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鬼滅の刃 黒死牟【肆】 人生の意味 自分に敗北した人間の物語

弟のようになりたい巌勝と兄のようになりたい縁壱

ここまで3記事で追ってきた黒死牟(継国巌勝)の生涯と、巌勝とは何者だったのかを分析する。

考察が長文だったため4分割した。

◾️黒死牟の生涯・考察関連記事
【壱】幼少期と人格形成
【弐】絶望と鬼化まで
【参】笛と兄弟
【肆】人生の意味(本記事)

・柱稽古編OP歌詞考察
「夢幻」歌詞の二重構造を考察 黒死牟の絶望と無限城の核心
・黒死牟との対比
継国縁壱の伝説的称号と孤独な人生

  壱の存在

上弦の鬼は人生に失敗した人間たちだ。
黒死牟を自分を受け入れられず自分に負けた人間として描き、その上で縁壱や無一郎と対比させている。

黒死牟は上弦の壱として登場する。
「壱」という称号は黒死牟にとって呪いだ。

鬼滅の刃、とくに継国の血筋にとって「一」という数には特別な意味がある。
「一」は、始まり、特別性、単一性、完全性、超越を意味する。

継国縁と無郎はそれを体現したが、黒死牟は上弦のとなっても二番手であり、一になることができなかった。そして一の者を両断した。

作中では縁壱・無一郎と上弦の壱を対比させる中で、黒死牟は最も一にこだわりながら、最も一という概念から遠い存在として描かれている。

一番になりたかった
巌勝が一番にこだわった理由は、幼少期の弟の言葉にある。弟を超え、弟に認められたかった。
そうでなければ自分を肯定できなかった。

兄上の夢はこの国で一番強い侍になることですか?
俺も兄上のようになりたいです
俺はこの国で二番目に強い侍になります

鬼滅の刃20巻

 日と月

黒死牟は縁壱の対極として描かれる。

縁壱が太陽ならば上弦の壱は月、太陽が届かない夜の鬼として生きる。

努力を必要としない完成形の縁壱に対し、巌勝は血の滲む努力をしながら弟の影に囚われ続けた。

阿修羅のように顔に6つの目を持つ設定も、6本の腕と評される縁壱の剣技の再現と対を成す。

なお、鬼滅の刃では弟が強い家系は珍しく、継国の血筋(双子)のみ該当する。

巌勝は、「強く、いつも勝ち続けられるよう」縁壱は「人と人との繋がりを何より大切に」と願い名づけられた。

双子が忌み子とされた時代に生まれつき額に痣がある縁壱は、弟なのに名前に「壱」の文字がある。本当に弟だったのか。数字とともに、これは別で考察の余地がある。

月と朧

上弦の壱は、子孫である無一郎との対比の役割も兼ねる。

黒死牟、無一郎ともに双子として生まれ、兄弟が死ぬ前に相手の本心を知る。

黒死牟が何も手に入れられず、何も残せず、何者にもなれなかったと振り返った時、無一郎は何からも逃げず、目を逸らさなかった自身の選択を後悔していないと言った。

子孫の無一郎が雷や炎ではなく、霞の呼吸というのが素晴らしい。
キャラクターとの合致は勿論、先祖の月に合わせている。

また、黒死牟戦では、命を落とした玄弥と無一郎が兄弟間で互いに幸せになってほしい、生きてほしいと願い合った。
歪んだ愛情で弟を憎み続けた黒死牟との差が強調されている。

生の意味

黒死牟と無一郎は、その人生の最後に生まれてきた意味を考えた。
生まれてきたことに意味を持たせるなら自分で見つけるしかない。

「私は一体何の為に生まれて来たのだ教えてくれ縁壱」
黒死牟は頸を落とされても負けを認めず、醜い姿の鬼として何も残せず消滅した。400年以上生きたが、生まれてきた意味を見つけられなかった。

「僕が何の為に生まれたかなんてそんなの自分でちゃんとわかってるよ」
無一郎は生きる意味を見出し、仲間を信じて託し14歳の短い生涯を終えた。
幸せになるために生まれてきた。そして幸せだったと語った。

「この世界に生まれ落ちることができただけで幸福だと思う」
縁壱は天才だが宿命の無惨を倒すことをしくじり、兄を討ち損じた。

妻と子を亡くし、兄に裏切られ、鬼狩りを追われ深く傷ついても、生きることをやめなかった。
自身を長い歴史の一部と考え、他者に想いを託し、縁壱が繋いだ縁が後の鬼殺隊の勝利に結びついた。

 巌勝とは

特別な存在だった。

匹敵する後継がいないほど剣の才があり、努力家で、優しい立派な人間であり、縁壱にとって唯一無二の兄だった。

しかし自分を認められず、天才に敵わないと知りながら、弟より強くあるべきという考えを捨てられなかった。
自身を追い込み、誰とも繋がれない孤独な人間になった。

差別され捨てられる危機感を持つ子どもだった巌勝は、どのように自分を肯定できれば良かったのか。
巌勝に必要だったのは自分自身を認め、自分を大切にすることだった。

巌勝は幼少期から「後継ぎ」「兄」という役割を課せられ、それを自身の価値だと認識し、価値を守ろうとした。

自分に価値を感じられない環境で育ち、他者評価に依存し、優劣を比較して安心を得る脆い自己肯定感で生きていた。傷ついた防衛反応として憎悪が芽生えた。

自分がどう生きたいかよりも、どうあるべきかを優先し、自分自身を追い詰めた。
完璧さを求めるあまり極端な思考となり、弟を憎悪し、寿命の前借りで自分の研鑽が無価値になることに焦燥した。

それは黒死牟となった後も変わらない。
鬼になり永遠の刻を手に入れたが、欲しかったものは全て失い、しがらみからも解放されなかった。

黒死牟が消えた後には、笛だけが残った。
笛を持ち続けた複雑な胸中は本人でさえ言語化できていない。

消滅する黒死牟は、自分が何のために生まれてきたのかを縁壱に問いかける。

他者を使って自分の存在意義を確認しようとする悲痛な姿は最期の瞬間まで一貫していた。

  鬼滅の刃

吾峠呼世晴は人間の弱さを鬼として徹底的に描きながら、「それでも負けないで」「生きてほしい」というメッセージを物語に込めている。

炭治郎や柱たちは負けても諦めず、人の想いと繋がりを信じて前へ進んだ。
巌勝は負けを認めず勝ち続けようとした結果、永遠の敗北を抱えた。

作者は、嫉妬や自己否定に囚われた人間の末路を示しつつ、弱さを認めて誰かと繋がることで救われる可能性を描いたと言える。
そして、幸せの深さを重視し、幸せは自分が決めると説いている。

この物語は、キャリア完璧主義の現代社会の構造と酷似する。
巌勝のマウンティングと他者依存する自己肯定感の脆さと息苦しさは、SNSで他者の成功と比較し、あるべき姿へ自分を追い込み、期待に応える現代の病理と重なる。

しかし鬼滅の刃は、最後に「負けないで」と、人間は儚く美しく、人の数だけ物語があると伝える。

黒死牟は努力し続けた。優しさもあった。
それでも自分を認めることだけは最後までできず鬼になった。
黒死牟の敗北が、自分を認め、繋がりを信じることの大切さを教えている。

「人は何のために生まれ、どう生きるか」という根源的な問いに、一つの答えを提示している。
以上が私の解釈となる。

笛が象徴するもの考察

継国縁壱についての考察

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