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『性格タイプ? それがなにか?』《ショートショート》

「朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』を読んでたらね、性格診断のMBTIが出てきてね。今、流行りなんかね? あ、向坂さきさか、MBTIって知ってた?」

 僕の大学時代の級友の大迫おおさこは、こう切り出した。
 1年前の夏、20年ぶりに大迫と会った。大迫がベースを弾いているバンドのライブがあるとSNSで知った僕は、荻窪のライブハウスに顔を出したのだ。
 いつの間にやら再開発が進み、高層ビルが建ち始めている池袋西口にオープンしたばかりの焼き鳥屋で、僕と大迫はビールで乾杯していた。梅雨の合間の陽光が眩しい土曜日の昼下がり。西池袋には僕達が4年間過ごしたキャンパスがある。

「知ってるさ。実は俺もさ、MBTIの公式じゃないけど、Web上にころがっているMBTIもどきの無料診断をやったことあるよ。大迫って確か定年まで、あの会社で人事だったよね? だったらMBTIどころか、その手の性格診断ってほぼ網羅してると思ってたんだけど……」

 僕らが就職活動をしていた頃から、日本人なら誰でも知っている一部上場の製薬会社に就職し、60歳の定年を人事部長で終えた大迫が、MBTIのことを知らないはずがない。

「向坂さ、俺、最後は採用や配置転換とかの現場から遠ざかって久しかったんだよ。そりゃMBTIの内容はね、一通り知ってたさ。だけど就職現場だけでなく、世間一般で知れ渡ってるのか、わからなかっただけだ」

「そうなんだ」

「それより、向坂、結果は何だった?」

 文学部日本文学科時代、ある出版社から詩集を出版しながら、製薬会社に就職した大迫は、そんなに太らず、ほぼ当時の体形で、僕は羨ましかった。
 そして、高齢者の仲間入りをしてからも、朝井リョウの小説とか読んでることを知った僕は、まっとうな堅気の世界で揉まれて生きながらも、変わることのない嗜好を温めてきた彼が羨ましかった。定年後にバンドまで再開したことも含めて。

「俺ね、INFP、仲介者。『イン・ザ・メガチャーチ』の澄香だっけ? 彼女と同じ。直感型なのに理想主義……」

「うわっ! 向坂がINFPってよくわかる! というかわかり過ぎだ! 組織には向いてないしね、君は!」

「まぁね……」

 大迫にそう言われても違和感は全くなかった。

「それよりもね、何でこういう性格タイプって流行るのかね?」

 こう呟いた僕に、今度は企業の人事畑の豊富な経験のある大迫は、(当たり前だろ?)といったニュアンスの皮肉交じりの笑みを浮かべ、こう応えた。

「失敗を極度に怖れるからだよ」

 フリーランスとはいえ、少なからぬ企業への常駐経験があった僕も、それはわかる。

「失敗を恐れること、まるで本能のようにショートカットを求めるのって、俺らより二回り以上若い人達の特徴だよね」

「うん、そして俺たちのこんな会話が、世間で老害と呼ばれるようになってから久しい」

 大迫のいたような大企業でもそうだったんだなぁ、と今更のように感じた僕の、次の一言は一般論だった。

「スペシャリストではなく、ゼネラリストを育成する日本の企業風土では、失敗を体験することは当たり前どころか、成長するために必要不可欠な体験だった。失敗することなく成長する。なんて虫の良すぎる願望なんだ……」

 そんな僕の一般論を聞き流した大迫は、意外なことを言ってきた。

「俺が人事畑の仕事をし始めたときに聞いた話だけどさ。戦前の日本軍の軍楽隊でね、入隊希望者が担当する楽器をね、本人の希望を聞くことなく、指導者が希望者の体型を一目見て、はい、お前はこの楽器! って決めたそうなんだ」

「へぇ! それはまた乱暴な!」

「ところがね、入隊希望者にとっては、管楽器をやりたいのに打楽器をやらされるとか、理不尽極まりないことなんだけど、不思議なことに、指導者が見抜いた一人一人の楽器の適性は正確で、見事に当てはまったらしいんだ。まるで都市伝説のような話で、俺だってこの話のエビデンスはわからん」

 その大迫の話を聞いて、僕も自分なりのエピソードを思い出した。

「大迫は学生時代からベース弾いてたけど、バンドで他の楽器を弾いたことある?」

「いや、ないね。今日の今日までベースだけだよ。向坂はギターだけど、他に何かやってたっけ?」

「俺はずっとギターだったけどね、20代の頃、バンドでベースを弾いてみたことがあったんだ」

「それで?」

「これは俺の場合なんで、他の人のことはわからんけどね。ギターを弾いてる時とは、聴こえる音が違ったんだ。ベースを弾いてるとね、ドラムスのバスドラとスネアがとてもよく聴こえた。ギタリストのときは自分のエゴ・自我が肥大化して、バンド全体の調和とか、ヴォーカルを引き立たせるとか、そんな気持ちなど毛頭なく、逆にヴォーカルの個性とぶつかり合うぐらいがロックなんだと思っていた。The Whoのピート・タウンゼントとロジャー・ダルトリーのようにね」

「メンバーとは仲が悪いくらいのほうがロックだ! と言ってた向坂が、典型的な露悪家のように見えてたのを思い出したよ」

「で、自己分析してみるとね、俺はベースをメインでプレイするほうが、自分のエゴを押さえられるし、もし自分に適性というものがあるのなら、ギターよりベースの方に適性があったんじゃないかと思ったことをね、今の軍楽隊の話を聞いて思い出したんだよ」

「そうなれば、向坂の人生も変わっていた、かも?」

「そこまではわからんけど。今度はアラフィフを越えてからね、バンド活動を復活させて、ヴォーカルを始めたわけさ。それでライブをやったらね、ギタープレイに歌が加わって、負荷が倍になったはずなのに、ライブの最中、フロントマンとして客の顔を一人一人眺めるようになっただけじゃなく、他のメンバーへの気遣いまで自然に心掛けるようになって自分でも驚いた。ギターオンリーの時は、自分だけにしか関心が向かなかったんだけどね」

「俺はベースだけの経験しかないけど、今の向坂の話、言わんとすることは理解できる」

「結論としてはね、俺がギタリストとしてエゴにまみれてプレイしてきたのって、おそらく自分の本質、つまり適性ではなかった。でも、ギタリストを選んだのって自分の欲求・欲望の結果だったわけで、もし自分の本質通りに生きてきたとしたら、それはそれでうまくいっただろうけど、刺激的ではなかったのかもしれない。つまりギタリストを選んだことが、刺激を求めた俺の人生だったのかもしれないわけで、結果オーライだったかなと。苦しいことが多かったのも含めてね」

「自分の個別の体験を、一般論にまで昇華させようとする。向坂って変わってないね」

「そりゃ変わりようがないさ。それでもさ、今更ながらなんだけど、人には多面性があるよね? もし性格診断通りに仕事とか始めたとしてもね、決して満足するとは限らないのってさ、俺の推測なんだけど、人に多面性があるからかもしれない。本質とは別にね。欲深なのかもね、俺たちって……」

「そこまでいくと心理学だね?」

「心理学の本をかじったのって20代の頃なんで、あくまでも自分だけの経験則だけどね。俺の本質って、人との争いどころか競争さえ厭う性格の上に、完全に文化系なんだけどね。自分にないものを求める性向から、ロックを追及したり、自分とは真逆な体育会系組織に適合させた、という過去もあるんだよ。大学4年の秋、サンシャインシティで冷やかしのつもりでコンピュータ占いを受けたら、俺に向いてる職業は、軍人と警察官だった」

 爆笑しながら大迫は聞いた。

「向坂、それでどう思った?」

「いや、それがさ、たしかにそういう面も俺にはあるわな、本質じゃないけど、そんなに違和感は感じなかった」

「そんなもんかね?」

「うん、そんなもんだ。30代後半の頃、転職活動をしててね、新聞の求人広告で、全く入る気などなかったけど、自分でもわけがわからず、企業の管理者を養成する人材育成の会社の中途採用に応募したことがあるんだよ……」

「あの、よくテレビとかで取り上げられてた、風変わり、というかカルトな研修で有名だったあそこか? それは意外すぎる話だよ、向坂がそんなことしたなんて……」

「で、面接にいったらね、あなた面白い人だから是非、うちで! と」

「まさか、入ったわけじゃ……」

「後日、電話を入れてお断りした。でも、そんな適性も俺にはあったのかもしれないね。他にも、B型で他人をお世話する適性なんかないのにも関わらず、バンドのマネージャーに向いているとか、数えきれない人達に言われてね。それはそれで黒歴史ながらも、かけがえのない体験だった。今でも嫌だった気分を忘れられないけどね」

 こんな話を大迫にするのは、もちろん初めてだった。

「向坂の教訓その一。人には多面性があって、自分の本質通りに生きればイコール幸せ、とは限らない。教訓その二。自己の適性を他人任せにすると後悔することもある、ということかね?」

「簡潔にまとめてくれてどうもありがとう! さすが大企業での人事畑が長かった大迫だ」

「おい、そんな褒め殺しはやめてくれや。新卒で入った会社で定年まで勤めあげて、家庭を築いてきた俺ね、向坂のような多彩な体験をせずに生きてきて、良かったのかどうか?」

「そんなこと言いっこなしだよ! 俺だって結婚や子育ての経験がなかったんだから。それぞれ〝固有の生〟のオンリーワンってことで」
            了

《参考文献》
『イン・ザ・メガチャーチ』(朝井リョウ著、日本経済新聞出版、2025年9月第一刷)

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