鬼滅の刃 「夢幻」歌詞の二重構造を考察 黒死牟の絶望と無限城の核心
鬼滅の刃柱稽古編のOP曲「夢幻」(MY FIRST STORY×HYDE)の歌詞考察
この記事ではあえて「夢幻」が黒死牟(継国巌勝)の物語と呼応していることを書きたい。
あわせて「花を咲かせ種を残す者・花を踏みつける者」という対比の中で、無限城の他の鬼との比較も交えながら考察する。
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【壱】幼少期と人格形成
【弐】絶望と鬼化
【参】笛と兄弟
【肆】人生の意味
伏線の演出
柱稽古編はOP曲「夢幻」に最終話と無限城編の伏線を仕込んでいた。
最終話で産屋敷邸の会話とOP映像・楽曲がリンクした。フルで流れる「夢幻」は耀哉様を追悼する時間のようだった。
表向きは無惨と耀哉の歌詞であるため、無限城の展開を堂々と匂わせながらも、しらをきる余地を残した高度な伏線の遊戯となっている。
歌詞の多重構造
表層では、お館様と無惨様の因縁と互いの憎悪を「永遠とは何か」というテーマで歌詞にしている。
その裏テーマが黒死牟の自己嫌悪と憎悪という二重構造になっている。
掛詞と韻
単なる言葉遊びではなく、物語の重要なメタファーとなっている。
タイトルの「夢幻」は「無限」を掛けている。
「無限」からは無限城、無限の命、不滅の想い、無一郎を想起する。
原作に忠実な韻
「咲く」と「裂く」、「命」と「祈り」、「輝き」と「瞬き」
同音の使い分け
「夢幻」と「無限」、「仕舞」と「終い」
反復表現
「心燃やす」「燃やす心」、「宿る」「宿し」、「弱さ」「弱き」を重複し強調している。
歌詞の解釈
永遠の意味知らぬ君に答えを示す時だ
夢幻に続く螺旋の先へ
永遠とは受け継がれる人の想いだと耀哉は言った(137話)。無惨は自身が完全体となり永遠に生きることを夢見ている。
耀哉にとっては、無惨の死で滅びる鬼の脆さは「永遠」ではなく夢幻だ。
一方で、永遠を最上とする無惨は、想いを託す人間を「儚い夢(夢幻)」と捉える。
螺旋は無惨と産屋敷一族の因縁、また螺旋構造がその先にある無限城の決戦を想起させる。
生まれ落ちた運命を飲んだ
背負った数の名前を覚えた
爛れるほど心燃やす感情
産屋敷家に生まれ、隊士の供養を欠かさなかった耀哉と、「己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと心を燃やせ歯を喰いしばって前を向け」という煉獄さんの言葉で、何度も自身を奮い立たせた炭治郎を思い出す。
「爛れ」は病と毒で2人の皮膚が爛れていたことを連想する。
ゆらいでいるゆらいでいる
産屋敷邸での対峙には、空気が揺らぐ瞬間がある。お館様の声もゆらぎがある。命の灯も揺れる。
作り手は原作の言葉を使い、花や意思が揺れるという異なる意味の歌詞を構成しているのではないか。
夢幻を他者に託した弱き人
耀哉は自ら囮となり、鬼殺隊に想いを託した。
片や無惨にとって他者は服従させるために存在する。太陽克服のため鬼を増やし、人間を蹂躙し、無限の命という夢を炭治郎に押し付けた。
黒死牟の弱さ
儚い未来手繰った弱さ
それを強さとはき違えている
上弦の壱である黒死牟(巌勝)は、原作では嫉妬にのまれ、自分に敗北した弱い人間として描かれている。無惨同様、無限の刻に誘惑された。
縁壱と鬼殺隊が自分のいない未来や仲間のために戦うのに対し、巌勝は利己的だ。寿命の前借りで未来がないことに絶望し、縁壱を超えるため鬼となった。
作中で鬼は自分本位で哀れな存在として描かれているが、この歌詞も原作同様、花を踏みつける鬼の空虚さを感じさせる。
なお、原作の「どうして一生懸命生きてる優しい人たちがいつもいつも踏みつけにされるのかなあ」という禰󠄀豆子のセリフから、鬼は「踏みつける者」と捉えた。
憎い(憎い)醜い(醜い)
耀哉の腹の中で蜷局を巻いた「怒りと憎しみ」、無惨の「醜い」が外部への攻撃であるのに対し、黒死牟は最期に自分へ呪いの言葉を吐く。
黒死牟は鬼になっても縁壱を超えられなかった。
老いた弟を「醜い」と考え、寿命で死んで勝ち逃げた縁壱に「憎い」を連呼する。
老化した醜い姿のかつて弟だった生き物
お前が憎い憎い 憎い!
自身の刀に「虚哭神去」と名づけるほど、死んだ弟に執着する。
永遠の敗北感を抱え、最後は自己嫌悪から自身の内面と外見を何度も醜いと自嘲した。
そうだ 勝ち続けることを選んだのだ 私は
このような醜い姿になってまで
何だ この 醜い姿は……
負けを認めぬ醜さ 生き恥
負けたくなかったのか?醜い化け物になっても
世界を分かつほどの
怒り燃やす心
兄は鬼となり、兄弟の世界は分断した。
縁壱への怨毒の日々を過ごした黒死牟の激しい感情と重なる。
・骨まで灼き尽くすような嫉妬心
・五臓六腑が捩じ切れそうだった
・嫉妬で全身が妬けつく音を聞いた
・妬みと憎しみで胃の腑を灼いた
・お前の顔を見ただけで吐き気がする
・お前の声を聞くだけで腹が立ち顳顬が軋む
君さえ居なければ
作中で黒死牟は「お前さえいなければ」という感情を露わにする。
耀哉と無惨以上に、黒死牟の感情と一致している。
何故いつもお前は私に惨めな思いをさせるのだ?
頼むから死んでくれお前のような者は生まれてさえ来ないでくれ
お前が存在しているとこの世の理が狂うのだ
月を隠すほどの
黒く淀む心
月は黒死牟の暗喩であり、歪んだ兄弟愛と嫉妬心で鬼に堕ちた巌勝の淀みを指していると捉えた。
黒死牟は縁壱の「日の呼吸」に対し、自身の呼吸を「月」と名づける。巌勝本来の幼少期の侍精神と、鬼狩りの剣士としての矜持を覆い隠すほど肥大した負の感情と捉えた。
黒死牟パートの「赤い月夜に見た悪夢」、日と月の不合は神話や聖書をベースに、自分に敗北した人間の物語となっている。

鬼殺隊と鬼
花と継承の人間讃歌と、花を踏みつけ蹂躙する阿修羅道を対比させている。
鬼殺隊が人間として生きることを矜持とするのに対し、鬼は強さと命の長さに価値を置く。
歌詞に童磨、しのぶ、煉獄さん、珠世様など複数のキャラクターが重なるが、歌詞から想起するのはほぼ無限城のエピソードとなる。
花のように意思を繋ぐ
人間とその想いを花に見立て、儚く揺れて散る美しさ、地に根差す揺るぎない信念で次に咲くための種を残すことを表している。
i)お館様と鬼殺隊
囮になった耀哉は意思を繋ぐ象徴であり、煉獄さんは「人間という儚い生き物の美しさ」を尊んでいた。
ii)珠世様
花の紋様の血鬼術「惑血 視覚夢幻の香」を使う。
縁壱単独で果たせなかったことを珠世様が炭治郎たちの世代に繋いだ。
縁壱の「無惨を倒したい君の思いを信じる」という言葉が珠世様の心を動かした。珠世様がいたから、無惨に勝つことができた。
iii)胡蝶しのぶ・蝶屋敷
カナエ(花)からしのぶ(蟲)、カナヲ(花)へ意思を繋いだ。
しのぶは死後、細胞の記憶で「仲間の誰かが必ずやり遂げてくれる 私はそう確信している」と話した。花の呼吸のカナエには「きっかけさえあれば人の心は花開く」という、人を信じる美しいセリフがある。
その言葉どおり誰かが種を撒き、別の誰かが完遂した。
想いを託す・受け継ぐ言葉は縁壱、炭吉、炭治郎、無一郎、カナヲなどが残している。
命の輝きは幾星霜に
人の数だけ歴史と物語がある。205話のサブタイトル「幾星霜を煌めく命」とそのイメージを想起させる。
祈りの瞬きが照らす斜陽に
168話の匡近の遺書と204話のお館様の願いが該当する。
悠久の歴史の中で人間の命は「瞬き」程度に短く、祈りは人間だけの行為である。
しかし、千夜を経験した鬼にとって、人間は理不尽な現世の見返りを死後に期待し、祈りを捧げる愚かな生物でしかない。
また、斜陽は衰え、晩年、最期を意味する。
作中で縁壱はすみれの笑顔越しに夕日を見た。
猗窩座の頸を斬った「斜陽転身」と、狛治の人間性の復活を願う恋雪も連想させる。
鬼哭に耳を傾けた仕舞よ
i)猗窩座
自身で幕引きした猗窩座と重なる。慶蔵と恋雪が毒殺され、怒りに負けて仇を惨殺した。最後は無惨の支配を振り切り、恋雪の声で自我を取り戻して泣いた。
兵法者の誇りがある点は黒死牟と同じだが、猗窩座は明確に人間性を取り戻した。
ii)童磨
袴姿で扇子を持ち、能楽や舞踊を思わせる。童磨戦の寺院を模した回廊と空間は、舞台のようにも見える。
iii)巌勝
鬼の誘惑に耳を傾け、自分自身に負けた生涯を思わせる。
また、炭治郎はすでに霊魂となった錆兎・真菰と鍛錬を重ねた。仕舞という芸能は日の呼吸が神楽として継承されたことも想起させる。
き‐こく【鬼哭】
し‐まい‥まひ【仕舞】
この身に宿る万物で終いよ
黒死牟と同様に、童磨もまた花を踏みつける鬼として描かれている。
「万物」を歴史の中で受け継がれる人の想いと捉えた。また、万世極楽教も想起させる。
童磨は女を喰うことに異常な執着があり意地汚い。自身が吸収したしのぶの意思と毒で終焉を迎える。
しのぶは童磨の嗜好を逆手に取る。童磨好みの自身に高濃度の毒を仕込み、喰われて仲間に討たせようとする。しのぶから見れば「この身に宿す意思と毒で殺す」とも解釈できる。
千夜を身に宿し 解を押し付ける
作中の鬼は一貫して押し付けがましい。
鬼殺隊が自ら想いを継ぐのに対し、無惨は継ぐことを強要する。
「千夜」を過ごした無惨は、自身の夢見る永遠こそが正解とする。配下の鬼も同様に、人間を弱く無意味な生き物として扱う。
悲鳴嶼さんは「貴様の下らぬ観念を至上のものとして他人に強要するな」と、命を長さでしか計れない黒死牟の偏見に怒り、煉獄さんも同様の内容を猗窩座に言った。
童磨の宗教観にカナヲと伊之助は反発する。
教祖である童磨は自分は賢く、何かに縋る人間は愚鈍とした。柔らかな物腰の裏に自己評価の誇大化がある。
人間とは意味のない人生ゆえ死後の世界で報われると思い込むような、弱く気の毒な存在であり、自分に食べられることは幸せだと断言する。
空虚な童磨にとって、人間の感情は他所事の「夢幻(ゆめまぼろし)」だった。
枯らしていく枯らしていく
夢幻の夜に花を咲く
嵐に種を撒いていく
(原文ママ)
あえて、花を「裂く」ではなく「咲く」(自動詞)としている。
童磨の血鬼術「蔓蓮華」「散り蓮華」、猗窩座の無限城の花火、恋雪と見た花火を思い出したその最期を連想する。
また、無惨を枯らす珠世様という解釈もできる。
繋いでいく繋いでいく
縁壱から続く絆、意思の継承であり、自分がいなくなった後の幸せな未来を願う。
作中にこれほど多くの継承の言葉が溢れている。剣士を自認する黒死牟だけがその連鎖の外にいる。
「俺は信じる」
「そして今度は君たちが鬼殺隊を支える柱となるのだ」
「自分ではない誰かの為に命を懸けられる人たちなんだ」
「でもその度に誰かが助けてくれる 命を繋いでくれる」
「一人でできることなんてほんのこれっぽっちだよ だから人は力を合わせて頑張るんだ」
「絶対どうにかなる 諦めるな 必ず誰かが助けてくれる」
「義勇さんは錆兎から託されたものを 繋いでいかないんですか?」
「人のためにすることは 巡り巡って自分のためになる そして人は自分ではない誰かのために信じられない力を出せる生き物なんだよ 無一郎」
「お前は自分ではない誰かのために無限の力を出せる選ばれた人間なんだ」
「彼らがまた同じ場所まで辿り着くだろう」
「縁壱さん 後に繋ぎます 貴方に守られた命で…俺たちが」
「私の意志を思いを継いでくれお前が!」
その他
繋ぐというテーマに沿って、日の呼吸の循環と継承の最終決戦を連想する。

黒死牟
上弦の鬼は共闘せず、意思を継ぐ者たちの絆に負ける。
黒死牟は自分が生まれた意味を見出せずに生涯を終え、笛に込めた弟への想いだけが残った。
種を撒き、花を咲かすこと(未来へ継承)ができなかった。
自分を肯定できず、他者評価に依存する黒死牟は、拾ってきた獪岳同様、自分の弱さを認められない。長年の怨毒は黒死牟の根を腐敗させる。
子孫の無一郎が「自分が何のために生まれたかわかっている」「幸せだった」と語る皮肉な対比があった。無一郎は他者のために無限の力を出せる人物として描かれた。
作中に「強さというものは肉体に対してのみ使う言葉ではない」というセリフがある。
その観点から巌勝は弱い存在だった。

◾️黒死牟の考察
「夢幻」は黒死牟の曲としても機能する。花を咲かせることも、意思を誰かに託すこともできなかった黒死牟の生涯を鮮明かつ巧妙に炙り出している。
黒死牟戦の特殊EDとして、一節でも「夢幻」が流れたら壮大な伏線回収になりそうだ。

