超人トループ/第1部・第3話;世紀の大発見?
前回
江戸大学のUMA研究会は約二十年の歴史を持つサークルだが、今のメンバーは三人だけ。理系Ⅱ種の二年生・結城裕真、文系Ⅲ種の一年生・榎門みなみ、理系Ⅰ種の一年生・有馬優子である。
今年、一年生が二人も入って、結城裕真は喜んでいた。二人とも女子で見た目が綺麗だったから、心の底から喜んでいた。
UMA研究会は大学に部活動と認定されていないので、集まる時は大学の談話室などを使っている。普段は各自でUMAの情報をSNSなどで探すなどしていて、集まった時に調査・研究の成果を話し合っていた。
九月七日月曜日の午後三時頃、UMA研究会の三人は江戸大学の生協の談話室の一角で集会を開いていた。
「やっぱり、榎門さんには見えるよね?」
「これがアクロバティク・ゴワゴワ?」
結城が見せた夜景の写真には、世闇に紛れてビル街を飛び回る剛毛の猿が映っている。みなみの目は、それを克明に捉えていた。大きな眼鏡をかけた優子には見えないらしく、顔を歪めていた。
「みなみに見えるのは当然として…。結城先輩、よく気付きましたね」
優子に言われて、結城は「写真を拡大して、全体をくまなく見た」と答えた。結城がそこまでした理由は、本人が説明した。
「アクロバティク・ゴワゴワの目撃情報が多い場所の近くだからね。目を光らせたんだ」
先週あたりから、夜のビル街を猿のような影が飛び回っているとか、ある廃ビルにゴリラのような動物が住み着いているなどの噂が、SNSで散見されるようになった。噂を知った結城はこの怪生物を【アクロバティク・ゴワゴワ】と命名し、目撃情報のあった付近で撮影された写真をネットで探し、新しい順に調べ回っていた。そして昨夜、ようやく求めていた写真を見つけたのだ。
「この写真は、ゴワゴワが住んでるって噂されてる廃ビルの近くで撮られたらしい。だから、今週中にでも近くに行って捜索しようと思ってるんだ。夜だから、俺一人で行く予定にしてるけど」
結城の話を聞いて、みなみと優子は目の色を変えた。
「ウチも行きたいです。世紀の大発見やったら、その現場に立ち会いたいやないですか」
みなみの言葉に、優子も「私も」と続いた。女子二人に迫られ、結城は些か困惑していた。
「ゴワゴワが出るのは夜だから、調査は夜になるじゃん。女の子が夜に出歩くのは、危ないし…」
弱々しい声で発された結城の言葉は、「男だって危険は同じ」という旨の言葉で一蹴された。結城はみなみと優子の同行を認めさせられ、アクロバティク・ゴワゴワの調査に行く日時も決められた。二日後の午後十時に決まった。
九月九日水曜日の午後九時半。安アパートの部屋の中、みなみは居間のちゃぶ台の前に座り、何もしていないが顔を輝かせていた。
(今日はUMA捜索。楽しみ過ぎて、待ちきれへん)
一昨日、アクロバティク・ゴワゴワを発見するべく、現地調査に赴くこととなった。その約束の日時が近づいているから、みなみは高揚しているのだ。そんな中、ちゃぶ台に置いた赤いスマホが着信音を鳴らした。
「結城先輩からや!」
スマホが受信したのは、UMA研究会で連絡に使っているSNSのDMだった。送信者は結城で、『今、家の前に着いた』と書いてあった。
みなみは満面の笑みを浮かべて、ベランダに出た。夜の暗がりでも、みなみの目は明確に捉えた。ヘッドライトを光らせたままアパートの前に止まっている、紺色のワンボックスカーを。運転席には結城、後部座席には優子が座っているのも、みなみの目なら確認できた。
みなみは『今から行きます』と結城のDMに返信してから、部屋を発った。
アパートを出たみなみは、結城の運転するワンボックスカーに乗った。後部座席の右側に座った。隣には、最初から優子が座っていた。車が走りだすや、みなみと優子は喋り始めた。
「いつも通り、スカート短いね。私のお母さんなら、確実に止めるわ。『男の人と一緒に出掛けるなら、ミニスカートはやめなさい!』って。下宿生はいいなー」
みなみの膝辺りに視線を向けて、優子がぼやいた。みなみが穿いているのは紺色のデニムスカートで、座っている状態でふとももの四割が見えている。優子が通気性の高そうな白いガウチョパンツを穿いているのを確認したみなみは、次にルームミラーを見た。鏡に写る自分は、半袖のピンクのサマーセーターを着ていた。
「優子ちゃんのお母さんの感覚、真っ当やと思うけどね。前も話したけど、ウチの通っとった高校は校則がおかしくて、制服のスカートは膝上10 cm以上で指定されとったからね。校則よく見たら、私服でも膝上10 cm以上のスカートが望ましいとか書いてあったし。その習慣が抜けんのだよね」
ルームミラーを見ながら話していたみなみには、運転席の結城が落ち着きなく口をモゴモゴさせていたのが見えたが、優子からすぐ返しがあるから、結城には話を振れなかった。
「みなみの高校時代って、本当に面白い。大学に上がると人数が増えて、他の地方の人や留学生も集まるから、本当にいろんな人と会えて楽しい」
こう言った優子にみなみが「高校時代って、半年前までやし」と返したからか、話題は高校生の頃のもので固定された。
「みなみの高校時代と言えば、競技かるたやってたんだよね? 同じ理系Ⅰ種の子で競技かるた部の子がいて、その子から聞いたんだけど。みなみ、全国大会で優勝したことがあるんだよね? 名字が少し珍しいから、その子は憶えてたみたいだけど…。なんで大学でも競技かるたを続けなかったの?」
思わぬ方向に話題が逸れて、みなみは驚いた。高校生の頃、みなみが競技かるた部だったのは事実で、全国大会で優勝したことも事実だった。しかし、みなみはこの話をUMA研究会の面々にはしていなかった。ルームミラーに映る結城も、驚いて目を見開いていた。この展開を些か煩わしいと感じて、みなみは唸り声を上げた。
「知られてしもたか。全国大会とか言うても、高校生だけの大会やけどね。一回だけ、優勝したよ」
本来なら自慢するような業績だが、みなみは眉間に皺を寄せて煩わしそうに話す。この反応が意外なのか、優子は呆然とみなみの顔を見ていた。優子の顔を見ながら、みなみは話を続けた。
「嫌なんやて。勝ちとか負けとか。オモロかったら、それで良くない? 百人一首とかは中学の頃から興味あったから競技かるた部に入ったけど、なんか求めとったのと違うた気がして…」
みなみの話を聞いて、優子は納得したように頷いた。愕然としたような表情も、柔和なものに戻った。
「勝ち負けが好きじゃないとか、みなみらしい理由だね。なんか安心した」
優子が笑ったので、みなみの表情からも煩わしさが消え、笑みが戻った。
「それに、詩やったら学部の研究でできるけど、UMAの話はこのサークルやなきゃできへんやん。ウチ、UMAの話ができる女の子に初めてリアルで会えて、めっちゃ嬉しいんやで」
みなみの発言は優子にとって不意打ちに近かったらしく、良い意味で驚いていた。
「何? めっちゃ嬉しいこと言ってくれるじゃん…」
みなみと優子の会話は、和やかに弾み続けた。
午後十時の少し前に、一行は目的地の近くに到着した。車をコインパーキングに駐め、ここからは徒歩で目的地へ行く。歩きだす前に、結城は女子二人にある物を手渡した。
「榎門さん、有馬さん。護身用に持っておいて」
結城が手渡したのは、痴漢撃退用スプレーだった。首を傾げるみなみと優子に、結城は説明した。
「ここから人気の無い所に行くから、不審者が出るかもしれない。危害を加えられそうになったら、これで対抗して。それから、絶対に一人で行動しないで」
結城は真剣な面持ちで、みなみと優子の二人と目を突き合わせた。結城の圧にみなみと優子は押されそうだったが、話の内容は納得した。痴漢撃退スプレーは三本あり、三本目は結城が持った。
(結城先輩、めっちゃ気ぃ遣ってくださるね。人間の不審者の方が、霊やUMAより怖いかもしれんし)
手渡された痴漢撃退用スプレーを見ながら、みなみはそんなことを思った。それから三人は、目的地へと歩き始めた。
コインパーキングのあった場所は夜でも煌々と灯が照らされている繁華街で、人通りもかなりあった。しかし少し移動すると照明が急激に減り、人も激減した。道の両脇に並ぶ建物の高さは明るい場所と同等で高かったが、どの窓からも室内からの光は漏れていなかった。
緊迫した面持ちの結城を前に、みなみと優子が続く形で三人は歩く。コインパーキングから五分ほどで、目的地に着いた。
「ここだよ。アクロバティク・ゴワゴワが住処にしてるって噂の廃ビルは」
結城は立ち止まり、左に聳えるビルを見上げた。みなみと優子も足を止め、ビルを見上げる。ビルは月明りで照らされていたので、普通の視力の持ち主にも見えた。外壁が剥がれた箇所があったり、窓ガラスが幾らか割れていたりするのが。
「UMAって言うよりは…。霊が出そうな雰囲気が凄いね」
そう言った優子に、みなみは怖い同調をした。
「そうやね。部屋の中、ぐちゃぐちゃやし」
みなみの視力なら、窓の中の部屋の様子も見える。優子は堪らず「やめてよ!」と声を荒げた。
この廃ビルに突入するのか否か? 結城がその話題を振ろうとして、女子たちの方を振り返ったその時だった。みなみが驚いたように目を見開き、咄嗟に後ろを振り向いた。この動きに、優子と結城は同時に「どうした?」と訊ねる。みなみは問に答えず、再び振り向き、廃ビルの屋上に目を向けた。
「おった。アクロバティク・ゴワゴワや…」
みなみは呆然と廃ビルを見上げたまま、呆然と呟いた。優子と結城は、みなみと同じ方向に目を向けた。
第4話へ続く!
