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Honda FCは門番であれ【12度の優勝、その意味】

えー。大変申し訳ありませんでした!

はい。いきなり謝罪からです。開幕土下座です。実は筆者、ここ数ヶ月試合について書けなくなっておりました。

今後も試合ごとには書けなくなるかもしれません。総括めいた読み物や、こうやってトレンド的なことに物申すだけになるかもしれません。

それほどまでに、今期はキツかった。優勝どころか、中位下位さえも視界にあった気がした。そこそこバックスタンド民になったのも大きいかもしれない。だが、今後もHonda FCについては書いていく。

ですので、よろしくお願いします。

さて。先日Honda FCは見事に現行JFL11回目の優勝を成し遂げた。旧JFLでの優勝と合わせて、12個目の星が来季ユニフォームの胸を彩ることが確定した。しかしながら、今回の優勝にはネット上の雑音も多い。曰く。

「競争を阻害している」
「弱いプロチームが、プロに行かないアマチュアに救われる形になるのはおかしい」
「自然淘汰が足りない。枠が狭すぎる」
「いい加減Honda FC(及びJを志向しない社会人チーム)を枠から抜くかJ4を作れ」
「そろそろHonda FCはJに来い(Jで見たい)」

などなど……。まあよくもまあ思いつくものです。伝え聞くによれば、某本田△なお方も自論を述べられたとか……。どうしてこんなに話題を招くのか。ひとえに、Honda FCが積み重ねてきた歴史と実績によるものなのでしょう。実に感動的じゃないか。だが、俺は声を大にして言うぞ。

Honda FCは、日本サッカー界に絶対に必要である! 流動性から外すなんて、もってのほか!

……はい。今、結論言いました。先に言わせて頂きました。もちろん、結論だけじゃ意味がないので今から論を並べますが、この結論は変わりません。Honda FCがここまでに至る歴史、Jに行かない(行けない)いきさつ。そういった面から、論拠を立ててまいります。読みたい方だけ、付いて来い。

そもそも「Honda FC」って?

正直興味のある方以外は置いて行ってもいいのだが、それでもそもそもの話が必要である。Honda FCの立ち位置がどこで、どういういわれを持つのか。それについては上述の記事に多くを記してある。ぜひ読んで欲しい。その上でいくつか記すとすれば。

・Honda FCは1971年創設。かつての日本最上位リーグJSL1部にさえ名を連ねたほどの名門である
・Honda FCには1990年代に2度Jリーグへの移行機会があった。しかしながら、すべて流産してしまった
・「門番」とは、そもそも周囲から付けられた異名である

の3点であろうか。そう。Honda FCはかつては今で言う「J1」相当の位置に名を連ねていたチームである。さらに言えば、Jリーグ創設以降わずかに1期を除いて全てにおいて「アマチュア最上位リーグ」に籍を置いているチームである。この事実から、目を背けてはならない。たとえJFLが「実質J4」みたいな呼び方をされていても、である。

そして2番目が重要だ。いかなHonda FCといえども、ずっとJに背を向けていたわけではない。むしろ「背を向けざるを得なくなってしまった」と言っても過言ではないだろう。

1度目の経緯については寡聞にして「浦和移転の問題があった」程度にしか知らないので多くは語れないが、2度目については地元民だけに多くの問題があったと言うことだけはできる。

たとえば、川向こうの隣町に城を構える、かつてライバルであったヤマハ発動機サッカー部――すなわちジュビロ磐田の存在(実際相互利益の可能性も共倒れの可能性も有り得ただろう)。
某S社を筆頭とする同業他社や、浜松に城を構える他の大企業の存在。
そしてなにより、「地方公共団体・浜松市」の存在。
浜松市とて道楽や酔狂でサッカー支援はできない以上、その選択を責めることはできないのだ(企業間バランスの問題とかはあったにせよ)。

あとは都田サッカー場の改装費とかもあったかもしれないが、おそらく、すべてが語られることはないだろう(一部取材によれば、浜松市の態度がトドメになったらしいのだが)。

ともあれ。複雑怪奇な経緯によって「浜松FC(Jリーグ準加盟時の仮名称)」の夢は露と消え、本田技研工業サッカー部は本田技研工業フットボールクラブへと名を変えて浜松に残った。そしてJ2、J3の創設に伴って徐々に地位を下げ(一般的感覚として)、現在の立ち位置に至っている。その間およそ30年、Honda FCは「アマチュアのトップ」という立ち位置を守り続けてきたのだ(実態としては企業アマとかセミプロとかに近いとはいえ)

そして、彼らは「Jへの門番」という二つ名を得た。最初はJ昇格を阻む邪魔者という蔑称として。いつしかプロとアマの狭間に立ち、時にプロに良質な選手を提供する。そして時にプロと互角の戦いを繰り広げ、打ち倒す「最強のアマチュアチーム」への敬意・尊称として。

それを生み出したのはJ創設後30年のうち、12度に渡る新旧JFLの優勝。複数回に渡るJ参入圏内への侵入。最低順位は7位で、それもたった2回というあまりにも突出した現行JFLにおける成績。天皇杯2度のベスト8(2007、2019)、1度のベスト6(2020)という、Jリーグ誕生以降、アマチュアチームとしては異常極まりないとも言える戦績と、その過程において積み上げた、数多のJチームの屍。

この歴史の数々が、Jリーグを目指すチームへと呼び掛けるのだ。「Jへ行きたいのであれば、この強さを越えていけ。さもなくば、叩き返されて終わるぞ」と。

仮にHonda FC自身がそう思っていなくとも、Jを目指すチームと、彼らを取り巻く人々がそう思っているだろう。故に、Honda FCは「門番」なのだ。そこに、いかなる過程があろうとも、である。

とはいえ、理屈と言い分は理解する

とはいえ。Honda FCに文句を言いたくなる気持ちも、「上へ行け」という叱咤を吐きたくなる気持ちも、重々にわかります。わかるつもりです。

いくら「門番」という二つ名を賜わっていようが、悪い言い方をすれば大河の中央で流れを阻む大岩です。流れが2つに分かれるのですり抜けることは可能ですが(実際今年もレイラック滋賀はHonda FCに2敗しつつも終盤まで優勝争いをしていました)、それでも順調な流れではありません。

故に、「流動性を阻害している」という言い分も、一理あると思います。だから「Honda FCやJを志向しない企業系チームを入れ替えの準位構造から外せ」「J4を作ろう」などといった意見にも、頷ける部分はあるのです。

そしてHonda FCに対するもう一つの声。「いい加減Jに来い」。これはもう、首がもげるほどに頷きたい。少なくとも筆者は、JでHonda FCを見たくないと言ったら嘘になる。あのHonda FCの25人が、Jを相手にサッカーを曲げずに躍動する。かつて送り出したチームと再会し、そして今一度倒す。J3を蹂躙し、上位、あるいは首位に立つ。そんな姿を見たくないと言ったら嘘になります。だけど。ああ、だけど。

今から筆者は反論します

Honda FCや企業系チームを流動性から外し、Jリーグチームの自然淘汰を進める。わかります。そのほうが自然な流れが生まれることでしょう。弱いチームが下に落ち、強いチームが上に行くのでしょう。弱いチームがHonda FCに救われ、JFL行き――プロ剥奪を免れる。そんなこともなくなるのでしょう。理屈はわかります。

しかしながら筆者は言います。「エレベータークラブを増やしてどうするん?」と。ええ、ええ。仰りたいことはわかります。重々承知しています。だけど、Honda FCの存在がどれだけJ3の勢力図に影響しているか、ご存知でしょうか。例えば、こちらをご覧ください。

今期J3の上位7チームです。なんと恐ろしいことに、内5チームがかつてJFLを潜り抜けてきたチーム(栃木C、八戸、FC大阪、宮崎、鹿児島)となっています。そして優勝は、JFLから昇格したばかりのはずの栃木シティ。この事実が、何を示すか。Honda FCを潜り抜けたチームは、おおよそJ3でも通用するのです。

悪い言い方をすれば、Honda FCの存在がリトマス試験紙になっているのです。この事実は、かつてHonda FCを置き去りにして優勝を果たしたいわきFCが、今やJ2に安定して在籍していることからも明らかでしょう。Honda FCが、いわば試験官となっているのです(Honda FCに2勝しながら下位に沈んだ高知U、2017年からJ3に参入したにも関わらず今期JFLとの入替戦に回ることになった沼津もいるとはいえ)。

さて。このようにプロへ上がるチームの質を担保していると言っても過言でもないHonda FCが、プロを目指すレースから外れたらどうなるでしょう。筆者は愚考します。それはきっと、プロとアマを行き来する中途半端なチームを増やす結果に至ってしまうのではないかと。

たしかに、底なし沼の如く落ちていくチームもいるのでしょう。飛竜の如く、J2J1へ駆け上がるチームもいるのでしょう。ですが、そのようなチームはけして多くありません。最近J2昇格を果たしたFC今治も、数年に渡ってJ3で揉まれています。そういう事実から考慮しても、JFLとJ3の間にいくつかのチームが混雑する。渋滞を起こす。そのような状況が免れ得ない。そう愚考するのです。

そしてプロアマ境界の渋滞は、競争の激化と同時にチーム経営の不安定化をもたらしかねません。今年はプロ、来年はアマチュア。そんな境界を行き来するようなクラブが、果たして経営を安定させられるでしょうか? 超大口のスポンサーでもいなければ難しい。筆者はそう、考えています。

このように、Honda FCの存在こそが、プロアマ間の厳然たる格差を保っていると、筆者は信じています。故に、Honda FCは日本サッカー界のピラミッドに必要でなのです!

「上に行け」と、人は言う。けど

しかし、上述だけではまだ反論は足りません。次は「いい加減にJ3へ行け」系のご意見に対する反論です。いや、反論と言うか賛同しつつのお気持ち長文による「ごめんなさい」に近いタイプの話ですけども。

まず筆者は先述した通りこの手の意見に関してはすんごい気持ちがわかるし、なんなら自分だってなんのしがらみもなければJで見たい、と思うタイプです。

なぜなら、Honda FCならきっと通用すると思うから。なんなら60チームのタイマンになったルヴァンカップにJFL上位枠(4チームあれば64になってちょうど良くない?)とか理由を付けて出して欲しい。そんな考えだってよぎるほどです。

でもね。そうはならなかったんだ。そうはならなかったんだ。

はい。大事なことなので2回言いました。Honda FCをJで見たいと仰る方に、私は言いたい。

「だったらJリーグか浜松市、あるいはHONDA本社を説得してくれ!」

ええ、言いますよ。これだけはガチで言います。Honda FCファンのすべてが諦めてるとは言いませんが、事情をかじればかじるほど、今のHonda FCにプロの舞台に立てる可能性はないと感じてしまうのです。仮にそれが起こり得るとすれば。

・Jリーグが超特例でHonda FCに1年だけJ3に参入する権利を与える
・(実質Honda FCにしか権利が生まれない可能性はあるが)将棋界に倣ってJリーグ編入試験制度が誕生する
・浜松市とHONDA本社を説得して状況と方針を大転換させる

正直なところ、筆者にはこのくらいしか思い付かないのです。はっきり言って、どれもこれもウルトラC以上の難度に感じてしまいます。すなわち、無理。Honda FCをプロに立たせるのは、限りなく至難の業と言ってもいいでしょう。

そして、肝心のHonda FCの方でも難しいことは起きます。仮にプロ化が成ったとしても、社会人チームであったが故の長期契約と育成の概念、そしてチームワークが、すべて崩れ落ちる可能性があるのです。

プロというのは、短いスパンで結果を出さなければなりません。Honda FCも、毎年勝ち続ける部分を求められているのは事実です。ですが彼らは、その部分に対して。選手の入れ替えが少ない故のチームワークなどで立ち向かって参りました。

あくまで可能性ではありますが、プロ参入後のHonda FCに、数多の誘いが来ることさえも考えられます。そんな移籍スキームに巻き込まれたHonda FCが、これまでのような質を保てるか? はっきり言えば、厳しいでしょう。長年に渡って培ってきたノウハウが、一気に枯れ果てることさえ考えられます。

そうなったHonda FCは、Honda FCとしての輝きを失ってしまうことでしょう。果たして我々はそれを、「Honda FC」、あるいは「Honda FCの後を継ぐチーム」として見ることができるのか? 私には、わかりません。ともかく、プロとアマは違う。その事実が、Honda FCのプロ化に首を横振りせざるを得なくさせるのでした。筆者は悲しい

最後に

長々と語ってしまいましたが、結局のところは筆者はHonda FC擁護論者なのです。それは、Honda FCファンであるが故のポジショントークなのかもしれません。いえ、きっとそうなのでしょう。

ですが、筆者は声を大にします。「Honda FCはこれからも門番であるべきだ」と。そして今期平均観客1000名を達成したように、何年掛けてでも1500人、2000人を目指すべきであると。

Honda FCがそのホームタウンである浜松市民を志向し、宣伝を充実させる。コアだけでなく、ライトなサッカーファンへの浸透も図り続ける。そんな努力を続ければ、いつの日か都田に真なる「プロへの登竜門」が完成する。そんな日が来ることを願って、筆者は今日もHonda FCのスタンスを支持するのでした。

以上。お気持ち長文、終わり。

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