますね」

「それはいいから、次行ってみよう!」

「はい、承知いたしました。幼児期の八つの欲求の発現と充足は、俊二さんがほぼ5歳の頃のことでしたが、思春期の第Ⅰ期は、小学校6年生から中学校1年生にかけてのことになります」

「ということは、小学校に入ってからの俺の欲求は、幼児期の頃の欲求をそのまま引き継いできたと考えていいのかな?」

「はい、概ねそのご理解でいいと思います」

「小学校の低学年でも色んなことがあったけどね、意識的に音楽を好むようになったのは9歳のときだったかな? グループサウンズに夢中になってプロマイドを集めたり、平日の午後、ポータブルレコードプレーヤーでクラシックのソノシートを独り、陽辺りのいい畳の上で聴くことに至福を感じたり・・・・・・」

「その至福感は、幼児期の『孤立』、陽だまりの縁側で独り思索に耽り、ただそこにいることの幸せを感じたことと同じです。興味の対象が自分の外側にある音楽に向いただけの話です。あくまでもどちらかと言えばという話ですが、俊二さんは外で友達と遊ぶよりも、独りでいるほうが好きでしたよね」

全くどこまで私のことを知っているのだろうか? ヒガさんという人、いや量子コンピュータは。

「この時期の俊二さんにとって最も重要な欲求は初恋、つまり『恋愛』でした」

「そうかもしれない。初めて初恋のひとを見たときの衝撃といったらね。月並みな表現しかできないよね。あまりにインパクトのある体験ってのはさ、月並みの表現にしかならないもんだ・・・・・・」

私の初恋の対象となった女性は、成績がバツグンに良かったことを間もなく知った。
私の通っていた小学校の生徒は皆、地元の公立中学校にそのまま入学することになっていたが、中学校のクラス編成は、小学校の成績順で決まるというガセネタを聞いて、絶望したこともあった。

「初恋は人生では大きな出来事だったとお考えでしょうけど、俊二さんの場合、恋愛は一筋縄ではいかなかったようですし、まだこの段階で言うのは憚られますけど、少なくとも現在までの俊二さんの人生では、恋愛が成就しないことのほうが、スリリングで魅力的な人生体験であり、恋愛を人生のメインに置いてこなかったのは、あたかも俊二さんのこの世での誕生以前に組まれていたプログラムに喩えることができるのです」

この世での誕生以前のプログラムなんて、宗教かいな? スピリチュアルかいな? この量子コンピュータは、と僅かな違和感があったが、まあいいだろう。
量子コンピュータなんだからと、根拠のない信頼感をヒガさんに抱いていた私の早とちりかもしれなかった。

「ヒガさんがどこまで俺の人生体験を把握しているのかわからないけど、確かにそうかもしれないね。失恋とか失恋にまつわる体験ってね、当事者としては苦痛以外の何物でもないけど、観察者としての自分がメタ認知をするとね、結構、面白いコンテンツになるんだなと思うんだよね。もちろん、心の傷が癒えた後のことだけど・・・・・・」

「ようやくその境地にまで辿り着きましたか! それでもまだ俊二さんの人生が続くのなら、何が起きるのかわかりませんよ」

もうこの歳で恋愛なんかとっくに卒業したつもりの私だったが、現実世界における生身の人間同士の恋愛ではなくても、ヴァーチャルな恋愛のような感情を味わうのも悪くもないかもしれない。

「で、ヒガさん、俺の思春期の第Ⅰ期は『恋愛』だけなのかな?」

「いえ、あと三つあります」

「三つって何?」

「一つは『趣味』です。中学校二年生になった頃、それまでの鉄道ファンの行動ですね、列車の写真を撮ったり、旅行に出かけることから卒業しました。さらにもう一つ、大好きだったプラモデル製作も卒業しましたよね。そして俊二さんの〝中二病〟、失礼! 思春期の趣味は、読書と絵画鑑賞に移りました。ドイツ文学とかロシア文学が好きでしたよね?」

「そう、ヘッセ、ツルゲーネフとか。それから中学三年生になると、ソルジェニーツィンの『収容所群島』の新潮文庫版を全て読んだ。絵画鑑賞のほうは、毎週土曜日の午後、学校から帰ってきてから、上野の国立西洋美術館に独りで通うことが最高の愉しみだった・・・・・・」

「二つ目は『好奇』です。『趣味』への目覚めとは時期が前後しますが、まだ鉄道ファンだった頃から、夏休みには国鉄の特急や急行に乗って日帰り旅行していましたよね?」

「うん、それも独りで。独りだと誰にも気を遣うことがなく楽でいいとか、親とか周囲の人達に言ったことを覚えている」

独りを心地よいと感じるのは幼児期に生まれた欲求の延長線だろうから、もしかしたら私の本質なのかもしれない。

「それでヒガさん、あと一つは?」

「あと一つは『感性』です」

「どんな『感性』?」

今度はヒガさんのほうで私にかまをかけてきた。

「鉛筆は好きでしたよね? 小学校低学年の頃から」

「うん、好きだったよ。テレビのクイズ番組の賞品が三菱鉛筆の高級鉛筆の時代だったからね」

「では、中学一年生の頃のことを思い出してみて下さい」

「ううん、何のことかよくわからないな……」

ヒガさんはなおも私を焦らし続けた。

「粒子とか量子とか?」

その言葉を聞いて私は思い出した。

「あ! 鉛筆の芯のことか」

「そうです、俊二さんは漠然と何の根拠もなく、鉛筆を眺めながら、この芯の中にいくつもの宇宙が存在しているのかもしれない、今、自分の住んでいる地球も太陽系も銀河系も、遥かに大きな次元の世界の鉛筆の芯のような空間に存在しているのかもしれない、とそんな想像ばかりしていましたよね」

「さすがに、そんな思索遊びばかりしていたわけじゃないけどね。剣道部に入っていたし、土日には道場にも通っていたし、3年生になったら新聞部にも入ったし」

「でもそういう思索遊びが俊二さんの感性のベースだったのですよ。それから50年近く経って量子力学とか、ごくナチュラルに受け止められましたよね?」

「量子コンピュータのあなたが言うのなら、そうかもしれないね・・・・・・」

『恋愛』『趣味』『好奇』『感性』。これら四つの欲求の発現と充足が俊二さんの思春期 第Ⅰ期でした。乳幼児・学童期と合わせると12の欲求です」

欲求の履歴書 ー量子コンピュータとの対話ー【連載④】へ続く

【参考資料】
「多変量解析からみた心理発生的欲求の分類と構造」白梅学園短期大学 荻野七重、立正大学 斎藤勇(『白梅学園短期大学紀要 第31号』1995年)

【参考書籍】
『河童・或阿呆の一生』(芥川龍之介、新潮文庫、1968年)
『愛国とノーサイド 松任谷家と頭山家』(延江浩、講談社、2017年)

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