鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来 アニオリ追加シーンと感想
見れば解る 映画の凄さ
異常者だな?(誉め言葉)
この映画 練り上げられている
理由は一つ
ufotableは異常者の集まりだからだ(誉め言葉)
「鬼滅の刃 無限城編第一章 猗窩座再来」鑑賞後、アニメオリジナルとその他気づいた点について書き残す。
見落とし、誤認の可能性あり。
ufotableは公開前の高い期待のハードルを軽々超えた。期待値+αの作品だった。
誰も見たことがない無限城の世界、愈史郎の視覚共有の可視化など、原作の余白を埋めるアニメオリジナルがあった。
ufotableが執念で作り上げた映像は原作の追体験ではなく再構築と言える。
劇場版新追加・アニオリ
獪岳の酸漿、猗窩座のおじゃみ、しのぶの胸中、それぞれに作品の解釈を深める特徴的なアニオリがあり、テーマを補強していた。
童磨戦にも百足エフェクトなど追加はあったが、童磨個人のアニオリのモチーフは次章持ち越しかもしれない。
獪岳の酸漿
「いつも俺はアンタの背中を見てた」で始まる善逸の回想シーン。
原作では隊服姿の獪岳が暗闇でこちらに背中を向けていた。
劇場版での善逸視点の獪岳の後ろ姿は物悲しい。
獪岳は隊士たちから離れたところで1人、建物の壁面に実る酸漿を見ている。
酸漿は鬼灯とも書き、鬼や死人の提灯と言われる。酸漿が獪岳の鬼化を匂わせている。
箱から溢れる幸せの色は黄色だった。
猗窩座のおじゃみ
猗窩座の回想シーン。恋雪の看病時、狛治は部屋入口の壁にもたれて手遊びをしていた。
狛治がおじゃみを1つ投げる。
それが2つ→3つと増え、最後は1つになり、手のひらの上で破れたおじゃみから小豆が出ている。
おじゃみの数が増えるのは3年という時間経過、または自分の手で守りたい者の数だろうか。
3つのうち手の中で破れた1つのおじゃみは、約束を守れなかった自分かもしれない。
縁側の光の落とし方、おじゃみの位置、色、手のひらで破れた描写に深い意図がありそうだ。
おじゃみは薄紫だったと思うが、生地ではなく小豆の色かもしれない。
しのぶの心情視覚化
体格に恵まれず、鬼の頸を斬れないしのぶの前を歩く人が1人増え、2人増え、後から来た人がしのぶの前を歩いていく。
体が小さく不利なしのぶはスタート地点が人より後ろにあり、ほかの隊士たちに追いつけない。
しのぶの心情をカナエや体格のいい隊士たちの一歩後ろを歩く形で視覚化しており、原作の正面の構図では得られない深みが出ていた。
その他アニオリ・気づいた点
鬼殺隊の墓地
悲鳴嶼さんが鬼殺隊士の墓にいる。
桑島慈悟郎
爺ちゃんの自決と善逸の走馬灯は原作どおりだが、アニメで動く爺ちゃんの大粒の落涙はさらに切ない。
雷の継承者対決
善逸は火雷神を出す前から放電しており、獪岳のエフェクトは黒と赤。激しい閃光と音楽の疾走感の同期が効果的だった。
戦闘のため獪岳の善悪論は途切れ気味で、リアルさを増していた。
無限城
観客は無限城で鴉や登場人物たちと同じ視覚を共有する。
高層の無限城が立体的に動き、万華鏡のように分裂と統合を繰り返す。生物のように増殖する果てしない構造美に呼吸を忘れた。
愈史郎の目
鎹鴉を通した視覚共有は索敵を兼ねる。敵は赤い点となり、その位置と強さも把握できる設定がごく自然に追加されている。見取り図の作画も丁寧だった。
隊士
一般隊士の戦闘シーンが追加された。
下弦級の鬼を倒し柱のために道を開ける隊士たちの成長は、柱稽古編から無限城編へ橋渡しの役割も担っていた。
愈史郎に味噌っかすと言われながら村田さんも奮闘していた。
走る甘露寺のハート
伊黒と一緒に走る甘露寺のハートが強調されている。緊張感が緩む瞬間。
しのぶが童磨に辿り着くまでの廊下
万世極楽教の寺院にある祭壇や蓮の襖絵などの概念を無限城に移植。ほかの場所より暗い廊下、妖しく美しく恐ろしげな部屋が描き足されている。
天井に串刺しされた童磨
しのぶが最後の力を振り絞るシーンでは、少しタメてから、童磨から氷の蔓がゆっくり伸びていった。
童磨に毒が効いていない不安と緊張を煽る「間」が追加された。
無限城を走る炭治郎が落ちかける
劇場版ではかっこよく床に上がってきた。
鳴女によって、鬼殺隊は散り散りにさせられる。
義勇は炭治郎を守るため注意を払う。炭治郎はどこに連れて行こうとされていたのか。短いシーンも想像する余地がある。
猗窩座の技
目で追えない速さ、何が起きているかわからない。煙の向こうで花火が光っているような、粉塵の奥の閃光が綺麗だった。
原作よりも空間を駆使して戦闘しており、無限城の巨大さがわかる。
猗窩座のいる場所
神殿か道場のような広い空間で、太い柱が折れた断面のささくれや床の質感まで美しく、世界観に合っていた。
猗窩座の骨の音
猗窩座が自身を滅式で攻撃した後、歩き回るシーンでブラブラになった骨がぶつかる音が追加されている。
頚が取れ、肉がえぐれ、骨がむき出しの猗窩座が歩くと、足音に加えてバンブーチャイムのようなカラカラという軽い音がしていた。
原作の「ぺたぺたぺた」という擬音だけでは得られない不気味さと残酷さがあった。
再生する肉を千切る自傷
猗窩座自身で再生を止められないことを強調していた。
馬鹿正直
猗窩座の背後に立つ炭治郎が馬鹿正直に「頸を斬る」と宣言する。
劇場版では、煙の中から少しずつ炭治郎の姿が現れる。
百叩きされる狛治
同じアングルで数回、割と長め。
長屋の前の飛び石が木でできていて再現度高い。
恋雪が泣く
「来年も再来年も花火は上がりますから」この狛治の言葉で恋雪が狛治に背中を向けて泣く。
原作では布団で仰向けのまま泣いていた。
恋雪は狛治を困らせたいわけではない。泣いている姿を見られたくもないだろう。
このさりげない描写で恋雪の解像度が上がった。
隣の道場の跡取り
複数の門下生と一緒に跡取り息子が一瞬映る。
慶蔵と狛治の稽古
素流の稽古シーン追加。
狛治の攻撃が慶蔵の頬をかすめ、その上達がわかる。赤くなった頬を嬉しそうに掻く慶蔵の人柄の良さが滲み出ている。
狛治墓参り
見慣れないたわしで墓を擦る。
庭の手入れや掃除をこまめにする狛治らしい描写。
道場の前に死者を入れる桶2つ
墓参りから道場に戻ったシーンに、原作にはない死者を入れる大きな早桶が2つ描き足されている。
医者、役人風、かごを担ぐ人足の数人が門の前にいる。それだけでも何かあったのを予感させ、緊張の作り方がうまい。
血の足跡
隣の道場で門下生全員を惨殺した狛治の足跡。過剰な血溜まりが不気味。
寛三郎
失神した義勇を心配するサービス演出。
鎹鴉の「失神!!」
猗窩座撃破後の「疲労困憊ニヨリ意識保テズ」「失神!!」
「シッシィン!!」ではなく「しっ しん」だった。
個人的に「シッシィン!!」が好きなので少し残念。
動的な狛治の悲劇
猗窩座戦では、猗窩座が脆く弱い人間を嫌い、強さ史上主義の理由が明らかになる。
煉獄さんと対比される猗窩座だが、その根底にあるのは弱者を助ける献身性だ。
自尊心の低い狛治の自己犠牲と共依存は最悪の結末を招くのだが、繰り返す百叩きなど日常の細かい描写によって、その性格を視覚で補完している。

狛治の一方的な献身は報われず、父親を自死に追い込み、慶蔵と恋雪も失う。
鬼滅の刃では罪人は心を入れ替えても幸せになれないのか。
役立たずの狛犬があまりに不器用で同情を誘う。
猗窩座の「約束を何一つ守れなかった」回想とリンクする父親、慶蔵、恋雪の言葉が、映像ではより皮肉だ。
劇場版は原作の再現だけでなく、不器用に生きた男の内面の機微を細部に落とし込み、物語の解像度を極限まで高めていた。


感想まとめ
金曜夕方からの鑑賞、スクリーン4つで上映にもかかわらず客入り良し。
客層は10代後半から20代多め。幼児もいた。
時間配分は猗窩座戦が長めか。
上映から129分まだ狛治の回想なし。その後すぐ猗窩座の回想はじまる。
無限城へ落ちるーしのぶ童磨戦-善逸が獪岳撃破-義勇炭治郎が猗窩座撃破の流れで第一章完。エンドロール短め。
無限城に落ちてすぐの義勇と炭治郎の息のあった見せ場、しのぶの訃報、戦闘時など表情がよかった。
しのぶの技、善逸戦、猗窩座の血鬼術の技も予想以上の美しさだった。
原作の猗窩座の回想は、コマとセリフの振り分けによる情報の密度、強烈なテンポでの没入が魅力だった。
アニメには、静止画での想像力や緩急の美とはまた異なる良さがあると再確認した。
劇場版は原作をなぞりつつも、映画という媒体が強制する没入と臨場感が追加され、贅沢な時間を過ごせた。
原作に忠実で、特定のキャラクターを過度に目立たせることなくアニオリを追加しており、このバランスの良さは映画でも安定していた。
初見で情報量に戸惑う部分もあったが、無限城の圧倒的な美しさ、キャラクターの表情や仕草は映像でしか得られない。
ユーフォーさんにとっても無限城の構築は戦場で地獄だったようだ。この作品を完成させるまで制作者の負荷とプレッシャーは大きかったと考える。
次回作に期待
本作で、炭治郎を守る義勇が描かれていた。
次回は義勇が炭治郎のそばを離れない理由の深堀りや、黒死牟の回想の余韻に期待したい。
原作には、狛治の回想シーンをはじめ、縁側の継国兄弟をいろんな角度から捉えた場面や、わら草履を編む竈門家の会話と外で遊ぶ弟妹の図など個人的に好きな映画的な描写がある。
それらが映像でどうなるか楽しみだ。
この作品を届けてくれたことに改めて感謝したい。

アニメ化されていないネタバレ含む好きなシーン集めたやつ。
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チェンソーマン、レゼ好きなので観に行きたいな。

