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欲求の履歴書 ー量子コンピュータとの対話ー【連載④】

あらすじ

2030年のある日、70歳を目前に控えていた私(伊澤)は、28歳で脳科学とマーケティング・サイエンスを融合させた、次世代型ニューロ・マーケティングのスタートアップを立ち上げた鳥羽さんが開発中の、「終活 人生デトックス」ベータ版のモニターを体験することになり、東京都杉並区松庵にある鳥羽さんのオフィスを訪れた。
「終活 人生デトックス」とは、超高齢化社会特有の繊細な心理的葛藤が、社会問題化していることを背景に、終末期を迎えた人間が、少しでも安定した精神状態を保てるよう支援するヒーリングサービスだ。
「ヒガさん」と名づけられた量子コンピュータとの対話により、幼児期から高齢期に至るまでの間に生起し充足させてきた、60にも及ぶ「欲求」の履歴を示されることにある。
はたして私(伊澤)は、60番目の「欲求」である「愛」を充足したのだろうか?

あらすじ

思春期 第Ⅱ期(14歳)

「俺の〝中二病〟はその後、どう推移していったのかな? なんて自分から聞くのは何だけど。量子コンピュータのヒガさんのほうで、俺をリードしてくれるんだよね?」

「はい。14歳の後半からの俊二さんの興味の対象は、初めて社会に向きました。それでこそ〝中二病〟です!」

一瞬、(この野郎、自分の方が愉しんでいるんじゃないか?)と思ったが、それはそれでいい。

「そうか。それなら、俺の〝中二病〟を事細かく解説してくれちゃっていいよ」

「容赦しませんよ!」

ノリノリのヒガさん、ドSなのかな? と思ったが、別に気にはならなかった。

「そのあたりのことは大概、想像がつくよ・・・・・・」

「第Ⅰ期でルネサンスやロココ期の絵画、それから宗教画を鑑賞してきた俊二さんは、キリスト教の洗礼を受けるなんて考えてなかったものの、自己否定の心象に傾いてしまいましたね」

そのときの心象は覚えている。もちろん、若かったというか、幼かった。

「自分のちょっとした一言で人を傷つけてしまったとか、とても些細なことだったけど、大袈裟に罪悪感に苛まれるというのも俺の才能かな?」

「そうです! よくおわかりでいらっしゃる。罪悪感に浸る歓び、それが俊二さんの深層心理にありました。これは『内罰』という立派な欲求の一つです」

「内罰」とは初めて聞いた言葉だが、その意味はよくわかる。

「さっきからヒガさんってドSじゃないか? と思っていたけど、案外、俺もドMだったってことだね」

ヒガさんは嬉しそうにこう答えた。

「『内罰』のような屈折した欲求こそ、ドーパミンが大量に分泌されるし、病みつきの中毒になるんですよ!」

「そして俺の『内罰』が向かった先の欲求は?」

「『援助』『社会貢献』『他者認知』へと向かいました」

なるほどね。社会的な欲求って奴か。

「『援助』っていうのは?」

「それまでは、自分の安泰な世界さえあれば、それ以上、何も求めなかった俊二さんでしたが、ここで俊二さんの〝自我〟というものが芽生えたのでしょうね。そして『内罰』欲求から『援助』、つまり弱い人達、実際に強いか弱いかはわかりませんし、強さと弱さにはグラデーションがあるのですが、とにかくマスコミ報道でしたよね、俊二さんの欲求を誘発したのは」

そう言われるとそんな気がしないことはない。

「そうかもしれない。自我に目覚めたのと同時に、正義感が沸々と湧いてきたような気がしないこともない。大学生頃になって気づいたのだけれども、幼児期の日曜日に観ていた『ウルトラQ』の影響かもしれないね。結構、社会的な問題をテーマにしていたから」

「割といい線いっていますね。テレビのニュースを観て怒りにかられたこと、思い出せますか?」

すぐに思い出した、というか他には思い出せなかった。

「成田空港建設での農地の強制収容のシーン、だよね?」

「はい、そうです。そして中学生ながら、自分でも何とかできないものかと考え始めました」

「機動隊に排除される農家の人達を観て義憤にかられたわけだけど、そんなことを口走ったら母から怒られた・・・・・・」

「その農民たちを何とか助けたいという『援助』が、虐げられる人たちがいなくなるような社会を目指したいという『社会貢献』の欲求とリンクするのは説明が要りませんよね」

「そうだね。今、思い出したけど、小学校低学年の頃の俺だったら、空港公団と警察による強制収容のほうを支持していただろうね。後に地域振興への貢献で叙勲した母方の祖父の影響を受けていたし。祖父は自民党系の町会議長だった。自我に目覚めるって厄介なもんだよ、今だからこそ言えるんだけど・・・・・・」

ヒガさんとのやり取りで、それまで忘れていた記憶がポンポンと蘇ってくるのが面白かった。
たとえ自分にとっては痛いことでも、記憶が蘇ることで精神が浄化されているような感覚だった。

「『社会貢献』といっても、令和の今とは隔世の感がありますよね」

「そりゃそうだろう。当時、少なくとも俺にとっては〝ポストモダン〟より前の〝モダン〟の世の中だったからね。国内では経済成長と戦後民主主義、国際的には東西冷戦の真っ只中だったし。平成や令和の〝ネトウヨ〟にとって憎悪の的の〝岩波・朝日〟の左翼・進歩的知識人の文化が健在で、進歩的といえば左翼の時代だった。いくら連合赤軍事件で、学生・労働運動の熱が冷めたとはいえ、旧来の思想的な構造は変わってなかったよ。トレンドではなくなっただけの話で・・・・・・」

「さあ、俊二さん、思春期 第Ⅱ期、そんな『社会貢献』の欲求に目覚めてから後の欲求は、『他者認知』でした。時間的には遡りますが、1972年の冬、連合赤軍の浅間山荘立て立て籠もり事件の報道を観て、俊二さんは大きな衝撃を受けましたよね」

その話だったら、今まで何度か友人達に話したこともある。

「当時の俺は、自分が弱い人間だって洗脳されていたんだよ、中年、いや高年期になってからつくづくそう思ったんだけど、そういった家族や他人からの洗脳って、決して悪意からじゃなかったと思う。特に親兄弟にとってはね。俺が社会に適応して、生き抜いてほしいという愛情からだったと信じている。それでも〝弱い自分〟が強い人間になるためのロールモデルがね、浅間山荘陥落後に逮捕されて連行された数名の犯人たちだったわけ。それまでは逮捕・連行される人達って顔を隠したりしているのが普通だと思っていたけど、犯人の何人かは堂々と正面を向いていたわけ。確信犯という奴だよね。実際にはただ茫然としていただけかもしれないけど、そういう姿に感動したのよ。これこそ〝強い人間〟なんだと」

それは私にとって大きな体験だった。

「それこそ『他者認知』という欲求です。その次のフェーズが『挑戦』の欲求でした。将来、理不尽な権力や不正に対して立ち向かえる人間になりたいと思いましたよね」

なるほど、そういうことか。

「今思えば、非常に屈折していた、いや、実は自分でもね、深層心理では屈折していたことに気づいていたと思うのだけどね」

ヒガさんは独り言のような私の言葉を気にすることなく、続けて言った。

「権力の不正に立ち向かっていく人間、具体的には将来、何になりたいと思いましたか?」

「そんなこと、知っているだろうに、いちいち聞くわけ?」

「何でしたら、私だけがしゃべりましょうか?」

「いや、いい。中学3年生の頃の俺はね、とりあえず新聞記者にでもなれればなと思っていた」

「その1年後には、新聞記者から革命家になったわけですけど、それこそ、そうなりたいと願った『自己実現』の欲求です」

そんな自己実現、っていうのもあったのか・・・・・・。
平成や令和に乱発された、自己啓発の本の内容とは大違いだ。

「ポストモダン以前のモダンならではの自己実現だよね。中学2年、3年でこんなんじゃ、その先が思いやられるよね・・・・・・」

正直な話、それから予想される展開には少々、辟易した。

「俊二さんの思春期 第Ⅱ期の欲求は『内罰』『援助』『社会貢献』『他者認知』『挑戦』『自己実現』の六つ。それまでの合計で18の欲求です」

思春期 第Ⅲ期(15歳)

「援助」なんて言ったら平成と令和では援助交際、「社会貢献」ならソーシャルビジネス、「自己実現」は起業・スタートアップといったところだろう。
我が身のことながら、時代の大きな隔たりを感じざるを得ない。
こんな調子では、私の思春期 第Ⅲ期の回想は思いやられる。

「思春期 第Ⅲ期は、第Ⅱ期の文脈から少しだけ外れます。年齢は15歳。ほぼ1年と短いですが、それだけ重要な時期だったということです」

どういうことだろうか? と思ったが、15歳といえば高校受験の時期だ。

「受験勉強のことだね? 周りの環境からの〝洗脳〟の影響もあって、勉強には自信がなかったけど、中学2年生になってから順位が上がり始めて、3年生のときには偏差値もそこそこ上がったよ」

「そうでしたね」

「学校の勉強なんてさ、企業とかの社会生活に比べれば、ずっとわかりやすいよ。向き不向きと得意と不得意はあるけど、ある程度は時間と労力の結果が反映されるからね」

こういう言辞は負け惜しみに受け取られることも多かったので、社会人になってからはあまり口には出さなかった。

「俊二さんが15歳だった思春期 第Ⅲ期の欲求はサラリと流せそうですね。試験を受けるたびに順位が上がっていく『優位』の欲求、受験勉強でのライバルに対する嫉妬に起因する『自尊』の欲求、偏差値が上がることによる快楽の『競争』と『優越』の欲求、試験で順位が上がることと、最終的に高校入試で合格した『達成』の欲求」

第Ⅲ期は本当にサラリと流している。

「本当にサラリと流すもんだね」

「ええ、でも受験勉強というのは、これだけ多くの欲求が生じて達成させるだけの一大イベントということなんでしょうね」

「俺にとっては初めての受験勉強だったしね」

「そしてこれら五つの欲求を貫いていた欲求が『持続』です。初志を貫徹して、根気よく続けられたという欲求を堪能しましたね」

「うん、公立の高校に進めれば、少なくとも中学よりは自由になるだろうという、大きな目標もあったから尚更だったね」

「俊二さんの思春期 第Ⅲ期の欲求は『優位』『自尊』『競争』『優越』『達成』『持続』の六つ。それまでの合計で24の欲求となります」

欲求の履歴書 ー量子コンピュータとの対話ー【最終回】へ続く

【参考資料】
「多変量解析からみた心理発生的欲求の分類と構造」白梅学園短期大学 荻野七重、立正大学 斎藤勇(『白梅学園短期大学紀要 第31号』1995年)

【参考書籍】
『河童・或阿呆の一生』(芥川龍之介、新潮文庫、1968年)
『愛国とノーサイド 松任谷家と頭山家』(延江浩、講談社、2017年)

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