超人トループ/第1部・第4話;不安が的中?
前回
先週からSNSなどで目撃情報が散見されるようになったUMA【アクロバティク・ゴワゴワ】の正体を探るべく、江戸大学のUMA研究会は九月九日の水曜日の夜に、アクロバティク・ゴワゴワが塒にしていると噂されている廃ビルを訪れた。
捜索には、二年生の結城裕真、一年生の榎門みなみと有馬優子、三人全員が参加した。結城は女子二人の同行に猛烈な抵抗を覚えていたが、女子二人の要望を突っ撥ねることができず、了承した。
二人を自分のワンボックスカーに乗せた結城は、運転しながらずっと悩んでいた。
(例の殺人事件が気になる)
女性の遺体が都内で見つかったというニュースが、先週から二件立て続けて報じられていた。二人とも胴体を何発もメッタ刺しにされていた。どちらも事件も、犯人は未だに捕まっていない。同一人物が、夜な夜な女性を殺している可能性は低くはない。だから結城は、夜間に女子二人を連れて行くことに抵抗を覚えていた。
(犯人に出くわしても、俺みたいなモヤシじゃあ勝ち目が無い。常に三人で固まってれば狙われにくそうだけど、犯人が一人じゃなかったらそれも通用しない)
だから結城は車を降りた時に、みなみと優子に痴漢撃退用スプレーを渡した。不審者対策として。この心配が取り越し苦労になることを、結城は望んでいた。
午後十時頃、UMA研究会の三人はアクロバティク・ゴワゴワの住処だと噂の廃ビルの前に着いた。外壁に剥がれている部分があったり、窓ガラスも一部が割れていたりする典型的な廃墟で、UMAよりも霊が出そうな雰囲気が強かった。
優子は廃ビルの雰囲気に怯え、結城は不審者の影を警戒し、それぞれ表情を強張らせていた。みなみも、自分の心拍数が上がるのを感じていた。
(本物のUMAに会えて、写真でも撮れたら最高やけど…)
心の中でそう言っているが、みなみはUMAに会える確率はゼロに近いと思っていた。だからこそ、驚きは絶大だった。その影を見た時の。
「あれ、何?」
廃ビルの割れていないガラス窓に、人型の影が見えた。向かいのビルの屋上に立っている者を写しているのだろうと思って、みなみは振り向いて後方を見た。優子と結城はみなみの反応に首を傾げていたが、今のみなみには彼らに反応している余裕が無かった。
(跳んだ!?)
人影は確かに背後のビルの屋上にいたが、みなみが振り向いた瞬間に跳躍した。みなみはその動きを目で追う。人影は廃ビルの屋上に跳び移った。一連の様子から、みなみは半ば確信した。
「おった。アクロバティク・ゴワゴワや…」
みなみが呟くと、優子と結城も廃ビルの屋上を見た。しかし、二人は首を傾げた。
廃ビルは月で仄かに照らされていたので、常人でも屋上にある物体は視認できる。しかし、それがビルの構造物なのか、生物なのかは判別できなかった。
対照的に、常人離れしたみなみの目は、正確に捉えていた。アクロバティク・ゴワゴワだろう怪生物の姿を。怪生物は壊れた柵から上半身を伸ばし、みなみたちを見下ろしていた。
(だいぶ怖い顔しとるな)
みなみは率直に思った。怪生物は丸く大きな目と、パラボラアンテナのような大きな耳を持っていて、鼻面は長い。類人猿よりは、アイアイに近い顔立ちだった。
「ねえ、みなみ。あそこに何かいるの?」
怪生物を確認できない優子が、みなみに問い掛ける。みなみは返答しようと思ったが、それより先に怪生物が動いた。
「危ない!」
怪生物の大きな両目が紫色に光り、同時に怪生物はみなみたちの方向に両手を伸ばした。みなみは本能的に危険を感じて叫んだが、間に合わなかった。怪生物の両手から一つずつ細長いものが高速で射出され、みなみと優子に向かって飛んで来た。
「えっ!? これ、何!?」
飛んで来たのは、黒い剛毛で作られた縄だった。みなみも優子もこの縄で瞬時に、胴体を両腕ごと縛られてしまった。
「カカカカカカカカ!」
怪生物は奇声を発しながら、猛烈な速度で屋上から駆け下りた。鉛直の外壁を、四足で疾走するかのように。怪生物は瞬時に地上に降りると、間髪入れずにみなみと優子に跳びついた。常人では対応できないどころか、視認すらできない程の早業だった。
気付いたら、みなみは空中に居た。大柄のアイアイと言うべき怪生物に抱えられて、宙を舞っていた。右側には優子が見える。怪生物は左脇にみなみ、右脇に優子を抱えて、ビルの屋上より高い位置まで跳び上がったようだ。
(ウチら、アクロバティク・ゴワゴワに攫われたん? この身体能力、凄すぎん?)
怪生物はみなみと優子を抱えたまま、ビルからビルへと飛び移り、夜の街を移動している。そのスピードは猛烈で、地上の人々には全く認識できないようだった。怪生物の脇に捕まっているみなみは、驚愕するしかなかった。
(ウチら、どうなるの?)
望み通り、UMAに遭遇できた。しかし、UMAに攫われることは望んでいなかった。この事態に、みなみが不安を覚えない訳がなかった。
廃ビルの前に一人で残された結城は、みなみと優子が連れ去られたという事実に、愕然としていた。
「連れて来るべきじゃなかった。何を言われても、反対するべきだった…」
結城が心配していた不審者らしき人物は現れなかったが、二人が連れ去られたという現状が、結城の上に重く圧し掛かる。後悔や自責の念が胸中に渦巻き、結城は発狂しそうになっていた。
足元に視線を落とすと、大きな眼鏡が落ちていた。おそらく優子のものだろう。結城はそれを拾い上げ、歯軋りしながら涙を流す。
(どうすりゃ良いんだよ…!)
結城は必死に頭を回転させていた。この状況で自分が二人の為にできることを、死に物狂いで模索していた。そして悩むこと数分、ベタな案が浮かんだ。
「とにかく警察に!」
結城は背負っていた小さなリュックを開いてスマホを取り出し、110に架電した。すぐに電話は取られず、スマホから聞こえるコール音に結城は胸を搔きむしられた。3コールで警察は結城の電話を取ったが、今の結城には3コール待ちが数時間のように感じられた。暴れる感情を必死に鎮めつつ、結城は事情を話す。
「女の子が攫われたんです! UMA…怪物がビルの屋上から駆け下りて来て、一緒にいた女の子を二人、攫って逃げたんです!」
結城は言葉を詰まらせながらも、先に起きたことを説明した。彼の説明は不正確ではないのだが、いかんせん日常離れし過ぎていて、電話の向こうの警察官は困っていた。
『ええ? 怪物というのは、怪力の持ち主の比喩ではなくて、モンスターとか妖怪ですか?』
電話の向こうの警察官がそう訊ねたので、結城は「そうです」と返した。すると、スマホからは困惑するような唸り声が聞こえて来た。
『警察では対応しかねる事案かもしれませんねぇ…。お寺さんとか神社さんを回って、除霊やお払いのできる方を探した方が良いと思います』
結城は思った。「電話口の警察官は、自分の話を信じていない」と。こんな話を素直に信じる人物の方が特殊で、この警察官の対応は普通だ。
(どうする? どうすれば、信じてもらえる?)
結城は警察官を説得する方法を必死に考えようとしたが、その間に警察官は喋る。除霊を受け付けている寺や神社の情報が、スマホからは聞こえて来た。結城は溜息を吐いた。
「ありがとうございます。助かりました」
これ以上、この警察官と話しても何の進展も無いと判断して、結城は電話を切った。そして、項垂れた。
「こんな話、信じてもらえる訳ないよな…。でも、どうすんだよ!?」
悔しさが、結城を吼えさせる。遣る瀬無さが、この場の空気を占拠する。解決策が浮かばず、結城はその場に立ち尽くす。ここから動くべきのなか否かすら、判断しかねていた。苦悩している最中、結城は右手に持ったスマホが振動するのを感じた。画面を確認すると、『通話・榎門みなみ』と表示されていた。
(榎門さん!? 無事なのか!?)
みなみからの通話に、結城の表情は明るさを取り戻した。声を上ずらせて、この電話に応じた。
「榎門さん! 大丈夫なの!?」
通話に応じるや、食いつくように結城は喋り始めたが、電話越しの声を聞いて愕然とした。
『榎門さんじゃねぇよ。残念でしたぁ~』
スマホから聞こえたのは、男性の声。みなみの声ではなかった。挑発するようなその言葉を聞いた瞬間、結城の中に生じた期待が一気に崩壊した。対して電話相手は上機嫌らしく、流れるように言葉が出る。
『俺は二人を攫った犯人だ。今、二人と一緒に江戸タワーにいる。展望台より上の部分だ。お前も来るか?』
話を聞いていて、結城は言葉を失った。対照的に、電話の相手は大笑いしていた。
『お前と一緒にいた女、二人とも突き落としてやるよ。江戸タワーの展望台より上だから、絶対に死ぬだろうなぁ…』
心底愉しそうに、相手は喋る。結城は相手の残酷な言葉に、どんな返答をすべきなのかすら考えられない。相手は大笑いして、電話を切った。
(犯人が榎門さんのスマホを奪ったのはいいとして…。二人を攫ったのはアクロバティク・ゴワゴワだろ? なんで人間が電話して来た? アクロバティク・ゴワゴワの背後には人間がいる? それとも、アクロバティク・ゴワゴワは日本語を喋れる?)
結城はいろいろな可能性を考えたが、正解は解らない。そもそも謎が解けたところで、二人の救助に繋がるとは考え難い。結城は考え直した。
「江戸タワーにいるって言ったよな! それなら、江戸タワーに行くしかない!」
そう思った結城は、自分の車を駐めたコインパーキングへと走った。車で江戸タワーに直行するつもりだった。
第5話へ続く!
