「より創造的で価値の高い仕事」とは何か──AI時代の雇用をめぐる違和感
テレビをつけたら、ここの人のAIエリートさまのインタビューをやっていた。
私は英語が好きで得意だから、英語力を活かして稼げるようになろうと、
20年間必死に努力してきた。
しかし、私の仕事の多くはAIに奪われた。
渾身の怒りを込めてこのnoteを書いた。
「より創造的で価値の高い仕事」とは何か──AI時代の雇用をめぐる違和感
結論
「AIに代替されるから、より創造的で価値の高い仕事をしよう」という話はよく聞く。しかし、その「創造的な仕事」が具体的に何であり、失われる雇用を本当に吸収できるのかという議論は、ほとんど行われていない。
テレビでAI専門家のインタビューを見ていて、そのことを改めて感じた。
インタビュアーは率直にこう質問した。
「ホワイトカラーの仕事はなくなりますよね。では、より創造的で価値の高い仕事とは何ですか。」
私は「よくぞ聞いてくれた」と思った。
専門家の答えは、
「一次情報を取りに行くことですね。営業で人と会うことです。人に好かれる能力がますます重要になります。」
というものだった。
しかし、この回答には考えるべき論点が数多くある。
「営業で人と会え」と言うAIエリートさまは、その仕事を本当に自分がやりたいのか
専門家はこう言った。
「一次情報を取りに行くことですね。営業で人と会うことです。人に好かれる能力がますます重要になります。」
私は、その言葉に強い違和感を覚えた。
率直に言えば、
「あなた自身は、その泥臭い仕事をやりたいと思っているのですか。」
という疑問である。
AI研究者やAI企業で働く人たちの多くは、高度な技術を使い、新しいサービスを開発する仕事をしている。
社会から見れば、それは知的でスマートな仕事というイメージがある。
いや、あなた、そういう泥臭い仕事するのが嫌だから、「スマート」なAI専門家やってるんじゃないんですか?
一方で、
「営業へ行け。」
「人に会え。」
「人に好かれる能力を身につけろ。」
と言われる側はどうだろう。
もし、それが本当にAI時代で最も価値のある仕事なら、
なぜAI業界の人たちは、自らその仕事を選ばないのだろうか。
私は営業を経験した。
過労で倒れてキャリア官僚を辞め、ベンチャー企業へ転職した初日。
上司が隣に座り、一日中テレアポをした。
99回連続で断られ続けた。
それは精神力だけで乗り切るような仕事ではない。
だからこそ、
「営業で人と会えばいい。」
という一言で片付けられると、
その仕事の現実を本当に理解しているのだろうかと感じてしまう。
もちろん、人と会うことが重要な仕事はある。
信頼関係を築くことが価値になる仕事もある。
しかし、それをAIに代替されるホワイトカラー全体への答えとして提示するのは、あまりにも雑ではないだろうか。
現場で泥臭い仕事を経験した人ほど、
その一言では済まされないことを知っている。
だから私は、
「営業へ行けばいい。」
という説明を聞くたびに、
その言葉を発する人自身が、本当にその仕事をやりたいと思っているのかを考えてしまうのである。
「営業」という言葉が雑すぎる
営業と言っても仕事は様々だ。
既存顧客との信頼関係を築く営業。
大型案件をまとめる法人営業。
コンサルティング営業。
そして、私が経験した新規テレアポ営業。
私は過労で倒れたから、キャリア官僚を辞め、ベンチャー企業へ転職した。
当時、ホリエモンの全盛期だった。
ホリエモンみたいに金さえあれば、こんなバカみたいに夜中まで残業させられずにすむ
と思ってベンチャーに転職した。
そしたら、お金持ちになりたいんだったら営業できないとダメだよね、と上司から言われて営業に配属された。
営業初日。
上司が隣に座り、
一日中テレアポ。
結果は99回、99回連続ノー。
ひたすら断られ続けるサンドバッグだった。
営業という一言でまとめられるほど甘い世界ではない。
そして、経理、法務、人事、総務の人たち全員に、
「これからは営業へ行け」
と言うのだろうか。
オイオイ、AIエリートさまって、何様よ
専門職には専門職として積み重ねてきた知識と経験がある。
テレアポ営業こそAIに代替される
さらに違和感がある。
私が経験したテレアポ営業は、
AIと最も相性が良い仕事の一つだからだ。
最近では我が家にも、
機械音声による営業電話が普通にかかってくる。
電話をかける。
定型文を話す。
相手の反応を分類する。
データベースへ記録する。
こうした仕事はAIが得意だ。
つまり、
「営業が人間の仕事になる」
ではなく、
営業の中でもAIに代替される仕事はむしろ多い。
営業という言葉だけでは議論にならない。
「一次情報を取りに行く仕事」も減る
専門家は
「一次情報を取りに行くこと」
を人間の仕事として挙げていた。
しかし、本当にそうだろうか。
IoT。
センサー。
ドローン。
人工衛星。
AIカメラ。
これらはまさに一次情報を自動で取得する技術である。
農業。
工場。
林業。
物流。
インフラ管理。
あらゆる現場で人間が見回りに行かなくても済む仕組みが増えている。
もちろん人間の判断は残る。
しかし、
「一次情報を取りに行く仕事そのもの」は今後減っていく可能性が高い。
問題は仕事の「質」ではなく「量」
AI業界ではよく、
「より創造的な仕事を」
と言われる。
しかし私は別の疑問を持つ。
問題は仕事の質ではない。
仕事の量である。
経理が減る。
法務が減る。
総務が減る。
テレアポ営業が減る。
現場確認も減る。
では、
その人たちはどこへ行けばいいのか。
営業。
一次情報収集。
しかし、その仕事もAIやIoTで減っていく。
つまり、
受け皿そのものが縮小している可能性がある。
「新しい仕事が生まれる」は答えになっていない
AI業界の人はよく言う。
「新しい仕事が生まれます。」
もちろん、その可能性はある。
歴史的にも技術革新は新しい産業を生んできた。
しかし、
私が知りたいのはそこではない。
その新しい仕事は何人雇えるのか。
ここが説明されない。
例えば100万人分の仕事がなくなる。
新しい仕事が5万人分できる。
それでは雇用問題は解決しない。
つまり、
仕事が生まれることと、
雇用を吸収できることは全く別問題なのである。
AI時代は高度人材も競争相手になる
テレビでは別の話も出てきた。
松尾研究所の人は、
「日本で作ったAI教育コンテンツを英語化したところ海外で好評だった」と話していた。
さらに、
「日本のAI産業を発展させるには、
海外の優秀なAI人材にもっと日本へ来てもらう必要がある」
と語った。
その瞬間、
私の脳裏を参政党の顔がよぎった。
AI時代は移民問題の構図そのものが変わる
テレビでは別の話も出てきた。
松尾研究所の人は、日本で作ったAI教育コンテンツを英語化したところ海外で好評だったと話していた。
さらに、
「日本のAI産業を発展させるためには、海外の優秀なAI人材にもっと日本へ来てもらう必要がある。」
とも語っていた。
その瞬間、私は移民問題の構図そのものが変わるのではないかと思った。
これまで移民を巡る議論では、
「単純労働者が増えると、日本人の仕事や賃金に影響する。」
ということが主な論点だった。
そのため、
「単純労働者の受け入れには慎重であるべきだが、高度人材なら日本の国益になるので歓迎すべきだ。」
という考え方も多かった。
しかし、AI時代は話が違ってくる。
海外の優秀なAI人材が日本へ来る。
彼らはAIを開発する。
企業はAIを導入する。
その結果、ホワイトカラーの仕事が大幅に効率化され、日本人の仕事が減っていく。
つまり、問題は海外の高度人材が日本人の仕事を直接奪うことではない。
海外の優秀なAI人材が開発したAIが、日本人の雇用そのものを減らしていく可能性である。
もしそのような状況になれば、
「AI産業を発展させるために受け入れた高度外国人材が、結果として日本人の雇用を減らした。」
という受け止め方をする人が現れても不思議ではない。
そうなれば、移民を巡る政治的な対立軸も変わるだろう。
これまでのように、
「単純労働者が日本人の仕事を奪う。」
という議論ではなく、
「AIを開発する高度外国人材を受け入れることが、日本人の雇用にどのような影響を与えるのか。」
という新しい論点が生まれる。
AIは産業競争力を高める可能性がある一方で、雇用にも大きな影響を与える。
だからこそ、AI産業振興と高度人材受け入れを語るのであれば、
「AIによって失われる雇用をどう支えるのか」まで含めて議論しなければならない。
そこまで説明して初めて、AI時代の産業政策として説得力を持つのではないだろうか。
AI産業振興と雇用のジレンマ
もちろん、
海外の優秀な人材が来れば、
新しい会社ができるかもしれない。
研究も進むかもしれない。
しかし逆に、
AIによって日本人ホワイトカラーの仕事が大量に減るなら、
「AI産業を発展させた結果、日本人の雇用が減った」
という受け止め方をする人も出てくるだろう。
私は未来を断定するつもりはない。
しかし、
この政治的論点は今後大きくなる可能性がある。
若者は「ギュられる」を気にしている
今回初めて知った言葉がある。
「ギュられる」
シンギュラリティによって
自分の仕事がAIに奪われることを意味する若者言葉だという。
私は妙に納得した。
若者は、
AIが便利かどうかを気にしているのではない。
今から数年間勉強しても、そのスキルが就職する頃には無価値になるのではないか。
そこを心配している。
それは極めて合理的な不安だと思う。
AI業界と学生では見えている景色が違う
以前、
アメリカの大学の卒業式で、
AI業界の著名人がスピーチをしたところ、
学生から大きなブーイングが起きたという話を見た。
学生一人ひとりの理由はさまざまだろう。
しかし、
AIを開発する側と、
AI時代に就職する側では、
見えている景色が違う。
AI業界は、
「生産性が上がる」
と言う。
学生は、
「私の仕事はどうなるのか」
と考える。
このギャップは今後さらに大きくなるのではないだろうか。
私が本当に知りたいこと
私はAIに反対したいわけではない。
AIは使うべきだと思っている。
私自身もAIを積極的に使っている。
だからこそ知りたい。
「より創造的で価値の高い仕事」
とは何なのか。
その仕事は、
具体的に何人雇えるのか。
AIによって失われるホワイトカラーの仕事を、
本当に吸収できるだけの雇用のパイがあるのか。
そこまで説明して初めて、
「AI時代の雇用論」は現実味を持つ。
「創造性が大事」
「人と会おう」
「一次情報を取りに行こう」
そうしたスローガンだけでは、多くの人の不安には答えられない。
AI時代に本当に必要なのは、
仕事の質だけではなく、仕事の量をどう確保するのかという議論ではないだろうか。
