鬼滅の刃 黒死牟【弐】 絶望と鬼化 不公平と完璧主義の呪い
鬼滅の刃でも重要な黒死牟のパートは、継国兄弟を通じて「自分に敗北した人間」の物語を兼ねている。
なぜ継国巌勝が侍という矜持を捨て、鬼の僕へと身を投じたか事象に沿って分析する。
考察が長文だったため4分割した。
黒死牟の生涯・考察関連記事
弟のようになりたい巌勝と兄のようになりたい縁壱
【壱】幼少期と人格形成
【弐】絶望と鬼化(本記事)
【参】笛と兄弟
【肆】人生の意味
再会と鬼狩りへの転向
幼少期の別れと激しい憎悪から10年後、縁壱との再会が巌勝の平穏を破壊した。
弟は人格者で天才に磨きをかけた剣士になっていた。人外を容易く倒す縁壱は、巌勝の求める強さの認識を根底から覆した。
再会と同時に縁壱への憧れと嫉妬、敗北感と屈辱が再燃する。
巌勝は「望まぬ邂逅」「会いたくなかった」と思いながらも、縁壱の剣技に吸い寄せられ、鬼狩りとして共に行動する。
ここに巌勝の矛盾が現れる。
・侍の家を継ぎ、願いが叶ったというのに、家と妻子を捨てた
・天才縁壱の次元の違いを認めながらも、嫉妬をやめられない
・縁壱への嫉妬と憎悪に満ちているが、近くでその剣技を手に入れたいと期待する
・「平穏が破壊された」と言うが、平穏を自ら捨てて心と環境の平穏を保とうとしない
縁壱と再会前の巌勝は穏やかな顔つきだが、再会時は逃げ腰の自身を自虐的に回想している。
呼吸と痣の発現
縁壱との再会は、巌勝の自己肯定感をさらに削る。
縁壱は誰にでも剣技と呼吸法を教える。
しかし誰1人、縁壱と同じようにはできない。
鬼狩りとして鍛錬を重ねる巌勝に縁壱そっくりの痣が発現したが、縁壱の日の呼吸は使えなかった。
巌勝は、自らの呼吸を太陽がいないと光らない「月」と自虐的に名付けた。
実際には、月の呼吸を継げるほどの実力者は存在しない。しかし巌勝は妥協しない。
巌勝は完璧主義で以下のように極端な傾向があり、それが自身を追い込むことに繋がっている。
・勝負のように二元論で片付ける
・愛情が急に憎悪に変わる
・大切だったはずの家を捨てる
・鬼狩りをやめて鬼になる
日常の葛藤
天才縁壱の傍で努力を続ける巌勝の内面が蝕まれていく。
「自分たちに匹敵する後継者がいない」という巌勝の心配に対し、縁壱は「私たちはそれ程大そうなものではない」と楽観的な正論を述べた。
極端な巌勝にとって、これは自分の努力と存在意義を否定されるに等しい言葉だった。
ここで巌勝の他者評価依存が顕著になる。
巌勝は後継の心配をしていた。同時に、それを口実に自尊心も満たしたかった。
しかし人格者である縁壱の言葉は、自身の慢心と、天才との視座の違いを自覚させた。
巌勝は自らの存在意義を何一つ確立できない。
なお、縁壱は自身を悠久の一部と捉えるが、兄が人に託せる性格ではないことを知らない。
他者への思いやりは深いが、相手の求める言葉を探し当て、先回りして寄り添うことはしない。
そのため縁壱は、自分を褒めることができない巌勝が、他者の労いや共感を求めるのを理解できていない。
縁壱は巌勝の承認欲求を理解できずに「いつでも安心して人生の幕を引けば良い」「浮き立つ気持ちになりませぬか 兄上」と自身の考えに同意を求め、巌勝に追い打ちをかけた。
縁壱は巌勝を否定しない。「私たちは」と、兄と自分を同じ存在と認めた上で問題解決を述べたのだが、完全にすれ違いが発生している。
弟に認められたい、弟を超えたいという欲求が強まる中、共感は得られず、否定されたと受け取った巌勝は憎悪を増幅させる。
巌勝は一番認めて欲しい相手に、自身が求める形では理解されない。
不公平感の増大
巌勝の認知の偏りが強くなっていく。
「人を妬まぬ者は運がよいだけだ」と、言外で自分の妬みを正当化し、不運へと置き換える。
「なぜお前だけが」と縁壱を憎悪しており、不公平だと思っている。
「頼むから死んでくれ」には、自分が手を下さずに縁壱という存在そのものが消えてほしいという願望がある。
これは非のない縁壱を殺したいわけではなく、巌勝の人生に敗北を突き付ける縁壱の存在ごと消してしまいたいという、自身の絶望が他者への攻撃になっている。
巌勝は本来、他者に責任転嫁しない。それをしないからこそ努力を続け自身を追い込んでいく。
しかし、この時期は死を前にした焦燥からか、外部へ原因を求める描写が増えている。
努力の限界と絶望
巌勝は血の滲む鍛錬を続けるが、天才との差は埋まらない。
後の鬼殺隊が歴史の中で形式化した呼吸の稽古や、柱たちが死と隣り合わせで発現させた痣を、巌勝は手探りで体得している。
それほどの努力をしても天才には一瞬たりとも並ぶことができない理不尽さに、巌勝は懊悩する。
努力が否定される現実に絶望していく。
痣の代償で残りの寿命が短いことを知り、焦りが募り始める。
この時期の巌勝は強さが目的となっている。幼少期にあった弱い弟を守る侍精神が、単なる強さへの欲求へすり替わっていく。
鬼になる決断
寿命の前借りによって25歳での死が目前に迫る中、巌勝はしがらみを捨て鬼になる道を選ぶ。
しがらみを捨て鬼になる理由
・有限の命では縁壱を超えられない
・鬼になれば無限の時間を手に入れ、弟を超え、存在意義を証明できる
・弟への執着と嫉妬、自己否定から解放されると信じた
ここで、幼少期から続く悪循環が頂点に達した。
縁壱を超えなければ、巌勝の人生は敗北で終わる。
しかし、これらは極端な逃避であり、弟を大切に思う自身の良心の否定でもあった。
この否定は後に人間時代の記憶の歪曲を伴う。
家族を捨て、人間性を捨て、侍の誇りを捨てた選択は自身の存在意義崩壊の極みだ。
期待される嫡男の重圧、他者との比較による自己否定、防衛としての憎悪、これらが破滅的な選択へ進ませた。
黒死牟という名の鬼へ
巌勝の完璧主義は負けたまま死ぬことを許容しなかった。
死の恐怖と理想の実現という強迫観念に追い詰められ、「無限の刻を得て、縁壱を超える」という極端かつ合理的な選択をした。
巌勝にとっては侍の矜持を捨てたのではなく、自身が思う矜持を貫くために人間を捨てた。
鬼になる決断の裏には「自分を褒めることができない」という不健全さがある。
過去の自分を肯定できず、現在に満足できず、未来に希望がない。
結果として、上弦の壱「黒死牟」となった後も、巌勝の執着と劣等感は消えずに縁壱に囚われ続ける。手に入れたのは永遠の命と終わりのない敗北感だった。
次回【参】笛と兄弟

