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憧れから始まった、わが家のダイニングとエデンの園

新婚生活の主役は、夫ではなく食器棚だった。

お得意の脳内妄想で、新婚生活のイメトレを何度となく繰り返してきた私。
部屋のビジョンも、意識の奥深くで模様替えするたびに精錬さが研ぎ澄まされてきた。

そのため、暮らしの顔になる食器棚には強い思い入れがあり、探すのに手間を惜しまなかった。

手間を惜しみたいだろうに、私に容赦なく付き合わされた両親には、感謝しても仕切れない。


食器棚との出会い

食器棚はパイン材と心に固く決意していた。
パイン材と言ってもピンからキリまであり、
当時のアナログ色が残る日本では、探せど探せどキリにしか出会えない。

私の結婚が決まって有頂天だった両親も、
「一緒に住み始めてからゆっくり探したら?」
と、ゲンナリしていた。

これで最後にしようと決めて入った家具屋で見つけた食器棚は、
深みのある木目と、アンティークにはないであろう、埃が入らない機能的な設備も整い、
正に私の理想だった。

「一生大事にして、飴色に育てていこう」と、山頂で雲海に出会った登山者のように、しばし拝みたい気持ちになった。

ダイニングセットも揃いで買いたかったが、その場には無く、こればかりは気長にご縁を待つことにした。


地震で倒れないように、棚の上に耐震器具を付け、
軽量のアンティーク雑貨やドライフラワーで目隠し。
ドアロックのストッパーと、飛散防止ガラスフィルムを貼って、
地震対策をばっちり施している😅





私の中でひっそりと息づく憧れ


そんな頃、公私共にお世話になっている夫の先輩が、「お祝いをしたい」と、自宅に招いてくださった。

二人で向かう道中「なんか夫婦みたいだな」と、
これから実際夫婦になるのに、まだ自分ごとと思えず、フワフワと地に足がつかない、
照れ臭い感じがした。

先輩のお宅は郊外にある社有社宅で、
「結婚したらこんな暮らしになるんだ」という完成形を、
目の前で見せられたようで胸が躍った。

透明感溢れる肌の、奥ゆかしい印象の奥さんが、
手料理をご馳走してくださるとのことで、ダイニングに通された。

すると、2歳くらいの息子さんが、既に鎮座していて、
皮の剥かれたオレンジを丸かじりしながら、不審な来訪者を上から下まで舐めるように見回している様子が、
何とも可愛らしくて、目に焼き付いている。

「切らなくても良いのかな?」という私の心配をよそに、
少しずつ、でも確実に口の中に吸い込まれていくオレンジ。

落ち着いた奥さんからは、想像がつかない大胆さに驚いたが、同時に意外な一面に惹かれている自分がいた。

数年後には、何を言っても聞かない娘を見ながら、
「あの時のあの子も、きっと切ると言っても聞かなかったんだろうな」と実践的に分かるが、
この時の無垢な私は知る由もなく、ただ、ギャップ萌えと心配の狭間を行ったり来たりしていた。

この時、息子さんが座っていたのがベンチ型のダイニングチェアだった。

先輩にダイニングセットを探してる旨を伝えると、
「ベンチを壁側に置けば、動き回る子供を包囲できて良いよ」と、建設的なアドバイスをいただけて、
目から鱗がぽろりと落ちる思いだった。

奥さんの温かくて美味しいお料理の余韻に浸っていると、
息子さんがおもむろに愛車のコンビカーを取り出してきて、6畳ほどのリビング内をぐるぐる乗り回し始めた。

先輩が「お前のドライビングテクを新婚夫婦に見せつけてやれ」と言うと、
息子さんは、得意顔でさらにヒートアップし、全力で車を漕ぎながら、
アイルトン・セナもビックリのハンドル捌きを披露してくれて、その日の楽しい食事会は終わった。

そして、あの日ほんのりと生まれた憧れは、私の心の奥でひっそりと息をし始めた。


大分良い飴色になってきた。
パインは柔らかいので、普段は透明シートを敷いている。
撮影の時だけ、生活感を消すために取る😅
シートの下には学校からのプリントとか入れて、
生活感が満載。






ダイニングセットとの出会い


さて、無事新婚生活をスタートさせた私たちは、休日のたびに家具屋に赴いてダイニングセットを探した。

味のあるパイン材に合うものは、なかなか無かったが、
ひょんなことで当時今ほど情報が溢れていなかったネットで、
隣りの県に食器棚と同じ素材のダイニングセットがあることを突き止めた。

しかもベンチ型チェアがあるらしい。
運命の赤い糸に導かれた予感がして、喜び勇んで足を運び、前のめりで購入。

新居に運び込まれたときの興奮は――というと、実はあまり覚えていない。
けれど、食器棚と並んで佇む光景は、私にとってエデンの園のようで、
ただ眺めているだけで心のトゲをそっと和らげてくれた。

が、残念ながらセットの椅子たちの使い心地は非常に悪かった。
木の座面は硬くて冷たい上に、ベンチは引こうとすると片方しか動かないため、億劫なことこの上ない。
せっかくの先輩の助言を思うと胸が痛んだが、「ベンチはイマイチだね」と、夫とこっそりと言い続けた。
そこに先輩はいないのに。

そして、夫が昇進して、心酔しきっていた先輩への思い入れのほとぼりが覚める頃を見計らって、
買い替えの機会をうかがい、
定住の地を見つけた暁に、椅子だけ新調した。


リビングのソファーから見る眺めが好きだ。
テーブルの足は4本のろくろ足が理想だったけど、
この足のおかげで椅子の出し入れが自由自在で、使い勝手がいい。





私たちなりのエデンの園

私たち夫婦の、いい時も悪い時も。
娘たちの成長も。
転勤にも黙って付いてきてくれた食器棚とダイニングテーブル。

傷だらけだけど、愛着があって私の宝物だ。

眺めていると、あの食事会の光景がふと蘇る。

オレンジを丸かじりしていた息子さんの無邪気さと、あんな家族になれたらと願っていた若い私。

きっとあの憧れが、今もパインの節に染み込んでいて、
それがエデンの園のイメージと重なるたび、私は少しだけ安心するのだと思う。

そして、そこに刻まれた私たちの傷を見るたび、
嗚呼、これが私たちなりのエデンなのだと、ようやく思えるようになった。

千年残る建造物には及ばないが、我が家の年輪もまた、そこに重なっている。

災害で破壊されない限りは、これからもずっと手放すことはない。
木目の奥に向かって、「一生一緒にいてくれや」と、三木道三の愛のフレーズを、私は日夜語りかけ続ける。


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