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【第14回】不登校支援のリアル──支援員として見た学校との溝

※この記事では、私自身が支援員として関わった「校内別教室」での経験を中心に書きます。全国的に見れば仕組みや名称は自治体ごとに違い、同じ“不登校支援”でも形はさまざまです。その点を踏まえて読んでいただければと思います。


前回の振り返り

前回は、支援の枠や対象が拡大することで一見充実しているように見えても、その中身は希薄になり、子ども一人ひとりの姿がかえって見えにくくなるという矛盾について書きました。支援の名のもとに名簿や書類が膨らむほど、現場に残るのは事務作業の増加と支援から遠ざかっていく子どもたちの姿でした。 前回の記事【第13回】学校現場の不登校支援は機能しているのか?


外部専門家への期待と現実

では、その状況の中でしばしば期待されるのが「外部専門家」との連携です。スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカー、不登校支援員など、多様な専門職が学校に配置されるようになり、いわゆる「チーム学校」という枠組みも整いつつあります。本来は、教育と心理・福祉の力を合わせ、教員の負担を軽減しながら子どもを多角的に支援する体制です。

しかし、現場に立ってみると、この理想と現実の間には大きな隔たりがあることを強く感じます。その「ずれ」が具体的にどのように生まれているのかを見ていきたいと思います。


情報共有の壁

まず最初に直面するのは、情報共有の壁です。多くの支援員が口にするのは「情報が降りてこない」「細かい経緯がわからないまま子どもと向き合うことになる」という戸惑いです。

不登校支援において最も重要なのは、生徒や家庭の背景、本人の希望や不安、場合によっては特性などに関する情報です。これらの情報をもとにやり取りを重ね、子どもをよく観察し、関係性を築いていくことが支援のスタートだと私は思っています。しかし、その情報が支援関係者に伝わってこない現状があります。


学校の「常識」と外部の違和感

同時に、外部支援員やスクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーが直面するのは、生徒本人よりもむしろ先生との「やり取りの難しさ」や「学校の慣習のわかりにくさ」です。

思わぬところに学校独特の“暗黙の了解”や“見えないルール”があり、先生たちは学校社会に長くいるためにそれを疑うことなく「常識」として受け入れています。お互いに話さなくてもわかっている、という感覚でしょう。

けれども外部から見ると「なぜそんなルールがあるのか」と不思議に思うことも多い。外から入る者には説明もされないため、思わぬ場面で強く指摘を受けて困惑することもしばしばあります。たとえるなら、家庭から見たブラック校則のようなものです。こうした“常識の違い”や教員との微妙な距離感が、全ての行動において恐る恐る行動することとなり、外部者にとっては大きな壁になり、生徒と接する以上に気を使います。


支援のスタートラインに立てない

あくまで、私が見聞きした範囲では、情報交換がスムーズな学校とそうでない学校は半々といったところです。学校によっては必要最低限のことすら伝えられず、勤務時間くらいしかわからず、支援のスタートラインにすら立てないどころか、何がわからないかすら、わからない状態で仕事が始まります。

いったい私は何のためにここにいるのか、自分の存在意義は何なのかとさえ思わされた人も多いです。そのくらい外部を受け入れる体制が整っていない学校もまだ多いのです。実際、初出勤の日に別教室に案内され、「先生はこちらで来る生徒を見守ってください。何かあったら言ってください」だけの説明で終わった方もいます。


私の経験から

実際、私が勤め始めた一年目も相当ひどい状況でした(訴えの甲斐あり改善しましたが、まだまだです)。

別教室に入る生徒について渡される「支援情報シート」は各項目がすべて一行だけ。「中1途中から行き渋り」「勉強苦手、特に英・数」「教室が嫌と言ってる」などの記述ばかりで、白紙に近い状態で提出する先生もいました。

シートすら提出しないで生徒を入れる先生もいて、朝、別教室に行くと見知らぬ生徒が別教室で寝ており、慌てて氏名を確認しに行ったら、担任から「ああ、来ましたか。1時間くらいしたら帰りますから、帰るといったら呼んでください」とだけ言われたケースもありました。


他の支援員から聞いた話

他の支援員からも似た話を聞きます。情報シートの存在すら数か月後に初めて知ったり、担任が生徒を連れてきて「○○です。よろしくお願いします」とだけ言って去っていく。

慌てて追いかけて情報を求めても「見守ってくれればいいです。学年で対応しますから」と返されるだけで、結局その「学年での対応」の中身は共有されないまま。なおかつ、学年で対応といいながら、結局その日、生徒は数時間滞在していたのに、学年が来たのは5分だけだった――そんなこともあったそうです。


会議への参加の有無

さらに、外部支援関係者が支援会議に呼ばれるかどうかも学校によって差があります。

私自身、1年目は会議に呼ばれることもなく、会議資料すらもらえませんでした。ようやく資料が手元に届くようになったのは、3学期に入ってからです。

特に驚いたのは、普段、別教室で生徒と過ごしているのはほとんど私であり、教員が来ることはごくわずかだったにもかかわらず、一度も、別教室での生徒の様子を聞かれたことがなかったことです。実際に日々生徒を見ている者に様子も聞かず、会議ではどのように別教室の生徒の話をしているのか。担任は三者面談で何を話しているのか――1年目はその状況に、正直あきれる思いでした。


うまくいっている学校もある

一方で、情報共有が比較的うまくいっている学校もあります。4月の勤務開始前に別教室の様子やそこに来る生徒の簡単な情報、今後の方向性などを話し合う。(私からしたら当たり前の行為だと思うが‥〕

また、毎時間少しでも学年関係なく誰かが別教室の様子を見に来て、週に数時間は別教室の対応を交代してくれて、その間に生徒の様子を担任やSC・SSWと情報交換することができる学校もあります。

そうした学校も確かに存在しているのですから、情報交換や連携が難しいのは単に教員が多忙だからというわけではないでしょう。


「チーム学校」の差

つまり「チーム学校」が機能している学校とそうでない学校には驚くほどの差があります。

要因はいろいろありますが、私を含め周囲の支援関係者が共通して挙げるのは「管理職の支援に対する熱量」と、「別教室についてのとらえかた・不登校に対する考え方」が教員の中で話し合われているかではないかと思っています。

体制が共有され、情報がチーム全体に流れ、個々人の先生が不登校支援ついて考えている学校では、外部もチームの一員として、専門家として、すんなり学校に溶け込めます。

逆に、全体会議などで不登校支援はこうしますと、書類だけ渡されるような学校では、学年・担任で不登校支援の対応にものすごく温度差があり、外部は「よそ者」「補助」として扱われがちで、単なる見守りにくる人にとどまるように思えました。


学校文化と外部の限界

学校には「学校のことは学校で対応する」という文化が根強くあります。それは良し悪しの判断ではなく、先生たちにとっては当たり前であり、染みついた慣習や責任意識からくる姿勢なのではと思いました。

最終的な責任は学校側にあり、担任や学年に大きな負担がのしかかることを考えれば、外部を“補助”として位置づけるのは、当然なのかもしれません。

ただ、その構造の中では、外部の専門性や新しい視点を十分に生かすことは難しくなります。結果として「学校社会になじむ人間」しか残りにくくなり、外からの風が届かない。そうして学校文化は変わる機会を失い、より硬直した社会へと傾いていくのではと思われます。

このように、外部専門家が学校に配置され「チーム学校」として機能することが期待されているが、実際には大きな差があります。情報共有の体制は形式上整っていても、中身は学校や学年によってばらつきが大きく、支援員が十分な情報を得られないまま関わることも多く、せっかく身に着けた知識や経験も発揮することがほとんど出来ずに、虚しい思いをしている人も多いです。

校内で物事を処理するという文化や最終的な責任は学校に、負担は学年・担任にということ以外にも、外部支援員との連携が難しい背景や先生心理が学校にはあります。
次回はその続きを書いていきたいと思います。



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