【追記】(雑感)マンガワンユーザーとしてあの事件を振り返る
【2026年8月4日追記】
小学館サイトで第三者委員会の調査報告書が公開された。
第三者委員会調査報告書の受領に関するお知らせ
2026年8月3日
調査報告書(公表版)pdf
同時に、過去の公式発表もサイト上で確認可能となり、これまで問題視していた公式発表の導線設計と透明性の欠如についても解消されている。
調査報告書で明らかとなった別名起用の経緯について確認した。
現場の裁量が強く、組織的な判断の機会を何度もすり抜けており、抑止力として機能していなかった。
2021年6月14日に示談交渉のLINEグループで人権侵害を窺わせる発言があったが、担当編集者(報告書のG氏)は感情的な応酬がされていてもそのやりとりを精査して読んでいなかったと供述している(42p)。
担当編集者は山本氏あてに2021年8月6日に「別名義での原作、まだ消えてない話ですので!」とのLINEを残しているが、ペンネームの変更について被害女性に気づかれないように企図したことは否定している。
ペンネーム変更の発案者や決定の経緯を示す客観的資料はないが、以下の記述がある(41p)。
ーーquoteーー
また、G氏は、当時、山本氏が、元のペンネームのまま新規連載を行うと被害女性に気づかれる可能性を懸念していることを認識しており、そのような状況下で、原作者への転身とペンネームの変更を受け入れていた。
ーーunquoteーー
ペンネーム変更について、山本氏は自ら提案した可能性があるが、立場上、強く主張できる状況にはなかったと供述している(41p)。
2021年当時の決定経緯を確認できず、不明瞭な点も多い。
しかし、担当編集者は被害女性と紛争状態にあることを認識しながら「常人仮面」の連載開始へ進んでいる。
この倫理観が許され、作品とトレードオフされる風土は何なのか。編集者が作家と伴走する姿勢自体は良いが、暴走を是正すべき監督者までもが編集者と同じ視座に立ってしまい、マンガワンは別名起用で連載を決定した。この事実は変わらない。
個人の倫理観の欠如がなぜ組織にまで及ぶのか。
報告書を読むと、各場面で裁量と責任の方向性の乖離を感じた。現場の知見を、前任者の決定を、尊重するあまり組織的に判断すべき機会を何度か逃してしまっていたことは残念だ。
6月14日に読者と被害者を欺いたに等しい行為と問うたXのやりとりについては、現在、当該編集者本人がXで説明・謝罪している。そのため本稿では個人のSNS投稿についてこれ以上の追記は控える。
個人的には、担当編集者が被害者へ甚大な負荷をかけたことを悔い、今後も編集の仕事を続けるのであれば、今回のような構造的な問題を二度と繰り返さない体制のもとで働けることを願う。
別の場所で書いた2026年6月14日の記事を転載する。
これは4月に構造面から論じた内容を一読者としての感情から再度書いたものとなる。
以下では作家(加害者)の別名起用は不誠実な扱いであったとの主張を展開している。
本件は一見すると作家と編集者の共犯関係が成立している。また、紛争状態の中、作家の意向を汲む形で黙示的に別名起用が決定されたと解釈できる。
ただし別名起用で連載を開始した点においては編集者(編集部)が被害者の尊厳を無視する対応を主導しており、結果的に作家自身の立場をも悪化させたとの認識は、現在も変わらない。
【2026年6月14日】
本稿は一読者としての視点から、事態の構造的欠陥、および、それに対して当時抱いた個人的な感情との乖離を整理したものである。
以下は完全に個人的、感情的な雑感であり、客観性やバランスを欠いた内容となる。
過去に書いたマンガワン事件に関する内容を読み返し、後味の悪い未消化の感情が湧いた。
当時を振り返りつつ吐き出す。
公式発表の導線が落とされている件について非公開で書いた過去記事も同時に公開する。
初動対応
マンガワン編集部は、作家を育て守るという編集部の責任が倫理的基盤を失いビジネスの手段となり果てているのではないかと感じた。
また、小学館の初報公式発表は責任の分断と受け取られる危険性を孕んでいるとの感想を持った。
相当難しい問題を抱えているにもかかわらず、初動の対応は遅く、説明は最小限だった。
初報の公式発表では、文章のプロが在籍する企業の声明のはずが、制限の中で書いた不自由な印象を受けた。
マンガワンによる尊厳の否定
被害者の願い(事実の公表)を拒否した示談交渉に編集者が関与していた。
被害に遭われた方の権利を保護せず、複数の選択を経て、加害者とパートナー関係を継続した。
個人の尊厳への慎重さに欠け、レピュテーションリスク回避のため(発覚時のリスク軽視とも言える)コンプライアンスから逸脱した行き過ぎた裁量と捉えた。
マンガワンの「作家」という存在に対する不誠実さ
被害に遭われた方への二次被害を考慮できていなかった点は自明だが、本件においては出版社が作家に過去を隠蔽させる行為もまた、作家自身に終わらない嘘を強いた不誠実な扱いだったように思う。
等身大の人間として尊重せず、ハイリスクのコンテンツ提供者として扱ったことを意味し、作家をパートナーとしてではなく使い捨ての道具とみなしたと受け取った。
矛盾するようだが、犯罪者は尊厳のない一生を過ごせ、一生社会復帰させるなとは言わない。
加害者の人権や作品を否定しない。
しかし、本件で私が最も問題だと感じるのは、編集部関係者が被害者の意向(公表希望)を無視したまま加害者を後押しし、別名起用で仕切り直した点にある。
加害者の社会復帰支援そのものを全面否定するわけではないが、被害者の希望を軽視した形での復帰は、企業として人権尊重の姿勢を欠いた対応と言わざるを得ない。
被害に遭われた方への二次被害の考慮と加害者の復帰支援は非常にセンシティブな問題であり、編集部の対応が良くなかったと考える一方で、こうした事案は合意形成やタイミングを慎重に考える必要があると思う。
今回はそのプロセスが不十分だったように感じた。これは作家ではなく編集部が持つ責任である。
編集部の対応不備の責任を負わず、炎上した途端に作家を切り捨てる対応を取らざるを得ない結果となったことは、作家のキャリアを守るべき立場にある出版社として無責任と感じる。
これは組織が編集部に契約決定の裁量を持たせた結果、表現の自由を盾に人権問題を軽視する風土が形成されていたのではないかと考える。
児童書を扱う企業としてのダブルスタンダード
小学館は子供や教育に関わる書籍を提供する企業でありながら、未成年者への性暴力被害という社会的な問題に対しては鈍感だったと言うしかない。
本来小学館が誰よりも真摯に対応すべき事案で、人権問題よりも企業の品位を優先するような初動対応をとった。
結果、複数の作家が小学館での配信停止の姿勢を見せ、ユーザーを巻き込む批判へ発展した。
現場の人権侵害とコンプライアンスの欠如を経営層が把握していなければ管理能力の欠如を示し、レイヤー間で報告の黙認が発生していた場合は組織的な軽視の表れだったと解釈される。
社会通念に沿って行動規範を時代に合わせるには、性暴力に対する現代的な価値観と、リスク管理など認識のアップデートが必要で、表層的なつぎはぎのルール追加では浸透しない。
マンガワン編集部の問題を是正できず初動対応で組織全体の不誠実さを露呈した小学館のガバナンスこそが、今回の原因と考える。
マンガワンには個人的に好きな作品が掲載されている。
その作品の担当編集者が件の示談に関与したという事実が、余計に複雑な感情を呼び起こす。
良い作品の創出と人権の尊重は両立可能であり、本来はマンガワンが行ったようなトレードオフではない。
性被害事件当時、対外的には体調不良を理由に加害者は休載したが、実際は逮捕によるものだった。
加害者の「心身の管理にも一層の注意を払いたい」とのコメントに対し、読者は加害者の体調を案じ、回復を願うやりとりが印象に残った。
この影で、被害に遭われた方がどんな思いで見ていたのか、どれほど精神的苦痛を強いられたか計り知れない。被害に遭われた方の苦しみは元に戻らない。
体調不良を理由とした休載はそのまま連載終了となったが、その後も個人での書籍販売は継続され、宣伝も行われていた。
何も知らず励ましの声を送った読者の中には、そのまま書籍購入という形で支援を続けた人もいたはずだ。
この状況を編集部が把握しながら黙認していたとすれば、被害者を軽視し、読者に選択肢を与えない情報操作だったと言わざるを得ない。
読者と被害者、双方を欺いたこの構造は何なのか。
